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夢の中へ

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恋人達と腕を絡め手を重ね、もたれかかられ縋りつかれ、ホテルに帰った。俺達は疲れきっていたせいか、空いた腹の割にはあまり多く食べられず、ゆっくり眠って朝食をたっぷり食べようなんて話して寝室に引っ込んだ。

「はぁー……さっぱりしたぜ、汗だの潮風だの砂だのでもう……酷かったからな!」

順番にシャワーを済ませ、それぞれベッドに足を伸ばして座る。レンは乾かしたばかりの髪に手櫛を通し、ミチはパジャマの袖や裾を弄り、センパイはぼーっと天井を見上げている。

「分かるー……髪の毛べたべたするし、砂絡まってるし……」

「ぼぼ、僕そうでもなかったけどなぁ」

「そりゃてめぇテントん中に引きこもってただろうがよ」

「ぅ……そ、そそ、そうだけどぉ! パソコン見てたりっ、みみっ、みみず渡したりしたもんっ」

水を渡してもらった覚えはあるが、ミミズを渡された覚えはないしそんなことされたら咄嗟にミチを引っ叩いてしまうかもしれない。

「まぁ給水は大事だな」

「だっ、だだ、だよねっ」

「センパイ……? もう眠いですか? 寝ます?」

俺以外には無口な人だから会話に参加しないのは不審ではない、けれど俺を眺めるならまだしも天井をずっと見つめているというのは不思議だ。

「………………あぁ、いや……そうだな、眠い」

「すいませんずっと話してて、もう灯り消しますね。レン、ミチ、いいよな?」

「……明るくても眠れる、気にしなくていい」

「ゃ、消すよ。別に暗くても話せるし……つーか俺も寝るし。みっちーは?」

「ぁ、ぼ、ぼ、僕も寝る……」

ばたんとベッドに横になったレンにならい、ミチもベッドに横たわって頭まで毛布を被った。電灯のリモコンを手に取った瞬間、センパイに名前を呼ばれた。

「何ですか?」

「…………来てくれ」

「えっと……」

「……眠いんだが、上手く寝付けない。寝かしつけて欲しい」

なんて可愛らしいお願いだろう、俺は二つ返事で立ち上がってセンパイのベッドに潜り込んだ。

「もち! 俺も! 俺も眠れねぇ!」

「えっあっあっあっ、ぼ、ぼくっ、僕もぉ!」

直後、二人が騒ぎ出す。育児でもしている気分だ。反射的に起き上がってしまうとセンパイに肩を掴まれ、引き戻された。

「えっと……あ、後でな! 後で行くから!」

「よっし起きとくぞみっちー」

「よ、よーし……」

寝かしつけられるために頑張って起きておくとは、なかなかに奇妙な努力だ。眠れないというのは嘘だったのだろう。

「……ノゾム」

「センパイが眠るまでここに居ますよ」

「…………腕枕を」

「腕枕して欲しいんですか? いいですよ、頭浮かせてください……はい、出来ました。低くないですか? 眠れそうです?」

センパイの頭を二の腕に乗せ、両腕で彼の頭を抱き締める。センパイは俺の胸に顔を押し付けて俺の背に腕を回し、足を絡めた。

「…………ちょうどいい」

「よかったです。おやすみなさい、センパイ」

彼が眠れないのは本当だろう、眠りやすいように背を叩いたりした方がいいだろうか。

「………………ノゾム?」

「あ、鬱陶しいですか?」

腕枕をしながら大柄な彼の背に手を回すのは難しく、肩甲骨辺りを叩いているだけになってしまった。背の真ん中でなければやはり眠りやすくならないのだろうか。

「……いや、そのまま」

「はい」

大した効果はないだろうに受け入れてくれた。嬉しくて、思わずセンパイの額にキスをした。

「…………おやすみ、ノゾム」

ぎゅっと抱き締められながらそう囁かれ、幸福感が胸に満ちた。



それから数十分後だろうか、センパイは寝息を立て始めた。腕の中から抜け出ても起きなかったので、毛布をかけ直してベッドを降りた。

「もち~……? めっちゃ眠い、早くぅ……」

「あっ、うん。ミチどうだ?」

「ま、まま、まだ大丈夫……」

真っ暗な部屋の中、レンのベッドに潜り込む。温かい、体温が上がっているのだろう。

「めっちゃ眠いぃ……」

「頑張ったもんな。ゆっくり休んでくれ」

「んー……」

抱き締めて、頭を撫でて、背を撫でて、そうしているうちにレンは眠ってしまった。本当に限界だったのだろう。

「おやすみ、レン」

声をかけてもベッドから抜け出てもレンはピクリとも動かなかった。ミチのベッドに移動し、小柄な身体を抱き締める。

「ぼ、ぼぼぼっ、僕も、僕も、あのっ、う、腕、ううっ、腕っ」

「腕枕か?」

「う、うんっ、うんっ!」

「しー……二人とも寝てるから、な?」

はしゃぐ彼に腕枕をしてやり、足を絡める。頬に触れるとどんどん熱くなっていくのが分かった。この程度の密着今まで何度あったか分からない、セックスだって数え切れないほどしてきたのに、ミチはまだ俺が隣に寝転がるだけで照れてくれる。

「……可愛いなぁミチは」

「ぇ……ぁ、ぅ」

真っ暗で何も見えないのにミチは俯いて顔を隠した。ミチの上気した頬は今まで何度も見てきた、今更部屋が暗かったりミチが俯いたりした程度では困らない。脳内補完余裕って訳だ。

「ミチはまだ眠くないのか?」

「う、ぅうっ、うん……ああ、あんまり」

ミチはセンパイやレンとは違い、身体を動かしたり霊力を消費したりはしていなかった。彼らに比べて眠くならないのは当然のことだろう。

「そっか……でも寝ないとな」

「ぅ、うん……」

「眠れるようにさぁ……その、する? 何か……」

腕枕をしている左手でミチの頭を抱き締め、右手で背中や尻を撫で回す。

「ぅ、う、うんっ、そそ、そのままなでなでしてて欲しいな……す、すす、すごく、あぁ、安心っていうのかな、いい気分になるんだ」

セックスのお誘いのつもりだったのだが……

「分かった。こうだな」

「ぅ、う、うん……えへへ」

意図はこうなんだと説明するのは直球で誘う以上に恥ずかしいし、すぐに眠れるほど疲れてはいないだけでセックスをする元気がないから俺の誘いに気付けなかったのかもしれない。俺は何も言わないことにした。

「おやすみ……」

「お、おぉ、おやすみっ」

俺は眠るまでミチの背を撫で、そして、目を覚ますと──

「へっ……?」

──自宅に居た。自宅のベッドで目を覚ました。

「あれ……?」

困惑しているとトタトタと足音が聞こえ、扉が勢いよく開かれた。

「もーちぃ~! 起っきろ~ぉ? なんだ、起きてんじゃん。流石の寝坊助も今日は起きてるかぁ」

「レ、レン……? どういうこと、これ……」

レンが来た。俺と彼が通っている高校の女子制服に身を包んでいる、チェックスカートからチラチラと覗くムチッとした太腿がたまらない……ってそんなこと言ってる場合じゃない。

「なんで俺ここに居るんだよっ、ここどこ!?」

「はぁ……? お前の部屋だからお前が居るんだろ、何言ってんだお前」

「い、いや、そう……そうだけど、ここがどこかは分かってる、けど……俺ここに居なかった、寝たのは……寝た、のは……どこ? えっと……俺、海に……海?」

「お前昨日はここで寝ただろ? 寝落ちするまで通話してたじゃん、寝息が聞こえてきて可愛かったぞ~?」

おかしい。そんなはずはない、でも何故おかしいと思うのか何も分からない。葉が虫に食われていくように記憶が抜けていく感覚がある。

「さっさと準備しろよ、学校に遅れるぞ」

「え……今は、夏休みじゃ」

「はぁ~? 今日は入学式だぞ?」

「え……?」

何を言っているんだ? 俺は何ヶ月も前から高校生だったはずだ、授業だって何回も……受けた、か?

「もちぃ~? 大丈夫かよお前、熱とかあるのか?」

レンが顔を近付けてきた。そうだ、レンの目を見よう、レンの目を見れば少しは落ち着くはずだ。

「レン……」

色素の薄いレンの、茶色い瞳。横に長い長方形の瞳孔。

「あれ……?」

人間の目ってそんな形してたっけ?

「どうしたもっちー、大丈夫ならさっさと学校行こうぜ。入学式休んだら友達作りに不利だぜ、やっぱ同性の友達居ねぇと学校生活キツいもんな」

「レン、その格好で行くの?」

「はぁ? 制服だぞ」

「いや、だって……女子のじゃん、その服。俺はレンのそういうカッコ好きだけど、イジメられたりしないか……?」

「なんで? 女子の制服着ずに何着るって言うんだよ、俺は女子だぞ?」

「え……?」

「そこで「え?」はムカつく! てめぇこの野郎、毎朝毎朝可愛い幼馴染の女の子が起こしにくるっつー往年のラブコメみたいな人生送ってるからって調子に乗んなよ!」

俺に馬乗りになり、胸ぐらを掴んで揺さぶってきたレンの喉はつるんとして綺麗で、肩幅は狭く、お尻は少し大きくて……女の子の身体をしている。

「ったくド貧乳だからってそのイジりは傷付くぜ」

「ごめん……」

なんで俺はレンを女の子じゃないと思っていたんだろう? 違和感があるんだ、なのに無理矢理しっくりくるようにさせられる、記憶が後から後から修正されていく、思い出が消えていく──何、これ。
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