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後輩に式神について聞いてみた

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結界の外側、波打ち際ギリギリに穴を掘る。

「満潮になっても水が来ない位置に埋めるんだよ、どの辺りかは砂が濡れてるから分かるよね?」

「あっ、はい!」

埋めるよう指示されたのは社長が折った折り紙のウサギだ。

「……可愛いなこれ」

「ですね、センパイ折り紙はやりますか?」

「…………鶴くらいなら。小学生の時に……たくさん折らされたから」

「千羽鶴作ったんですか? へぇ……俺の時はなかったなぁそういうの」

 折り紙トークをしながら指示された分の折り紙を全て埋め終えた。これが罠になるとはどういうことだろう。

「終わりました!」

「ご苦労」

社長は俺達を短く労うとまた折り紙を折り始めた、今度は鶴のようだ。既に何羽か折られた鶴が彼の傍に並べられている。

「……あの折り紙が何になるんだ?」

「アレはただの折り紙じゃねぇよ。ねっ社長」

「霊力を込めた特殊な紙。ヒトガタだとかに切り出せば平面のまま、折ればリアルな立体になって僕の簡単な命令を聞く、もしくは僕が操作出来る式神になる」

以前、レンが彼の家のウッドデッキで社長に稽古をつけられていた時のことを思い出す。あの時レンが相手にしていたのは社長が操る式神だった。

「センパイ、式神って言うのは分かりやすく言うと」

「ま、分かりやすく言うと」

従兄とセリフが被った。けれどセンパイは俺を見つめている、俺が教えてあげなくては。

「和風の召喚獣です」

「ファンネルだ」

「……分からん」

「和風の使い魔です」

「砲台じゃねぇけどな」

「…………よく分からん」

アニメやゲームに馴染みがないだろうセンパイには召喚獣だとか使い魔だとかの概念もないのだろうか。

「式神って影とかから出てくるイメージあったんですけど」

「これは霊能力者向けのオカルトグッズだ、霊力に指向性を持たせられるのなら誰でも使える。君は放出するのが得意じゃないから難しいかもね」

「しっかりした式神じゃないってことですか?」

「君の言うしっかりした式神がどんなものかはともかく、代々式神を扱う家系というものは存在するし、そこで使われる何百年の時を越えてきた式神は強いよ。撥水スプレーかけなくても海で使えるっていいよね」

センパイに上手く説明出来なくて、敗北感を抱えたままレンの隣に戻る。レンの腕に抱きついていい例えはないかと愚痴のように相談する。

「ラジコンみたいなもんってのが一番分かりやすいんじゃないか?」

「……ラジコンなら分かる」

「操作は霊力でやる。自動操縦に切り替えも出来る。って感じですかね? 社長」

「ラジコンなんて触ったことないから感覚的な理解は出来ないけど、まぁ近いんじゃないかな」

子供の頃から触れてきたものの差でここまで感覚の擦り合わせが困難になるとは……数人でこの難易度なら、全人類が分かり合うなんて夢のまた夢だな。

「争いがなくならない訳だ……」

「何言ってんだお前」

「分かり合うのって難しいなって」

「分かり合おうとするから喧嘩になるんだよ、不干渉を徹底してりゃ喧嘩になんかならねぇよ」

俺は個人間の喧嘩レベルの話をしていたのではないのだが……それにしても人間関係を諦めた考え方だな、寂し過ぎるぞ。

「如月様は中学生みたいなこと言いますね」

「バカにしてます?」

ちょっと煽られただけで喧嘩を始めそうじゃないか。短気過ぎるぞ。

「まぁまぁレン、一理あるとは思うけど寂し過ぎるよ。俺はもっとレンと分かり合いたいな。レンのこと知りたいし俺のこと知って欲しいよ」

「もちぃ……もぉ~、口説けば怒り収まると思ってぇ~、その通りだぞ! もち大好き!」

「正月の小学生みたい」

「ガキに喧嘩売ってる暇があるなら仕事して」

「はーい」

社長はいくつか並べた折り鶴のうち一つを持ち上げ、結界の外へ投げた。折り鶴が砂浜に触れるが早いか、それは鶴へと姿を変える。

「わ……! 本物の鶴生で見るの初めて」

「お、おぉ、おっ、おっきいねっ。ちょ、ちょっと怖い……」

「見た目的には本物と変わりねぇだろうけどさ、本物じゃあねぇよアレ」

冷静なレンに注意されてしまったが大きな鳥を目の前にした俺の興奮は冷めない、と言うか鶴を目の前にして冷静でいられるレンがおかしいのでは? はしゃぐだろ普通。

「カメラ」

「はい」

従兄が社長に小型カメラを手渡した。社長はそれを鶴の頭に取り付ける。

「パソコンと椅子」

ノートパソコンを開いた社長はまた四つん這いになった従兄を椅子にし、太腿に載せたパソコンを操作した。俺達は従兄を気にしつつも社長の背後に回り、社長のやろうとしていることを知ろうとした。

「あのカメラの映像ですか?」

パソコンは海岸線の映像を映し出した。どうやら鶴の頭に取り付けられたカメラの映像がリアルタイムでパソコンに送られているらしい、鶴がこちら向くとパソコンには俺達が映った。

「あ、レン映ってる」

「お前もな」

鶴に向かって手を振る俺達を社長は鼻で笑い、鶴に指示を出した。大きな翼を広げた鶴は海へと走り出し、飛び立った。

「うわ、綺麗……!」

キラキラと輝く海面が映されている。

「ドローンに偵察させるみたいな感じですか?」

「ドローンに偵察させる、の例を僕は知らないけど。そんな感じなのかな……悪いけど操作に集中するから話しかけないで。如月、霊視を頼むよ。何か見つけたら言え」

「はい!」

俺を霊を視ることは出来る。映し出される映像に集中してみよう。俺の意図を察したらしいセンパイは社長から渡されていたメガネをかけ、俺やレンと同じようにパソコン画面をじっと見つめた。

「…………最初のうちは綺麗だと思えたが、同じ景色がずっと続くと飽きるな」

「何も居なさそうですしねー」

「今のところ何も居ませんよ社長」

誰も何も見つけていないようだ。社長は何も言わず、じっと集中している。式神の操作とはどれほど難しいものなのだろうか。

「旋回する」

延々と続く海面の映像、ループしていると言われても信用するだろう。集中力が切れてきたその時、海面下に黒い何かが見えた。

「あっ、黒、何か黒いのっ、黒いのありました!」

社長が操作する式神が飛ぶ速度と高度を落としたようだ、黒い何かに接近していく。

「……霧のように見える、メガネをズラすとただの海面だな」

霧? いや、違う。そんなぼんやりしたものじゃない。黒い何かが蠢いている。子供の頃、大きな石をひっくり返したらダンゴムシがうじゃうじゃ居たあの瞬間の寒気を思い出した。

「霧ぃ? 社長、あのメガネ欠陥品じゃないですか?」

「霊視にも視力と呼べるものがある、メガネよりも君の目がいいだけだよ」

「……お前らにはどう見えてるんだ?」

「何か黒いのがうごうごしてるって感じです」

「腐った水死体が冬場の猿みたいに団子になってる」

霊的な意味での視力がレンほど高くなかったことを幸運に思った、もし俺がそんなものをハッキリ見ていたらきっと吐いていた。

「……霧のようにしか見えないで俺は戦えるだろうか」

「お前がもらった手袋に書いてるヤツ、俺の剣に貼ってる御札と同じ効果なんだろ? ナメクジに塩酸かけたみたいにジュワッてなるから位置分かれば大丈夫なんじゃね?」

「……ならいいが。お前は少しは歳上を敬え」

「痛い痛い痛い痛い!」

「セ、センパイ! やめてあげて……! レンを離してあげてくださいっ」

センパイに頭を掴まれて痛がるレンを見ていられず止めに入る。怪異の存在を見てもなおいつもの調子で騒いでいる俺達に呆れた社長がため息をついた瞬間、短い悲鳴が聞こえてカメラの映像が乱れ、途切れた。

「えっ? な、何があったんですか?」

「落とされた……式神がやられちゃったんだよ、君達が僕の集中欠いたから避けられなかった。あの小型カメラ、もう回収出来ないだろうね」

「ごめんなさい……」

「師匠にとっちゃ端金でしょ」

「仕事で使う物にかかったお金は僕のポケットマネーに何の関係もないから、いくらだろうと関係ないよ。君達は学校でまだ習っていないのかな、海にゴミを捨てるのはよくないって」

「あっ、自然環境的なアレですか……」

「撥水加工した式神の用紙も散らばって海に落ちているだろうし、このことバレたら怒られるなぁ」

「仕事片付いた後で魚とか折って回収させたらどうです?」

社長の尻の下から従兄が意見を出す。

「魚の折り方なんて知らないよ」

「俺サメ折れます! シュモクザメもホオジロザメもジンベイザメも折れます!」

手を挙げて叫ぶと社長は迷惑そうに眉をひそめた。

「俺より月乃宮様の方が詳しそうですね、じゃあ月乃宮様、仕事終わったら社長に折り紙教えてあげてください。お願いしますね」

「は、はい……」

「ポチに教わりたかったのに」

社長は俺の耳元でそう囁き、パソコンを閉じて従兄から降り、テントに戻った。辞退すべきだろうか、今は怪異よりも悩ましい。
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