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後輩とは仲直り出来た

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従兄を起こせと社長に命じられて寝室に戻った俺は、その命令を忘れてセンパイと話していた。それは確かに悪かった、けれど「約立たず」なんて言わなくてもいいじゃないか……とボヤく隙も与えず、社長は衝撃的な行動を取った。

「ゔっ……!?」

俺達が隣で話していても寝返りすら打たないほど深く眠っていた従兄に踵落としを食らわせたのだ。俺を見つめてくれていたセンパイがまた従兄に意識を移したけれど、今回ばかりは嫉妬しなかった。

「ぁ……? うぐっ……! ゔ、ぁ」

従兄のみぞおちにめり込んだ踵がぐりぐりと動かされ、苦しそうな声が漏れる。

「起きた? バカ犬。お腹空いた、早く朝ご飯持ってきて」

センパイによく似た三白眼は自身を踏み付ける社長の姿を見つけると嬉しそうに歪み、同様に口元も笑みを浮かべた。

「おはようございます社長……」

文末にハートマークでも付いていそうな、うっとりと悦びに満ちた声色。

「……アンタ、なんてことするんだ!」

俺ならレンがエプロン姿で起こしに来てくれた時にでもしそうな幸せそうな反応をする従兄に俺は視線を奪われていたが、センパイの目は社長を睨み上げていた。

「……上司だからってふざけるな、兄ちゃんを何だと思ってる。もう我慢ならない、金で無理矢理ぶんどって、踏み付けて……いい加減にしろ」

大抵の人間なら震え上がるだろう獣が唸るような低い声で威嚇されたと言うのに、社長は平気な顔でベッドから飛び降りてセンパイと爪先が触れ合いそうな距離に立ち、睨み返した。

「僕のこと、嫌い?」

「……大嫌いだ」

「そう。僕もね、血が繋がってる程度でデカい顔するガキが大嫌いだよ」

睨み合う二人の向こう、渦中にあるはずの従兄はベッドに座ったまま「勃っちゃった……」と別のことに頭を悩ませている。今日は貞操帯を着けていないのか、それとも着けているから勃つと痛くて困っているのか。

「…………そんな扱いをするなら兄ちゃんを返せ」

「君のものじゃないだろ?」

「……アンタのものでもない」

「いいや違うね髪の毛一本どころか呼気に至るまで僕の物だ」

従兄は呑気に欠伸をしながら着替え始めてしまった、俺がこの喧嘩を止めるべきだろうか。

「あっ、あの……二人とも、その辺にしておきませんか? 今日はお化け退治本番なんですよね、そんな言い争いしてる場合じゃないですし……センパイっ、センパイ、さっきまでの態度ちゃんと謝らせてください。ねっ、俺と話しましょ」

太い腕に抱きついてセンパイが暴力的な手段に出る万が一の可能性に備える。

「朝食取ってきますね」

「僕も行く。運べ」

いつもの着物に着替え終えた従兄はその場に跪いて頭を垂れた。社長は従兄の首を跨いで頭に手を添える。従兄が立ち上がり、見慣れない大人同士での肩車が完成した。

「この着物も僕が見繕った」

社長の太腿に顔を挟まれているからか従兄は心底幸福そうな顔をしている。いつかSNSで見かけた、飼い主に撫で回されている柴犬はああいう表情をしていたなと漠然と思った。

「発進します。じゃあな國行、手洗って待ってろよ」

社長は天井に頭をぶつけないよう背を丸めて従兄の頭に抱きつくようにし、従兄は更に嬉しそうな顔をして部屋を出ていった。

「あの……センパイ、俺……センパイがお兄さんと寝てたり、仲良さそうにしてるの見て、俺にして欲しいなって嫉妬してて……ごめんなさい、家族相手にこんなこと……」

「…………いや、いい……そんなことであれだけ拗ねるのは、とても可愛らしい。悪かったな、寂しがらせて。如月達に囲まれていたから平気だと思っていた」

「センパイは悪くありませんっ、センパイお兄さんに甘えたかったですよね。たまにしか会えないんだから……邪魔しちゃダメだって思って、でも……! すいません」

「……そう落ち込むな」

今落ち込んでいるのはセンパイの方だ。多分、社長が従兄を虐めていると思っている。まぁ実際そうなのだが同意の上と言うか……濁さずに言えばアレは傍迷惑なSMプレイだ。二人きりの時だけにしてくれていたらセンパイはこんな悲しそうな顔をしなかったし、俺の気苦労もなかったのに。

「………………兄ちゃんは必ず買い戻す。ノゾム、行こう……食事の準備だ。手を洗っておかないとな」

「あ、はい……あの、センパイ、お兄さんのことなんですけど、お兄さんそんなに嫌そうじゃなかったし……社長さん細身ですから踏まれてもそんな痛くなかったんじゃないですかね。だからそこまで、その、なんて言うか……真剣に受け止めなくてもいいかなって」

「…………人に踏まれたら不愉快だろう、それも歳下に。重さ痛さの問題じゃない。パワハラだあんなの、俺の親父に売られて……逆らえずに虐められて、それでも俺のために必死に働いて仕送りしてくれてる。そんな兄ちゃんに真剣にならずに、何に真剣になれって言うんだ」

だってSMプレイなんだもんアレ……と言えたら楽なのに。

「ただいまぁー。朝飯ですよガキ共~」

敬愛する従兄が歳下に虐められるのが好きなドMだなんて知ったらセンパイは酷いショックを受けるだろうし、従兄もかなり落ち込むだろう。彼はセンパイにはカッコイイ従兄ぶっていたいようだし。

「……兄ちゃんおかえりっ、配膳は俺がやる」

「そうか? じゃあ頼む」

「僕の分は君がやってよ、嫌だからね他人が触ったもの食べるなんて」

「分かってますよ。そろそろ降りてくださいません?」

「やだ、ここ眺めいいんだよ。生意気な子供のつむじが見えて、さ」

赤紫色の視線はセンパイの頭に向いている。センパイが一方的に噛み付くならまだしも、社長の方もセンパイを嫌っていて煽ってくるからタチが悪い。



朝食の後、俺達は水着に着替えた。レンの今日の水着は男物の方だ。俺が選んだピンクの花柄、センパイにはダサいと評された水着。センパイは案外とセンスが悪いのかもしれない、だってレンはこんなにも可愛い。

「やっぱレンそれ似合うよ」

「あはっ、ありがとうなもちぃ」

「月乃宮! 来い」

社長は水着ではなく巫女服に身を包んでいる。中性的な美顔の持ち主とはいえ男性だし、俺は和装に詳しくないから本当に巫女服なのかどうかは怪しい。巫女服だと思った理由なんて袴が赤色だから、くらいしかない

「なんですか?」

「如月が作った身代わり式神を貼り付けておく」

机の隅にまとめられている人型に切られたケント紙のうち数枚がひとりでに起き上がり、スゥッと空中を滑るように移動し、俺の背中にぺたぺたっと貼り付いた。

「なんか違和感ありますね……」

「他の二人も! こっちに来て背中出せ」

センパイとミチの背中にも同じように数枚の身代わり式神とやらが貼り付けられた。どうやって貼り付いているのかは全く分からないが、どうせ聞いても分からないので社長に聞きはしなかった。

「こっここ、これで幽霊に襲われないんですか?」

「襲われてもそれが身代わりに破れるってだけ、全部破れたら次は君自身。せいぜい気を付けることだね」

「かかかっ、身体が埋め尽くされるくらいコレ欲しいですぅっ……」

「無理だよ、身代わり式神作るのにどれだけ霊力削ると思ってんの」

とあるゲームでも身代わり人形を置く際にはHP、つまり体力を消費していた。つまりはそういうことなのだろう。

「で、でで、でもぉっ、三枚って……」

「僕がそれ作り過ぎて除霊途中で力尽きたら、何枚あったって関係ないだろ? 退治出来なくなるんだから」

「ぅうぅ……こここ、怖いですぅ……やだよお……かか、か、帰りたい」

「あの……レンの分は?」

俺、センパイ、ミチには身代わり式神が貼り付いているが、レンにはない。

「如月のはこれ」

社長の手には俺達に使われているのと同じ人型の……違う、よく見ると頭に二つ突起がある。角だ。鬼型の紙だ。

「怪異は魂を見る、如月のことは鬼に見える。鬼には鬼用の身代わりが必要だ」

「ありがとうございます、頑張りますね」

レンの背中にも紙が貼り付けられた。小さな角が生えた人型は何だか可愛い。

「じゃあ次はいつも通りライフジャケットと数珠を配布するよ」

せっかくの露出度を下げるライフジャケットを残念に思いつつ、両手両足首にはめた数珠を眺める。

「如月にはこれも。怪異が居たら幽体離脱せずこれを振り回せ」

レンには御札が貼られたスポーツチャンバラ用の柔らかい棒が与えられた。その子供用玩具のような鮮やかな色と不気味な御札の組み合わせには俺もミチも恐怖を感じた。
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