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幼馴染と部屋に閉じこもってみた

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レン達と共にホテルの一室に戻り、一人ずつシャワーを浴びて部屋着に着替えた。レンは水着の時と雰囲気がよく似た白い清楚なワンピースに身を包み、少女のような声で敬語を保った。今日はそういう日なのだろう。

「わ……き、きき、如月くんっ、かか、可愛いねその服っ」

「ありがとうございます。今日初めて袖を通したんですよ」

レンは何着か白いワンピースを持っていたが、今日着ている物は見覚えがない。くるぶしまである丈の長さや一切フリルのないデザイン、肩紐の細さから俺はレンが「解放されている」と感じた。

「ほ、ほ、本当にお姉さんみたいっ……話し方とか、すごいねっ」

何から解放されているのか? 答えは俺にしか分からないだろう、それは俺が押し付けた理想の彼女像だ。むっちりとした太腿を晒し、フリルなどで男の体型を誤魔化し、肩や首の露出は避ける──それが今までのレンだった。俺の身勝手な願望に付き合ってくれていた。もう付き合わなくていいのだと、俺は本当はレンそのものが好きだったのだと、レンが分かってくれたのが嬉しい。解放されてくれて嬉しい。

「ふふふ……形州センパイっ、あなたは褒めてくれないんですか?」

レンは俺を一瞥した後、何故かセンパイに声をかけた。センパイは鬱陶しそうに目を細め、ため息をついてから棒読みで「すごいな」と言った。

「なんですその言い方、気持ちが込められていませんね」

「……込めようがないからな。女は嫌いだ」

「そういえば以前会った時、電波女なんて言われましたねぇ……傷付きましたよアレ」

「………………あぁ、あの女はお前だったな」

いつもレンとセンパイは軽い諍いばかり繰り返しているけれど、今日は特に酷い。レンが女装しているからなのだろうか、センパイの女性嫌いはそんなに強いものなのだろうか。

「レン……俺の褒め言葉聞いてよ」

「ふふっ、聞いたことないですよそんなセリフ。はい、じゃあ、褒めてください、ノゾムさん」

「その前にさ、なんで俺後回しにしたのか聞いてもいい?」

「好きな物を最後まで取っておきたい気分の時ってあるでしょう? ショートケーキのイチゴを取っておいたりとか」

「生クリーム味わった後だと酸っぱいから最初に食べた方が美味しいと思う」

「人によるんですよ、私はその気分で変えたりします……ってショートケーキの話はどうでもいいんですよ」

どうでもいいと言うレンの表情には微かな怒りが含まれていて、なんだか可愛らしい。

「えっとな……まず、レンのワンピースって丈の短いのが多いじゃん。そのくるぶしくらいまである長いの、新鮮でいい。スカートもふわっとしてないから身体のラインが出て……なんか、セクシーで、その……ドキドキする」

「ノゾムさんったら私が足出してても出してなくても私のことそういう目で見てるんですね」

「う、うん……普段のフリフリした服も可愛いけど、つるんとした服もその、やっぱり……」

「身体のラインが出て?」

「いい、です。すごく……肩出てるのも珍しくて、ドキドキする。肩出てるとなんか掻き立てられるんだよ、男の本能みたいなのが」

「…………分かる」

センパイが重く深く頷いた。今度肩が出せる服を探してみようかな。

「ふふふ……すごく嬉しかったです、ありがとうございました。なんか……小学生の感想文みたいになっちゃいましたね」

照れているのか頬を僅かに染めたレンは嬉しそうにしている。俺の褒め言葉は上手く響いたようだ。

「よ、よよ、よかったね如月くんっ。ノゾムくん……ぉ、お、男の本能とかあるの……? あれだけ、その……されてる、のに」

「あるよ本能くらい!」

「………………腹が減ったな」

「あ、そうですよね。下行ってみますか?」

「待ってください、その前に連絡してみましょう」

無駄足を避けるためだろうか? まだ用意されていなくともその場で待てばいいだけだと思うのだが。

「霊の気配が濃くなってきています、弱いものばかりですが……外に出るのはあまり良くないと思います」

「……兄ちゃんが言っていたのはホテルからという意味だと思っていたが」

「私もですし、大まかには多分それで合ってるはずです。ホテルそのものを包む結界もありますし……でも、この部屋には更に結界を張ってくださっていますから、部屋の中の方が安全なんです」

「…………二重なのか。まぁ……そうだな、一番に影響を受けるのはノゾムだ。安全策を取ろう」

静かに怯え、震えていたミチの肩を抱く。レンが従兄に電話をかけるのを三人とも無言で見守った。

「あ、もしもし、秘書さん? 晩御飯のことで……はい、はい、ぁ、分かりましたー、ありがとうございます。あの、俺の名前分かります? はい……はい、ありがとうございました」

電話はすぐに終わった。

「そろそろ持ってこうと思ってたそうです。鍵をかけずに待っていてって」

レンはスマホを置いて部屋と廊下を繋ぐ扉の鍵を開けた。

「…………なんで名前聞いたんだ?」

俺達の元へ戻ってきたレンにセンパイは俺が全く気にしていなかったことを尋ねた。そういえばなんでだろう……と俺とミチの頭に疑問符が浮かぶ。

「ほとんどの場合、怪異はこちらの名前か分かりません。自分から名乗るが、誰かに呼ばれているのを聞かない限りは……だから電話などで本人確認をしたい場合は名前を言えるかどうかで確認するといいですよ」

「俺も何回か怪異の声真似に騙されたからなぁ……」

「…………覚えておこう。ミチ、手にでもメモをしておけ」

「お、おぉ、覚えてられるよっ! メっ、メモなんていらない!」

しばらく談笑して待っていると、扉を叩く音がした。従兄が夕食を持ってきてくれたのだろうか。

「すいませーん」

扉を開けに行こうと立ち上がるとレンに腕を掴んで止められ、もう片方の手で口を塞がれた。

「しー……返事するのもまずいですよ、ノゾムさん」

「…………あの声は兄ちゃんの声だ。アレが偽物だって言うのか?」

「分かりません。けれど、秘書さんは鍵を開けて待っていろと言ったんです。それはつまり勝手に部屋に入るから何もするなってことじゃないでしょうか」

扉を叩く音はまだ続いている。ミチがガタガタと震え出した。

「そのつもりだったけど手が塞がってるだけかもしれないぞ」

「家のドアみたいに覗き窓があればまだいいんですけど……」

ドアの向こうから「すいませーん」と声が投げ込まれる。答えずにいると続けて「手が塞がっちゃっててー」と新たなセリフ。それでも開けずに待っていたが、扉の向こうから聞こえる声の調子は変わらない。

「こ、ここ、これだけ無視してたら普通何か言ってくるよねっ?」

偽物だとみんなが確信を持ったその時、扉がドンッと強く叩かれた。その音は連続し、セリフも「開けろ」と語気の強いものに変わった。

「ひぃぃいぃい……!」

「ミチ、落ち着け、大丈夫だ、ミチ」

扉を叩く手が増えていくような気配がある。もう扉が外れてしまうんじゃないかと、俺まで怯え始めた頃、扉が開いた。

「こんばんはー、夕飯持ってきましたよ~」

従兄だ。ワゴンを押している。俺は何より扉を叩く音が止んだことに安堵し、食欲はすっかり失せていた。
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