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怪異:擬似神
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先程まで従兄が全力で止めていたレンが、社長のたった一言で怯えて大人しくなった。
「顔見せて」
垂れていた髪が震えながら動き、オールバックに変わる。社長はアタッシュケースを開けてカメラを取り出し、レンの顔を撮影した。
「ん、次は全身。浮いて」
言われるがままに浮かび上がり、後ろ姿まで撮らせたレンを見ていると装備変更中のゲームキャラを思い出した。
「爪、牙、角に……鱗もアップで撮っておこうか」
撮影を終えてカメラを片付ける無防備な背中にもレンは怯えている。社長は次に注射器を取り出し、レンに腕を出すように言った。
「ふぅん……すごい濃度だね。霊体が物理的な作用を起こすにはエクトプラズムが必須だけど、君のはとっても濃いよ。こんなに濃いのは貴重なサンプルになるよ、大人しく採取されてくれるなんて優しいね。やっぱり如月は逸材だ」
注射器が抜き取ったレンの赤い血は社長が注射器を軽く揺らすと白く濁った液体に変わった。
『ヴヴ……』
「声を出していいって僕言った? 不快だよ」
唸り声すら上げなくなったレンから視線を完全に外し、注射器の中身を瓶に移す作業を終え、注射器と瓶をアタッシュケースに収納する。
「…………あの」
「彼らに引き渡して」
黒いスーツを着た男達が従兄を車に運んだ。二台停まっていたが、従兄を乗せた一台だけが走っていった。病院にでも行くのだろう。
「……兄ちゃんは、大丈夫でしょうか」
「死ねや身体に傷を残せなんて命令は出してないから、しばらくすれば完治すると思うよ」
「………………如月は戻りますか?」
「人間にって意味なら答えはNOだ」
センパイは従兄の血に塗れた自分の手や服を気にした後、自分を睨んでいる茶色い瞳に気付いた。
「……如月は、どうなりますか」
「それを聞きたいのは君じゃないんじゃないの? どうして君が聞くのかな?」
「…………ノゾムが知りたがっていることは、俺の知りたいことでもあります」
レンが無言のまま髪を僅かに揺らした。
「へぇ……? 君は随分如月に嫉妬されてるみたいだね」
「……そうですか」
「如月の嫉妬も僕の嫉妬も受けるとは……君は随分怪異に嫌われるね」
そういえば従兄と社長はデキてるんだったな。仲がいいからと言って恋人の従弟に嫉妬するのも妙な話だが。
「……何故あなたにも? いや、それはいい。兄ちゃんは如月を消すとか言っていましたが……殺してしまうのですか? もしそうなら……それはやめて欲しい」
「殺すわけないだろ、こんな逸材。確かに如月は人間には戻れない、けれど人の身体はまだ持ってる。人でなくとも人として生きていくことは可能だよ」
「………………安心しました」
だよな、とでも言うようにセンパイは俺の方を向き、レンは地面を引っ掻いた。
「怪異は必ずしも消される訳じゃない、肉体を持っていて人類に協力的なら指定怪異として登録される。そうだね、如月の場合は……怪異:鬼と言ったところかな。ふふ……僕とお揃いだね」
「……お揃い?」
「僕に関する記憶は後で消させてもらうから今言うけれど、僕も人間であって人間じゃない、怪異とも言い切れないみたいだけど。指定怪異其の零、怪異:擬似神と呼ばれてる……改めてよろしく」
「…………ゴッド。神……ですか? デミの意味は分かりませんが……確か、あなたの苗字には神という字が入っていた。例の言霊ですか」
「どうせ忘れるのに随分気にするねぇ、僕達一族は人類が太古の昔から行った冒涜的な品種改良によって怪異堕ちしてるんだよ。計算尽くの人工物、生物としても怪異としても醜く歪んでるんだ」
「……兄ちゃんはそれを知っていますか?」
「どうだろう。彼、忘れっぽいから」
知っても都度記憶を消しているという意味か? 教えていないという意味か? センパイはきっと俺と同じようにその二択で迷った。
「もう質問はいいかな? そろそろ作業に移らないと。如月の身体も霊体が抜けっぱなしじゃ都合が悪い」
「……身体に戻すんですね? 持ってきましょうか」
「こんな負のエネルギーを溜め込んだ霊体を身体に戻したら耐え切れずに身体だけ壊れてしまう。訓練してちょっとずつ慣れさせないと、こんな霊体入れられない」
「…………ではどうするんです?」
その質問を待っていたとでも言うように社長が取り出したのは短刀だ。濡れたような輝きを放つ刀身は二十センチ程度だが、それでも原始的な恐怖を呼び起こす。
「これは一族に伝わる短刀でね、御先祖様が何人も自害に使ったことで怪異殺しの箔が付いた代物さ。霊体を切ったり刺したり出来る。これで如月の霊体を身体に入るサイズまで切る」
「……き、切る!?」
「クッキーを作る時とかに型抜きをするだろ? 型抜きの内側に入らない部分は切っちゃうだろ?」
「…………如月はクッキー生地とは違って痛覚がありますが」
「クッキー生地に痛覚がないって証明出来るの? 君面白いね」
レンは霊体の腕を折ってしまったから腕が一時的に動かなくなったのだ、切ったりなんてしたら二度と動かなくなるんじゃないか? そう考えると足が動いた。
「あ、あのっ……やめてくださいっ、レンに酷いことしないで……」
口も動いた。しかし、センパイとの会話には快く応えていた社長は俺の声は無視してレンの角を片方切り落とした。
「うん、流石によく切れるね、どんどん行こう」
もう片方の角も切り落とされ、観光地の鹿のようになる。社長が楽しげにレンの髪を雑に切ると、不思議なことに勝手に肉体と同じ髪型に整った。
「髪もスパスパ……ふふ、すごいなぁ。如月、爪を出しなさい」
爪を切らせる際のレンの手は震えていたが、指を切られることはなく爪も肉体と同じ形に変わった。
「噛んで」
レンは恐る恐る差し出された短刀を噛む。もちろん短刀は水平になっているが、唇の端が切れそうで見ている方も怖かった。
「OK……んー、まだちょっとはみ出るなぁ」
牙が刀身に触れた瞬間、何故か鋭い牙は肉体と同じような歯に戻り、社長が刀身でぺちぺちとレンの頬を叩くと裂けていた口も肉体と同じサイズに戻る。
「鱗もちょっと削ろうか。舌は可愛いから置いておこう、それくらいなら身体に入るし」
レンは怖がっていたが刀身の側面を押し当てるだけで手足にあった鱗は簡単に剥がれて落ち、ゲームの敵キャラのように消えてしまった。
「角は完全には消えない、それは君が鬼である証拠だ。でもその他の異形化した部分は削れたね。ほとんど自動で削ってくれるのはこの刀くらいのものだけど、これは貴重で大切なものだから、また負のエネルギー溜め込んじゃったら肉体が破裂する前に僕に言うんだよ」
『は、い……』
いつから正気に戻っていたのか、レンは眉尻を下げて小さく返事をした。
「君の肉体が許容出来るのは、今はその舌が限度だ。それ以上を無理矢理押し込めると霊力が漏れ出してしまう、心当たりは?」
『ガラス、割ったり……電気、変になったり』
「それだね。あんまり嫉妬しちゃダメだよ、君の嫉妬は発電みたいなものだからね」
『はい……』
「何してるの國行くん、早く如月の身体持ってきて」
センパイはしっかりと返事をすると慌てて家の中に駆け込んだ。ミチの悲鳴が聞こえたのはセンパイが血まみれだったせいだろう。
「レン……大丈夫、か? 痛いとこないか?」
『もち、もち……俺、何したんだっけ。よく覚えてなくて……ごめんなさい。人間に戻れないって言われて、わーってなって……そこから、もう……記憶が』
「そっか……ぁ、あの社長、この先もレンをお願いすることになると思うんですけど、一つ約束してください。レンは繊細なので丁寧に扱ってください。今回みたいな追い詰めるみたいな言い方とか、控えて欲しい……あんな言い方しなきゃレンもここまで暴走しなかったかもしれない。嫁を預けてるんですから、そのくらい言ってもいいですよね」
『嫁……嫁で、いいの? こんな……大暴れしちゃうような化物。人間じゃないってお墨付きまでもらったのに……まだ俺、お前のお嫁さんでいいの?』
「離婚なんて俺達にはないよ。俺は性別も人間かどうかも関係なく、レンが好きなんだ。大丈夫、後で一緒にセンパイとお兄さんに謝ろう、きっと許してくれるから……きっと元通りになれるからな」
涙ながらに頷いたレンの手を握る、もう爪はない。
涙に濡れた冷たい唇に口付ける、もう牙はない……だが長い舌は残っていて、喉仏の裏までしっかりと舐められてしまった。
「顔見せて」
垂れていた髪が震えながら動き、オールバックに変わる。社長はアタッシュケースを開けてカメラを取り出し、レンの顔を撮影した。
「ん、次は全身。浮いて」
言われるがままに浮かび上がり、後ろ姿まで撮らせたレンを見ていると装備変更中のゲームキャラを思い出した。
「爪、牙、角に……鱗もアップで撮っておこうか」
撮影を終えてカメラを片付ける無防備な背中にもレンは怯えている。社長は次に注射器を取り出し、レンに腕を出すように言った。
「ふぅん……すごい濃度だね。霊体が物理的な作用を起こすにはエクトプラズムが必須だけど、君のはとっても濃いよ。こんなに濃いのは貴重なサンプルになるよ、大人しく採取されてくれるなんて優しいね。やっぱり如月は逸材だ」
注射器が抜き取ったレンの赤い血は社長が注射器を軽く揺らすと白く濁った液体に変わった。
『ヴヴ……』
「声を出していいって僕言った? 不快だよ」
唸り声すら上げなくなったレンから視線を完全に外し、注射器の中身を瓶に移す作業を終え、注射器と瓶をアタッシュケースに収納する。
「…………あの」
「彼らに引き渡して」
黒いスーツを着た男達が従兄を車に運んだ。二台停まっていたが、従兄を乗せた一台だけが走っていった。病院にでも行くのだろう。
「……兄ちゃんは、大丈夫でしょうか」
「死ねや身体に傷を残せなんて命令は出してないから、しばらくすれば完治すると思うよ」
「………………如月は戻りますか?」
「人間にって意味なら答えはNOだ」
センパイは従兄の血に塗れた自分の手や服を気にした後、自分を睨んでいる茶色い瞳に気付いた。
「……如月は、どうなりますか」
「それを聞きたいのは君じゃないんじゃないの? どうして君が聞くのかな?」
「…………ノゾムが知りたがっていることは、俺の知りたいことでもあります」
レンが無言のまま髪を僅かに揺らした。
「へぇ……? 君は随分如月に嫉妬されてるみたいだね」
「……そうですか」
「如月の嫉妬も僕の嫉妬も受けるとは……君は随分怪異に嫌われるね」
そういえば従兄と社長はデキてるんだったな。仲がいいからと言って恋人の従弟に嫉妬するのも妙な話だが。
「……何故あなたにも? いや、それはいい。兄ちゃんは如月を消すとか言っていましたが……殺してしまうのですか? もしそうなら……それはやめて欲しい」
「殺すわけないだろ、こんな逸材。確かに如月は人間には戻れない、けれど人の身体はまだ持ってる。人でなくとも人として生きていくことは可能だよ」
「………………安心しました」
だよな、とでも言うようにセンパイは俺の方を向き、レンは地面を引っ掻いた。
「怪異は必ずしも消される訳じゃない、肉体を持っていて人類に協力的なら指定怪異として登録される。そうだね、如月の場合は……怪異:鬼と言ったところかな。ふふ……僕とお揃いだね」
「……お揃い?」
「僕に関する記憶は後で消させてもらうから今言うけれど、僕も人間であって人間じゃない、怪異とも言い切れないみたいだけど。指定怪異其の零、怪異:擬似神と呼ばれてる……改めてよろしく」
「…………ゴッド。神……ですか? デミの意味は分かりませんが……確か、あなたの苗字には神という字が入っていた。例の言霊ですか」
「どうせ忘れるのに随分気にするねぇ、僕達一族は人類が太古の昔から行った冒涜的な品種改良によって怪異堕ちしてるんだよ。計算尽くの人工物、生物としても怪異としても醜く歪んでるんだ」
「……兄ちゃんはそれを知っていますか?」
「どうだろう。彼、忘れっぽいから」
知っても都度記憶を消しているという意味か? 教えていないという意味か? センパイはきっと俺と同じようにその二択で迷った。
「もう質問はいいかな? そろそろ作業に移らないと。如月の身体も霊体が抜けっぱなしじゃ都合が悪い」
「……身体に戻すんですね? 持ってきましょうか」
「こんな負のエネルギーを溜め込んだ霊体を身体に戻したら耐え切れずに身体だけ壊れてしまう。訓練してちょっとずつ慣れさせないと、こんな霊体入れられない」
「…………ではどうするんです?」
その質問を待っていたとでも言うように社長が取り出したのは短刀だ。濡れたような輝きを放つ刀身は二十センチ程度だが、それでも原始的な恐怖を呼び起こす。
「これは一族に伝わる短刀でね、御先祖様が何人も自害に使ったことで怪異殺しの箔が付いた代物さ。霊体を切ったり刺したり出来る。これで如月の霊体を身体に入るサイズまで切る」
「……き、切る!?」
「クッキーを作る時とかに型抜きをするだろ? 型抜きの内側に入らない部分は切っちゃうだろ?」
「…………如月はクッキー生地とは違って痛覚がありますが」
「クッキー生地に痛覚がないって証明出来るの? 君面白いね」
レンは霊体の腕を折ってしまったから腕が一時的に動かなくなったのだ、切ったりなんてしたら二度と動かなくなるんじゃないか? そう考えると足が動いた。
「あ、あのっ……やめてくださいっ、レンに酷いことしないで……」
口も動いた。しかし、センパイとの会話には快く応えていた社長は俺の声は無視してレンの角を片方切り落とした。
「うん、流石によく切れるね、どんどん行こう」
もう片方の角も切り落とされ、観光地の鹿のようになる。社長が楽しげにレンの髪を雑に切ると、不思議なことに勝手に肉体と同じ髪型に整った。
「髪もスパスパ……ふふ、すごいなぁ。如月、爪を出しなさい」
爪を切らせる際のレンの手は震えていたが、指を切られることはなく爪も肉体と同じ形に変わった。
「噛んで」
レンは恐る恐る差し出された短刀を噛む。もちろん短刀は水平になっているが、唇の端が切れそうで見ている方も怖かった。
「OK……んー、まだちょっとはみ出るなぁ」
牙が刀身に触れた瞬間、何故か鋭い牙は肉体と同じような歯に戻り、社長が刀身でぺちぺちとレンの頬を叩くと裂けていた口も肉体と同じサイズに戻る。
「鱗もちょっと削ろうか。舌は可愛いから置いておこう、それくらいなら身体に入るし」
レンは怖がっていたが刀身の側面を押し当てるだけで手足にあった鱗は簡単に剥がれて落ち、ゲームの敵キャラのように消えてしまった。
「角は完全には消えない、それは君が鬼である証拠だ。でもその他の異形化した部分は削れたね。ほとんど自動で削ってくれるのはこの刀くらいのものだけど、これは貴重で大切なものだから、また負のエネルギー溜め込んじゃったら肉体が破裂する前に僕に言うんだよ」
『は、い……』
いつから正気に戻っていたのか、レンは眉尻を下げて小さく返事をした。
「君の肉体が許容出来るのは、今はその舌が限度だ。それ以上を無理矢理押し込めると霊力が漏れ出してしまう、心当たりは?」
『ガラス、割ったり……電気、変になったり』
「それだね。あんまり嫉妬しちゃダメだよ、君の嫉妬は発電みたいなものだからね」
『はい……』
「何してるの國行くん、早く如月の身体持ってきて」
センパイはしっかりと返事をすると慌てて家の中に駆け込んだ。ミチの悲鳴が聞こえたのはセンパイが血まみれだったせいだろう。
「レン……大丈夫、か? 痛いとこないか?」
『もち、もち……俺、何したんだっけ。よく覚えてなくて……ごめんなさい。人間に戻れないって言われて、わーってなって……そこから、もう……記憶が』
「そっか……ぁ、あの社長、この先もレンをお願いすることになると思うんですけど、一つ約束してください。レンは繊細なので丁寧に扱ってください。今回みたいな追い詰めるみたいな言い方とか、控えて欲しい……あんな言い方しなきゃレンもここまで暴走しなかったかもしれない。嫁を預けてるんですから、そのくらい言ってもいいですよね」
『嫁……嫁で、いいの? こんな……大暴れしちゃうような化物。人間じゃないってお墨付きまでもらったのに……まだ俺、お前のお嫁さんでいいの?』
「離婚なんて俺達にはないよ。俺は性別も人間かどうかも関係なく、レンが好きなんだ。大丈夫、後で一緒にセンパイとお兄さんに謝ろう、きっと許してくれるから……きっと元通りになれるからな」
涙ながらに頷いたレンの手を握る、もう爪はない。
涙に濡れた冷たい唇に口付ける、もう牙はない……だが長い舌は残っていて、喉仏の裏までしっかりと舐められてしまった。
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