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幼馴染が心配になってきた

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従兄からの電話があり、俺はレンの家を出た。社長には家から出るなと言われていたが、その社長の秘書である従兄からの呼び出しなのだから問題ないはずだ。家を出てはいけない期間はもう終わったのだろう、彼らは今この街に居るのだろう。

「えっと……こっち、だな」

スマホを片手に従兄に教えられた住所へと急ぐ。あまり行かない方向だからどこに何があるのかよく分からず、俺の足はしょっちゅう止まった。

「あれ……? マップ調子悪い、嘘だろやめてくれよ……」

通信状態が悪いのか、マップアプリの調子がとても悪い。だが、とりあえず目の前の横断歩道を渡ることは分かっている。回復を待とう。

「……ん?」

ザザ、とスマホにノイズが走る。持ち上げて観察すると砂嵐が映し出され、数秒でそれが終わると目の前の横断歩道が映し出された。

「え……? ストリートビューになっちゃったのかな、どうやって戻せば……」

画面に触れてもどうにもならないし、電源ボタンもホームボタンも効かない。目の前の景色とスマホの中のほとんど同じ景色を見比べ、空の雲の量が違うことに気が付いた。

「んなことどうでもいいしなぁ……どうしよう」

ストリートビューにしては車が走っているのはおかしい。動画のように見える。困惑しつつも見つめることしか出来ないでいると、スマホの中の歩行者用の信号が青に変わった。

「……こっちはまだ赤だな」

歩行者が何人か横断歩道を渡っていく。何気ない景色の中、白いワンピースを着た女性が妙に目に付いた。彼女に注視した瞬間、恐ろしい勢いで突っ込んできた乗用車が彼女を跳ね、轢き、引きずり、道路に赤い線を描いた。

「……っ!?」

思わずスマホを取り落とす。慌てて拾おうと屈み、目の前の電信柱の根元に花束が置かれていることに気が付いた。

「…………」

スマホの画面は元に戻っている。俺はスマホを拾う前に花束に向かって手を合わせた。

「……あ」

信号が青になった。俺はスマホを拾い、マップを横目に横断歩道を渡り始めた。中程まで来たその時、ズン……と身体が重くなる感覚があった。

「……っ!? な、何……」

何かにおぶさられている。何なのかは振り返らなくても分かる、俺の頭の横に垂らされたひしゃげた腕は女の物だ。

「あ、あの……」

『……見た、でしょ?』

「…………事故に遭った方ですか」

まずい、身体が重すぎて歩けない。このままでは彼女の二の舞だ。

「あ、あのっ、本当に……えっと、あっ! 花! 後で持ってきますから! は、離してください……早く渡らないと轢かれちゃう」

『痛いの……』

「は、はい、本当に、その、ご不幸……えっと」

『誰も分かってくれないの』

彼女に気付かないということだろうか? 首塚の一件から俺は霊媒体質になっているらしいし、普通の人間よりは気付きやすいだろう。でも、だからって──

『……同じ痛み、分かって』

──殺されてたまるか。レンとようやく本音で話せたんだ、レンのために怪我の治りが早くなる薬をもらいに行くんだ、こんなところで死ぬ訳にはいかない。

「離してっ……離せ! 重い!」

無理矢理歩こうとするも、身体が動かない。レンがするものよりもずっと質の悪い金縛りのようだ。焦りの中、信号の色が赤へと変わり絶望に包まれ、クラクションが鳴り響く──

「ひっ……!」

──鳴り響く、だけだ。冷静に考えれば当たり前だ、信号が変わっても横断歩道に人が居れば運転手は苛立つだけ。信号が変わった途端にアクセル全開なんて人間そう居ない。

『…………私は、信号……守ってたのに』

金縛りが解けた。諦めたのだろう。俺は俺にクラクションを鳴らす車から逃げるように走って横断歩道を渡り切った。

「はぁっ、はぁっ…………怖かった」

あの女性の霊はすぐに諦めてくれただけまだマシだった。やはり霊媒体質は嫌だ、従兄と社長はもうこの街に帰ってきているはずなのに、彼らが居れば霊達は少し大人しくなるはずなのに、死にかけた。

「…………もうちょっとだ、頑張ろ」

従兄に会えたらレンの怪我の治りを早くする薬だけでなく、数珠ももらおう。そう決めて人気のない方へ歩いていく。

「電話……ミチ?」

スマホが鳴った。ミチからの着信だったのですぐに出る。

「もしも……」

『もち!? やっと繋がった……お前どこに居るんだよ、さっき家出てったろ! すぐ戻ってこい!』

『ノ、ノノ、ノっ、ノ、ノゾムくん!? よよ、よかったぁ、なかなか電話出ないから何かあったんじゃないかってぇ!』

電話が繋がらなかったのか? まぁ、少し前まで霊障でおかしくなっていたからな、その後は金縛りで出ようがなかったし。

『お前師匠に聞いてないのか!? 今あの人この街に居ないんだよ、しばらく霊が活性化するから外出んなって言われただろ!?』

「お兄さんに呼ばれたんだよ、だからもう霊は大人しくなってるんだと思うよ。レンの怪我早く治る薬もらってくるから楽しみに待ってて」

『はぁ……!? 秘書さんが? そんなすぐ帰ってくる訳ないだろ、移動時間だけでもそこそこかかるとこ行ってんだぞ!』

「え……?」

俺は突然寒気に襲われた。レンがいつか言っていた、以前首塚の怪異もやっていた、なのにどうして忘れていたんだろう。怪異は声真似が得意だなんて俺にとってはもう常識じゃないか。

『月乃宮ー』

「……お兄さんの声が聞こえる」

指定された住所にあったのは古びた空き家だ。昭和初期の建物といった感じの外見だ。割れた窓が空いており、そこから伸びた手がゆらゆらと揺れている。手招きをしている。

『月乃宮ー、おいで。レンのためだろー?』

以前、首塚の怪異が声真似をした時はもっと上手かった。常に俺の傍に居たからだろうか。

「……お兄さんは、俺のこともレンのことも苗字に様付けで呼ぶんだ」

どうしてレンの家でそれを考えられなかったんだ? ウッドデッキに出た時既に俺は怪異の術中にハマっていたのだろうか。

『月乃宮ー、月乃宮ー、月乃宮ー、月乃宮ー』

『もち、おい大丈夫か? そっちどうなってる、帰ってこれそうか?』

とてもではないが自力では帰れなさそうだ。足がすくんで動かないし、怪異が手招きをするに留まっているのは俺がいつまでも逃げ出さないからだと分かる。もし走れば俺は一瞬で捕まり、惨たらしく死ぬだろう。

「よく……ホラーゲームとかで、犠牲者が随分筆まめなことあるじゃん。すごい詳細な手記とか残しててさ……アレ、ゲームの都合じゃないかも」

『はぁ!? こんな時に何の話だ』

「逃げられないよ……反撃なんかもっと無理、そんなことしたら死ぬ……何もしなくても死ぬけど、何かするよりよっぽどマシ。怖くて気が狂いそうだよ、こんな状況に置かれたらそりゃ何か書くよ。今は電話だけど……もし電話かかってきてなくてメモ帳持ってたら、俺も手記残すかも」

『……迎えに行く。近くにデカい鏡かガラスあったらそこにスマホ向けろ』

微妙に関係のない話を始めた俺の状態から状況を鑑みたのか、レンは俺を助けようとしてくれている。

「ダメだよ……レン、腕怪我してる。霊能力使っちゃ治りが遅くなる。だからダメ……俺、俺っ、レンの怪我の治り早くなるからって、こんなとこまで来たんだ」

『治り早くなるなんてありえねぇし、そもそもそんなにこの怪我長引かねぇよ!』

「あ……こっち来る」

『は!? おいっ……もち、もち! ノゾム! 返事しろノゾム!』

「……聞いて、レン……静かに、聞いて。俺さ、俺……俺、俺、レンのこと、大す──」

掴まれ、引っ張られ、震えていた手からスマホが滑り落ちる。スマホがアスファルトにぶつかる瞬間すら見れないスピードで家の中へと引きずり込まれ、怪異を見上げ、最期の言葉すら言わせてくれなかった怪異の意地の悪さを察する。

『ノ、ノノ、ノゾムくん! ノゾムくぅん! きっ、き、き、如月くん急に寝ちゃった! たたた、叩いても起きないよぉ!』

レンが助けに来てくれることなんて願わない。来ないことを願う。だって、腕を負傷しているレンに勝てるとは思えないから、レンには死んで欲しくないから──
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