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朝起きたら幼馴染が隣で寝てた
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イルカのぬいぐるみとヒトデモチーフの飾りが付いた髪留めをお土産として渡し、笑顔のミチに「終わったら宿題を写させてくれ」と軽口を叩く。お決まりの「自分でやらないと意味がない」と返すミチの頭を撫で、部屋を出た。
「じゃ、おやすみミチ」
「お、ぉ、おやすみ……」
精液だの汗だの土埃だので俺の身体はかなり汚れている。風呂に入りたいが、まだ社長が入っている。ひとまずリビングに戻ろう。
「痛て……」
膝の痛みを堪えて歩き、リビングの隅に置いたお土産を漁る。
「……あった」
社長に渡す用のお土産を見つけ、ソファに座っている従兄の隣に腰を下ろした。特に会話はなく、少しの気まずさをお供に、社長を待った。
うとうとと船を漕ぎ始めた頃、ようやく社長が風呂から出てきた。お土産を背に隠して立ち上がり、挨拶と数十分前に帰ってきた旨を話す。
「あの……それで、お土産」
「本当に申し訳なく思うよ。如月の怪我についてはもう犬から聞いているよね?」
深刻な表情と声色に気圧されてお土産を背に隠し直す。真っ直ぐに俺を見つめる赤紫の瞳を前に俺は声が出ず、頷くことしか出来なかった。
「今回の祓いはこれまでのものより難易度が高いものだった……というのは言い訳にはならないな、僕の監督責任だ。謝罪したい」
「あっ……ぁ、あぁ……はい、どうも……?」
何分人生経験の浅い男子高校生だ、謝罪された際の正しい返事が分からない。
「……いや、あの、俺に謝られても。怪我したのはレンなんでしょう」
「如月、並び保護者への謝罪賠償は済んでいる。後は婚約者のような立ち位置にある君への謝罪だと判断したのだけれど……必要なかったかな」
「婚約者……! い、いえ! 必要あるって言うのもおかしいんですけど、必要あります……ありがとうございます。なんか、その……お兄さんに報告受けた時淡々としてたんで、レンの自己責任……みたいな感じにされてるのかと思ってました。謝られたの、意外って言うか」
「犬は聞かれたことに回答することはあっても、人間様の責任について語ることはしない。それをするのは僕だ、謝罪もね。犬の対応を不愉快に思ったのなら飼い主である僕が謝罪しよう、躾が足りず申し訳ない」
「……いえ」
従兄は自分を犬だと言うし、社長もそう扱っているし……混乱してきた。そういうのはプレイとして二人きりでやってもらいたい、仕事中もプライベートも主従を徹底するなんておかしいだろう。
「あの、俺今日デートだったんです。水族館に行ってきたんです」
「あぁ、如月がとても気にしていたよ。そのせいで攻撃を食らったと言っても過言では……いや、何でもないよ。優秀な弟子が集中を欠いて怪我をしたのは僕の責任だ、好意対象者を一人に絞れない人間に当てつけに言ったとしても何の意味もないと分かりきっている」
めっちゃ嫌味言われた。先の発言も含め、謝罪の気持ちなんて欠片もなかったのだろう。
「すいません社長それ途中から俺に嫌味言ってません?」
好意対象者を一人に絞れない人間……俺は好きな人間が四人居るが、従兄も二股をしているんだったな。
「あの……水族館の、お土産を……どうぞ」
「お土産? 僕にくれるの? ありがとう」
「あぁ、俺も貰いましたよ。ボールペン」
従兄が強面に似合わない可愛らしいボールペンを顔の横で軽く振る。
「社長さんのことは俺本当に何も知らなくて、趣味とかも分からなくて……せめてお気に障らないといいんですけど」
社長は俺が贈ったハンカチを広げて絵を眺めている。従兄に贈ったボールペンでは彼が使うには安っぽ過ぎると思ったが、イルカが描かれたハンカチの方が安っぽいし子供っぽい。失敗したか?
「ふぅん……僕用に選んだの? これ。汎用的なお土産じゃなくて」
小学生でも喜ぶかどうか微妙なラインのお土産を大企業の社長に贈るなんて、俺はどうかしている。クッキーなどの当たり障りのないお菓子も買っておいたのだから、それを渡しておけばよかった。
「可愛いね。嫌いじゃないよ、君のセンス」
「へっ? ぁ……ありがとうございます。あの、クッキーもあるので……お二人でどうぞ」
「まだくれるの? 気前いいね」
クッキーを受け取った社長は従兄の隣に座ると早速開封した。もう深夜だから控えるかと思ったが、そういう意識の高さはないようだ。
「犬、毒味」
贈り主の目の前で毒味発言は無礼過ぎないかとか、個別包装されている菓子に毒味も何もないだろうとか、色々と言いたいことはあったが従兄が半分齧った直後、従兄が飲み込むのすら待たずに残りのクッキーを食べたのを見て「ただイチャついてるだけか」と呆れて何も言えなくなった。
「……俺、お風呂入って寝ますね」
「待った。如月にはもう伝えたけど、月曜日……明日から僕達はこの地域を一旦離れる。地域全体で霊障が多く激しくなるだろう、霊媒体質の君は特に気を付けるべきだ。如月がしばらく動けなくなる今は特にね」
「どう気を付ければいいんですか?」
「この家に結界を貼っておくから、家から出るな。念のため、札と数珠を置いておく。活用するように」
礼を言って風呂へ向かった。傷の痛みや明日の不安、レンへの心配を湯船に溶かした。
風呂を出てから一旦リビングに戻り、従兄に腕にラップと包帯を巻き直してもらった。寝支度を整えたらレンへのお土産を持ってレンの部屋へ入り、彼が眠るベッドに潜り込んだ。
こつん、こつん、と頭に硬いものが優しくぶつかっている。いつもとは違う目覚めに戸惑いながら事態をゆっくりと認識していく。
「ん……レン?」
「……おはよう」
レンが頭をぶつけて起こしたようだ。どうして頭突きなんて──あぁ、腕が動かないんだったな。
「起きれるか?」
先に俺が上体を起こし、レンを抱き起こしてやった。彼の両腕とも肘から下はだらんとしており、指の先まで力が抜けている。
「……お兄さんと社長から聞いたよ、腕のこと。痛くないか?」
「ちょっと、かな……お前、帰ってきたんだな。根野の家に行っちまうと思ってたぜ」
レンが怪我をしたと聞いたからと言ったら気を遣うだろうか? ここは沈黙が正解かな。
「…………悪い、しばらく飯作ってやれないよ。根野ん家行ってりゃ飯食えたのにな、アイツも結構上手いだろ」
「俺が作るよ。教えてもらったばっかりだし。ま、まずは……着替えなきゃだよな」
いやらしい笑顔になってしまわないよう表情に気を付けつつ、レンの顔色を伺いながら服に手を伸ばす。
「ごめん。なんか……世話させちまう」
「えっ……い、いいよ気にしなくて! むしろレンのお世話出来るの昨日から楽しみにしてたんだぞ、俺」
「……そっか」
「腕、痛いか? 触ったら痛いか?」
「平気だよ、筋肉痛ちょっと辛いくらいだ」
レンの顔を伺いながらそっと白い腕を掴む。痛がる様子はなかったのでそのまま──
「あ、待ってくれもち。ミチ呼んでくれ」
「へっ? 分かった……」
──着替えさせるという萌え展開は起こらず、隣の部屋で爆睡中だったミチを叩き起こして連れてきた。
「ありがとな、じゃあ出てってくれ」
一人だけ追い出されてしまった。着替えはミチにさせてもらうつもりなのだろうか、何故俺ではダメなのだろうか、やっぱり浮気……いやいやいやいやそんな訳ない考えるなやめろダメだ。
「…………ご飯作ろ」
入れろと喚いても嫌がられるだけだろう、なら朝食を作っておいて気の利くヤツだと思われたい。
トーストは焼いただけ、レタスはカット済みのものを適量皿に乗せただけ、ハムもそう。作ったと言えるのはスクランブルエッグだけだ。
「お、お、ぉ、おは、おはよっ、ノゾムくん……ぁ、ごご、ご飯作ってくれたの!? 作れたんだ、ありがとう」
朝食を机に並べ終えた頃、ちょうどミチとレンがやってきた。ゆったりとしたスウェット姿のミチは前髪を昨晩贈ったばかりの髪留めで上げており、目も額も丸見えになっていた。
「……おはようございます、ノゾムさん」
ミチを褒めようと準備した言葉がレンを見て吹っ飛んだ。肩紐が細く丈の短い黒いワンピースを着て、茶髪を少々不出来なピッグテールに結って、薄らとメイクを施していたからだ。
「お、は……よ」
まさかの女装に挨拶を返すことで精一杯だった。
「じゃ、おやすみミチ」
「お、ぉ、おやすみ……」
精液だの汗だの土埃だので俺の身体はかなり汚れている。風呂に入りたいが、まだ社長が入っている。ひとまずリビングに戻ろう。
「痛て……」
膝の痛みを堪えて歩き、リビングの隅に置いたお土産を漁る。
「……あった」
社長に渡す用のお土産を見つけ、ソファに座っている従兄の隣に腰を下ろした。特に会話はなく、少しの気まずさをお供に、社長を待った。
うとうとと船を漕ぎ始めた頃、ようやく社長が風呂から出てきた。お土産を背に隠して立ち上がり、挨拶と数十分前に帰ってきた旨を話す。
「あの……それで、お土産」
「本当に申し訳なく思うよ。如月の怪我についてはもう犬から聞いているよね?」
深刻な表情と声色に気圧されてお土産を背に隠し直す。真っ直ぐに俺を見つめる赤紫の瞳を前に俺は声が出ず、頷くことしか出来なかった。
「今回の祓いはこれまでのものより難易度が高いものだった……というのは言い訳にはならないな、僕の監督責任だ。謝罪したい」
「あっ……ぁ、あぁ……はい、どうも……?」
何分人生経験の浅い男子高校生だ、謝罪された際の正しい返事が分からない。
「……いや、あの、俺に謝られても。怪我したのはレンなんでしょう」
「如月、並び保護者への謝罪賠償は済んでいる。後は婚約者のような立ち位置にある君への謝罪だと判断したのだけれど……必要なかったかな」
「婚約者……! い、いえ! 必要あるって言うのもおかしいんですけど、必要あります……ありがとうございます。なんか、その……お兄さんに報告受けた時淡々としてたんで、レンの自己責任……みたいな感じにされてるのかと思ってました。謝られたの、意外って言うか」
「犬は聞かれたことに回答することはあっても、人間様の責任について語ることはしない。それをするのは僕だ、謝罪もね。犬の対応を不愉快に思ったのなら飼い主である僕が謝罪しよう、躾が足りず申し訳ない」
「……いえ」
従兄は自分を犬だと言うし、社長もそう扱っているし……混乱してきた。そういうのはプレイとして二人きりでやってもらいたい、仕事中もプライベートも主従を徹底するなんておかしいだろう。
「あの、俺今日デートだったんです。水族館に行ってきたんです」
「あぁ、如月がとても気にしていたよ。そのせいで攻撃を食らったと言っても過言では……いや、何でもないよ。優秀な弟子が集中を欠いて怪我をしたのは僕の責任だ、好意対象者を一人に絞れない人間に当てつけに言ったとしても何の意味もないと分かりきっている」
めっちゃ嫌味言われた。先の発言も含め、謝罪の気持ちなんて欠片もなかったのだろう。
「すいません社長それ途中から俺に嫌味言ってません?」
好意対象者を一人に絞れない人間……俺は好きな人間が四人居るが、従兄も二股をしているんだったな。
「あの……水族館の、お土産を……どうぞ」
「お土産? 僕にくれるの? ありがとう」
「あぁ、俺も貰いましたよ。ボールペン」
従兄が強面に似合わない可愛らしいボールペンを顔の横で軽く振る。
「社長さんのことは俺本当に何も知らなくて、趣味とかも分からなくて……せめてお気に障らないといいんですけど」
社長は俺が贈ったハンカチを広げて絵を眺めている。従兄に贈ったボールペンでは彼が使うには安っぽ過ぎると思ったが、イルカが描かれたハンカチの方が安っぽいし子供っぽい。失敗したか?
「ふぅん……僕用に選んだの? これ。汎用的なお土産じゃなくて」
小学生でも喜ぶかどうか微妙なラインのお土産を大企業の社長に贈るなんて、俺はどうかしている。クッキーなどの当たり障りのないお菓子も買っておいたのだから、それを渡しておけばよかった。
「可愛いね。嫌いじゃないよ、君のセンス」
「へっ? ぁ……ありがとうございます。あの、クッキーもあるので……お二人でどうぞ」
「まだくれるの? 気前いいね」
クッキーを受け取った社長は従兄の隣に座ると早速開封した。もう深夜だから控えるかと思ったが、そういう意識の高さはないようだ。
「犬、毒味」
贈り主の目の前で毒味発言は無礼過ぎないかとか、個別包装されている菓子に毒味も何もないだろうとか、色々と言いたいことはあったが従兄が半分齧った直後、従兄が飲み込むのすら待たずに残りのクッキーを食べたのを見て「ただイチャついてるだけか」と呆れて何も言えなくなった。
「……俺、お風呂入って寝ますね」
「待った。如月にはもう伝えたけど、月曜日……明日から僕達はこの地域を一旦離れる。地域全体で霊障が多く激しくなるだろう、霊媒体質の君は特に気を付けるべきだ。如月がしばらく動けなくなる今は特にね」
「どう気を付ければいいんですか?」
「この家に結界を貼っておくから、家から出るな。念のため、札と数珠を置いておく。活用するように」
礼を言って風呂へ向かった。傷の痛みや明日の不安、レンへの心配を湯船に溶かした。
風呂を出てから一旦リビングに戻り、従兄に腕にラップと包帯を巻き直してもらった。寝支度を整えたらレンへのお土産を持ってレンの部屋へ入り、彼が眠るベッドに潜り込んだ。
こつん、こつん、と頭に硬いものが優しくぶつかっている。いつもとは違う目覚めに戸惑いながら事態をゆっくりと認識していく。
「ん……レン?」
「……おはよう」
レンが頭をぶつけて起こしたようだ。どうして頭突きなんて──あぁ、腕が動かないんだったな。
「起きれるか?」
先に俺が上体を起こし、レンを抱き起こしてやった。彼の両腕とも肘から下はだらんとしており、指の先まで力が抜けている。
「……お兄さんと社長から聞いたよ、腕のこと。痛くないか?」
「ちょっと、かな……お前、帰ってきたんだな。根野の家に行っちまうと思ってたぜ」
レンが怪我をしたと聞いたからと言ったら気を遣うだろうか? ここは沈黙が正解かな。
「…………悪い、しばらく飯作ってやれないよ。根野ん家行ってりゃ飯食えたのにな、アイツも結構上手いだろ」
「俺が作るよ。教えてもらったばっかりだし。ま、まずは……着替えなきゃだよな」
いやらしい笑顔になってしまわないよう表情に気を付けつつ、レンの顔色を伺いながら服に手を伸ばす。
「ごめん。なんか……世話させちまう」
「えっ……い、いいよ気にしなくて! むしろレンのお世話出来るの昨日から楽しみにしてたんだぞ、俺」
「……そっか」
「腕、痛いか? 触ったら痛いか?」
「平気だよ、筋肉痛ちょっと辛いくらいだ」
レンの顔を伺いながらそっと白い腕を掴む。痛がる様子はなかったのでそのまま──
「あ、待ってくれもち。ミチ呼んでくれ」
「へっ? 分かった……」
──着替えさせるという萌え展開は起こらず、隣の部屋で爆睡中だったミチを叩き起こして連れてきた。
「ありがとな、じゃあ出てってくれ」
一人だけ追い出されてしまった。着替えはミチにさせてもらうつもりなのだろうか、何故俺ではダメなのだろうか、やっぱり浮気……いやいやいやいやそんな訳ない考えるなやめろダメだ。
「…………ご飯作ろ」
入れろと喚いても嫌がられるだけだろう、なら朝食を作っておいて気の利くヤツだと思われたい。
トーストは焼いただけ、レタスはカット済みのものを適量皿に乗せただけ、ハムもそう。作ったと言えるのはスクランブルエッグだけだ。
「お、お、ぉ、おは、おはよっ、ノゾムくん……ぁ、ごご、ご飯作ってくれたの!? 作れたんだ、ありがとう」
朝食を机に並べ終えた頃、ちょうどミチとレンがやってきた。ゆったりとしたスウェット姿のミチは前髪を昨晩贈ったばかりの髪留めで上げており、目も額も丸見えになっていた。
「……おはようございます、ノゾムさん」
ミチを褒めようと準備した言葉がレンを見て吹っ飛んだ。肩紐が細く丈の短い黒いワンピースを着て、茶髪を少々不出来なピッグテールに結って、薄らとメイクを施していたからだ。
「お、は……よ」
まさかの女装に挨拶を返すことで精一杯だった。
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