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教え子に感動的なものを贈られた

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生クリームたっぷりの豪華なパンケーキを食べ終え、海をモチーフにした青いソーダも飲み干す。パンケーキとソーダのセットについてきたイルカのステッカーを鞄に入れ、立ち上がる。

「これからどうする?」

「お土産屋さん行きたい、後サメもっかい見に行きたい」

「サメ好きだねぇ。えっと……サメ見てからお土産でいいかな」

入口で渡されたマップを見ながらそう決めた根野と手を繋ぎ、再びシロワニという名のサメを見に行った。数時間前に見た時と何も変わっていないのに、ただ水槽を遊泳するサメにクールだのカッコイイだのと喚く俺を、根野は優しく見守ってくれた。

「やっぱいいなぁサメ……」

根野とは思えないほど穏やかに、文句を言わず急かしもせず俺の隣に立っていてくれた。気が済むまでサメを眺めた俺はようやく土産屋に行こうと根野の手を引いた。



土産屋の内装はとてもファンシーで、男子高校生の身としては入るのに少し勇気を要した。しかし俺以上にハードルが高いだろう大人の男の根野が平気で入ったこと、イルカのプレゼントサプライズや深海生物コーナーでの根野の号泣で既に散々目立っていたと思い出したことが後押しになり、半ば諦める形で店に入った。

「ノゾム、下見てごらんよ」

商品を眺めていた俺に根野はそう言った。海底を意識した可愛らしい床の模様のことを知らせたかったようだ。

「ヒトデが落ちてる……あ、向こうは貝殻あるよ」

「確かに床の柄は可愛いし面白いけどさぁ、商品見ようよー……」

「何買いたいの? お土産って言ってるけど、渡す相手居ないんだし自分用だよね」

「……うん」

「サメグッズ欲しい? ふふ、探してきてあげる。俺あっちの方見てくるから、ノゾムはこっち見てなよ」

俺の返事を待たず根野は走り去ってしまった。デートに来ておいて土産屋で手分けをするなんて……いや、恋愛に不慣れな感じがしていいじゃないか。根野の童貞は俺がもらったのかもしれない、そう思うと幸せだからそう思おう。

「……あの、すいません」

周囲を見回して根野が近くに居ないことを確認し、俺はカウンターの店員に話しかけた。棚に並べられていない、カウンターでしか売っていない物が目的だ。土産屋の前に貼ってあるポスターを見て初めて知った。

「これ一つ、お願いしたいんですけど」

俺は照れを押し殺し、ショーケースに飾られたイルカモチーフのシルバーリングを指した。そう、指輪だ、根野に指輪を贈りたいと前から思っていた。今俺の薬指にある指輪はちゃんとした宝石付きの高級品だから同格の指輪には手が届かないけれど、宝石なしのノーブランドなら何とかなる。

「はい、サイズはどうなされますか?」

「えっと……俺よりちょっと太いから……十七号? でいいかな……」

「不安でしたらフリーサイズもございますよ」

店員が指したのは俺が選んだものよりも水族館色の強いデザインをしていた。イルカが指に巻き付くようなデザインだ。もちろんイルカはそんな細長い生き物ではないので、頭から背びれ胸びれ、そして尾びれのみが再現されている。

「輪っかになってないんですね、途切れてる……」

「はい、なのでこちらは十五号から十八号の方に着けていただけます」

イルカの頭と尾びれは繋がっていない、隙間が空いている。指が太い人が着ければこの隙間が微妙に広がるのだろう。

「へぇ……なんか面白いし可愛い……これにします」

「はい、ドルフィンリング一つで税込五千八百三十円になります。梱包などどうされますか?」

「五千……あ、梱包? うーん……じゃあお願いします」

俺は一旦、レンとのデートで見栄を張って大きなぬいぐるみを買い、破産した。しかし現在俺の財布には一万円札が五枚も入っている。この五万円の入手について語るには、根野との水族館デートが決まってしばらく……俺が入院していた頃に遡る──



センパイに恨みを持つ者達に襲われて入院していた頃、従兄が頻繁に様子を見に来てくれていた。今思えば自殺防止だったのかもしれない。
退院の前日だったか、それよりも前だったか……入院生活で日にちの感覚はしっかりしていないが、そのくらいの頃だ。

「月乃宮様、水族館に行くんですよね。いいなぁ、俺最後に行ったの遠足とかですよ」

「あ、はい。根野センに許可出してくれてありがとうございました」

「はい、その件でなんですが……」

「……センセ、何か問題起こしたんですか?」

「いえいえ、個人的にお小遣いをあげようと思って。渋沢さん五人で足ります?」

ある日突然、ポンと五万円を渡されたのだ。

「あ、一人諭吉さんでしたね。前のお札ですけどまぁ使えるんで気にしないでください」

「へっ? ぁ、な、なんでっ、お小遣いって、何、ぇ、もらえませんよこんなにいっぱい!」

「國行にお土産買ってきてやってください、アイツも水族館ろくに行ったことないんで。それくらいしてくれますよね?」

「あ……はい、分かりました。でも五万も要らないと思うんですけど……」

「お釣りは好きに使ってください。他の男に貢ぐでも、一人で美味いもん食うでも、好きなように」

ぽんぽんと頭を撫でられたのをよく覚えている。従兄の目は死んでいるから感情は全く読めなかったが、後々考えると麻薬まで盛られた俺を哀れんでの行動だったのかもしれない。

「ちなみに國行の好きな海洋生物はヤドカリです」

「ヤドカリのグッズなんてありますかね……」



──といった感じでこの五万円は俺の手元にあるのだ。センパイの土産を買えと渡された金で、別の男に贈る指輪を買っているのだ……いや、ほら、だって、好きに使っていいって言ってたし、貢いでいいって言ってたし、嫌な顔はされても怒られはしないよ。

「ノーゾームっ」

「ひゃっ……!? せんせぇ……びっくりさせないでよ、何?」

「向こうにホオジロザメっぽいぬいぐるみあったよ、欲しい? 買ったげようか……ん? 何か買ってたの? 何買ったの? 何でも買ってあげるって言ってるのにどうして自分で買ったの?」

「あ……その、自分のお金で買いたい、みたいな」

俺の金じゃないけど。

「…………どうして? 何でも買ってあげるって言ったよね、なんでそれだけは自分で買いたかったの? 俺に見せられないものなんだろ、誰に渡すんだよ、俺と来ておいて他の男に渡すもの買うってどういう神経してるんだよ」

「ち、違うっ……」

「何が違うんだよ!」

「……っ、やっぱり梱包いいからください!」

店員から渡されたイルカモチーフの指輪を根野に見せる。しかし俺の意図を理解していないようなので、俺の胸ぐらを掴んでいる左手をまず剥がすことにした。

「センセ、手離して」

根野は迷いつつも左手の力を抜いてくれた。俺はその薬指に指輪をはめさせた。フリーサイズが功を奏し、銀色の指輪は根野の左手薬指の根元で煌めいた。

「………………どういうこと?」

「センセ、前に指輪買ってくれたじゃん。でも、俺しか着けてなくて……寂しかった。センセにも着けてて欲しかった。じゃなきゃ、その……ぽくないじゃん。せっかく左手の薬指に着けてるのにさぁ……」

「俺、今……ノゾムに結婚指輪渡されたってこと? で、いい? だから自分の金で買って僕に渡したかったって……? ぁ……ご、ごめんっ、僕また変な思い込みして。そう、そっか、ノゾムが俺に……! ふふっ、あははっ! やったぁ! 愛してるよノゾムぅ!」

ポロッと涙を零したかと思えば満面の笑みを浮かべて俺を抱き締め、すぐに俺を離してくるくると回り出す。ミュージカルの主人公でも気取っているのか?

「お店で踊らないで! もうっ……すいません騒いで」

「いえ……ごちそうさまです」

「は……? 本当すいません。回っちゃダメ! もうっ、やめてってば!」

店員に頭を下げて根野を捕まえ、一旦店の端に移動した。この辺りはぬいぐるみコーナーのようで根野が話していたホオジロザメのぬいぐるみも置いてある。

「ノゾム見て、値札付いてる。えっと、五千八百……」

「値段見ないでよぉ!」

指輪に付いたままだった値札を引きちぎる。くすくすと笑う根野にため息をつき、ロマンス溢れる指輪の渡し方が出来なかったことや恥をかいたことも合わせた腹いせとしてたくさんの土産物を買わせた。
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