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教え子と水族館に行ってみた

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小一時間のドライブの途中、朝食がまだだと言うと根野はコンビニに寄ってくれた。クリームパンと甘い炭酸ジュースを買い、運転する根野の隣でそれらを楽しんだ。

「……センセ? 前見て運転しなきゃ危ないよ」

「もきゅもきゅ食べてる君があんまり可愛くて……事故ったら君のせいだね」

「やなこと言うのやめてよ」

甘いクリームが指に零れた。白いそれを舐め取る様に熱い視線を送る根野は流石に気持ち悪かった。



小一時間のドライブが終わり、車の外へ出て伸びをした。水族館は外観も可愛らしくて見ているだけでワクワクする。

「ノゾム、ジュース飲み切っちゃってよ。そこのゴミ箱捨ててくるから」

「うん」

ゴミを捨てて水族館の中へ。入場料は根野が払ってくれた。

「……ねぇセンセ、手ぇ繋いで大丈夫かな?」

薄暗い通路で俺は根野の小指をそっとつまんだ。まだ他の客を見てはいないが、日曜日の水族館に人が少ない訳はない。大人と高校生の組み合わせ自体珍しいのに、手を繋ぐのはまずいだろう。良くて親戚、悪くて援交だ。

「ふふっ、大丈夫って何さ、変なこと言うねぇノゾムは。僕が君と手を繋ぐのを嫌がるわけないよ」

根野は躊躇なく俺の手を握る。

「でも、変な目で見られるかもしれないし……センセ、下手すりゃ犯罪者扱いだよ?」

「それは君と手を繋ぐのより重要なこと?」

「……センセ、そういうとこだよ」

「そういうとこって……何が?」

「俺が好きなとこ」

俺も根野にならって何も考えずに手を繋ぐことにした。ぎゅっと握り返した直後、俺は思い付きの不満を覚えて根野の手を離した。

「……恋人繋ぎがいいな」

歳も性別も場所も考えず、ねだる。根野は当然のように俺に応えて指を絡ませてくれるから、俺も次第に彼から愛されることを当然のように思っていく。

「何から見たい? やっぱりサメ?」

「サメ居るの?」

「居るよ、ちゃんと下調べしたから間違いない」

「そうなんだ……!」

「おっ、喜んだ? そんなにサメ好きなんだ」

サメが居ることに喜んだと言うよりは、根野が下調べをしてくれたことに喜んだのだが──そう正直に言えば根野は俺に頬擦りだの何だのをしてくるだろうから、黙っておくことにした。

「順路守って行こうよ」

「順路? そんなのあるんだ」

妙なところで常識が抜けている。それを気味悪く思うこともあったが、今はもう愛嬌に思える。

「あ、ノゾム。チンアナゴだよチンアナゴ、揺れ方なんか不自然で可愛いねぇ」

「サンゴ礁の……えっと……」

「ノゾム、パネルより本物見なよ」

「説明読みたい……」

根野に引っ張られて水槽を眺める。まるでそこに無いかのような透明なアクリル板の向こうにたくさんの魚達が泳いでいる。根野が惹かれたアナゴは白い砂に身体を埋めている。

「これ身体どれくらい埋まってんのかな」

「半分以上埋めてないと倒れちゃうでしょ」

「センセ、こいつ水の中に居るんだよ」

「あっ……ぁー……じゃあ、分かんない」

そういうのを知るためにパネルがあるのだ。根野は元教師のくせに知的好奇心がなさ過ぎる。

「ノゾム見て、サンゴに魚絡まってる。まぬけだねぇ」

「隠れてるんじゃないの?」

水族館は全体的に薄暗いが、水槽の前は明るい。周りの目が気になってしまう。しかし、根野は手を離してくれない。

「次の水槽行こっか。大水槽も迫力あるけど、ちっちゃいのもいいよね」

手を繋いだまま移動して、目線の高さに飾られた幾つもの小さな水槽を順番に見ていく。

「クラゲだよクラゲ。ノゾム、クラゲ。ノゾムの服もクラゲだっけ。クラゲ綺麗だねぇ……生命が宿ったビニール袋じゃんとか思ってたけど、綺麗」

クラゲを綺麗だと思う感性が根野にもあるんだなと感心し、顔を寄せ合ってクラゲを眺める。確かに美しい。

「次は……あ、エビだね。美味しそう」

「あっ、センセ、ガラス叩いちゃダメだよ。入り口にダメって書いてたろ?」

「見てない」

「魚がびっくりするからダメなんだって」

「エビだよ?」

根野は倫理観だの常識だのが欠けている。愛嬌に思えるとさっき言ったばかりだが、訂正しよう、可愛く思うこともあればやはり迷惑に思うこともある。

「とにかくダメ」

「ノゾムが言うならやめるよ、君に嫌われたくないし」

「俺関係なくルールは守ってよ」

そう言いながらも今の根野のセリフに俺はときめいてしまっていた。

「ノゾム、サメ向こうの水槽に居るよ」

「サメっ? ほんとっ? 見たい見たい!」

「ノゾムの好きなホオジロザメじゃないけど……」

大きな水槽を見上げると悠々と泳ぎ回るサメが居た。イメージにあるサメとは違い、完全な灰色ではなく少し茶色っぽい。

「シロワニだってさ」

パネルを忘れて本物の方に集中する俺の代わりに根野が説明を読んでくれた。

「ワニ? サメなのに? ふーん……」

「…………ふふっ、夢中で見てるね。本当にサメ好きなんだね」

「うん……サメ、好き」

きっかけだとか、いつからだとか、そういうのは分からない。気が付いたら好きだった。当たり前のようにレンとサメ映画を見て、サメが出るゲームを買った。

「……ね、センセ」

「ん?」

「…………ありがとう。サメ、初めて生で見た。迫力あるよ……やっぱりカッコイイ。超クール。見れて嬉しい」

「……ふふふふ」

根野は俺と手を繋ぐのをやめて俺を抱き寄せ、頭を撫でた。やはり歳上の根野に撫でられるのは格別だ、根野が相手なのに安心してしまう。

「幸せ……」

「そんなにサメで喜んでくれるとは思ってなかったよ」

こういうところは鈍いんだからとため息をつく。アピールしたくても人目が気になって抱きついたりは出来ない。半端に小賢しい自分が嫌いだ、根野のように自分に素直に生きてみたい。

「ノゾム、そろそろイルカショーあるよ。見に行こう」

「イルカショー? うーん……あんま興味ないけど」

「えっ、そんな……ノゾムは興味なくても僕はあるんだよ、行こうよ」

「うん……せっかくだし、行こっか」

「よかったぁ! よし、行こう!」

根野はイルカが好きなのだろうか? 時間が合うならショーを見たい気持ちもあるし、根野と好きなものを共有したいのでショーが行われる屋外プールへ足を運んだ。

「一番前座れるの? すごい、早めに来たからかな」

「ノゾム、水かかっちゃまずい荷物ない? 僕ビニール袋持ってきてるから貸して」

防水機能はあるけれど念のためにスマホと、痩せ細った財布も渡した。これで俺は手ぶらだ。


数分待つとイルカショーが始まった。尾びれで客席に水をかけたり、鼻先にトレーナーを乗せたり、輪をくぐったり玉をつついたり、様々な芸を魅せてくれた。

「すごいなぁ……センセ、メガネ大丈夫?」

「ちょっと視界は悪いけど大丈夫だよ」

多量の水飛沫で髪型が崩れていないか気になってしまう。根野もメガネのレンズが濡れては不便なのだから、やはり最前列でなくともよかったのではないだろうか。

『ここでプレゼントタイムになりまーす!』

スピーカーからトレーナーの声が響く。直後、誕生日を祝う音楽が流れ始める。

「誰か誕生日なのかな。水族館でサプライズってすごいね……でも俺ならやだなぁ、恥ずかしくて死んじゃう」

「えっ」

「何? センセはサプライズ好きなタイプだった?」

「い、いや……」

根野の顔色が悪い。冷や汗をかいているのか? いや、さっきイルカが飛ばした水飛沫だろう。

『では、月乃宮ノゾムさん、ステージへどうぞ!』

「……へっ? えっ? 同姓同名……だよ、ね?」

「…………サプライズ嫌いじゃないか聞けばよかったね、ごめん……とりあえず行って、多分すぐ終わるから」

「俺今日誕生日じゃないのに……!」

俺が立たなければこの時間は終わらない。羞恥心に押し潰されそうになりながら立ち上がり、ステージに上る。濡れた床を歩いてトレーナーの隣に立ち、客席からの視線に耐えられず俯く。

「……っ、ん……」

俺は今アナルパールを挿入したまま、数百人の視線を集めている。恋人同士で来ている者は当然、家族連れだって多いだろう、彼らは俺の淫らな秘密に気付くことなく、羞恥心から玩具を締め付けて足を震わせる俺を見ている。

「ん……ぅ、うぅっ……」

喘ぎ声を必死に殺しながら顔を上げると、リボンが巻かれた分かりやすいプレゼントボックスを持ったイルカが泳いできていた。

「…………可愛い」

ヒレでプレゼントを挟んで持ってくるその様は健気で愛らしい。俺の前までやってくるとイルカは水面に立つような技を見せ、俺にプレゼントを渡した。

「あ、ありがとう……」

『おめでとうございま~す!』

祝いというものを理解しているのかいないのか、イルカはさっさと泳ぎ去ってしまう。けれどトレーナーや客席の者達は俺に拍手を送る。

「ありがとうございます……」

びしょ濡れのプレゼントをぎゅっと抱き締め、顔から火が出そうな思いで、差し出されたマイクに消え入りそうな声で感謝を呟いた。
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