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幼馴染が用意した晩飯食べてみた
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従兄が夕飯を作っている。レンと社長を呼びにウッドデッキへ出ると、彼らはウッドデッキの端と端で向かい合っていた。まるで決闘だ。
ぶかっとした白シャツに短パンというフェティッシュな格好の社長は俺に気付いたが、構わず白い長方形の紙をハサミで切った。
「レン、晩飯そろそろ出来るけど」
「もち、帰ってきてたのか。あ……み、見るなよ、今ちょっと……稽古中だから」
学校指定のジャージを着ているレンは汗だくで綺麗な茶髪もボサボサだ。そんなことで恥ずかしがるなんて──俺はむしろ萌えるというのに──本当に乙女だな。
「稽古って何してるんだ?」
「んー……ほら、今朝お前幽霊に取り憑かれてただろ? ああいうのを祓えるようになるための稽古だ」
レンは肉体から霊体が抜け出した生霊の状態でなければ幽霊に干渉することは出来ないらしい。しかし生霊の状態で幽霊に接触するのはとても危険なことらしく、肉体という鎧に入ったままの対処が望ましいのだとか。
「ほら、秘書さん。形州の兄貴。あの人、バールに御札貼ってるだろ? ナメクジに塩かけるみたいな感じでさ、幽霊にとってはあの御札は劇薬なんだ。だから俺も、ほら」
レンはスポーツチャンバラ用の柔らかい剣を持っており、スポンジの筒のようなそれには解読不能の漢字が書かれた御札が貼られている。
「ししょーみたいに霊力を表に出して作用させるには才能が必要でさ、俺はそれは出来ないから得物が必要なんだ」
「ふぅん……? それで、どういう稽古してるんだよ」
「えーっとな……御札とは違う感じで霊力込めた特別な紙を切って、簡易的な式神をししょーが今作ってるんだ。式神分かるだろ?」
「アニメとかゲームの知識でいいなら」
式神……和風の召喚獣みたいな感じだよな? ちょっと違うのかな。
「その式神を倒すんだ、ゲームみたいで楽しいぜ」
「如月」
「ぁ、はい! どっからでも大丈夫です!」
「まずはヒトガタだ」
長方形の紙が十字架のような形に切られている、先端が丸っこいから人を模しているのだと分かる、まるで起立したピクトグラムだ。社長が紙をウッドデッキに落とすと、紙はひとりでに立ち上がって地面を滑るようにレンに向かっていく。
「よっ! と、こんくらい余裕ですよししょー!」
レンは人型の紙をスポンジの棒……いや、剣で叩く。すると紙は真っ二つに割れて動かなくなる。
「うわ……すごいな、マジでアニメみたい。なんで切れるんだろ」
「一種の超常現象だな。生きてる人間にはダメージないぜ、ほれほれ」
剣で頭をぽすぽすと叩かれるが、鬱陶しいだけで痛みはない。
「それで朝俺に取り憑いてた霊とか叩いたら倒せるのか?」
「あぁ、御札さえ貼ってりゃ幽霊とかに対しては本物の剣みたいになるらしいぜ」
「じゃあ……武器そのものの攻撃力関係ないのか?」
「関係ねぇよ。それがどうかしたか?」
「いや、なんでお兄さんバール持ってんのかなって」
「月乃宮、邪魔だ。下がれ」
一歩窓側へ下がると社長は今度は十数枚の人型の紙を落とし、一斉にレンに向かわせた。剣を振り回すレンを見ているとゴキブリが出た時のことを思い出してしまう。
「得物には個人が使い慣れている物、思い入れのある物が効果的だ。札の効果が上昇……つまり攻撃力が上がる」
「あっ、俺に話してます? はい!」
「如月にはそういった物がないようだけど、あの犬にはあった、それがバール、それだけの話だ」
「な、なるほど……です」
俺の疑問に答えてくれていたのか、優しいところもあるんだな。得物なんて不良でもない限り馴染みがないだろう、優等生のレンなら尚更。従兄はバールを振り回し慣れているのかとか、思い入れがあるのかとか、あまり答えを知りたくない疑問が増えたな。
「っしゃあ! 全部片付けましたよししょー、そろそろ終わりでいいでしょ、晩飯食べましょ」
床を滑るすばしっこく小さなものを棒で叩く──確かに楽しそうだが、疲れるだろう、それもこんな暑い日は。
「そうだね……じゃあ、これを倒したら今日は合格だ」
社長は長方形の紙を正方形に切り、折り紙として使った。完成したのはウサギだ。
「わ、可愛い。器用ですね」
折り紙のウサギはウッドデッキに落ちた瞬間、毛が生え丸々とした本物のウサギへと姿を変える。
「へっ? ほ、本物?」
「式神ってのはこういうものだよ。紙のまま動くのは簡易的なものだ。アレも叩けば紙に戻る」
「あ、本物になった訳じゃないんですね、びっくりした……」
本物にしか見えない白いウサギがレンに向かっていく。
「なんか叩くのやだなー……まぁいいや、そらっ!」
ウサギを捉えたはずのレンの剣はウッドデッキを叩いた。
「避けたっ!? クソっ……!」
横に跳んで避けたウサギを叩くため、横振りでウサギを狙う。しかしまるで縄跳びでもしているかのようにウサギはヒラリと剣を躱した。
「あぁそうだ……月乃宮、生霊を自由自在に操る天才である如月を前線に出す気は僕はない。あの稽古は本来必要ないものだ、霊媒体質の君が今後も幽霊に取り憑かれることがなければね」
「えっ……?」
「恋人なんだろう? 傍にいる時間が長いはずだ。君に取り憑いた霊に如月が襲われては困る、だから彼は祓えるようにならなきゃいけない、自分の身を守るために……彼は君のために頑張ってるみたいだけど」
「俺の……ため。俺がいなきゃ、レンはあんなの……しなくて、いいんだ」
人型の式神とは違い、立体的に動くウサギに翻弄されているレンを見る。
「君に取り憑いた霊への対抗手段なんだから、稽古とはいえ君が手を出すのはセーフだ。じゃあ、僕は先にいただくよ」
社長は俺の背後の窓を開けてダイニングへ入った、レンを放って夕飯を食べる気なのだろう。
「はぁっ、はぁっ……クソ、全然当たんねぇ……ぅわっ!?」
これまで避けるだけだったウサギが突然レンの胸を蹴って尻もちをつかせた。疲れて動けなくなったところを狙うなんて、案外頭もいいらしい。
「レンっ!」
「だ、大丈夫大丈夫……痛っ!?」
座り込んだまま笑って俺に手を振ったレンの頭をウサギが蹴った。痛がるレンを見ていられなくなった俺は再びレンを蹴ろうとしていたウサギを倒れ込みながら抱き締め、捕まえた。
「捕まえた! レン叩け!」
「えっ、な、何してんだよお前! これは俺の稽古で、お前が手ぇ出したらししょー怒る……あれ、ししょーどこ行った?」
「うわこいつめっちゃ暴れるレン早く……痛っ!? 痛い痛い痛い噛んでるこいつ噛んでる!」
「はぁ!? このクソウサギっ!」
俺の腕ごと叩かれたウサギは折り紙へと戻った。やはり真っ二つに割れている。
「俺のもちに手ぇ出してんじゃねぇっての。もち、大丈夫か?」
「う、うん……ちょっと歯型残ってるけど。晩ご飯食べよ、レン。俺もちょっと手伝ったんだ」
「もちが……?」
疲労困憊のレンの手を引いてダイニングに戻る。薄情なことに誰も俺達を待たず、和気あいあいとナポリタンを食べている。
「ぁ、つ、つつ、月乃宮くんっ、きき、如月くんっ、早く食べなよ、ささ、冷めちゃうよ」
「ミチ……お前いたのか」
「ずずっ、ずっと如月くんの部屋にいたよ!? ひひ、ひどいよぉ」
「俺ちょっと着替えてくる……」
俺は席に着いたがレンが戻ってくるのを待った。数分後レンはシャツとハーフパンツのラフな格好で戻ってきて俺の隣に座った。
「おかえり、レン」
「先に食ってなかったのか? いじらしいなぁ……そういやもちが手伝ったとこってどこだ?」
「あ、このソーセージ切ったんだ」
フォークでナポリタンからソーセージをすくい、レンに見せる。どんなふうに褒めてくれるだろうと胸が高鳴る。
「ふぅん……よく切れてるな。でも手ぇ切ったら危ないから今度からするなよ」
「え……で、でも、ハサミでやったし」
「ハサミも刃物だろ? 危ない。ダメだぞ。分かったか?」
「…………うん」
もう少し褒めてくれると、今度は一から十まで俺が調理したものを食べたいと言ってくれると、理由もなく信じていた。
「もちは何もしなくていいからな、さっきのだってそうだ。痛かっただろ? ダメだからな。俺が頑張るから、お前は何もするな。分かったか? 俺の言う通りにしてくれるよな?」
ウサギに噛まれた腕を掴まれ、歯型にキスをされた──かと思えば噛み付かれた。
「……上書き完了」
小さな呟きと共に腕は解放されたが、ウサギの歯型の上からつけられた人間の歯型が目立った。
ぶかっとした白シャツに短パンというフェティッシュな格好の社長は俺に気付いたが、構わず白い長方形の紙をハサミで切った。
「レン、晩飯そろそろ出来るけど」
「もち、帰ってきてたのか。あ……み、見るなよ、今ちょっと……稽古中だから」
学校指定のジャージを着ているレンは汗だくで綺麗な茶髪もボサボサだ。そんなことで恥ずかしがるなんて──俺はむしろ萌えるというのに──本当に乙女だな。
「稽古って何してるんだ?」
「んー……ほら、今朝お前幽霊に取り憑かれてただろ? ああいうのを祓えるようになるための稽古だ」
レンは肉体から霊体が抜け出した生霊の状態でなければ幽霊に干渉することは出来ないらしい。しかし生霊の状態で幽霊に接触するのはとても危険なことらしく、肉体という鎧に入ったままの対処が望ましいのだとか。
「ほら、秘書さん。形州の兄貴。あの人、バールに御札貼ってるだろ? ナメクジに塩かけるみたいな感じでさ、幽霊にとってはあの御札は劇薬なんだ。だから俺も、ほら」
レンはスポーツチャンバラ用の柔らかい剣を持っており、スポンジの筒のようなそれには解読不能の漢字が書かれた御札が貼られている。
「ししょーみたいに霊力を表に出して作用させるには才能が必要でさ、俺はそれは出来ないから得物が必要なんだ」
「ふぅん……? それで、どういう稽古してるんだよ」
「えーっとな……御札とは違う感じで霊力込めた特別な紙を切って、簡易的な式神をししょーが今作ってるんだ。式神分かるだろ?」
「アニメとかゲームの知識でいいなら」
式神……和風の召喚獣みたいな感じだよな? ちょっと違うのかな。
「その式神を倒すんだ、ゲームみたいで楽しいぜ」
「如月」
「ぁ、はい! どっからでも大丈夫です!」
「まずはヒトガタだ」
長方形の紙が十字架のような形に切られている、先端が丸っこいから人を模しているのだと分かる、まるで起立したピクトグラムだ。社長が紙をウッドデッキに落とすと、紙はひとりでに立ち上がって地面を滑るようにレンに向かっていく。
「よっ! と、こんくらい余裕ですよししょー!」
レンは人型の紙をスポンジの棒……いや、剣で叩く。すると紙は真っ二つに割れて動かなくなる。
「うわ……すごいな、マジでアニメみたい。なんで切れるんだろ」
「一種の超常現象だな。生きてる人間にはダメージないぜ、ほれほれ」
剣で頭をぽすぽすと叩かれるが、鬱陶しいだけで痛みはない。
「それで朝俺に取り憑いてた霊とか叩いたら倒せるのか?」
「あぁ、御札さえ貼ってりゃ幽霊とかに対しては本物の剣みたいになるらしいぜ」
「じゃあ……武器そのものの攻撃力関係ないのか?」
「関係ねぇよ。それがどうかしたか?」
「いや、なんでお兄さんバール持ってんのかなって」
「月乃宮、邪魔だ。下がれ」
一歩窓側へ下がると社長は今度は十数枚の人型の紙を落とし、一斉にレンに向かわせた。剣を振り回すレンを見ているとゴキブリが出た時のことを思い出してしまう。
「得物には個人が使い慣れている物、思い入れのある物が効果的だ。札の効果が上昇……つまり攻撃力が上がる」
「あっ、俺に話してます? はい!」
「如月にはそういった物がないようだけど、あの犬にはあった、それがバール、それだけの話だ」
「な、なるほど……です」
俺の疑問に答えてくれていたのか、優しいところもあるんだな。得物なんて不良でもない限り馴染みがないだろう、優等生のレンなら尚更。従兄はバールを振り回し慣れているのかとか、思い入れがあるのかとか、あまり答えを知りたくない疑問が増えたな。
「っしゃあ! 全部片付けましたよししょー、そろそろ終わりでいいでしょ、晩飯食べましょ」
床を滑るすばしっこく小さなものを棒で叩く──確かに楽しそうだが、疲れるだろう、それもこんな暑い日は。
「そうだね……じゃあ、これを倒したら今日は合格だ」
社長は長方形の紙を正方形に切り、折り紙として使った。完成したのはウサギだ。
「わ、可愛い。器用ですね」
折り紙のウサギはウッドデッキに落ちた瞬間、毛が生え丸々とした本物のウサギへと姿を変える。
「へっ? ほ、本物?」
「式神ってのはこういうものだよ。紙のまま動くのは簡易的なものだ。アレも叩けば紙に戻る」
「あ、本物になった訳じゃないんですね、びっくりした……」
本物にしか見えない白いウサギがレンに向かっていく。
「なんか叩くのやだなー……まぁいいや、そらっ!」
ウサギを捉えたはずのレンの剣はウッドデッキを叩いた。
「避けたっ!? クソっ……!」
横に跳んで避けたウサギを叩くため、横振りでウサギを狙う。しかしまるで縄跳びでもしているかのようにウサギはヒラリと剣を躱した。
「あぁそうだ……月乃宮、生霊を自由自在に操る天才である如月を前線に出す気は僕はない。あの稽古は本来必要ないものだ、霊媒体質の君が今後も幽霊に取り憑かれることがなければね」
「えっ……?」
「恋人なんだろう? 傍にいる時間が長いはずだ。君に取り憑いた霊に如月が襲われては困る、だから彼は祓えるようにならなきゃいけない、自分の身を守るために……彼は君のために頑張ってるみたいだけど」
「俺の……ため。俺がいなきゃ、レンはあんなの……しなくて、いいんだ」
人型の式神とは違い、立体的に動くウサギに翻弄されているレンを見る。
「君に取り憑いた霊への対抗手段なんだから、稽古とはいえ君が手を出すのはセーフだ。じゃあ、僕は先にいただくよ」
社長は俺の背後の窓を開けてダイニングへ入った、レンを放って夕飯を食べる気なのだろう。
「はぁっ、はぁっ……クソ、全然当たんねぇ……ぅわっ!?」
これまで避けるだけだったウサギが突然レンの胸を蹴って尻もちをつかせた。疲れて動けなくなったところを狙うなんて、案外頭もいいらしい。
「レンっ!」
「だ、大丈夫大丈夫……痛っ!?」
座り込んだまま笑って俺に手を振ったレンの頭をウサギが蹴った。痛がるレンを見ていられなくなった俺は再びレンを蹴ろうとしていたウサギを倒れ込みながら抱き締め、捕まえた。
「捕まえた! レン叩け!」
「えっ、な、何してんだよお前! これは俺の稽古で、お前が手ぇ出したらししょー怒る……あれ、ししょーどこ行った?」
「うわこいつめっちゃ暴れるレン早く……痛っ!? 痛い痛い痛い噛んでるこいつ噛んでる!」
「はぁ!? このクソウサギっ!」
俺の腕ごと叩かれたウサギは折り紙へと戻った。やはり真っ二つに割れている。
「俺のもちに手ぇ出してんじゃねぇっての。もち、大丈夫か?」
「う、うん……ちょっと歯型残ってるけど。晩ご飯食べよ、レン。俺もちょっと手伝ったんだ」
「もちが……?」
疲労困憊のレンの手を引いてダイニングに戻る。薄情なことに誰も俺達を待たず、和気あいあいとナポリタンを食べている。
「ぁ、つ、つつ、月乃宮くんっ、きき、如月くんっ、早く食べなよ、ささ、冷めちゃうよ」
「ミチ……お前いたのか」
「ずずっ、ずっと如月くんの部屋にいたよ!? ひひ、ひどいよぉ」
「俺ちょっと着替えてくる……」
俺は席に着いたがレンが戻ってくるのを待った。数分後レンはシャツとハーフパンツのラフな格好で戻ってきて俺の隣に座った。
「おかえり、レン」
「先に食ってなかったのか? いじらしいなぁ……そういやもちが手伝ったとこってどこだ?」
「あ、このソーセージ切ったんだ」
フォークでナポリタンからソーセージをすくい、レンに見せる。どんなふうに褒めてくれるだろうと胸が高鳴る。
「ふぅん……よく切れてるな。でも手ぇ切ったら危ないから今度からするなよ」
「え……で、でも、ハサミでやったし」
「ハサミも刃物だろ? 危ない。ダメだぞ。分かったか?」
「…………うん」
もう少し褒めてくれると、今度は一から十まで俺が調理したものを食べたいと言ってくれると、理由もなく信じていた。
「もちは何もしなくていいからな、さっきのだってそうだ。痛かっただろ? ダメだからな。俺が頑張るから、お前は何もするな。分かったか? 俺の言う通りにしてくれるよな?」
ウサギに噛まれた腕を掴まれ、歯型にキスをされた──かと思えば噛み付かれた。
「……上書き完了」
小さな呟きと共に腕は解放されたが、ウサギの歯型の上からつけられた人間の歯型が目立った。
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