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彼氏がランチに誘ってくれた

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昨晩レンに抱いてもらえず、仕事に行くレンに置いていかれた俺は、寂しさと身体の疼きに耐え切れずに彼氏に電話をかけた。

「……もしもし?」

もう怪異に身体をまさぐられることもなければ、毎日精液を摂取しなければならない訳でもないのに、俺は身体はすっかりあの異常な日々に慣れ切っていて、日に何度も抱かれないと満足できなくなってしまっていた。

『も、も、ももっ、もしっ、もも、も……つつつ、月乃宮くんっ、どうしたの』

「いや……その、会いたくて。今から空いてるか?」

『ぼぼぼっ、僕に予定なんかないよ!』

嬉しそうにはしゃいだ声色に思わず笑顔になる。ミチも今笑ってくれているのだろうか? だったらいいな。

「じゃあ今からミチの家行くよ。そうだ……昼飯奢ってやる、何食べたいか考えとけ。じゃあな」

電話を切り、財布の中身を確認する。従兄からもらった駄賃や小遣いはまだもう少しある、ミチに美味しい飯を奢るのは前から決めていたことだ。ろくなものを食べていない彼が美味しさに出会った時の顔が見たい。


俺は子供のようにワクワクしながら駅に向かった。火曜日の朝遅く、通勤ラッシュはとうに過ぎた駅は空いている。

「……ん?」

線路の上に人がいる。透けていて、血まみれだ。まさか霊か? 今までは俺に取り憑いていた怪異が強力すぎて何も見えていなかったが、祓った今は芽生えた霊感のせいで霊を見ることがあると社長や従兄に説明されたが──だが、あんな恐ろしいなんて。

「……っ、ふー……」

電車に乗って駅を離れ、深いため息をつく。自宅最寄り駅にグロテスクな霊がいたショックはしばらく続くだろう──

「ぁ、い、いいっ、いら、いらっしゃいっ、つつつ、月乃宮くんっ!」

──と思っていたが、ミチの顔を見ると数十分前の嫌な思い出は吹っ飛んだ。

「えへへ……つ、つ、月乃宮くんから来てくれるなんて、うう、嬉しいなっ、嬉しいな……月乃宮くん……」

アパートの前で待っていてくれたミチは俺を見つけると走り寄ってきて、俺の前で可愛らしい笑顔を見せたかと思えば、突然元気をなくした。

「あ、の……きき、如月くんからもらった服……な、な、なくし……ちゃって。ごごっ、ごめん、今日は……こんなカッコで」

ミチが今着ているのはところどころほつれた部屋着だ。母親かその彼氏かは知らないが、タバコによって変色もしている。

「ここっ、こんな服じゃ……ご、ご、ご飯なんて、行けないから……そ、そのっ、今日は、遠慮……させ、て?」

彼氏である俺にはオシャレにキメた姿を見て欲しい乙女心も、部屋着ではファミレスに行けない羞恥心も、理解できる。

「そっか、分かった。今日はやめとこう、俺はそのカッコも可愛いと思うんだけどな。無防備なのが逆にそそるよ」

「へっ、へへ、変なこと言わないでっ! こ、こ、こんなカッコ……も、も、も、もう二度と、きき、君に見せないで済むと、お、おも、思ってたのに……」

「……レンからもらった服一枚もないのか?」

「う、ぅ、うんっ、全部なくしちゃった……もも、も、申し訳ないよ……こここっ、今度からは断らなくちゃっ」

ミチはレンから何着か服をもらったり借りたりしていた。それが全てなくなるなんてことありえるのか? 散らかってはいたが、ワンルームの部屋で? ミチの寝床も私物も全て押し入れにあるのに?

「ミチ……本当になくしたのか?」

「へ?」

「……お母さんとかに捨てられたとかじゃ、ないのか?」

「ちちちちっ、ち、ち、違うよっ! なななん、なんてこと言うんだよ! ひっ、ひひ、ひ、ひとの親を、なんだと……!」

この動揺、間違いないな。

「……そっか。まぁ……とりあえず家に上げてくれないか? 外暑いし、昼飯にはまだ早いだろ」

「う、うん……きき、き、来てっ」

ボロアパートの一室、その押し入れの中がミチの部屋。上の段は教科書や鞄などの私物で、下の段が寝床だ。

「ごご、ご、ごめんね狭くて」

「いや、秘密基地感あって好きだよ。ミチと引っ付けるしな」

何でもかんでも気にしすぎなミチの気持ちが少しでもほぐれるよう、彼の腰を抱いて体を寄せた。

「ひゃっ……! せせ、せ、せ狭くなくてもっ……べ、べ、別に、ひひ、引っ付いてくれて……いい」

「もちろん、広いとこでもこうするよ」

「ぁうぅぅ……」

恥ずかしそうにするミチの頬にキスをする。ちゅ、ちゅっ、と音を立てながら何度も。二人きりの部屋、押し入れの下段という狭い場所に、その濡れた音はよく響く。

「つ、つ、つ、月乃宮くんっ……そそ、そんな……こと、されたらっ……そ、そのっ、ぼぼ、僕、僕……」

「ん? 何だよそんなことって、ミチを可愛い可愛いしてるだけだぞ」

鬱陶しそうな前髪をかき上げてやり、つぶらな瞳を見つめる。ふるふると震えて潤む様子はミチの性格を表しているかのようだった。

「……今日さ、ちょっと寂しかったんだ、レン仕事に行っちゃって。だから……抱きつくの許してくれ、寂しいんだよ」

目を見つめながら抱き締める──ミチは意外なことに照れてはいなかった。何故か辛そうな顔をしていた。

「き、きき、君にとってやっぱり僕は……き、如月くんの、かかかっ、代わりでしかないんだねっ」

「へ……? ちっ、違う! それは違う」

「そうだろっ!? きき、如月くんがいたら僕誘わないんだろ。き、君には僕とのセックス中に如月くんの名前呼んだっていう前科もあるしっ……!」

「ミチ……違うんだよ」

証拠は全て揃っているとても言いたげなミチに対し、俺はただ「違う」と力なく呟ことしか出来なかった。
実際今日、レンが仕事に行っていなければ俺はミチの元には居なかったう。代用品くらいに思ってしまっているころも少しはあるかもしれない。でもちゃんと別物だと思っているし、レンが居ればミチは要らないなんてことはない。

「……べ、べ、別に、いいよっ。ぼぼ、僕は、元から……ハハ、ハ、ハイエナ戦法で行ってるから。きき、き、き、君が僕をどう思ってようとっ、僕に逢いに来てくれてる時点でっ、僕は負けてないっ」

「ミチ……ごめんな。確かに、レンの代わりにしちゃってるところはあるけど……でも、ちゃんとミチのこと好きなんだ。だから代わりでしかないってのは違う、それは分かってくれ」

ミチは小さく頷くと狭い押し入れの中で俺を押し倒した。小さなランプ一つで照らされた暑苦しく薄暗い空間で見上げたつぶらな瞳は、顔に似合わず雄らしくギラついていた。

「……た、たた、た建前はいいっ。僕に抱かれたいんだろ……抱かれにっ、来たんだろ」

ぐっと腹を押され、その刺激と愚直な姿勢に欲望が一気に膨らんだ。

「そ、それはそうだけどっ! でも、俺は……! こんなのは嫌だ、ミチとはちゃんと恋人でいたい、こんな都合のいいセフレみたいなの嫌だ、ごめん、謝るから、今日はやめとこう……で、出前でも頼んで……飯食って、普通に遊ぼ……な?」

「…………建前はいいって言ってるだろ」

「んっ! ゃだ、ミチぃっ、お腹……ぐりぐりしないで、頼むよっ……変な気分になるっ……」

「変な気分にさせてるんだよ」

胸のように骨に守られていない腹部は体外から簡単に内臓を刺激出来る。今ぐりゅぐりゅと揉まれている場所までは挿入されないのに、性器になれないただの腸なのに、欲情してしまう自分が異常に思えた。

「なんでっ……せめて臍の下押してくれよっ、なんで、そんなとこまで突っ込まれないのにっ、なんでこんな……俺、勃って……」

「……お、ぉ、お臍はピアスつけてるからっ、その周りはちょっと押すのは……ねっ。い、い、ぃ、嫌がらないでよ月乃宮くんっ、僕も……きき、君に会えるって、なって……その、こうなる想像ばっかしてたから」

セックスから始まった仲なのに、今更健全に付き合おうなんて無理なのかもしれない。ようやく諦めた、いや、自分に少し素直になれた俺は服を脱がされるのに合わせて腰を浮かせた。
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