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幼馴染を置いて仕事に行ってみた

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鏡台の前に座ったレンの後ろ頭を眺める。俺の大好きな綺麗な茶色の髪の丸いシルエットは撫でたくなるし、見下ろすことで初めて見つけられるつむじはつつきたくなる。

「ししょー、俺の勉強のためってことで弱めの怪異の祓いの依頼をわざわざ受けてくれたんだよ」

「へー……」

「首塚の怪異のゴタゴタでここらの霊的パワーバランスはめちゃくちゃらしいぜ。大人しい実力派の怪異が居着くまで暴れるヤツを祓い続けなきゃならねぇんだ、要するに怪異ガチャだな」

「……遠回しに俺のせいって言ってないか?」

口紅を塗っているレンを鏡越しにじっと睨むと、彼は半分赤くなった唇を歪めて笑った。

「その通りだろ? お前が俺の言うこと聞かなかったのが悪い。取り憑かれたのも、レイプされたのも、四股することになったのも全部お前が原因。ま、おかげで俺は高給なお仕事見つけたからいいけど。今度からちゃんと俺の言うこと聞けよ」

「その通りなんだけどさぁ……そんなふうに言われると……」

ムカつくとも傷付くとも言い切れない複雑な感情を抱え、レンの化粧を見守る。服はもう着替えた後だ、動きやすいメンズ服で別に女装をしている訳ではない。

「……レン、なんで今日はそんなバッチリ化粧してんの? 戦化粧?」

「化粧するとテンション上がるってだけ。別に実はししょーが好きでアピってるとかじゃねぇから心配すんなよ」

「そ、そんな心配してない!」

「そーかい。それよりもち、どうよ」

化粧を終えたレンはこちらを向いて感想を聞いた。いつもよりもはっきりとした眉や、くりんと丸まって目立つ睫毛が魅力的なのはもちろんのこと、頬紅や口紅のおかげが血色のいい顔をしていてドキドキする。

「…………か、可愛い」

「……んー? 聞こえなかったなぁ、なんて?」

「かっ、可愛いって言ったんだよ! 聞こえてただろ……」

「うん、もっかい言って欲しかっただけ」

無邪気に微笑むレンに思わず顔を赤くしてしまった。レンは「お前にはチークはいらないな」なんて笑っている。その笑顔がまた可愛くて、頬の熱は引かないし鼓動は激しいままだ。

「はぁ……なんか、ずっと初恋っていうか、片想いみたいな感じ……バカみたいにドキドキしてる」

「俺は嬉しいぞ?」

それならいいかと思わせる魔力がレンにはある。

「そろそろ時間だ、行こうぜ」

レンに手を引かれて如月家を出ると、ちょうど家の前に黒い高級車が停まった。その反社会的な雰囲気に俺は怯えたが、レンは躊躇せずに近付いた。

「ご無沙汰しました、ししょー」

「そうでもない」

車からレンの師匠であるどこぞの大企業の社長とやらが降りてくる。白髪に赤紫の瞳というファンタジーじみた見た目の彼は、髪や肌とほぼ同じ色の白いスーツを着ていた。

「お久しぶりでーす、月乃宮様」

「お兄さん! 元気でしたか? お怪我は……?」

社長の後に降りてきたのはセンパイの従兄、彼の本業は似合わないけれど社長秘書だ。上品な黒い和装は肌の露出が顔と手しかないのに非常にセクシーだ。

「まだ跡はありますが、痛みも支障もありません」

「そうですか、よかった……」

「…………ただ」

「えっ? た、ただ……何ですか?」

センパイとよく似た褐色肌に三白眼という組み合わせ。センパイとは違ってコロコロと変わる嘘くさい表情は今、真剣さを表現している。

「昨晩激しくしたので腰が少し……」

「知りませんよっ!」

心配して損をした。俺は我慢させられたのになんて羨んでしまう。

「犬、しばらく控えるよう言っていたのに勝手に筋トレをして身体を痛めた件は加味しない。普段通りに働くこと、いいね」

「はーい」

「え? 筋トレ?」

「……なんだと思ったんですか? 月乃宮様ったら思春期なんだから」

誤解させるように言っただろうと喚きたくなったが、それはそれで歳頃の子供扱いされそうなので口をぎゅっと閉じた。

「月乃宮。まだ何の音沙汰もないけど、うちには就職しないってことでいい?」

「あっ、ゃ……その、俺まだ高一だし……進路はちゃんと考えたいかな……って」

「ふーん……首塚を壊すバカにそんなこと考える頭があったとは驚きだよ」

レンはもう将来の就職が決まっている、今がインターンのようなものだ。俺は霊媒体質になってしまったらしいから、ちゃんとした除霊グッズなどを手に入れるためにも就職しますと言ってしまった方がいいとは思っている。しかし、やはり躊躇ってしまう。

「ししょー言い方キツ過ぎますって。もちは俺が一生面倒見るから何もしなくていいんだぞ? な?」

「え……ゃ、でも……」

「何もしなくても霊を惹き付けるんだから、人助け兼金儲けに使った方がいいと思うけど」

「……あっ、あの! 俺……師匠さんに言いたいことあるんです」

このままでは言いそびれてしまいそうだ。俺は昨晩決めたことを実行するため、深呼吸をして覚悟を決めた。

「レンに変なことばっか教えないでくださいっ! び、媚薬とか……変な手袋とか」

「暇な時間のコミュニケーションだよ」

「ただのセクハラだっ! この変態!」

「心外だな、愛犬家だよ」

犬とどう過ごしたか話しただけだと? その犬が動物ではなくSM的な意味であることが大問題なんだ。

「お兄さんからも何とか言ってくださいよ! お兄さん、レンにお兄さんがどんなプレイさせられてるか知られてますよ!」

「へっ? 話してるんですか社長!」

「ペットの話して何が悪い」

「悪くは……ないです。でも、恥ずかしいしやめて欲しいです……」

レンはMには嬉しいことだろうとか言っていたが、従兄はちゃんと嫌がっているじゃないか。犬扱いしていると言ってもやはり恋人、従兄が本当に嫌がっているならやめるだろう。

「恥ずかしい? やめて欲しい? 僕がそれを聞き入れてやる理由はないだろ」

「ちょ、ちょっと横暴すぎますよ! そんなんじゃお兄さんが可哀想だ、本当に愛がないじゃないですか、本気でペット扱いしてるんですか!?」

「可哀想……? 君は何を見て言ってるの?」

深いため息をつく社長の視線を追い、従兄を見上げる。褐色の肌は頬を中心に赤みが増しており、いつも嘘くさい表情しかしない口元は本物の欲情の笑みを浮かべていた。

「この犬を虐めるネタを考える僕の身にもなって欲しいね。ペットなんだから愛してるに決まってるだろ、君みたいな人僕本当に嫌いだよ」

「す、すいませんでした……勘違い、して」

「君の謝罪に聞く価値がある? 如月、早く乗れ、行くよ」

レンは気まずそうにしつつも俺が同行したがっていることを伝えてくれたが、社長は予想通りとも思える冷たい瞳で俺を見下した。

「ダメに決まってるだろ。消防士が体験希望者を火事場に放り込むか?」

「やっぱり……? もちー、ごめん……ダメだってさ」

「で、でもっ、レン……危ない」

「将来有望な弟子を潰したりしない。僕がついてるんだよ、僕の実力だけは信頼して欲しいものだね。それに犬に如月を庇うよう命令してある、もしもの時も安心だろ?」

「そんな……」

従兄の扱いについては抗議したかったが、当の本人が嬉しそうに悶えているし、社長も彼のことを心の底では愛しているようなので、今度は何も言わなかった。

「じゃあね」

「ばいばいもちー、ごめんな連れて行けなくて。お詫びにお土産買ってきてやるからな」

夏休みのちょっとした旅行、そんなふうにレンは出かけて行った。

「……何なんだよ、弟子って。レンを自分のもんみたいに…………俺のレンなのに」

ぶつぶつ呟きながらレンの私室へ帰る。ふて寝してやろうとしたが、昨晩抱いてもらえなかった無念やレンの匂いが欲情を誘う。

「ちくしょう……この淫乱」

怪異に取り憑かれていない今、自身の淫乱さに言い訳ができない。一日足らずの禁欲もできない自分を罵っても彼氏に電話をかける俺の手は止まらなかった。
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