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後輩を家に送り届けてみた

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チラリと顔を上げてセンパイの様子を伺っては、微笑まれて慌てて俯く。ちゃんと顔を見せたいし、見たいのに、羞恥心が邪魔をする。さっきは後孔を拡げて見せたのに、今はまともに目を合わせられないなんて、俺は何なんだ。

「…………ノゾム」

乙女ぶるな淫売めと自らを罵っていると優しい声が俺の名前を呼んだ。

「……大学に行ったらお前に会えなくなるな」

寂しげな声色に顔を上げると、センパイがとっくに完食して机に肘をついて俺を眺めていたことを知った。

「会いに行きますよ。センセにもそうしてますし」

「…………留学しようと思ってる」

「へっ? りゅう……え? 外国行っちゃうんですか……? なんで……」

「……昔から、そう決めてた」

ようやくセンパイを真っ直ぐに見つめられたのに、今度はセンパイが目を逸らしてしまった。

「…………中学生の頃、イジメで不登校になった時期……兄ちゃんに海外旅行に連れて行ってもらった。欧州の荘厳な建物を見た。日本も回った、寺社仏閣巡りは最高だった……釘を使わずに木造建築が立ってるんだ、信じられるか?」

微かに笑った後、センパイは俺と目を合わせてくれた。かと思えば過去に思いを馳せた。

「……俺が隠していたパンフレットを見たなら知っているだろうが、俺はデザイナーになりたいんだ。建築のな。お前みたいな大事なヤツが出来るなんて夢にも思わなかったから、留学も決めていた。今更、迷うなんてな」

「センパイ……」

「…………もしお前が傍に居て欲しいと言うなら、俺はお前から離れない。あの工場を継ぐ。ノゾム……どうして欲しい? 俺が居ないと寂しいか?」

「寂しいです……傍に居て欲しい、でも、そんな……ずるいっ、俺負担になんてなりたくない。どうして着いてくるかって聞いてくれないんですか。そんな聞き方ずるい……俺、いってらっしゃいって言うしか、出来ない」

「……………………ありがとう」

涙を堪えたせいか、嗚咽すら殺そうとしたせいか、喉が痛い。ぽんと頭を撫でられて堰を切ったように涙が溢れ出す。

「……悪い、今話すことじゃなかったな」

甘いはずのしょっぱいうどんを完食して、店を──いや、駅を出た。

「……停める場所がなかったから歩いてきたんだ、悪いな」

「いえ……ゆっくり歩きたい気分なので」

コントラストがくっきりとした青い空と入道雲、頭の真ん中までぐわんと響く蝉の声。どれもこれも俺の気持ちを憂鬱にする。

「ね、センパイ。夏って好きですか?」

「…………暑いから嫌いだ」

「ですよね……」

無言の気まずさをかき消す蝉の声。アスファルトが歪んで見える熱、じんわりと滲む汗の不快な感触。繋いだ手の愛おしい体温。この世の全てが俺の心境を表現してくれている。

「センパイ……俺、センパイのこと、大好きですよ」

「…………あぁ、知ってる」

「留学先で、彼氏作ったら……嫌いになっちゃいますからねっ」

「……あぁ」

緩く繋いでいた手がほどかれ、その手で肩を抱かれ、汗だくの頭に唇が触れさせられる。

「センパイ……俺、会いに行きます。待ちません、会いに行きます、絶対」

「………………俺も」

「就職したって金髪やめませんから、ピアスも減らしませんから」

「……そうか、ありがとう」

センパイが立ち止まり、一歩ズレて俺も立ち止まる。二本の太い腕に抱き締められ、暑苦しさに不快感を覚えることもなく、言葉もなく、目配せもなく、唇を重ねた。



如月家の前で手を振り合ってセンパイと別れた。涙を拭って汗が目に染みた。

「ただいま……」

「おかえり、もち」

扉を開けると玄関にレンが座っていた。ホットパンツにニーハイソックス、上は涼しげなキャミソール、夏らしさと俺の好みが合わさった最強の格好だ。

「遅かったな?」

「誘惑……負けちゃった」

「ははっ、だろうなぁ。お前、形州のこと大好きだもんな」

レンは首にかけていたタオルを俺の首に移してくれた。ひんやりと冷たく濡れている、予め冷やしておいた物のようだ。

「根野センのとこ行くって知ってたけど、男の家行かないよなって確認した。失敗するって分かってて、罰ゲームつけた。誘惑に負けるって分かってて、耐えられるか試した。前フリと罪悪感と納得出来る罰、師匠の教えだ。SMプレイの軽いスパイスってな」

「レンは俺とSMしたいのか?」

「別に鞭で叩いたりロウソク垂らしたりなんてしないぜ? 支配したいんだよ、可愛いもち、俺の赤ちゃん、お前は俺のもんだ」

レンはタオルの両端を掴んで俺を引き寄せ、俺の頬にタオルを押し当てて頬を冷やした。

「汗だくだな、シャワー浴びたらお仕置きだ。あぁ……昼飯がまだだったな、形州に食わしてもらったか?」

「レン、なんか作ってくれてた?」

「米は炊いてるぜ。だから適当におにぎりと卵焼きとウインナーとか、それくらいならすぐ用意出来るからな」

「全人類至高のラインナップじゃん……」

小盛りにしたとはいえうどんを食べたのに食欲が湧いてきた、お約束に腹がぐぅと鳴り、レンはケラケラと楽しげに笑った。

「よっし、作っといてやるからシャワー浴びてきな」

「うん……!」

俺はすぐに浴室に駆け込み、頭からシャワーを浴びた。すりガラスの扉の向こうでレンが着替えを用意してくれている気配がしたので礼を言い、急いで身体を洗った。

「おっ、早いな。カラスの行水ってヤツか? ちゃんと髪拭けよ」

しっとりとした身体に薄手の部屋着、濡れた髪にタオルを被せてキッチンに向かうと、レンは卵焼きを成形している最中だった。

「上手いなぁ……俺卵焼き作ろうとするとスクランブルエッグになるんだよ」

「ちゃんと油引いてるか? ま、お前は料理出来なくてもいいよ、お嫁さんが作ってやるからな」

それには頷けない。根野の家で手料理を食べて、自分の料理を食べて好きな人が喜んでくれる幸せを味わってみたいと思ったばかりだ。

「いや、俺も料理出来るようになりたい。俺も成長したいんだ」

「はぁ? なんだよ、俺の飯は食いたくないって?」

「へっ? ち、違うっ! レンの料理は好きだよ、すごく美味しい、不味いだなんて思ったことない」

「なら俺の飯だけ食ってろよ」

笑顔のままだし、声色も変わっていない。怒っているようには見えないのに、何故かレンが苛立っているような気がしてしまう。

「で、でも……俺も」

「お前は何も出来ないでいい、何もするな。成長なんかしなくていいんだよ、俺が一生面倒見てやるんだから……な? もちちゃん、ワガママ言わないで、椅子に座って、テレビでも見てな」

「レン……」

「俺の言うこと聞けるよな? もちちゃん」

茶色い瞳に見つめられると思考能力を失ってしまう、きっとこれは条件反射だ。

「うん、レン……レンの言うこと聞く……」

「よし、いい子だ」

「うん……! へへっ……」

褒められるのも撫でられるのも大好きで、レンに逆らうとレンに嫌われる気がして、俺は大人しく椅子に座ってテレビを見た。

「レン……」

知らない芸能人が興味のない激辛グルメをリポートしているのを眺めながら、レンのことを考える。
たとえば、日頃の感謝を込めて俺が手料理を贈ったとしたら、レンは嫌がるのだろうか? それは喜んでくれるのだろうか、分からない、幼馴染なのにレンの本心がよく分からない。

「出来たぞ。ほれ、おあがり」

「あ……い、いただきますっ。美味しそー……」

「愛妻料理だ、よーく味わって食えよ」

レンはテレビを消して俺の隣に座った。机に肘をついてニコニコと微笑みながら俺を見つめている。可愛らしい仕草なのに、何故かセンパイとは違って圧を感じた。
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