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従弟の恋人に取り憑いた怪異と取引してみた

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如月家の玄関扉が蹴り開けられ、眩い光が射し込む。

「どけガキっ!」

ミチが突き飛ばされ、俺の腹に御札がベタベタと貼られたバールが振り下ろされた。

「ぅぐっ!? ゔ……ぁ……」

当たる寸前で減速したようだが、それでも重たいものが腹を打ったのには変わりない。しかし俺が痛みを訴えるよりもミチが叫ぶよりも先に俺の首根っこは掴まれ、如月家の外へと放り出された。

「光量上げろ!」

工事現場で使われているような巨大な照明が三つも俺に向けられ、目が眩む。サングラスにスーツという怪しい姿の男達が俺を中心にした円をチョークでアスファルトに描く。

「結界展開! その他警戒態勢を維持! 周辺住民を近付けさせるな!」

先程電話越しに聞いた声。アレは怪異が従兄を騙ったものだったが、今度は本当だ。

「バレるなっつっただろバカガキ!」

「お、お兄さんっ……!」

「動くな! 結界から出るな、その内側なら怪異の活動を限りなく遅く出来る。一定時間だが……」

彼の身長ほどある巨大なバールを担いだ従兄はグレーのスウェットを着ている。くつろいでいたのだろうか。

「は、はい……お兄さん、俺のメッセージ解読出来たんですか?」

「メッセージ?」

従兄はスマホを確認し、首を横に振る。俺のメッセージは気付かれてもいなかったらしい。

「先代社長が霊視してくださったんですよ、社長が明後日の朝には帰れるってんで、それまで大丈夫かどうか……ナイスタイミング過ぎますよね、流石俺の嫁」

「なるほど……ありがとうございます…………ぁ、あの、家の中、お父さんとミチが」

「……おい」

従兄が睨んだスーツ姿の男数人が如月家に入っていく。

「さて、明後日の昼には社長が到着するとのことですが、それまでその怪異を抑えておくことは不可能です、結界や札ではね」

「……他に方法があるんですか?」

従兄はニヤリと笑って屈み、俺に目線を合わせた。

「手首さん達、取引しましょう。その子供を殺して逃げたところであなた方は前回あなた方を封印した修験者の霊に捕まえられ、彼ごと社長に消されるでしょう」

従兄が話しているのは俺ではなく、怪異だ。怪異と取引なんてして大丈夫なのか?

「なので俺が今から修験者の霊を消します。その後は社長から逃げるための肉体として俺の体を差し上げます。その子供の体よりずっと丈夫で、夜道を歩いていても警察に止められることはありません。どうでしょうか? はいなら右手、いいえなら左手を挙げてください」

何も起こらない。

「……その体ではまず逃げ切れませんが、俺の体を使えば逃走成功の可能性が高くなるんですよ? まさか……俺の言うことが信用出来ないと? まぁ、見ず知らずのガキのために命を捨てるなんて……バカバカしいと思うでしょうね」

「命を捨てる……? 待ってくださいお兄さん、それどういう意味ですか!」

「その子供は俺の可愛い従弟の恋人なんです。その子供が居なくなると従弟が悲しむ、自殺してしまうかもしれない。でも俺が消えても自殺はしない、俺は従弟が何よりも誰よりも大切なんです」

先程怪異は俺の「魂だけ殺す」と話していた。従兄の言う「肉体を渡す」とはただ取り憑く対象を変えさせるという意味ではなく、魂を殺させた空っぽの肉体を渡すという意味なのか?

「やめてくださいお兄さんっ! 俺なんか、俺なんか生きてる価値ない……! でもお兄さんは違う! センパイだってお兄さんのこと愛してる! 今はきっと反抗期なだけで、俺よりあなたの方が大切なはずです!」

俺の魂からの絶叫は誰も受け取ってくれず、見えない手に右手首を掴まれ、ゆっくりと頭上高くに挙げさせられた。

「決まりですね。では、修験者の霊を消しに行きましょうか。念のため拘束具をつけさせていただきますね」

手足に枷がはめられ、従兄に抱えられて車の後部座席に放り込まれる。

「あ、あの……お兄さん、考え直してください。俺なんか死んでもいい人間です、でもお兄さんは違う! お兄さんは、お兄さんは……!」

「ちょっと黙っててくれます?」

首に何かが押し当てられ、バチバチッという音と共に覚えのある痛みが響く。一瞬で意識が暗転し、気付いた時には俺が蹴り壊した首塚のある土地の手前に車が停められていた。

「お、お兄さん……お兄さんっ?」

車内には運転手しか居らず、従兄の姿はない。枷がはめられた手足でも車から転がり落ちるくらいは出来た。

「あ、起きました?」

車外では従兄があの黒い着物に着替えていた。

「ちょっと待っててくださいね」

工事現場で使われるような巨大な照明器具が三つとも首塚を照らしている。照らされた首塚は土台だけしかない。

「あれ……? 首塚の周り、もっと茂みがあったはず……」

「少し前に刈らせましたよ。っし、着替え終わり……後は投薬ですね。誰かー」

従兄の部下が車のトランクを開け、鞄らしき物を取り出す。その鞄からはプシューと空気が漏れる音が鳴り、続けて白い冷気が漏れ出した。中身は注射器三本だ。

「……以前話した血清よりも効果の高いものです。これを一本注射すれば社長の一万分の一程度の霊力が108秒間手に入ります」

「はぁ……」

「髄液から作ったものでして、超貴重品です。若神子家と特別な縁を結んでいない者が打てばのたうち回って死にますが、俺なら効果終了後の激痛と倦怠感、目眩、幻覚、などなどで済みます」

済んでるって言うのか、それ。

「三本で324秒……修験者の霊を消すには十分でしょうね。あぁそうだ、月乃宮様は用意した結界内に入っておいてください。約束したとはいえ逃げられる可能性もありますし、修験者の霊はあなたを優先して襲うでしょうから」

部下二人が俺の両腕を掴み、首塚の手前に用意された結界へと引きずっていく。

「ま、待ってくださいお兄さんっ! お兄さん、お兄さんは死んじゃダメなんです!」

先程アスファルトに描かれたものとは違う、正方形の結界の中に放り込まれる。枷をはめられた手足で頑張って端ににじり、結界から出ようとしたが、見えない壁にぶつかった。

「な、何これっ、出らんないっ……!」

ガラスのような感触の見えない壁に顔を擦り付けていると、シャンシャンと鈴に似た音が聞こえてきた。俺が蹴り壊してしまって台座しか残っていない首塚の前に半透明の人影が見える。音は彼が持つ錫杖と呼ぶらしい大きな杖から鳴っていた。

「しゅ、修験者……さん?」

いつか病院で見かけた霊だ。彼が大昔に自らの命を引き換えに手首の怪異を首塚に封印したらしい、それを俺は壊したのだ、彼の犠牲を無駄にした、恨まれて当然だ。

『月乃宮 望、貴様が此の地に戻るのを待っていた。貴様が自らの魂を捧げ、再封印を願うのを待っていた。だが、その時は来ないようだな』

結界が作った見えない壁を錫杖が叩く。

「お、俺は……俺はっ、死んでも構いません。封印に俺の命を使ってください!」

『ならばそこから出たらどうだ!』

「出られないんです! 出してください! お願いします、お兄さんはあなたを消して俺に押さえられてる怪異を自分に移して死ぬ気なんです!」

『何……!? 貴様、また他者を犠牲に!』

錫杖が見えない壁を強く打つが、壊れる気配すらない。

「無駄だ。てめぇにゃ壊せねぇよ」

巨大なバールを引きずって黒い着物に身を包み、黒かったはずの髪を真っ白に変えた従兄がやってきた。

『貴様が哀れな霊能力者か……子供に情けをかけたつもりか? 若いからと許される過ちと許されない過ちがある! この者の過ちは後者だ!』

修験者の霊は従兄に向かって俺の罪を説く。

『貴様が死んだところでこの怪異は祓えない、一つの魂と引き替えに封印するのがやっとだ! それも私を殺しては封印すら不可能だ、この怪異に対抗出来るのはこの世で私だけだ!』

「……てめぇはあの世のもんだろうがよ」

従兄は深いため息をつき、バールを構えた。
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