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彼氏に取り憑いたお化けをどうにもできなかった

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灯りが消え、握っていたコップが割れた。手を切らないようそっと手を離し、真っ暗闇に目を凝らした。

「なななっ、なに、なになにななにぃっ! く、く、くく、くら、くくくっ……!」

「ミチちゃん落ち着け! 大丈夫だ、危ないから立つな! なんなんだ、停電か……?」

レンの父親がスマホのライト機能をオンにし、部屋に明るさが戻る。うっすらと部屋が照らされた瞬間ミチは立ち上がり、父親に抱きついた。

「っと、ミチちゃん……大丈夫か? 怪我はないな? 震えて……よしよし、大丈夫」

灯りを消したのはおそらく俺に取り憑いている怪異だ。父親がレンからのメッセージを読み上げたことで、祓われる日が近いと知った怪異が何かをしでかそうとしているのだ。

「ノゾム、お前は大丈夫か?」

皿が飛んだりするかと思ったが、まだ灯りが消えた以外に何も起こっていない。ヤケになって暴れる訳ではなく、冷静なのか、そっちの方が怖いな。

「今からそっちに行くから、ミチちゃんを頼む。俺はブレーカーを見てくる」

ミチの肩を抱き、スマホで足元を照らしながら父親がゆっくり机を回り込んでくる。しかし、彼が俺の元に着く前に俺は怪異に腕や肩を掴まれ、ダイニングの外へ引っ張られた。

「ノゾムっ!? ノゾム! ノゾム!」

廊下の壁に背を打ち付け、肺の空気が追い出される。すぐにダイニングの扉が閉まり、父親が扉を叩く音と俺を呼ぶ声が大きく響く。

「ノゾムどうした! クソっ、開かない! なんなんだっ……ノゾム無事か! ノゾム、返事をしなさいノゾム!」

「つつ、つ、つっ、つつ、月乃宮くんっ……まま、ま、まさかっ、お化け……やだやだやだ月乃宮くん返せぇっ!」

「だ、だいじょ……ぅぐっ!?」

俺を心配する二人に返事をしようとしたが、ゴツゴツガサガサとした見えない手に首を絞められて声が出なくなる。手を引き剥がそうとする俺の手は俺自身の首に触れる、すり抜けてしまっているようだ。

「ノゾム! どうした! クソっ、なんで開かないんだ…………ミチちゃん、下がりなさい。蹴破る」

ドンッ! と鈍い音が扉から聞こえる。

「お、とぉ……さ……」

助けを求めて手を伸ばす。見えない手の首を絞める力が強くなり、声どころか息を吐くのも難しくなる。伸ばした手が腰の横に落ち、廊下に引っ張り出された際にポケットから転げ出ていたらしいスマホに触れる。

「ダメだ、ビクともしない……そうだ。ミチちゃん、窓から出るぞ。玄関から回る」

「は、ははっ、はいっ!」

指紋認証を突破。メッセージアプリを開き、犬のイラストのアイコンをタップ。震える指先で「バレた」「助けて」と入力したつもりで送信した。画面には「はまれたたすかて」の文字が並んでいた。

「…………!」

これじゃ伝わらない、もう一回……ダメだ、手に力が入らない。意識が朦朧としてきた。俺はここで死ぬんだ。

「ノゾム! ノゾム無事か!」

玄関の扉が開き、父親とミチが走ってくる。俺を照らした父親は俺の首がひとりでに手の形にへこみ、俺が今にも白目を剥きそうなのを見て絶句した。

「ノ、ノゾム……? ノゾム、何だこれは……」

「お、おおっ、ぉ、おば、お化けだぁっ!」

「ミチちゃん、こんな時に何をふざけたことを……いや、でもこれは……まさか、そんな……」

父親の手が俺の首に触れる──寸前、静電気のような音が響いた。

「……っ! なんだ、痺れた……?」

実際静電気のようなものだったのだろう、俺と父親ではなく、怪異と父親との間に起こった霊的な静電気。

「げほっ、げほっ……ぉえっ、ぇ、げほっ…………はぁっ、はぁっ……」

世界最高峰の霊能力者が直々に稽古をつけたがるほどの霊能力者であるレンの父親だ。レンが隔世遺伝的な存在だとしても、父親にも少しは力があるのだろう。それが発揮されたのが先程の静電気で、怪異側も驚いたのか痺れたのか俺の首から手を離したのだ。

「つつつっ、月乃宮くんっ! 大丈夫!?」

「ギリギリ……」

「お化けめっ……よくも僕の月乃宮くんにっ!」

俺の首を守ろうとしているのかミチは細腕を必死に首に巻き付けた。

「痛て……大丈夫かノゾム。立てるか? 何が何だか全く分からんが、とりあえず……どうするかな、外に行くべきなのか……」

父親が差し伸べてくれた手に手を伸ばした瞬間、ダイニングの扉が開き、先程の俺のように父親が後ろへ引っ張られた。俺よりも勢いよく飛んだ彼はダイニングテーブルの上に乗り、テーブルと皿を割った。

「お父さんっ!」

テーブルが真っ二つに割れたのも怪奇現象か? 父親はそんなに強くテーブルに叩きつけられたのか? 全く声を上げないが、まさか気を失ってしまったのか?

「つつっ、つ、月乃宮くんダメっ! 危ないっ、逃げようよぉっ!」

「お父さんがっ、お父さんがぁっ! あの人は俺のお父さんなんだっ、ちっちゃい頃肩車してもらったんだ!」

「知らないよそんなのっ! ききっ、君が殺されちゃ、ダメなんだぁっ! に、逃げるのっ!」

「逃げるっつったってアレは俺に憑いて……!」

着信音が鳴り響く。俺のスマホだ。

「も、もしもし……?」

『もし、月乃宮様ですか? 今どんな状況です?』

「お兄さん、なんで……読めたんですか? よかった……!」

俺が送ったのは「はまれたたすかて」だぞ? 解読できたのか? 少し気になってもう一度自分が送ったメッセージを見ると、既読マークがついていなかった。

『除霊の手順を教えます。今から言う通りにしてください。いいですか、まず……』

メッセージを開かず通知だけを見て電話をかけたかもしれない、その可能性の方が高いのに俺は少し怖くなった。

「あ、あなた……お兄さんですよね?」

レンがいつか言っていた、怪異は声真似が得意だと。どうして今そんなことを思い出すんだ? 俺に取り憑いた怪異は手首だけなんだ、声真似も何も口がないだろう。

『ひ』

「……ひ?」

『ひひ、ひひひっ、ひゃひゃひゃっ! 聡い小僧だ! 魂だけ殺してやろうと思ったのに、小僧もその方が楽だったろうに、ひゃひゃひゃひゃっ!』

「ひぃっ……!? お、お前っ、俺に取り憑いてる奴か!? 喋れたのかよお前手首しかないんだろ!?」

ひひひ……と不気味な笑い声が聞こえてくる。まだ従兄の声だから尚更気持ち悪い。

『ひひっ……人間と一緒にするな、電波に乗れば音くらい出せる……ひひひっ、なぁ小僧、オレ達は小僧に愛着がある。可愛く鳴いてくれたからなぁ! ひゃひゃひゃっ!』

小僧……完全に子供扱いだな。

『せっかくだし取り込んでやりたいが、魂を残しとくとあの坊主が封印に使うかもしれねぇ。そこでだ、魂だけさっと殺しちまうからよ、言う通りにしやがれ。そっちのが痛くないぞ、オレ達も小僧の生きた体を乗っ取れるしな。いいか、まずなぁ、水を汲んで、名前を……』

「……嫌に決まってるだろ! 殺すって言われて協力するバカがどこに居るんだよ! それでなくてもお前らは俺のお父さんに酷いことしやがった、お前らの言うことなんか絶対聞かない!」

『…………そうかい。じゃあ、あぁ、可哀想だなぁ……はらわたを毟るとするよ』

「は……?」

ツー、ツー、と電話が切れた音。次の瞬間襲い来る激痛。

「つ、つつっ、月乃宮くんっ!? 月乃宮くん、月乃宮くぅんっ!」

内臓を抓られるような痛みに絶叫してのたうち回る俺に対し、ミチはただ俺の名前を呼ぶことしか出来ていなかった。
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