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彼氏の家まで裸足で歩いてみた
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自宅の前で下ろしてもらい、車内の従兄に頭を下げる。車の音が遠くなってから顔を上げ、玄関へ──扉の前に誰か蹲っている。
「……は!? ゆうれっ、ぃや、お前……ミチか?」
扉を背に蹲っている小柄な少年。乱雑に切られたボサボサの黒髪には見覚えがある。声をかけても動かない彼に恐る恐る歩み寄り、彼が靴を履いていないことに気が付いた。
「ミチ……? ミチ、ミチだろ? 大丈夫か?」
肩を揺さぶると彼は足を伸ばし、腕を伸ばし、目を擦って俺を見た。
「ぁ、つ、つつっ、月乃宮くん。ぉ、おおっ、おはよっ!」
「おはよう……いや、おはようじゃねぇよ」
「え? あ、ここ、こっ、こんにちはかなっ」
「そうじゃなくて! なんでこんなカッコでここに居るんだよ、靴はどうしたんだ」
改めて足を見る。一体どこから裸足で歩いてきたのか、足の裏にはたくさんの傷が見受けられた。玄関前のタイルの赤黒い跡は彼の足の形をしている。
「……ん? お前、顔……これどうしたんだ」
右頬に殴られたような跡を見つけた。言及した途端にミチは俯いてしまい、傷の度合いは分からなかった。
「ミチ……とにかく手当てしないと。足、ばい菌入ったら大変だからな。おぶってやるから自分でよじ登ってくれ」
背を向けてしゃがむとミチは素直に俺の背によじ登り、大人しくおぶさられてくれた。
「ぁー……ミチ、レンの家でいいか? ごめんな……」
ミチをすぐに家に帰せる状況ではなさそうなので、母が数時間後に帰ってくる自宅ではなくレンの家に向かった。無人の家の灯りを点け、ダイニングの椅子にミチを座らせて救急箱を取ってくる。
「消毒するからな。染みるけど我慢しろよ」
まず濡らしたタオルで足の汚れを拭い、消毒液を染み込ませたガーゼで殺菌。皮膚にめり込んでいた小さな石をピンセットで抜き取り、絆創膏などを何枚も貼った。
「……これでいいか。後で病院行かないとな。顔は……んー、とりあえず冷やしとく?」
別のタオルを濡らし、頬に当てさせる。救急箱を片付けてミチの隣に戻り、彼が話し出すのを根気強く待つことにした。
「なんか食べるか? 喉乾いてないか?」
いつでも楽に食べられるよう、クッキーと牛乳を机に置いておく。静寂を避けるためテレビを点けて数分後、ようやくミチは牛乳を一口飲んだ。
「つ、つつっ、月乃宮くんっ……ぁ、あっ、ありが、とう」
「……いいよ」
「ぁ、あ、あぁっ、あのねっ、きょ、きょ今日っ、泊めて欲しいんだけどっ……!」
「あぁ、分かった」
ミチはまた礼を言うとクッキーを一つ牛乳で流し込んだ。
「か、かか、母さんが、ねっ……つつ、連れてきた男の人っ……こ、こ今度の人はすごく怖くてっ、なな、殴られてっ、追い出されちゃったんだっ」
頬の殴られた跡に濡れタオルを押し当てる手が震えている。
「す、す、すす、スマホも靴も家でっ、とと、取らせてももらえなくてっ、ど、どうしていいか分からなくてっ、君の、家にっ……」
「……家から裸足で歩いてきたのか? 電車にも乗らずに?」
「ぅ、ん……す、スマホも、ささ、財布もなかったからっ」
自転車でも躊躇う距離を歩いてきたなんて、それも裸足だなんて──俺は何も言えずに天を仰いだ。
「ぁ……いつだ、いつから居たんだ?」
「こ、こっ、ここに着いたのはっ、け、今朝だよっ、ぃ、インターホン鳴らしたけど誰も出なくてっ、ねね、眠かったから、寝てたっ!」
「…………ごめんな、家に居なくて」
「う、ぅ、うぅんっ、きゅ、急に来た僕が悪いんだし……!」
ミチが裸足で歩いている間、俺はぐっすり眠っていた。ミチが玄関の前で蹲っている間、俺は呑気にセンパイに抱かれ、今回のセックスは無難だったなーなんて考えていた。
「ミチ……本当に、もう、申し訳なくて……ぁあ、めちゃくちゃ甘やかしてやる。何でもしてやるからな、して欲しいことあったら言えよ」
「な、なな、何でもっ? ぁ、な、なな、何にしようかな、ぁ、ぉおっ、お風呂っ、お風呂入りたい!」
「……あぁ、準備してくるよ」
クッキーを食べて待つように言い、自宅とは勝手が違うが支度の仕方は覚えている浴室に向かう。
「本当……どうにか出来ないかな」
ミチの家庭環境を変えてやりたい。そう思うのは高校生のガキには不相応だろうか。
「児相って高校生もいいのかな……名前的に、小学生以下な雰囲気あるんだよな……あ、警察……とにかく、誰か大人に……」
浴室に独り言と掃除の音が響く。
「お兄さんは……話しにくいなぁ……」
これ以上面倒事を押し付けて嫌われたらセンパイと別れさせられるかもしれない、なんて、そんな理由で相談を躊躇う俺はクズだ。
「ミチを助けるためなんだから……」
自分を鼓舞する言葉を呟く。しかし、そもそも従兄に相談してどうにかなるのかという疑問もある。悪い人ではないからミチの状況を訴えれば助けてくれるだろう、だが、その手段はきっと非合法なものだ。
「それじゃミチが……なんか……」
結論が出ないまま風呂を洗い終えてしまった。ダイニングへ戻ってクッキーを完食していたミチに知らせ、一人で風呂に入らせた。
「着替えすぐ用意するからゆっくり入れよー」
すりガラス越しに声をかけ、ミチがさっきまで着ていた服を眺める。一言で言うと、ボロい。ミチが低身長なのをいいことに何年も着させているのだろう、それもほぼ毎日。襟ぐりも袖もゆるゆるだ、ほつれている箇所も多い、とても外に着ていける服ではない。
「……もしもし、レン? あのさ、ミチに服貸して欲しくて……ぁ、理由? えっと……いや、コスプレえっち的なことじゃなくてさ」
俺はレンに電話をかけてミチが置かれている状況を説明した。やはり彼は優しく、服と寝床を貸すことを快諾してくれた。
「ありがとう、レン。あとさ……俺、一人じゃどうしたらいいか分からなくて。来て欲しい……んだけど、ダメ、かな」
浮気相手のために来てくれだなんて、普通なら電話を切られてもおかしくない願いだ。
『あー……ごめんな、もち。行ってやりたいんだけど……俺のおししょーさんがやってる仕事がそろそろ佳境でさ、外がすごい嵐なんだよ、霊的な。だから今生霊飛ばしたら俺死ぬかもっておししょーさん言っててさ』
「えっ……!? そ、そうか、分かった、ごめん、一人で頑張る!」
『あぁ、ごめんなもちぃ……ミチにはトリートメント好きなだけ使っていいって言っといてくれ』
それはお詫びの印だったりするのだろうか。レンの優しさと少しの天然さに癒され、一人で抱え込む重圧が軽くなった気がした。
「……ところでさ、仕事が佳境って」
『あぁ、おししょーさん的には一番面白いとこらしい。佳境って言い方どうなんだよって思うよなぁ? めちゃくちゃ危なくて忙しいってのに』
「レンの師匠って……社長さんだよな。仕事、終わりそうなのか?」
『ん? あぁ、そう、社長……そうだな、そろそろ終わるんじゃないか?』
それはつまり、俺に取り憑いた怪異が祓われる日が近いということだ。
「そ、そうかっ、じゃあそろそろレンも帰ってくるんだよな。待ってる! じゃあ、そろそろミチが風呂上がるから! ばいばい!」
俺が喜んでいるのはレンに会える日が近いからですよと怪異に主張しつつ、レンが余計なことを言わないうちに電話を切る。
「……っ、よし!」
怪異さえ消えてしまえば毎日のセックスノルマはなくなるし、センパイは退院出来るし、レンは帰ってくる。
何より、常に何かの存在に怯えなくてよくなる。
「わぁぁっ……!? つ、つつ、月乃宮くぅんっ、シャ、シャワーの水圧っ、強くなっちゃったぁっ、これどうやって戻すのぉ!」
「ミチ! 待て、今行くから!」
未来への希望が見えた俺は爽やかな気持ちで小さなトラブルに対処することが出来た。
「……は!? ゆうれっ、ぃや、お前……ミチか?」
扉を背に蹲っている小柄な少年。乱雑に切られたボサボサの黒髪には見覚えがある。声をかけても動かない彼に恐る恐る歩み寄り、彼が靴を履いていないことに気が付いた。
「ミチ……? ミチ、ミチだろ? 大丈夫か?」
肩を揺さぶると彼は足を伸ばし、腕を伸ばし、目を擦って俺を見た。
「ぁ、つ、つつっ、月乃宮くん。ぉ、おおっ、おはよっ!」
「おはよう……いや、おはようじゃねぇよ」
「え? あ、ここ、こっ、こんにちはかなっ」
「そうじゃなくて! なんでこんなカッコでここに居るんだよ、靴はどうしたんだ」
改めて足を見る。一体どこから裸足で歩いてきたのか、足の裏にはたくさんの傷が見受けられた。玄関前のタイルの赤黒い跡は彼の足の形をしている。
「……ん? お前、顔……これどうしたんだ」
右頬に殴られたような跡を見つけた。言及した途端にミチは俯いてしまい、傷の度合いは分からなかった。
「ミチ……とにかく手当てしないと。足、ばい菌入ったら大変だからな。おぶってやるから自分でよじ登ってくれ」
背を向けてしゃがむとミチは素直に俺の背によじ登り、大人しくおぶさられてくれた。
「ぁー……ミチ、レンの家でいいか? ごめんな……」
ミチをすぐに家に帰せる状況ではなさそうなので、母が数時間後に帰ってくる自宅ではなくレンの家に向かった。無人の家の灯りを点け、ダイニングの椅子にミチを座らせて救急箱を取ってくる。
「消毒するからな。染みるけど我慢しろよ」
まず濡らしたタオルで足の汚れを拭い、消毒液を染み込ませたガーゼで殺菌。皮膚にめり込んでいた小さな石をピンセットで抜き取り、絆創膏などを何枚も貼った。
「……これでいいか。後で病院行かないとな。顔は……んー、とりあえず冷やしとく?」
別のタオルを濡らし、頬に当てさせる。救急箱を片付けてミチの隣に戻り、彼が話し出すのを根気強く待つことにした。
「なんか食べるか? 喉乾いてないか?」
いつでも楽に食べられるよう、クッキーと牛乳を机に置いておく。静寂を避けるためテレビを点けて数分後、ようやくミチは牛乳を一口飲んだ。
「つ、つつっ、月乃宮くんっ……ぁ、あっ、ありが、とう」
「……いいよ」
「ぁ、あ、あぁっ、あのねっ、きょ、きょ今日っ、泊めて欲しいんだけどっ……!」
「あぁ、分かった」
ミチはまた礼を言うとクッキーを一つ牛乳で流し込んだ。
「か、かか、母さんが、ねっ……つつ、連れてきた男の人っ……こ、こ今度の人はすごく怖くてっ、なな、殴られてっ、追い出されちゃったんだっ」
頬の殴られた跡に濡れタオルを押し当てる手が震えている。
「す、す、すす、スマホも靴も家でっ、とと、取らせてももらえなくてっ、ど、どうしていいか分からなくてっ、君の、家にっ……」
「……家から裸足で歩いてきたのか? 電車にも乗らずに?」
「ぅ、ん……す、スマホも、ささ、財布もなかったからっ」
自転車でも躊躇う距離を歩いてきたなんて、それも裸足だなんて──俺は何も言えずに天を仰いだ。
「ぁ……いつだ、いつから居たんだ?」
「こ、こっ、ここに着いたのはっ、け、今朝だよっ、ぃ、インターホン鳴らしたけど誰も出なくてっ、ねね、眠かったから、寝てたっ!」
「…………ごめんな、家に居なくて」
「う、ぅ、うぅんっ、きゅ、急に来た僕が悪いんだし……!」
ミチが裸足で歩いている間、俺はぐっすり眠っていた。ミチが玄関の前で蹲っている間、俺は呑気にセンパイに抱かれ、今回のセックスは無難だったなーなんて考えていた。
「ミチ……本当に、もう、申し訳なくて……ぁあ、めちゃくちゃ甘やかしてやる。何でもしてやるからな、して欲しいことあったら言えよ」
「な、なな、何でもっ? ぁ、な、なな、何にしようかな、ぁ、ぉおっ、お風呂っ、お風呂入りたい!」
「……あぁ、準備してくるよ」
クッキーを食べて待つように言い、自宅とは勝手が違うが支度の仕方は覚えている浴室に向かう。
「本当……どうにか出来ないかな」
ミチの家庭環境を変えてやりたい。そう思うのは高校生のガキには不相応だろうか。
「児相って高校生もいいのかな……名前的に、小学生以下な雰囲気あるんだよな……あ、警察……とにかく、誰か大人に……」
浴室に独り言と掃除の音が響く。
「お兄さんは……話しにくいなぁ……」
これ以上面倒事を押し付けて嫌われたらセンパイと別れさせられるかもしれない、なんて、そんな理由で相談を躊躇う俺はクズだ。
「ミチを助けるためなんだから……」
自分を鼓舞する言葉を呟く。しかし、そもそも従兄に相談してどうにかなるのかという疑問もある。悪い人ではないからミチの状況を訴えれば助けてくれるだろう、だが、その手段はきっと非合法なものだ。
「それじゃミチが……なんか……」
結論が出ないまま風呂を洗い終えてしまった。ダイニングへ戻ってクッキーを完食していたミチに知らせ、一人で風呂に入らせた。
「着替えすぐ用意するからゆっくり入れよー」
すりガラス越しに声をかけ、ミチがさっきまで着ていた服を眺める。一言で言うと、ボロい。ミチが低身長なのをいいことに何年も着させているのだろう、それもほぼ毎日。襟ぐりも袖もゆるゆるだ、ほつれている箇所も多い、とても外に着ていける服ではない。
「……もしもし、レン? あのさ、ミチに服貸して欲しくて……ぁ、理由? えっと……いや、コスプレえっち的なことじゃなくてさ」
俺はレンに電話をかけてミチが置かれている状況を説明した。やはり彼は優しく、服と寝床を貸すことを快諾してくれた。
「ありがとう、レン。あとさ……俺、一人じゃどうしたらいいか分からなくて。来て欲しい……んだけど、ダメ、かな」
浮気相手のために来てくれだなんて、普通なら電話を切られてもおかしくない願いだ。
『あー……ごめんな、もち。行ってやりたいんだけど……俺のおししょーさんがやってる仕事がそろそろ佳境でさ、外がすごい嵐なんだよ、霊的な。だから今生霊飛ばしたら俺死ぬかもっておししょーさん言っててさ』
「えっ……!? そ、そうか、分かった、ごめん、一人で頑張る!」
『あぁ、ごめんなもちぃ……ミチにはトリートメント好きなだけ使っていいって言っといてくれ』
それはお詫びの印だったりするのだろうか。レンの優しさと少しの天然さに癒され、一人で抱え込む重圧が軽くなった気がした。
「……ところでさ、仕事が佳境って」
『あぁ、おししょーさん的には一番面白いとこらしい。佳境って言い方どうなんだよって思うよなぁ? めちゃくちゃ危なくて忙しいってのに』
「レンの師匠って……社長さんだよな。仕事、終わりそうなのか?」
『ん? あぁ、そう、社長……そうだな、そろそろ終わるんじゃないか?』
それはつまり、俺に取り憑いた怪異が祓われる日が近いということだ。
「そ、そうかっ、じゃあそろそろレンも帰ってくるんだよな。待ってる! じゃあ、そろそろミチが風呂上がるから! ばいばい!」
俺が喜んでいるのはレンに会える日が近いからですよと怪異に主張しつつ、レンが余計なことを言わないうちに電話を切る。
「……っ、よし!」
怪異さえ消えてしまえば毎日のセックスノルマはなくなるし、センパイは退院出来るし、レンは帰ってくる。
何より、常に何かの存在に怯えなくてよくなる。
「わぁぁっ……!? つ、つつ、月乃宮くぅんっ、シャ、シャワーの水圧っ、強くなっちゃったぁっ、これどうやって戻すのぉ!」
「ミチ! 待て、今行くから!」
未来への希望が見えた俺は爽やかな気持ちで小さなトラブルに対処することが出来た。
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