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後輩に見舞いを催促してみた

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センパイから電話がかかってきた。昨日、明日は必ず見舞いに行くと言ったからきっとそのことだろう。

『……ノゾム?』

低い声は電話越しでも俺の鼓膜をくすぐり、下腹に熱を思い出させる。

『…………面会時間、とっくに始まってる。まだか? 昨日、来ると言ったよな。早めに行けるとお前は言った。なんで……まだ、来てないんだ』

微かに震えた泣きそうな声。怒りと不安を孕んだこんな声、俺しか聞けない。

「センパイ? ごめんなさい、すぐ行きます」

『……来るのか? そうか、分かった、待ってる。早く来い』

声色は百八十度変わって明るくなり、電話は一方的に切られた。
寡黙で硬派な男、それがセンパイの第一印象。そんな彼が俺に対しては饒舌に粘着質で病的な愛を語り、俺にだけ様々な表情を見せてくれる。胸の内にくすぶるこの汚泥に似た感情は優越感だろうか。

「早く行かなきゃな……」

向けられる愛情はどんなものでも嬉しい。質や危険度なんてどうでもいい、強くて重いほどいい。
俺は鼻歌を歌いながら久しぶりにワックスで髪型を整え、アザが見えないよう季節外れのタートルネックのスウェットを着て、センパイにもらったピアスを忘れずに病院に向かった。

「センパイっ、遅くなってすいません」

一般的には早い方なんだけどなと思いつつ、センパイの病室に入る。彼は開け放った窓の縁に腰掛けてタバコを吸っていた。

「……ノゾム」

身体の右側は外にはみ出ている。膝を立てて窓の縁に置いた右足がズレたら落ちてしまうかもしれない。そんな危険な体勢で彼は俺を見て頬を緩めた。

「センパイ、危ないですよ。そんなとこに居ちゃ」

言いながら近寄るとセンパイは煙を外へ吐ききってタバコを下に捨てた。そっと手を握り、手首の縫い目から目を逸らし、平静を装う。

「ポイ捨てはダメなんですよ。って言うか、病室で吸っちゃダメ……そもそもセンパイ未成年でしたね」

どうして窓から離れてくれないんだろう。

「あの……センパイ、こっちに来てくれませんか?」

「……何故」

落ちてしまわないか心配だ。事故ではなく、故意に。今のセンパイに自殺を図る理由はない……と思う。でも、彼の精神状態はきっととても悪い、彼の本当の意思でなくとも不意に死んでしまうかもしれない。

「…………俺がここから落ちるとでも?」

「そ、そんなことっ……センパイは、しません」

「……よく分かってるじゃないか。ならここでいいな?」

「え……ぁ……あのっ、ベッドで……その、言葉だけじゃない、コミュニケーションを……取りたい、です」

俺の頭では説得の言葉なんて思い付かない。だから身体を使う、センパイの手に尻を触らせて三白眼を真っ直ぐに見つめる。

「………………いいだろう」

センパイはようやく床に足をつけて窓を閉めた。安心した俺は深いため息をついてしまう。

「……自殺するだなんて脅したりしたくない」

「そ、そんなふうに思ってません!」

「…………違う。お前が勘違いしてると非難したわけじゃない。お前は勘違いしてない……脅したり、したくない。したくないだけなんだ、してしまわないとは言ってない」

ベッドに座って手招きをしたセンパイの太腿の上にそっと跨る。向かい合ってすぐセンパイは俺を抱き締め、俺の胸に顔を押し付けた。

「……なぁ、なんで嘘をつくんだ。昨日……根野のところに居たんだろう、引っ越すんだってな、最後の挨拶だったんだろ」

「え……? な、なんで、なんで知ってるんですか……」

「………………兄ちゃんに聞いた」

従兄は正直に話したのか、センパイに嘘をついてくれると思ったのに。

「……目はとっくに治ってたくせに、根野とヤりまくってたくせに、目を治すためなんて………………邪魔だったろ、電話。悪かったな……大切な時間を邪魔して」

怒りかけて謝って、それから無言。俺が何か言うべきなのに、俺は何も言えない。とりあえず頭を撫でてみた。

「……………………いいんだ。お前が、誰と寝ようが、誰を愛そうが……俺はいい。もうお前の浮気に何も言わない……いや、浮気だとも思わないようにする。だから話して欲しかった、嘘をつかないで欲しかった」

「センパイ……ごめんなさい、傷付けましたよね、本当に……ごめんなさい」

「…………鬱陶しいから適当にあしらってるんだろ? もう、そうとしか思えない。面倒だったら嘘をつくもんな、お前は………………違う、こんなこと言いたくて来て欲しかったんじゃない、会いたかったんだ……会えればよかった、それだけでいいのに」

何も言えない、言えばセンパイの不信感を煽ることになる。センパイが不安定なのは怪異の悪影響だって? そんなの微々たるものだろう、俺が悪いんだ。

「……ノゾム。ごめんな……鬱陶しくて…………捨てないでくれ、お願いだ……ノゾム、捨てないで……」

俺はきっと他者を傷付けることしか出来ないんだ。怪異に取り憑かれていてもいなくても、きっとこんなふうに誰かを傷付けてばかりなんだ。

「國行センパイ、一旦離してください……顔、見たいです」

「…………あぁ」

センパイが抱きつくのをやめた瞬間、俺は彼の肩を強く掴んでベッドに押し倒した。腹の上に移動して両手で涙を拭い、褐色の頬の感触を楽しんだ。

「センパイ、俺が言うこと……もう何も信用出来ませんか?」

「……あぁ、でも……いい。お前がこうして来てくれるなら、それでいい」

「センパイ、俺、男なんですよ」

「……………………知ってるが」

「今、本当のこと言いましたよ俺」

三白眼が見開かれる。こんな子供騙しが通用するとは思えなかったが、くだらなかったからこそセンパイは笑ってくれた。

「……あぁ、本当だな。俺も本当だと分かった……お前は本当のことも言うんだ」

「根野センのところ行ってるって言ったら、センパイ嫌がると思ったんです。だから嘘つきました、ごめんなさい」

心がほぐれたところに真剣な謝罪を投げ込む。

「…………お前はよく俺のことを思いやってくれてる。疑ってしまうが……お前の好意が本物なのは知ってる、裏目に出るような真似が多いこともな」

首の後ろで大きな手が組まれ、引き寄せられる。

「……愛してる」

「センパイ……! はい、俺も愛してます!」

「…………根野はもう引っ越したんだ、もう気にする必要はない……後はあの女みたいな連中だけだろ?」

会いに行くつもりだと言った方がいいか? 言わなくても嘘にはならない。でも──

「あ、あの……センパイ。引っ越し先にも、ちょくちょく様子見に行くつもりです……センセ、やばい人だから……その、俺が抑えておかないと、何するか分かりませんし、根野センのことも俺、好きなので」

「…………そうか」

センパイは柔らかい笑みを浮かべた。とは言っても俺以外には分からないような微かな表情変化だが。

「……正直に話してくれて嬉しい」

「そ、そうですか……よかった。どうすればセンパイを傷付けずに済むのかずっと分からなくて……たくさん傷付けました、ごめんなさい」

「…………嘘をつかず、約束を破らず、俺を捨てずにいてくれたらいい。それ以外は苛立ちはしても傷付きまではしない、そこまで繊細じゃない」

それこそ嘘だ、センパイほど繊細な人は珍しい。

「……ノゾム。俺は根野と寝たことに怒ってはいないし、傷付いてもいない。ただ……腹は立つ。分かるな? 怒りと苛立ちは違う」

センパイの手が腰に移動した。左手はスウェットの中に侵入し、右手はスラックスの上から尻を揉みしだく。

「ぁ、んっ……!」

「……俺の方がお前を気持ちよくさせられる。根野よりずっとよがらせてやる、アイツとのセックスなんてすぐに忘れさせてやるからな……」

背骨を撫で上げられると同時にスウェットも持ち上がり、腹が露出する。楽しげに笑っていたセンパイは俺の腹を見て表情を失くした。

「んっ、ぁ……センパイ?」

「……………………ノゾム、前言撤回だ。浮気は俺の目の前でだけ許す、根野には二度と会わせない」

突然のことに頭が回らなかったが、センパイの豹変の理由はすぐに分かった。
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