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彼氏にお祓いしてもらった

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突然ガラスが割れ、その破片の中心にミチが座り込んでいる。俺はすぐにミチの元へ走り、屈み、放心しているミチに声をかけた。

「ミチ、ミチ! 怪我は!? 大丈夫かミチ!」

見たところ血はない。無理矢理立たせて確認したが、服に浅く破片が刺さったりボサボサの髪に小さな破片が乗ったりしていただけで、無傷だ。

「ミチ……怪我はないんだな? どこか痛いところは?」

「な、なな、な、ないっ……」

「そうか……! よかった、本当によかった……」

小さく華奢な身体を抱き締め、心の底から彼の無事を喜ぶ。すぐに教師がやってきて野次馬達を教室に押し込む、一番近いところに居た俺達は当然傷の心配や事情聴取もどきを受ける。

「急に割れた、か……誰かが触ったわけでも、窓枠から外れて落ちて割れたってわけでもないんだな?」

「俺は割れたとこ見てないんで……ボールとか飛んできたんじゃないんですか?」

「それっぽいもん落ちてないだろ?」

廊下に窓を割るために外から投げ込まれたような物はない。教師は他の生徒にも話を聞き、俺達の無実は証明された。

「うーん……まぁ、とにかく、怪我人がなくてよかったよ。矢見は顔色が悪いな、保健室来るか?」

保健医は身を屈めてミチの顔を覗き込む。ミチはガタガタと震えており、保健医にすら怯えて俺の背に隠れた。

「ミチ? どうしたんだ?」

「……月乃宮、矢見を保健室に連れてきてくれ」

先に行った保健医の後を追い、ミチの手を引いて保健室に向かう。道中ミチはいつも以上に震えた声で俺にだけ教えてくれた。

「よ、よよっ、横通ってたらっ、まま窓、急に割れたんだっ……そそ、それでね、その後ねっ……耳元で「さん」って、なんか声聞こえてっ」

「さん……? 三か?」

「こ、ここ、怖いよ月乃宮くんっ……な、なな、何か、またっ……おばけとかじゃ、ないよね」

ミチは過去に俺に取り憑いた怪異のせいで階段から落ちている。それを思い出したと同時に、その時に怪異を引かせた祓詞も思い出す。

「おばけだったら俺が何とかしてやるよ。一応やっとく? ほら、ちょっと手離せ。えー……かけまくも、かしこき──」

ミチの頭を撫でながらスマホのメモ帳に保存してある祓詞を唱えた。青白かったミチの顔がみるみるうちに赤くなっていき、唱え終わると「ありがとう」と可愛い声で伝えてくれた。

「ふ、ふふ、ふへへへ……つ、つつ、月乃宮くんっ、なな、なんかカッコイイよっ」

俺に頼りがいでも感じているらしいミチに反し、俺はスマホを投げて逃げ出したくなっていた。祓詞を唱え終わった瞬間、操作していないのに祓詞が消去され、代わりに「そんなの効かない」「ミチに触るな」とひとりでに入力されたのだ。

「つ、つつ、月乃宮くん……?」

怖くなった俺はミチの頭から手を離し、保健室まで触れずに先導しようとした。しかしミチは当然のように俺の手を握る、流石に振り払うのは心が痛い。

「あのさ、ミチ……お前、俺と会ってない間になんかこう、変なとこ行った? 心霊スポットとか」

「い、いいっ、行くわけないじゃんっ。い、家と学校の往復だよっ」

「だよ、なぁ……?」

ミチに触るなとハッキリ言ってきたから、ヤンデレ幽霊にでも憑かれたかと思ったが、ミチに心当たりがないなら違うのか……いや、浮遊霊を引っ掛けた可能性もあるな。

「お前、可愛いからなぁ。変なのに気に入られるんだろ」

「か、かかっ、可愛いっ!? ぁ、ぅ……ありが、と」

今度、神社か寺にでも連れて行ってやろう。

「ほら、保健室。じゃあな」

「ぁ……別に、平気なのに。つ、つつ、月乃宮くんも来るっ?」

「教室帰るよ、じゃあな」

踵を返して無人の廊下を歩く、横目に見る教室の中は騒がしい。勝手に窓が割れるのを警戒して廊下の真ん中を歩いていくと、物陰からひょっこり出てきた見覚えのない男性教師に呼び止められる。

「よっ、お前が月乃宮か」

「はい……そうですけど、あなたは?」

「お前の担任だよ。お前が休んでる間に赴任してきたんだ、よろしくな」

あぁ、そうか、根野は教師を辞めたんだったな。不起訴になったとは聞いたけれど、その後はどうしているのだろう。未練がましく持っている指輪はどうすればいいのだろう。

「よろしくお願いします」

頭を軽く下げてから自嘲する、金髪ピアスの俺には似合わない態度だなと。

「あぁ……色んな意味で、よろしくな」

隣に立って歩き始めた教師の手が俺の尻を鷲掴みにする。

「んぁっ……はっ!? な、何するんですか!」

「シーッ、声がでけぇよ」

すぐに手を払って一歩離れたが、教師は躊躇なく距離を詰めた。

「前の担任、お前とヤって辞めたんだろ? お前の噂色々聞いたぜ。三年や二年の性処理係とか、廊下で全裸になってオナったとか」

ニュアンスに物申したいところはあるが、間違ってはいないのが悔しい。

「俺は前任より上手くやる。バレないようにな。お前、成績も日数もヤバかったぞ? ちょっとした手直しくらいならしてやるよ、お前の態度次第でな」

「……ヤらせろってことかよ、クソ教師」

「前任ともヤってたんだろ?」

一般的には根野の方がとんでもない人間なのだろう、けれど俺には現担任の方がクソ人間に思える。

「嫌に決まってんだろクソ野郎」

「教師に向かって……口が悪いなっ!」

「んゃっ……!」

顔を背けると尻をパンっと叩かれた。昨晩のレンとのプレイを思い出し、前立腺がきゅんと疼く。

「なんだ今の声。つーか、顔赤いぞ? マジに淫乱なんだな……しかしいいケツしてるわ」

「ゃ、あっ……ゃ、やめろってば、嫌っ……」

「オマケにこの感度。そりゃみんなヤるわ」

制服の上から尻肉を揉みしだかれ、嫌だと喘ぎながらも「どうせまたトイレかどこかでヤられるんだろうな」と半ば諦めていた。

「ぁ、やっ……クソっ、離せよっ」

諦めながらも抵抗はして、何とか教室に戻ってこれた。前任より上手くやると言っていたしあまり手荒な真似はしないのだろう、どこかへ連れ込まれるとしたら終業式の後だ、気を付けなければ。

「はぁ……」

ため息をつきながら席へ向かう。黒板とチョークのぶつかる音がする、クラスメイトがざわざわと騒ぎ出す。
俺が来た途端に騒がしくなったクラスメイトに苛立ちを覚えつつも何もせず、席に座る。新しい担任教師が黒板に文字を書いていた。

わたしは 教え子を脅し 犯そうとした

クラスメイトが騒いでいたのは俺のことではなかったのだ。

なので 今から 頭を割る

何が「なので」なのか分からない。いや、頭を割るという方が──いや、その意味はすぐに分かった。教師は教卓に頭突きし始めたのだ、クラスメイトは息を呑むばかりで誰も動けなかった。

誰も声を発さない中、教師が教卓に額を打ち付けるガンッガンッという音だけが教室に響き渡る。腰を曲げて勢いよく額を教卓にぶつけるから、鼻だとかも当たって顔が血まみれになり始める。

「だ……す、げてっ……ゆるし、て」

絞り出すような教師の声にクラスメイト達は金縛りが解けたように動き出した。ある者は悲鳴を上げ、ある者は教師の頭突きを止めようとし、ある者は他の教師を呼びに行った。俺と同じように動けないままの者も何人もいた。

まず来たのは隣のクラスの担任教師、彼は教卓から教師を引き剥がした。すると今度は黒板に後頭部を打ち付け始める。それから体育教師や学年主任だとかも来て、数人がかりで教師を押さえ付けた。始めは抵抗していたがすぐに動かなくなり、失神が確認された。

「なんなんだよ……」

黒板に文を書いたのも、頭を打ったのも、おそらく教師の意思ではない。オカルト的なことなのだろう、悪霊に憑かれたのだ。

「……まぁ、恨み買ってそうだもんな」

教師が俺に迫っていなかったらもう少し同情してやってもよかったが、今は「自業自得だ」と嘲ってしまう。

「終業式……どうなるんだろ」

窓ガラスが突然割れたり、教師が暴れたり、今日だけで二つも大事件があった。これもやはり首塚を俺が壊してしまったからなのだろうか、この辺りの怪異のパワーバランスが崩れて霊現象が多発していると従兄に聞いた覚えがある。俺はどれだけの人に迷惑をかけているんだろう。
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