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犬の威嚇を無視して幼馴染に取り憑いてみた
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幼い日、公園で見かけた可愛らしい女の子に恋をした。本当は男の子だったけれど、それでも綺麗な茶色い髪と瞳が好きだった。母親に愛してもらえなかった俺を甘やかしてくれて、イジメからも庇ってくれた、男らしい彼が大好きだった。
自分でも知らないうちに育った恋が、ついこの間ようやく叶った。その幸福を壊そうとしていた彼の余命宣告も覆った。後は俺に取り憑いた怪異が祓われさえすれば全て解決、万事順調だ。
「レン、愛してる。俺に取り憑いた手のヤツらお祓いしてもらったら、レンが帰ってきたら、俺達……今度こそ、ずっと一緒になれるんだよな」
『あぁ、ずっとずーっと……二人だけで生きていくんだ、素敵だろ? もうちょっと待てばいいだけだ、そうすりゃおとぎ話の最後みたいな幸せが待ってる』
時間が経てば円満解決? 二人だけで? 違う、俺はミチとセンパイと関係を持ったままだ。
「あ、あのさっ……レン。あの……ミチと、センパイ」
『あぁ、俺が帰ってくるまでに別れておいてくれよ』
「え……?」
『えって何だよ。別れる気ないのか? 俺と結婚式やってくれたの、俺が死ぬ予定だったからってだけで……そいつらの方が好きなのか?』
眉をひそめて俺を見つめるレンは可愛い、こんな時だって胸が高鳴っている。
『俺……生き残ってるの、実は鬱陶しい? 死んだ方がよかったとか……思ってる?』
「お、思ってない! それだけは絶対ない!」
そう叫びながらも俺は自分を疑っていた。
レンが生き続けられると知った時、確かに嬉しさで胸が満ちた。レンが死んだと勘違いした時は自殺を試みた。俺はレンが好きだし、レンと生死を共にしたいと思っている。
けれど、それでも、心のどこかで「どうしよう」と思った。誰に絞ろうか、誰から離れようか、迷った末に思考を放棄して成り行きに任せようとしていた。
『まぁ、それはないよな……じゃあさ、正直に答えてくれ。俺より他のヤツの方が好きか?』
わざとらしく首を傾げたレンは寂しげな微笑みを浮かべている。
『俺とは結局ヤれてないもんな、思い入れそんなにないよな……いいんだ、もち。俺にとって一番大事なのはお前の幸せだから、別の男を選びたいなら……そいつの方がもちを幸せにできるなら俺は一旦身を引くよ、一旦な、お前の気が変わるのをずっと待ってる』
「レン……」
『もち、お前が一番好きなのは誰なんだ?』
優しい手が頬を撫でる。センパイの無骨な手とは違う、僅かに女性らしさのある滑らかな手だ。
『ミチか? 形州か? 俺を選んでくれるなら……めちゃくちゃ嬉しいけど』
大好きな茶色い瞳がこちらを向いてくれない。
「レ、レンっ……レンが、一番好き。大好き、レンと一緒に生きたい」
俺は今、ただ、レンに悲しい顔をさせたくない一心でレンの名を呼んだ。笑顔で見つめて欲しいだけでレンを選んだ。きっと他の二人に同じことを言われたらその者の名前を呼ぶのだろう、俺はそういう人間だ。
『本当かっ? よかったぁっ! 嬉しい……もち、大好き、愛してる……じゃあ俺が帰るまでに別れてくれよ?』
「う、うん……いつ、帰ってくる?」
『なんだよギリギリまで付き合っとく気かぁ? 分かんねぇけど、多分一ヶ月もないぜ』
「そ、そんなんじゃない……うん、分かっ、た……別れる。ちゃんと、別れる」
別れる? センパイはあんなに愛してくれるのに? 俺のために両手をズタズタに裂かれたのに? それでも俺を真っ直ぐに見てくれているのに?
ミチと別れるのも嫌だ、あの子ほど可愛く真っ直ぐに俺を見上げてくれる子は居ない。純粋で純朴で、けれど床上手で、ちょっとSっぽさもあって、あの子も俺は大好きなんだ。
『もち、着替えたんだしそろそろ出ようぜ』
「う、ん……」
別れる? 別れたくない。その堂々巡りの思考に囚われた俺はレンに促されて浴室を出る。扉を開けた瞬間大声を上げた、従兄が扉のすぐ向こうに立っていたのだ。
「な、ななっ、何してるんですか、お兄さんっ……」
腰を抜かしてしまったがレンに支えられて倒れずに済んだ。オーバリアクションな俺を従兄は見ていない、従兄の視線はレンに注がれている、いや、レンを睨みつけている。
『あっ、見えてるのか……お久しぶりです。形州先輩の従兄弟なんですよね。その節はありがとうございました』
そういえばレンがヘリで運ばれた時、従兄は病院に居たな。レンへのオカルト的な説明は彼がしたのだろうか?
「如月様……いや、如月。國行に何もせんかったらそれでいい。國行に髪の毛一本ほどの傷でも付けてみろ、俺の首をかけて呪う」
「へっ……? お兄さん! センパイにレンが何をするって言うんですか! 怖いこと言うのやめてください……」
従兄は俺の方を見ず、瞬きもせずにレンを睨み続けている。
「國行には何もするな。他の男は好きにしろ……霊体でやったことは公的には裁かれない」
従兄は見開き続けて痛かっただろう目を閉じ、去っていった。ふわふわと浮かんでいたレンは俺の目線まで降り、疲れたようにため息をついた。
「レン……今のお兄さんの、どういう意味だ?」
『多分だけど……お前と仲良くしてる形州に嫉妬して、俺が形州に何かすると思ってるんだろ。俺が生霊を自由に操れるようになったら、フィジカルじゃどうしようもねぇ形州もどうにか出来るからな』
「そんなっ……レンはそんなことしないっ!」
心優しいレンが嫉妬心からセンパイやミチに危害を加えるなんてありえない、従兄の性格の悪い妄想だ。
『あぁ、お前は俺のものなんだから俺が誰かに嫉妬することなんてないしな。可愛いもち、お前の幸せが俺の幸せだ。俺の言うこと聞いてるのがお前の一番の幸せだからな、何をすればいいか分かるな?』
「センパイと、別れる……でも、今日話すのは」
『分かってる。泊めてもらってんのに別れるってのはキツいよな。明日、確か終業式だよな? その日に二人と別れて、俺の家来いよ。俺は霊体だけど久しぶりに遊ぼう』
「明日終業式!? そ、そうだっけ……そっか」
学校へ行くのは気まずいが、授業はなしで早めに帰れるだろうし終業式くらいは行ってみるか。
「別れる……明日? 明日、かぁ……」
まだ二人と別れるとは決めていない。しかし、俺にはレンを世界一幸せな花嫁にする義務がある。
とうとう一人に絞らなければいけない時が来た。
「なんて言えばいいんだろ……」
レンは俺におぶさるように腕を絡めている。その体温にときめきながら、センパイとミチへの別れ話に悩みながら、よろよろ歩いてダイニングに入った。
「……ノゾム」
夕飯を机に並べていたセンパイは俺を見ると彼なりの満面の笑みを浮かべ、小走りで俺に寄り、俺を抱き締めた。
「…………俺と同じ匂いだな」
髪に唇を触れさせながら匂いを嗅ぎ、俺の顎を掴んで軽く持ち上げ、頬にキスをする。
「……愛してる」
親指で唇を撫でられて今度は口にキスをするつもりだと察し、目を閉じかけたが首に絡みついたレンの腕の力が僅かに強くなったのを感じ、センパイを押してしまった。軽くだったがセンパイは離れた。
「…………夕飯、食べようか」
僅かに表情を曇らせて俺を椅子に座らせ、その隣に座る。従兄が炊飯器から米をよそってセンパイの前に置き、俺の前にも置く──瞬間、ボソッと呟いた。
「霊体は怪異からの影響をモロに受けますよ」
一瞬意味が分からなかったが、レンに向けたものだと察し、俺は夕飯の礼を言った。
『ご心配なく、あなたのご主人様が対策してくれてますから。お気遣いありがとうございます』
「どういたしまして」
俺とレンにいっぺんに返事を済ませ、従兄は舌打ちをしてセンパイの向かいに座った。
「い、いただきまーす……」
何を思ったかレンが俺の背後から離れ、向かいの空席に座る。半透明の彼の前には何も配膳されていない。
『ふふ……こうしてお前が飯食ってるとこ見てると、新婚生活って感じするよ。お味噌汁の味付けはどうですか、旦那様。なーんてな』
男にしては高めの可愛らしい声で「旦那様」と呼ばれ、心臓が握り潰されたかと錯覚するような激しいときめきに襲われた。
「お、美味しい……」
裏返った声でレンに返事をして、すぐに今のレンはセンパイに見えていないのだと思い出し、自分の迂闊さを罵倒する。
「……よかったな兄ちゃん、ノゾムは味噌汁気に入ったみたいだ。俺はこのよく分からん麺っぽいものはいらないと思う」
「いらねぇなら下げるぞ」
「…………麺以外は好きだ、いる。ノゾム、生姜焼きは俺が作ったんだ。生姜焼きの感想も聞かせてくれ」
「皿に盛っただけで製作者宣言とか図々し過ぎる」
はしゃいでいるように見えるセンパイに急かされて生姜焼きを一口食べ、正直に感想を伝えた。
「美味しい……えっと、甘辛くて、すっごく美味しいです」
「……だろう?」
「俺が味付けしましたみたいな顔するじゃん」
センパイ渾身のドヤ顔に和み、笑ってしまうと彼に頭を撫でられた。優しく大きな手がポンポンと頭を撫でたのだ、幸せを感じて更に口角が上がってしまって当然だ。
『もち、お前は本当に頭撫でられるの好きだよなぁ? 子供の頃からずっとそうだ、相変わらず可愛い顔するよ』
レンの声を聞いて何故か寒気を感じ、口角が下がる。
「…………ノゾム? 悪い、髪を引っかけたか」
「あっ、い、いえ……大丈夫です」
レンはただ俺の笑顔に和んだだけだ、それなのにどうして俺は笑えなくなったんだ? 言葉の裏に浮気への非難を感じたのか? いや、レンは裏表のない人間だ、そんな含みは持たせていない。
『花嫁修業はバッチリな自信があったけど、この味噌汁……いや豚汁か? この麺っぽいの知らねぇな……料理はもっと練習しないとな。旦那様に美味い飯食わせたい!』
今も明るく笑っている、レンは天真爛漫な可愛い人なのだ。
「だんご汁です、麺っぽいのはだんご」
『もちが気に入ってるっぽいんで、ぜひ教えてください』
「教えるんで…………マジで國行に関わらないでください」
従兄がどうしてそんなにレンを警戒しているのか分からない。レンの性格を知らないからだろうか、関係性と能力だけで考えれば警戒も仕方ないのかもしれないが、少し悲しいな。
自分でも知らないうちに育った恋が、ついこの間ようやく叶った。その幸福を壊そうとしていた彼の余命宣告も覆った。後は俺に取り憑いた怪異が祓われさえすれば全て解決、万事順調だ。
「レン、愛してる。俺に取り憑いた手のヤツらお祓いしてもらったら、レンが帰ってきたら、俺達……今度こそ、ずっと一緒になれるんだよな」
『あぁ、ずっとずーっと……二人だけで生きていくんだ、素敵だろ? もうちょっと待てばいいだけだ、そうすりゃおとぎ話の最後みたいな幸せが待ってる』
時間が経てば円満解決? 二人だけで? 違う、俺はミチとセンパイと関係を持ったままだ。
「あ、あのさっ……レン。あの……ミチと、センパイ」
『あぁ、俺が帰ってくるまでに別れておいてくれよ』
「え……?」
『えって何だよ。別れる気ないのか? 俺と結婚式やってくれたの、俺が死ぬ予定だったからってだけで……そいつらの方が好きなのか?』
眉をひそめて俺を見つめるレンは可愛い、こんな時だって胸が高鳴っている。
『俺……生き残ってるの、実は鬱陶しい? 死んだ方がよかったとか……思ってる?』
「お、思ってない! それだけは絶対ない!」
そう叫びながらも俺は自分を疑っていた。
レンが生き続けられると知った時、確かに嬉しさで胸が満ちた。レンが死んだと勘違いした時は自殺を試みた。俺はレンが好きだし、レンと生死を共にしたいと思っている。
けれど、それでも、心のどこかで「どうしよう」と思った。誰に絞ろうか、誰から離れようか、迷った末に思考を放棄して成り行きに任せようとしていた。
『まぁ、それはないよな……じゃあさ、正直に答えてくれ。俺より他のヤツの方が好きか?』
わざとらしく首を傾げたレンは寂しげな微笑みを浮かべている。
『俺とは結局ヤれてないもんな、思い入れそんなにないよな……いいんだ、もち。俺にとって一番大事なのはお前の幸せだから、別の男を選びたいなら……そいつの方がもちを幸せにできるなら俺は一旦身を引くよ、一旦な、お前の気が変わるのをずっと待ってる』
「レン……」
『もち、お前が一番好きなのは誰なんだ?』
優しい手が頬を撫でる。センパイの無骨な手とは違う、僅かに女性らしさのある滑らかな手だ。
『ミチか? 形州か? 俺を選んでくれるなら……めちゃくちゃ嬉しいけど』
大好きな茶色い瞳がこちらを向いてくれない。
「レ、レンっ……レンが、一番好き。大好き、レンと一緒に生きたい」
俺は今、ただ、レンに悲しい顔をさせたくない一心でレンの名を呼んだ。笑顔で見つめて欲しいだけでレンを選んだ。きっと他の二人に同じことを言われたらその者の名前を呼ぶのだろう、俺はそういう人間だ。
『本当かっ? よかったぁっ! 嬉しい……もち、大好き、愛してる……じゃあ俺が帰るまでに別れてくれよ?』
「う、うん……いつ、帰ってくる?」
『なんだよギリギリまで付き合っとく気かぁ? 分かんねぇけど、多分一ヶ月もないぜ』
「そ、そんなんじゃない……うん、分かっ、た……別れる。ちゃんと、別れる」
別れる? センパイはあんなに愛してくれるのに? 俺のために両手をズタズタに裂かれたのに? それでも俺を真っ直ぐに見てくれているのに?
ミチと別れるのも嫌だ、あの子ほど可愛く真っ直ぐに俺を見上げてくれる子は居ない。純粋で純朴で、けれど床上手で、ちょっとSっぽさもあって、あの子も俺は大好きなんだ。
『もち、着替えたんだしそろそろ出ようぜ』
「う、ん……」
別れる? 別れたくない。その堂々巡りの思考に囚われた俺はレンに促されて浴室を出る。扉を開けた瞬間大声を上げた、従兄が扉のすぐ向こうに立っていたのだ。
「な、ななっ、何してるんですか、お兄さんっ……」
腰を抜かしてしまったがレンに支えられて倒れずに済んだ。オーバリアクションな俺を従兄は見ていない、従兄の視線はレンに注がれている、いや、レンを睨みつけている。
『あっ、見えてるのか……お久しぶりです。形州先輩の従兄弟なんですよね。その節はありがとうございました』
そういえばレンがヘリで運ばれた時、従兄は病院に居たな。レンへのオカルト的な説明は彼がしたのだろうか?
「如月様……いや、如月。國行に何もせんかったらそれでいい。國行に髪の毛一本ほどの傷でも付けてみろ、俺の首をかけて呪う」
「へっ……? お兄さん! センパイにレンが何をするって言うんですか! 怖いこと言うのやめてください……」
従兄は俺の方を見ず、瞬きもせずにレンを睨み続けている。
「國行には何もするな。他の男は好きにしろ……霊体でやったことは公的には裁かれない」
従兄は見開き続けて痛かっただろう目を閉じ、去っていった。ふわふわと浮かんでいたレンは俺の目線まで降り、疲れたようにため息をついた。
「レン……今のお兄さんの、どういう意味だ?」
『多分だけど……お前と仲良くしてる形州に嫉妬して、俺が形州に何かすると思ってるんだろ。俺が生霊を自由に操れるようになったら、フィジカルじゃどうしようもねぇ形州もどうにか出来るからな』
「そんなっ……レンはそんなことしないっ!」
心優しいレンが嫉妬心からセンパイやミチに危害を加えるなんてありえない、従兄の性格の悪い妄想だ。
『あぁ、お前は俺のものなんだから俺が誰かに嫉妬することなんてないしな。可愛いもち、お前の幸せが俺の幸せだ。俺の言うこと聞いてるのがお前の一番の幸せだからな、何をすればいいか分かるな?』
「センパイと、別れる……でも、今日話すのは」
『分かってる。泊めてもらってんのに別れるってのはキツいよな。明日、確か終業式だよな? その日に二人と別れて、俺の家来いよ。俺は霊体だけど久しぶりに遊ぼう』
「明日終業式!? そ、そうだっけ……そっか」
学校へ行くのは気まずいが、授業はなしで早めに帰れるだろうし終業式くらいは行ってみるか。
「別れる……明日? 明日、かぁ……」
まだ二人と別れるとは決めていない。しかし、俺にはレンを世界一幸せな花嫁にする義務がある。
とうとう一人に絞らなければいけない時が来た。
「なんて言えばいいんだろ……」
レンは俺におぶさるように腕を絡めている。その体温にときめきながら、センパイとミチへの別れ話に悩みながら、よろよろ歩いてダイニングに入った。
「……ノゾム」
夕飯を机に並べていたセンパイは俺を見ると彼なりの満面の笑みを浮かべ、小走りで俺に寄り、俺を抱き締めた。
「…………俺と同じ匂いだな」
髪に唇を触れさせながら匂いを嗅ぎ、俺の顎を掴んで軽く持ち上げ、頬にキスをする。
「……愛してる」
親指で唇を撫でられて今度は口にキスをするつもりだと察し、目を閉じかけたが首に絡みついたレンの腕の力が僅かに強くなったのを感じ、センパイを押してしまった。軽くだったがセンパイは離れた。
「…………夕飯、食べようか」
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『ご心配なく、あなたのご主人様が対策してくれてますから。お気遣いありがとうございます』
「どういたしまして」
俺とレンにいっぺんに返事を済ませ、従兄は舌打ちをしてセンパイの向かいに座った。
「い、いただきまーす……」
何を思ったかレンが俺の背後から離れ、向かいの空席に座る。半透明の彼の前には何も配膳されていない。
『ふふ……こうしてお前が飯食ってるとこ見てると、新婚生活って感じするよ。お味噌汁の味付けはどうですか、旦那様。なーんてな』
男にしては高めの可愛らしい声で「旦那様」と呼ばれ、心臓が握り潰されたかと錯覚するような激しいときめきに襲われた。
「お、美味しい……」
裏返った声でレンに返事をして、すぐに今のレンはセンパイに見えていないのだと思い出し、自分の迂闊さを罵倒する。
「……よかったな兄ちゃん、ノゾムは味噌汁気に入ったみたいだ。俺はこのよく分からん麺っぽいものはいらないと思う」
「いらねぇなら下げるぞ」
「…………麺以外は好きだ、いる。ノゾム、生姜焼きは俺が作ったんだ。生姜焼きの感想も聞かせてくれ」
「皿に盛っただけで製作者宣言とか図々し過ぎる」
はしゃいでいるように見えるセンパイに急かされて生姜焼きを一口食べ、正直に感想を伝えた。
「美味しい……えっと、甘辛くて、すっごく美味しいです」
「……だろう?」
「俺が味付けしましたみたいな顔するじゃん」
センパイ渾身のドヤ顔に和み、笑ってしまうと彼に頭を撫でられた。優しく大きな手がポンポンと頭を撫でたのだ、幸せを感じて更に口角が上がってしまって当然だ。
『もち、お前は本当に頭撫でられるの好きだよなぁ? 子供の頃からずっとそうだ、相変わらず可愛い顔するよ』
レンの声を聞いて何故か寒気を感じ、口角が下がる。
「…………ノゾム? 悪い、髪を引っかけたか」
「あっ、い、いえ……大丈夫です」
レンはただ俺の笑顔に和んだだけだ、それなのにどうして俺は笑えなくなったんだ? 言葉の裏に浮気への非難を感じたのか? いや、レンは裏表のない人間だ、そんな含みは持たせていない。
『花嫁修業はバッチリな自信があったけど、この味噌汁……いや豚汁か? この麺っぽいの知らねぇな……料理はもっと練習しないとな。旦那様に美味い飯食わせたい!』
今も明るく笑っている、レンは天真爛漫な可愛い人なのだ。
「だんご汁です、麺っぽいのはだんご」
『もちが気に入ってるっぽいんで、ぜひ教えてください』
「教えるんで…………マジで國行に関わらないでください」
従兄がどうしてそんなにレンを警戒しているのか分からない。レンの性格を知らないからだろうか、関係性と能力だけで考えれば警戒も仕方ないのかもしれないが、少し悲しいな。
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