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後輩をしばらく泊めることにした
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カッターナイフを振り上げた担任が背後に迫っているのにセンパイは俺を見つめていて気付いていない。俺は救急箱を投げ捨てて驚いた顔に変わったセンパイの元へと走り、彼の頭を抱き締めた。
「やめてっ!」
首を狙っていたことを思い出し、センパイの首に左腕を巻く。心臓を狙われないように広い背中を庇うため右手を伸ばし、素早く振る。バカらしい動きかもしれないが必死だった。
「なんで……?」
カッターナイフが担任の手から滑り落ちる。俺はすぐにセンパイに引き剥がされ、立ち上がった彼の背に庇われた。
「なんで……なんで、なんで、そいつ庇うの……なんで? 僕、指輪渡したよね……? 僕が轢かれたかもって聞いた時君は病院に飛んで来てくれたじゃん……煮魚作って待ってたんだよ僕。君は僕を愛してくれたんじゃないの、なんで、なんで僕の味方しないの、なんで」
「センセ……?」
「お前は俺のものだったろ、俺の子産んでくれるはずだろ? いつになったら腹膨らむんだよ、何回も何回も中出ししてるのにいつ孕むんだよ」
センパイが足でカッターナイフを引き寄せ、担任から離す。
「私はあなたを愛してるのに、私にはあなたしか居ないのに、どうしてあなたは私だけを見てくれなかったの?」
「セ、センセ……」
口調と声色を変えて泣きじゃくる担任を見た俺は無意識のうちに彼の元へ行こうとして、センパイに止められて初めて担任を抱き締めようと広げた自分の腕に気付いた。腕を下ろしてセンパイを見上げると彼は黙って首を横に振った。担任に視線を戻すと彼は頭を掻き毟っていた。
「頑張ったのに、カナイ出来ない子だけど頑張ってるのに、愛してるのに、やだ、ぶたないで、アイロン嫌だ、痛いのもう嫌だ、温かい家族欲しいよ……なんでカナイにだけくれないの、なんで、なんでなんで、なんでカナイだけ」
成人済みの男とは思えない気持ち悪いくらいに高い泣き声に耐え切れず、俺はセンパイの手を払って担任を抱き締めた。
「…………おいっ、ノゾム……」
「大丈夫です、今は刃物持ってないし、大人しいですし…………根野セン、ううん、カナイ、頑張ったね、えらいよ」
担任の手が俺の背に回り、ジャージを引っ掻く。声はもう言葉になっていない、彼はただ泣き続けている。
「痛いのも怖いのも、もうないんだよ。もう誰にもぶたれないよ。頑張ったから解放されたんだよ、出来ない子なんかじゃない、今日まで生きてこれたんだ……カナイはちゃんと出来てるよ」
「………………ノゾム」
「ごめんなさいセンパイ、もう少しだけ」
「…………誰か来た」
そういえば、センパイが窓を割ったから警報機が作動したんだったな。警備会社の人か警察か、その辺りだろう。
俺は担任を慰めるのをやめ、センパイと共に彼らへの対応をしに行った。
とある高校の理科教師である根野は担任するクラスの男子生徒と肉体関係を持ち、痴情の縺れの果てに今回の事件を起こした。
恋愛関係にあった男子生徒の別の交際相手への傷害が主な罪状。未成年相手の淫行とかもあるけれど──結果として、彼は担任ではなくなった。教師ではないただの根野 叶になったのだ。俺の結論はそれだけだ。
「根野センのニュースやりませんよね。調べても出ないし……どうやったんですか?」
「俺の勤め先の名前出しただけでーす。向こうの勝手な忖度ですよ、忖度」
七月十八日の木曜日現在、俺はセンパイの家に居る。センパイは学校に行っており、俺は彼の従兄とパーティゲームで遊んでいる。担任の──いや、根野のゴタゴタが片付いたとはいえ学校には行きにくくて、家にも帰りたくなくて、ここに居る。
「根野センどうなるんですか? 何年か捕まっちゃうんですか?」
「國行に怪我させたようなヤツ、何十年でもぶち込まれて欲しいんですけど……俺が顔出しちゃったし不起訴かもですね」
「お兄さん何者なんですか……」
「関わりたくないって向こうが勝手に避けようとしてるだけです、俺も社長も何もしてませんよ。適当に理由つけて不起訴にして、俺が口出せないようにする気なんでしょ。診断もあっさり出しやがりましたしね、適当な連中ですよほんと」
「診断って?」
「それ聞きますぅ? 面白い話じゃないですけど……はいはい話しますよ。根野 叶には長い間安心できる場所がなかったんです、それがちょっと人格形成に影響したってだけです」
「えっと……どういうことですか?」
「虐待ですよ。嫌なことに、よくある話でしょ。根野 叶の場合……まぁ、簡単に言うと……辛い目に遭ってるのが自分じゃない、他人だという現実逃避。街中やテレビで見た温かな家庭が本来の居場所だという妄想。それらによる記憶の混濁と人称の不安定、家族への異常な執着──でしたっけね。だから責任能力がどーたら……普段ならこんなことないんでしょうけど、ただの傷害だし俺顔出しちゃったし…………はぁっ、こういう面倒くさい話苦手なんですよ俺」
「いつか、会えますか? ちゃんと話したいんです。指輪ももらったままだし……」
「引っ越すでしょうし、しばらくは通院と療養が彼の義務です。あなたに会うとよくないって主治医さんが判断するならダメ、大丈夫そうなら話すくらいはいいんじゃないですか」
「はぁ……あの、会っていいかとか場所ってどうやって知れば?」
「はぁー……俺が連絡しますよ仕方ありませんね、誤魔化そうと思ったのに面倒くさい……國行だけ見ててやってくださいよー、あの子いい子でしょー? って言うかこの緑ヒゲ強すぎません? 普段影薄いくせに」
「迷惑ばっかかけて本当すいません……いや、お兄さんがCPUのレベル最高にするからじゃないですか」
従兄としては俺にはセンパイとだけ仲良くしていて欲しいんだろうな。でも、途中でゲームの愚痴に移ったということは俺にあまり本気にしないで欲しい愚痴だということ──うん、従兄の考え方もかなり読めるようになってきた。
「ところで月乃宮様、根野は事実上の脱落ってことで……残りは國行と、如月様ですか? 二人から選ぶか二股するかって感じですか」
「あ……いや、ミチが、居ます。しっかり告白してくれた……えーっと、いじめられっ子の子です」
「先輩、幼馴染、いじめられっ子……属性はっきりしてますねー! やっぱり幼馴染最強説ってありますよね、俺もビア派ですし、月乃宮様がフロ派ならともかく、年数的に強いですよ幼馴染」
「属性って……まぁ、確かに……一番好きなのはレンなのかなって感じしますよ。あの……ビアとかフロとか、ゲームの話ですよね、ファイブでしたっけ……あれ、嫁候補三人いますけど」
「なんとワシを選ぶともうすか」
「いやその人じゃなくて。昔はなかったんでしたっけ? リメイク版しかやってないんで知らないんですけど、あの人追加要素だったんですね」
「へー知らなかった、リメイク版もやらなきゃですね。でも新しいゲームやる時間は取りたいですし、ゲームやり過ぎると社長にゲーム機破壊されますし」
「おすし」
「人の口癖からかわないでくださいまし」
同じ趣味のレンがいない今、ゲームの話が出来る従兄との時間は単純に楽しい。これが普通の友人関係なのかと思ってしまうほどに。
「お兄さん、ズバリ、ゲームで一番心に残った瞬間とは?」
「おきのどくですが、ですかね。0%0%0%とか」
「ゲーム本編の内容であって欲しかったです……俺それネタでしか聞いたことないんですけど、お兄さんその世代なんですか?」
「世代なわけないでしょ。でもちゃんと実機で体験してますよ」
昔のゲーム機も買い集めたりしているのだろうか。
「とか話してる間に、アガリです。最強のCPUも大したことないですねー」
「あっ……! また負けた……」
「格ゲーでハメたら文句言うから運ゲーのすごろくやったのに、結局負けるんですねぇ月乃宮様」
「うぅ……協力するやつしましょ。お兄さんに勝つの無理です……対戦もうやだ」
別のゲームに変えて、また楽しい時間が始まる。いつまでも続く日常だなんて思っていないけれど、この家の居心地はとてもよくて、いけないと分かっているのに永遠を願ってしまった。
「やめてっ!」
首を狙っていたことを思い出し、センパイの首に左腕を巻く。心臓を狙われないように広い背中を庇うため右手を伸ばし、素早く振る。バカらしい動きかもしれないが必死だった。
「なんで……?」
カッターナイフが担任の手から滑り落ちる。俺はすぐにセンパイに引き剥がされ、立ち上がった彼の背に庇われた。
「なんで……なんで、なんで、そいつ庇うの……なんで? 僕、指輪渡したよね……? 僕が轢かれたかもって聞いた時君は病院に飛んで来てくれたじゃん……煮魚作って待ってたんだよ僕。君は僕を愛してくれたんじゃないの、なんで、なんで僕の味方しないの、なんで」
「センセ……?」
「お前は俺のものだったろ、俺の子産んでくれるはずだろ? いつになったら腹膨らむんだよ、何回も何回も中出ししてるのにいつ孕むんだよ」
センパイが足でカッターナイフを引き寄せ、担任から離す。
「私はあなたを愛してるのに、私にはあなたしか居ないのに、どうしてあなたは私だけを見てくれなかったの?」
「セ、センセ……」
口調と声色を変えて泣きじゃくる担任を見た俺は無意識のうちに彼の元へ行こうとして、センパイに止められて初めて担任を抱き締めようと広げた自分の腕に気付いた。腕を下ろしてセンパイを見上げると彼は黙って首を横に振った。担任に視線を戻すと彼は頭を掻き毟っていた。
「頑張ったのに、カナイ出来ない子だけど頑張ってるのに、愛してるのに、やだ、ぶたないで、アイロン嫌だ、痛いのもう嫌だ、温かい家族欲しいよ……なんでカナイにだけくれないの、なんで、なんでなんで、なんでカナイだけ」
成人済みの男とは思えない気持ち悪いくらいに高い泣き声に耐え切れず、俺はセンパイの手を払って担任を抱き締めた。
「…………おいっ、ノゾム……」
「大丈夫です、今は刃物持ってないし、大人しいですし…………根野セン、ううん、カナイ、頑張ったね、えらいよ」
担任の手が俺の背に回り、ジャージを引っ掻く。声はもう言葉になっていない、彼はただ泣き続けている。
「痛いのも怖いのも、もうないんだよ。もう誰にもぶたれないよ。頑張ったから解放されたんだよ、出来ない子なんかじゃない、今日まで生きてこれたんだ……カナイはちゃんと出来てるよ」
「………………ノゾム」
「ごめんなさいセンパイ、もう少しだけ」
「…………誰か来た」
そういえば、センパイが窓を割ったから警報機が作動したんだったな。警備会社の人か警察か、その辺りだろう。
俺は担任を慰めるのをやめ、センパイと共に彼らへの対応をしに行った。
とある高校の理科教師である根野は担任するクラスの男子生徒と肉体関係を持ち、痴情の縺れの果てに今回の事件を起こした。
恋愛関係にあった男子生徒の別の交際相手への傷害が主な罪状。未成年相手の淫行とかもあるけれど──結果として、彼は担任ではなくなった。教師ではないただの根野 叶になったのだ。俺の結論はそれだけだ。
「根野センのニュースやりませんよね。調べても出ないし……どうやったんですか?」
「俺の勤め先の名前出しただけでーす。向こうの勝手な忖度ですよ、忖度」
七月十八日の木曜日現在、俺はセンパイの家に居る。センパイは学校に行っており、俺は彼の従兄とパーティゲームで遊んでいる。担任の──いや、根野のゴタゴタが片付いたとはいえ学校には行きにくくて、家にも帰りたくなくて、ここに居る。
「根野センどうなるんですか? 何年か捕まっちゃうんですか?」
「國行に怪我させたようなヤツ、何十年でもぶち込まれて欲しいんですけど……俺が顔出しちゃったし不起訴かもですね」
「お兄さん何者なんですか……」
「関わりたくないって向こうが勝手に避けようとしてるだけです、俺も社長も何もしてませんよ。適当に理由つけて不起訴にして、俺が口出せないようにする気なんでしょ。診断もあっさり出しやがりましたしね、適当な連中ですよほんと」
「診断って?」
「それ聞きますぅ? 面白い話じゃないですけど……はいはい話しますよ。根野 叶には長い間安心できる場所がなかったんです、それがちょっと人格形成に影響したってだけです」
「えっと……どういうことですか?」
「虐待ですよ。嫌なことに、よくある話でしょ。根野 叶の場合……まぁ、簡単に言うと……辛い目に遭ってるのが自分じゃない、他人だという現実逃避。街中やテレビで見た温かな家庭が本来の居場所だという妄想。それらによる記憶の混濁と人称の不安定、家族への異常な執着──でしたっけね。だから責任能力がどーたら……普段ならこんなことないんでしょうけど、ただの傷害だし俺顔出しちゃったし…………はぁっ、こういう面倒くさい話苦手なんですよ俺」
「いつか、会えますか? ちゃんと話したいんです。指輪ももらったままだし……」
「引っ越すでしょうし、しばらくは通院と療養が彼の義務です。あなたに会うとよくないって主治医さんが判断するならダメ、大丈夫そうなら話すくらいはいいんじゃないですか」
「はぁ……あの、会っていいかとか場所ってどうやって知れば?」
「はぁー……俺が連絡しますよ仕方ありませんね、誤魔化そうと思ったのに面倒くさい……國行だけ見ててやってくださいよー、あの子いい子でしょー? って言うかこの緑ヒゲ強すぎません? 普段影薄いくせに」
「迷惑ばっかかけて本当すいません……いや、お兄さんがCPUのレベル最高にするからじゃないですか」
従兄としては俺にはセンパイとだけ仲良くしていて欲しいんだろうな。でも、途中でゲームの愚痴に移ったということは俺にあまり本気にしないで欲しい愚痴だということ──うん、従兄の考え方もかなり読めるようになってきた。
「ところで月乃宮様、根野は事実上の脱落ってことで……残りは國行と、如月様ですか? 二人から選ぶか二股するかって感じですか」
「あ……いや、ミチが、居ます。しっかり告白してくれた……えーっと、いじめられっ子の子です」
「先輩、幼馴染、いじめられっ子……属性はっきりしてますねー! やっぱり幼馴染最強説ってありますよね、俺もビア派ですし、月乃宮様がフロ派ならともかく、年数的に強いですよ幼馴染」
「属性って……まぁ、確かに……一番好きなのはレンなのかなって感じしますよ。あの……ビアとかフロとか、ゲームの話ですよね、ファイブでしたっけ……あれ、嫁候補三人いますけど」
「なんとワシを選ぶともうすか」
「いやその人じゃなくて。昔はなかったんでしたっけ? リメイク版しかやってないんで知らないんですけど、あの人追加要素だったんですね」
「へー知らなかった、リメイク版もやらなきゃですね。でも新しいゲームやる時間は取りたいですし、ゲームやり過ぎると社長にゲーム機破壊されますし」
「おすし」
「人の口癖からかわないでくださいまし」
同じ趣味のレンがいない今、ゲームの話が出来る従兄との時間は単純に楽しい。これが普通の友人関係なのかと思ってしまうほどに。
「お兄さん、ズバリ、ゲームで一番心に残った瞬間とは?」
「おきのどくですが、ですかね。0%0%0%とか」
「ゲーム本編の内容であって欲しかったです……俺それネタでしか聞いたことないんですけど、お兄さんその世代なんですか?」
「世代なわけないでしょ。でもちゃんと実機で体験してますよ」
昔のゲーム機も買い集めたりしているのだろうか。
「とか話してる間に、アガリです。最強のCPUも大したことないですねー」
「あっ……! また負けた……」
「格ゲーでハメたら文句言うから運ゲーのすごろくやったのに、結局負けるんですねぇ月乃宮様」
「うぅ……協力するやつしましょ。お兄さんに勝つの無理です……対戦もうやだ」
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