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家に帰ったら別れたはずの後輩が来ていた
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俺にとって信頼出来る大人は従兄しか居ない。実の親も学校の教師も信じられないし、担任に至っては悩みの種だ。
「お兄さん……」
褐色肌の下にたくましい筋骨の気配を感じる。センパイと違って感情が欠片ほどもない三白眼に今だけは安心する。
「……一回セックスしましょうよ」
「調子出てきましたね、生理的にも物理的にも不可能ですけど」
「相変わらずへこむ断り方しますね」
本気の誘いではないと従兄も分かっていたのだろう。
「俺、そろそろ帰ります」
そろそろ昼食を食べる時間だ、担任の家に帰って作り置きしてあるらしい担任の料理を食べよう。
「ええ、お気を付けて」
目線すら寄越さない従兄に頭を下げてダイニングを出ようとした瞬間、玄関の扉が開いた。驚いて従兄の方を振り返る。
「クソ親父は部屋で寝てますし、誰も呼んでませんし……國行しかいませんね。隠れます?」
従兄はセンパイと話すらしく扉を開けた。ダイニングに隠れられそうな場所はない、俺は従兄の背の影で息を潜めた。高級そうな香水の匂いがする。
「國行、お前学校じゃなかったのか?」
「……行ってない」
「ふーん……そちらは?」
そちら? 誰か居るのか?
「あ、お邪魔してますー……お兄さん? クニちゃんそっくり」
「……従兄だ。兄ちゃん、こいつは…………彼氏だ」
ナンパをして誰か引っ掛けてきたのか。どうせまたガラの悪い金髪なんだろうな。俺のことは長い間オナホって呼んでいたくせに、そいつは初日から彼氏なんだな。
嫌なところばかり目に、いや、耳につく? 従兄の服を掴んでギリギリと音を立ててしまう。
「彼氏? 月乃宮様はどうしたんだよ」
「…………別れた」
「ふぅん? 高校卒業したら同棲するとかはしゃいでたくせに、冷めやすいんだな」
「……兄ちゃん」
新しい彼氏の前でそんな話するな、とでも言いたげな声だ。随分優しいんだな。
飛び出したくなるが、我慢だ。もうセンパイを諦めなければいけない。見えない手に尻を叩かれても声を出してはいけない。
「何、元彼の話とか嫌なんだけど」
「……悪い。兄ちゃんは気遣いが出来ないんだ」
「ひでぇこと言うなぁ」
見えない手に鞭の痕が特に痛む尻を揉みしだかれ、従兄の背に額を押し付けて痛みと快感に喘ぐ。
「ふっ……ぅ、ん……ん、んっ……!」
鼻をつまんで口を覆って息を止める。顔が熱くなってくる。従兄が腰で手を組んでいるのに気付いて口を押さえるのをやめ、従兄の手を握る。
「せ、ん…………ぱ、ぃ」
従兄が握り返してくれた。左手薬指にはめられた指輪の硬さが小指と中指に強く伝わる。
「せ、ん………………せぇ。せん、せっ……!」
指輪があれば大丈夫。担任を強く想えばセンパイを我慢できる。
「……それじゃ、しばらく部屋に来ないでくれ」
「はいはい、昼食いたくなったら言えよ」
センパイの足音が離れていく。安心した瞬間、前立腺を強く握られた。見えない手だ、身体をすり抜けて内臓を直接触っている。
「ひぐっ……!?」
「なっ……!? 馬鹿な、ちゃんと追い払ったはず……」
「……兄ちゃん? 何か言ったか?」
「な、なんでもない! 早く部屋に」
両手首を強く掴まれて引っ張られ、背を押され、従兄の背の影から飛び出してしまった。
「…………ノゾム?」
どん、とぶつかった感触には覚えがある。目を開けたくなくて閉じたままでいると見えない手に尻を叩かれる。
「ひぁっ……!」
従兄に襟首を掴まれて引っ張り戻される。
「悪いな國行、俺の客だ。ちょっと足がもつれたみたいだな」
従兄は俺の首に左腕を巻いて右手で腰や肩を優しく叩く、見えない手を一時的に追い払っているのだろう。
「兄弟で男の趣味一緒なんだ。クニちゃん、邪魔しちゃ悪いし部屋行こっ」
「……………………ノゾム」
「クーニーちゃん、どうしたのー?」
金髪の少年がセンパイの腕に抱きついて引っ張っている。胸がじくじく痛む、泣き喚きたくなる、従兄の左腕をぎゅっと握って心を落ち着かせる──
「……ノ、ノゾム」
優しい声が近寄ってきた、顔を上げると大きな手もゆっくりと近付いていた。しかし、その手は似た色の手に払われた。
「諦め悪ぃなぁ? 國行。フったんだろ?」
「…………その、ハートの形のは……何だ? その指輪はっ、誰に……」
「きさんにゃ何も関係ねぇやろっ!」
突然声を荒らげた従兄にセンパイは巨体を強ばらせる。
「はぁーっ……なぁ、國行。新しい彼氏見つけてきたんだろ? ぶん殴って首絞めて、飛び降りやるまで追い詰めた元彼なんか気にすんなよ」
「…………っ!? 飛び……え?」
「え……何、その子が元彼? ってか何、殴った……?」
金髪の少年がセンパイの腕を離す。しかしセンパイは俺だけを見つめている。微かに震える三白眼を見つめていると駅での会話を思い出した。
──センパイの前に現れないよう頑張りますから──嘘でも嫌いだなんて言わないで──
脳内で再生される自分の声。あの約束を俺は破った、現れないなんて言っておきながら家に来てしまっている。新しい彼氏もできた今、センパイはきっと俺に心からの「嫌い」を寄越す。
「い、や……嫌っ! 嫌だっ、嫌ぁああっ!」
「月乃宮様っ!? 月乃宮様、落ち着いて、月乃宮様っ!」
「嫌だぁっ! やだっ、センパイ! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいっ、センパイに会いに来たんじゃないんですっ、お兄さんと話しに来ただけで……お願い嫌わないでっ、嫌いだなんて言わないでぇっ! お願い、お願いお願いお願いっ、言わないで…………聞き、たく……ないよぉ……」
泣き叫んで座り込む。わしわしと頭を撫でてくれた手はそれほど大きくなかった。
「國行……分かったろ、もう向こう行け」
「……………………ノゾムに触るな」
「この期に及んで彼氏ヅラかよ、図々しいことこの上ねぇなぁおい。あぁそうだ、まだ聞いてなかったな。國行、フった理由って何だ?」
「…………罪悪感に耐えられなかった。ノゾムを見ていると自分の悪事を思い出して、どんどん自分が嫌いになる……ノゾムをまた傷付けるのも怖い。俺は短気だから、いつまたノゾムを殴るか……またノゾムに怪我をさせたら、俺はもう」
消え入りそうな声での言葉に、従兄は舌打ちを返した。
「自分勝手だな。想像力も欠けてる。従兄として情けねぇよ甲斐性なし。短気だからいつ殴るか分からない? ふざけんなよ……はぁっ、んっとに情けねぇ」
「……!? 兄ちゃん……?」
「やっぱりそれほど好きじゃないんだな。病院から帰った後説明してやったろ? 月乃宮様は定期的に精液を摂取しないと怪異に殺されるって……それを聞いておきながらてめぇの罪悪感だの何だのでフるんだから、月乃宮様のことなんざなーんも考えてねぇんだよてめぇは。考えた気になってるだけだ、情けねぇよ本当」
「…………違う、俺は、俺はっ! 俺なんてノゾムのためにならないから!」
「おぉそうかいてめぇはノゾムのためにならねぇか! てめぇが見捨てたせいでだいぶと病んでやがるぜこのガキは! 素晴らしい想像力だな、感心するよ國行ぃ!」
「……兄ちゃんに何が分かるっ!」
「分かんねぇな恋人ぶん殴るような奴の思考なんざ! 大っ嫌いだ分かりたくもねぇ!」
センパイが拳を振り上げる。従兄の顔を狙ったその手を従兄は容易に止めた。
「言葉出尽くしたら拳か。言い訳できませんって白状したな? 分かったろ國行、未熟な上に小賢しいお前には月乃宮様は合わない」
「…………兄ちゃんにそんなこと言われる義理はないっ! 俺のことなんて何も分かってないくせに!」
「おいおい兄ちゃんに傷付くこと言うなよな……いいか、こういうのには中途半端に物を考える能力のあるお前じゃダメだ、振り切ったイカれ野郎が合ってるんだよ」
センパイは恐ろしい形相で従兄を睨みつける。従兄はセンパイの手を離すと同時にみぞおちを蹴ってセンパイを廊下まで吹っ飛ばした。
「月乃宮様、立てます?」
「はい……帰ります。俺を愛してくれてる、頭がおかしい人の家に……」
「お幸せに。あなたは? どうされます?」
俺を立たせた従兄は隅で怯えていた金髪の少年に話しかける。俺はその横を通り、センパイの足をまたいで玄関へ向かう。
「………………ノゾム……行かないでくれ」
玄関の照明に反射して指輪の宝石がキラキラと輝く。
早く帰らなくちゃ。
「お兄さん……」
褐色肌の下にたくましい筋骨の気配を感じる。センパイと違って感情が欠片ほどもない三白眼に今だけは安心する。
「……一回セックスしましょうよ」
「調子出てきましたね、生理的にも物理的にも不可能ですけど」
「相変わらずへこむ断り方しますね」
本気の誘いではないと従兄も分かっていたのだろう。
「俺、そろそろ帰ります」
そろそろ昼食を食べる時間だ、担任の家に帰って作り置きしてあるらしい担任の料理を食べよう。
「ええ、お気を付けて」
目線すら寄越さない従兄に頭を下げてダイニングを出ようとした瞬間、玄関の扉が開いた。驚いて従兄の方を振り返る。
「クソ親父は部屋で寝てますし、誰も呼んでませんし……國行しかいませんね。隠れます?」
従兄はセンパイと話すらしく扉を開けた。ダイニングに隠れられそうな場所はない、俺は従兄の背の影で息を潜めた。高級そうな香水の匂いがする。
「國行、お前学校じゃなかったのか?」
「……行ってない」
「ふーん……そちらは?」
そちら? 誰か居るのか?
「あ、お邪魔してますー……お兄さん? クニちゃんそっくり」
「……従兄だ。兄ちゃん、こいつは…………彼氏だ」
ナンパをして誰か引っ掛けてきたのか。どうせまたガラの悪い金髪なんだろうな。俺のことは長い間オナホって呼んでいたくせに、そいつは初日から彼氏なんだな。
嫌なところばかり目に、いや、耳につく? 従兄の服を掴んでギリギリと音を立ててしまう。
「彼氏? 月乃宮様はどうしたんだよ」
「…………別れた」
「ふぅん? 高校卒業したら同棲するとかはしゃいでたくせに、冷めやすいんだな」
「……兄ちゃん」
新しい彼氏の前でそんな話するな、とでも言いたげな声だ。随分優しいんだな。
飛び出したくなるが、我慢だ。もうセンパイを諦めなければいけない。見えない手に尻を叩かれても声を出してはいけない。
「何、元彼の話とか嫌なんだけど」
「……悪い。兄ちゃんは気遣いが出来ないんだ」
「ひでぇこと言うなぁ」
見えない手に鞭の痕が特に痛む尻を揉みしだかれ、従兄の背に額を押し付けて痛みと快感に喘ぐ。
「ふっ……ぅ、ん……ん、んっ……!」
鼻をつまんで口を覆って息を止める。顔が熱くなってくる。従兄が腰で手を組んでいるのに気付いて口を押さえるのをやめ、従兄の手を握る。
「せ、ん…………ぱ、ぃ」
従兄が握り返してくれた。左手薬指にはめられた指輪の硬さが小指と中指に強く伝わる。
「せ、ん………………せぇ。せん、せっ……!」
指輪があれば大丈夫。担任を強く想えばセンパイを我慢できる。
「……それじゃ、しばらく部屋に来ないでくれ」
「はいはい、昼食いたくなったら言えよ」
センパイの足音が離れていく。安心した瞬間、前立腺を強く握られた。見えない手だ、身体をすり抜けて内臓を直接触っている。
「ひぐっ……!?」
「なっ……!? 馬鹿な、ちゃんと追い払ったはず……」
「……兄ちゃん? 何か言ったか?」
「な、なんでもない! 早く部屋に」
両手首を強く掴まれて引っ張られ、背を押され、従兄の背の影から飛び出してしまった。
「…………ノゾム?」
どん、とぶつかった感触には覚えがある。目を開けたくなくて閉じたままでいると見えない手に尻を叩かれる。
「ひぁっ……!」
従兄に襟首を掴まれて引っ張り戻される。
「悪いな國行、俺の客だ。ちょっと足がもつれたみたいだな」
従兄は俺の首に左腕を巻いて右手で腰や肩を優しく叩く、見えない手を一時的に追い払っているのだろう。
「兄弟で男の趣味一緒なんだ。クニちゃん、邪魔しちゃ悪いし部屋行こっ」
「……………………ノゾム」
「クーニーちゃん、どうしたのー?」
金髪の少年がセンパイの腕に抱きついて引っ張っている。胸がじくじく痛む、泣き喚きたくなる、従兄の左腕をぎゅっと握って心を落ち着かせる──
「……ノ、ノゾム」
優しい声が近寄ってきた、顔を上げると大きな手もゆっくりと近付いていた。しかし、その手は似た色の手に払われた。
「諦め悪ぃなぁ? 國行。フったんだろ?」
「…………その、ハートの形のは……何だ? その指輪はっ、誰に……」
「きさんにゃ何も関係ねぇやろっ!」
突然声を荒らげた従兄にセンパイは巨体を強ばらせる。
「はぁーっ……なぁ、國行。新しい彼氏見つけてきたんだろ? ぶん殴って首絞めて、飛び降りやるまで追い詰めた元彼なんか気にすんなよ」
「…………っ!? 飛び……え?」
「え……何、その子が元彼? ってか何、殴った……?」
金髪の少年がセンパイの腕を離す。しかしセンパイは俺だけを見つめている。微かに震える三白眼を見つめていると駅での会話を思い出した。
──センパイの前に現れないよう頑張りますから──嘘でも嫌いだなんて言わないで──
脳内で再生される自分の声。あの約束を俺は破った、現れないなんて言っておきながら家に来てしまっている。新しい彼氏もできた今、センパイはきっと俺に心からの「嫌い」を寄越す。
「い、や……嫌っ! 嫌だっ、嫌ぁああっ!」
「月乃宮様っ!? 月乃宮様、落ち着いて、月乃宮様っ!」
「嫌だぁっ! やだっ、センパイ! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいっ、センパイに会いに来たんじゃないんですっ、お兄さんと話しに来ただけで……お願い嫌わないでっ、嫌いだなんて言わないでぇっ! お願い、お願いお願いお願いっ、言わないで…………聞き、たく……ないよぉ……」
泣き叫んで座り込む。わしわしと頭を撫でてくれた手はそれほど大きくなかった。
「國行……分かったろ、もう向こう行け」
「……………………ノゾムに触るな」
「この期に及んで彼氏ヅラかよ、図々しいことこの上ねぇなぁおい。あぁそうだ、まだ聞いてなかったな。國行、フった理由って何だ?」
「…………罪悪感に耐えられなかった。ノゾムを見ていると自分の悪事を思い出して、どんどん自分が嫌いになる……ノゾムをまた傷付けるのも怖い。俺は短気だから、いつまたノゾムを殴るか……またノゾムに怪我をさせたら、俺はもう」
消え入りそうな声での言葉に、従兄は舌打ちを返した。
「自分勝手だな。想像力も欠けてる。従兄として情けねぇよ甲斐性なし。短気だからいつ殴るか分からない? ふざけんなよ……はぁっ、んっとに情けねぇ」
「……!? 兄ちゃん……?」
「やっぱりそれほど好きじゃないんだな。病院から帰った後説明してやったろ? 月乃宮様は定期的に精液を摂取しないと怪異に殺されるって……それを聞いておきながらてめぇの罪悪感だの何だのでフるんだから、月乃宮様のことなんざなーんも考えてねぇんだよてめぇは。考えた気になってるだけだ、情けねぇよ本当」
「…………違う、俺は、俺はっ! 俺なんてノゾムのためにならないから!」
「おぉそうかいてめぇはノゾムのためにならねぇか! てめぇが見捨てたせいでだいぶと病んでやがるぜこのガキは! 素晴らしい想像力だな、感心するよ國行ぃ!」
「……兄ちゃんに何が分かるっ!」
「分かんねぇな恋人ぶん殴るような奴の思考なんざ! 大っ嫌いだ分かりたくもねぇ!」
センパイが拳を振り上げる。従兄の顔を狙ったその手を従兄は容易に止めた。
「言葉出尽くしたら拳か。言い訳できませんって白状したな? 分かったろ國行、未熟な上に小賢しいお前には月乃宮様は合わない」
「…………兄ちゃんにそんなこと言われる義理はないっ! 俺のことなんて何も分かってないくせに!」
「おいおい兄ちゃんに傷付くこと言うなよな……いいか、こういうのには中途半端に物を考える能力のあるお前じゃダメだ、振り切ったイカれ野郎が合ってるんだよ」
センパイは恐ろしい形相で従兄を睨みつける。従兄はセンパイの手を離すと同時にみぞおちを蹴ってセンパイを廊下まで吹っ飛ばした。
「月乃宮様、立てます?」
「はい……帰ります。俺を愛してくれてる、頭がおかしい人の家に……」
「お幸せに。あなたは? どうされます?」
俺を立たせた従兄は隅で怯えていた金髪の少年に話しかける。俺はその横を通り、センパイの足をまたいで玄関へ向かう。
「………………ノゾム……行かないでくれ」
玄関の照明に反射して指輪の宝石がキラキラと輝く。
早く帰らなくちゃ。
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