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教え子に迎えに来てもらった

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街頭に照らされた夜道を走る。自販機の前を通り、大きな蛾に飛びかかられて叫んだりしながら、目の前を横切る猫に驚いたりもしながら、信号をもどかしく思いもしながら、病院へひたすら走る。

「はぁっ……はぁっ……あ、あのっ、根野、根野ねの かないって……!」

受付で担任の居場所を教えられ、走るなとの注意を背に受けながら走る。

「センセっ! センセぇっ!」

診察室に飛び込むと看護師にぶつかった。

「すっ、すいません……根野、根野叶は……!」

俺を受け止めた看護師は戸惑った顔をして後ろを向く。その視線の方を見ると、頭や腕に包帯を巻いた担任がこちらを見ていた。

「………………センセ?」

担任は人差し指で頬を軽く掻き、見開いた目を俺に向けている。

「せん、せ……? せんせぇ? せんせ……」

看護師から離れ担任の前までふらふらと歩き、彼の肩を掴み、割れた眼鏡のレンズの奥の瞳を見つめる。

「…………車に、轢かれたって」

「う、うん……早く帰ろうと信号無視したら、かるーく撥ねられて……ドンッゴロゴローって感じ。あはは、ごめんね、心配かけた?」

「一番の怪我は薬指の爪ですね」

「いやーそれは出かける前に……ははは」

他人の前だからだろうか、担任はヘラヘラと笑っている。車に轢かれたと聞いて生死の境をさまよっている担任の姿を思い浮かべていたが、実際は転んだ程度の傷だった。

「……………………ふざけんなぁっ!」

「わっ……!?」

「俺が、俺がどれだけ心配したとっ……大したことないなら自力で帰ってこいよ大したことないって電話で言えよぉっ!」

「え? いや……怪我の具合は言ってもらったはずなんだけど」

「轢かれたって聞いて頭真っ白になったんだよぉっ、そんなの聞いてるわけないだろぉっ! バカ、バカぁ……猫でももっと上手く車避けるぅっ……この猫以下ぁっ、バカぁっ、バカ……」

「ノゾム……ごめんね、心配かけたね」

担任は泣いてしまった俺に胸を貸してくれる。優しく抱き締めて頭を撫でてくれる。

「センセ轢かれただけじゃん……俺が話聞かなかっただけなのに……謝んないでよ。バカバカ言うの怒れよバカぁ……」

「めちゃくちゃだなぁ……もう、そんなに心配してくれたんだね、嬉しいよ。さぁ、一緒に帰ろうね」

立ち上がった担任は俺をひっくり返すとすぐに背後から俺を抱き締める。首を挟むような二の腕と頬を撫でる手が嬉しい。

「仲がよろしいんですね、遠縁の親戚の方でしたっけ」

「はい。彼の実家からは遠い、私の勤務先の学校に通うので同居を……とても仲良く暮らしていますよ」

なるほど。教え子を泊めているのはやはりまずいから、俺は親戚の子ということにされたのか。

「……学校の先生が信号無視はいけませんよ」

「あはは……返す言葉もありません。早く帰りたくって……」

「後日また来てくださいね」

「はーい…………さぁ、行こうかノゾム」

担任は診察室を出ても俺を抱き締めたまま離そうとしない。

「センセ? 歩きにくくない?」

「君の鞭の痕が見つかるとまずいだろ? 外に出る時はパーカーでも着るべきだね。次からは服に隠れる場所だけにするよ」

抱き締めて頬まで撫でてくれたからとても嬉しかったのに、自分の異常性癖の露呈を防ぐためだけの行為だったなんて、なんだか悲しい。

「……っていうのを建前にー、ノゾムを外でもぎゅーってしてたいのが本音かなぁ…………ん? ご機嫌だねノゾム」

「え? そう? そんなことないと思うけど……」

さっきまで悲しくなっていたはずなのに、今はもう胸が温かい。こんな気分屋な自分が嫌いだ。

「病院の外出たら離してもいいだろ?」

「えー? ずっとぎゅってしておきたいのになぁ」

「歩きにくいじゃん、早く帰りたい。ね、せーんせっ、手ぇ繋いで帰ろっ」

「……ふふっ、すっかり僕の可愛いお嫁さんになったね、ノゾム。愛してるよ」

病院から出て人気がなくなると俺達は互いの指を絡めて俗に言う恋人繋ぎをした。担任との関係に不安を覚えながらも、俺はまたもや現在のぬるま湯のような心地よさを優先してしまう。

「ご飯遅くなっちゃうね」

「なんか手伝うよ」

「ノゾム料理できるの? 普段何か作ってる?」

「…………乾いた麺に、熱湯を注いでる」

「インスタントばっかりじゃ可愛いお肌が荒れちゃうよ、ちゃんと野菜とか食べなきゃね」

頬に担任の唇が触れる。

「野菜あんま好きじゃなーい。センセか苦い野菜甘くしてくれたら食べるけど?」

「苦いの嫌い? ふふ、可愛いねぇ。料理頑張らなきゃ」

何事もなくマンションに到着し、担任が料理する様を隣で眺める。昨日の説得が効いたのか、今日は料理に隠し味体液は入れないようだ。

「よしっ、そろそろ完成かな。ここで隠し味を……」

慌てて担任の手を掴む。彼は目を丸くした後でクスクスと爽やかに微笑んだ。

「隠し味、はちみつだよ?」

「えっ……ぁ、あぁ……普通の、隠し味」

「それと俺の愛情」

離しかけていた手を強く掴む。

「おいしくなーれっ、って愛情を込めるんだよ」

「…………中途半端なメイド喫茶みたいな真似しやがって紛らわしい」

「メイド喫茶行ったことあるの?」

「ないけどさ!」

からかわれていることに気付いた俺はダイニングに移動した。食器並べだとかで呼ばれるまでテレビでも見ておこう。

「別に面白いもんやってねーなー……」

「プライム入ってるよー」

俺の呟きをキッチンに居ながら聞くとは地獄耳だな、彼の陰口は言わない方がいいだろう。

「プライム、プライムねぇ……なんか面白そうなの…………おっ、シャーク豪雨スリーあるじゃん」

「何見るの?」

「うわっ……セ、センセ、料理は?」

「今ちょっと煮込んでるだけだから」

教師が教え子の前で火元から目を離すなよ。

「シャーク豪雨スリー……台風で巻き上げられたサメが積乱雲の中で生きてて、それがある日降ってきて、落ちてくるサメに人が食べられるっていう」

「面白くなさそう」

「これ見る」

「頭悪くなりそう」

「見る」

「ノゾムの好きにしていいよ」

なら文句を言わないで欲しい。俺はサメ映画がゾンビ映画の次に好きなんだ。サメに噛まれたらサメになる映画なんてもう最高だった、続編をずっと待っている。

「あぁ、ノゾム。見る前にちょっとお皿運んでくれる?」

皿を運びながら担任にサメ映画の素晴らしさを軽く説明してやった。

「ふぅん……微塵も興味が湧かないけれど、そんなにサメが好きなら今度水族館にでも行く?」

「俺が好きなのはサメじゃなくてサメ映画。でも行く! サメ生で見たことない」

「ふふふっ、夏休みに入ったらね」

「ラッコ抱っこできるとこ探しといて」

「多分ないよ」

料理を二人分並べ終えたらサメ映画を見ながらの夕飯が開始。グダグダ進行にチープな爆発、着ぐるみ感たっぷりのサメ、たまらない。

「……ノゾムはこの映画の何が好きなの?」

「頭使わずに見れるとこかなー。センセは好きな映画何?」

「密室に二人の男と死体が閉じ込められてるやつ」

雑な説明でも彼好みだと分かる。

「あ……終わり? よく分かんなかったなぁ」

映画が終わった。食器を洗うのを手伝い、それが終わったらソファに腰掛ける。ズボンの裾をめくってハート型の痕を見て、治り具合を確かめる。

「ノーゾームっ」

隣に担任が座った。いつも以上に機嫌がよく不気味だ。

「ノゾム、いいものあげる。目をつぶって手を出して」

言われるがままに目を閉じて両手を差し出す。担任は俺の左手首を掴み、薬指に何かを通した。

「開けていいよ」

薬指に銀色の指輪がはまっている。宝石に詳しくない俺には何も分からないが、小さく綺麗に輝く石が俺の指を飾っている。

「…………せん、せ? これ……これっ」

「欲しがってただろ?」

「ゆび、わ……指輪っ、くれるの? 俺に、俺に指輪…………ぁ、あぁ……せんせっ、せんせぇっ……」

車道に飛び出してももらえなかった指輪が今、俺の手にある。

「嬉しい?」

したり顔の担任の胸に飛び込む。指輪をはめてもらったばかりの手で彼の背を引っ掻くように服を掴む。

「……どんな女の子より君が可愛いよ、ノゾム」

担任は優しく俺の腕を掴んで引き剥がし、ソファの上に押し倒した。担任の口が俺の首に吸い付き、担任の手が胸と尻を這い回る。

「ぁ、んっ……せんせぇ……せんせ、せんせっ、ゃんっ……痛っ、ぁ、んっ……」

鞭の痕が治っていない身体は撫で回されるだけでも痛くて泣きたくなる。

「せんせっ……す、き」

左手の薬指の異物感さえあれば、どんな痛みを与えられても嬉しくなる。
センパイもそれでよかったのに。指輪さえくれたら、愛してさえいてくれたら、俺をどれだけ殴ったってよかったのに。
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