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後輩彼氏を……殴って、しまった…………
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壁にぶつかり、ずるずると崩れ落ちる。側頭部が痛い。頭がぐらぐらする。
「つ、つつ、月乃宮くんっ……!? か、か、形州っ……なんてことを!」
「もち……? おいっ、ノゾム! ノゾム、返事しろ!」
痛い。痛い? 分からない。ぐらぐらする。
「…………ノゾム」
意識が朦朧とする。視界が歪む。それでも低い声のした方を見上げてピントを合わせた。三白眼の強面が絶望に満ちていた。
「……ご、め…………殴る、なんて……俺、は……ちが……お前が、裏切…………俺、は、俺は……お前が、好きなだけ、で。こんな……こん、な……」
痛い。意識が飛びそうだ。でも、慰めなきゃ。身体だけは大きい幼子のようなあの人には、俺が居なきゃ……
「…………のぞ、む……?」
早く抱き締めないといけないのに、手が届かない。立ちたいのに足に力が入らない。伸ばした手からも力が抜けて落ちてしまった。
「……ぁ…………の、ぞ……む」
もう瞳すら開けていられない。激痛から逃れるように闇に意識を落とした。
目が覚めると真っ白な部屋に居た。まさか天国かなんて思ったが、俺が天国行きなんてありえないので冷静に身体を起こす。
白いベッド、消毒液の匂い、視界を塞ぐ白いカーテン──ここは病院だ。
「レン……?」
ベッドの横に簡素な椅子を置き、そこに座ってベッドに胸から上を預けて眠っているレンを見つける。まるで授業中の居眠りだ。
「レン、レン……」
軽く肩を揺さぶってみるが、起きる気配は全くない。レンは一度眠ったら何をしても起きないのだ、場所も体勢も関係ない。
「なんか……頭痛いな。なんで病院に……痛い、痛い……」
病院に来る前のことを思い出せない。七夕のパーティを四人ですることになったのは覚えている、ミチが女装していたのも……それで、その後何があったっけ? そうめん食べたっけ? そうめん喉に詰まって倒れたとか? 覚えてないな。
「スマホ……ない」
スマホがどこにあるのか分からない。ただただ頭が痛い。
数分スマホを探してナースコールを見つける。迷ったが、目を覚ましても状況を理解出来ていないので押すことにした。ほどなくして看護師と医師らしき人がやってくる。
「目が覚めたんだね、よかった。質問に答えてもらえるかな?」
医師は俺に名前や生年月日、今日の日付を聞いた。質問は直近の記憶にまで及んだが、頭が痛くて上手く思い出せない。
「記憶障害あり……と。どうしてここに居るか分からないんだね?」
「はい……なんか、頭痛いんですけど……これ?」
医師は頭に触れようとした俺の手を掴んで下ろし、俺に鏡を見せた。頭にガーゼやネットが被せられている。
「頭蓋骨に軽くヒビが入っているんだよ。大したことはないけれど、安静にね」
「ヒビ……? どうして……俺は、七夕に……レンと遊ぶって、でも、センパイが……?」
「まだ混乱しているね……もう少し後で来るよ」
多忙なのか、医師は部屋を出ていってしまう。残った看護師は俺に微笑んだ。
「この子、ずっとあなたが起きるのを待ってたのよ。仲良しなのね」
「ぁ、はい……レンとは、幼馴染で、親友で……」
でも俺が恋してしまったせいでその関係は壊れた。いや、レンも俺を好きでいてくれた。俺が淫乱だから拗れたんだ、全て俺が悪い。
「そう……頭が痛んだり、何かあったらナースコールを押してね」
「あ、はい」
看護師も部屋を出ていった。暇になってレンの髪を撫でてみる、絹糸のように指通り滑らかだ。絹糸なんて触ったことはないけれど、絹製品には触れたことがあるので推測だ。
「やっぱり可愛いなぁ……」
髪をかき上げて狭く可愛い額に触れる。
「俺がバカなこと言わなきゃ、レン……彼氏になってくれたんだよな」
俺が「女の子になって欲しい」なんて言わなければ、俺が童貞のまま経験人数を増やし続ける淫乱にならなければ、きっと七夕の日にレンとキスできていた。
レンの言う通り不良グループと早く手を切っていれば、首塚なんて壊さなければ、怪異に取り憑かれることはなく俺は淫乱になんてならなかったかもしれない。
「お前を守りたかったんだ、レン……上位グループに入って、レン……お前をイジメさせないようにしたかっただけなんだ」
額も頬もすべすべしている。男子高校生のくせに吹き出物のひとつもない。
「だから、さっ……その努力は認めてくれよ。褒めて……俺の気持ち、破ったりしないでくれよぉ……」
触り心地のいい肌を撫でていると邪な考えが浮かぶ。
レンは一度眠ったら何をしても起きない、ずっと昔から知っているレンの特徴が頭の中をぐるぐる回る。
「レン……レン、なぁ、起きろよ……」
ベッドから降りてレンの膝の裏に腕を入れ、背を支えて持ち上げる。ゾッとするほどに軽い体に驚いたが、俺は構わずレンをベッドに寝かせた。
「起きないと……襲っちゃう、ぞ……?」
仰向けに寝かせたレンの上に跨り、呼吸を荒らげながらレンの首筋に顔を押し付ける。レンの匂いを嗅いで興奮を高めながら舌を限界まで突き出して細い首筋を舐め上げる。
「ん、ん……なぁ、レン、起きないのか? 知らないぞ、俺もう無理だからな」
頬を揉みしだき、親指で唇を撫でる。ぷるんとした唇は艶やかな薄桃色、しゃぶりつきたくなる色と形をしている。
「ほらぁ……レン、早く起きないとキスしちゃうからな……? はぁっ……可愛い、レン可愛い……なぁー……キスしたら起きるか? おとぎ話みたいにさぁ」
恐る恐る目を閉じ、みっともなくタコのように唇を尖らせ、ゆっくりとレンに近付いていく──レンが咳き込み、慌てて目を開けた。その直後、俺の顔にびちゃっと何かがかかった。
「ぅわっ……!?」
また目を閉じてしまう。顔に触れるとぬるぬるしている。
「なんだよレン……よだれ多いのか……?」
目の周りの液体を擦って目を開けると俺の手は赤く染まっていた。
「…………は?」
呆然としながらも自分の手からレンへと視線を移す。咳き込むレンは血を吐いていた。俺が仰向けに寝かせてしまったせいで吐き出した血が喉に戻ったのか、更に苦しそうにして喉を引っ掻く。
「え? え? レン? なんで? なんで、血……?」
どうしよう。顔を下に向けないと窒息する。どうしよう。背を叩いてやらないと窒息する。どうしよう。そうだ、ナースコール。
「ナースコール……で、えっと、転がしてっ……背中……」
レンを抱き起こして下を向かせ、背を叩くと大量の血を吐いた。血どころではない、ドロっとしたブヨっとしたよく分からない小さなレバーのようなものまで吐いている。
「どうしたんだよっ、なんなんだよレンっ! なんで、なんでこんなもん吐いてるんだよ! 大事なもんだろ、吐くなよぉっ! レン、レンっ……なんでまだ寝てられるんだよ起きろよ!」
苦しそうに咳き込んでいるのに、血まみれの手で喉や腹を引っ掻いているのに、レンは頑なに目を閉じたままだ。
「月乃宮さーん、どうされました?」
「あ、看護師さんっ! えとっ、あの、急患!? 的なの!」
「えっ? こ、この子、お見舞いの……! 何か持病あるの?」
看護師は俺からレンを奪い取って適切なのだろう処置を始める。
「分かりません……あ、か、風邪っぽいってちょっと前から……」
ほどなくして他の看護師や医師もやってきて、レンはどこかへ連れて行かれた。またしばらくすると別の看護師がやってきて、血まみれの俺を部屋から連れ出した。
「つ、つつ、月乃宮くんっ……!? か、か、形州っ……なんてことを!」
「もち……? おいっ、ノゾム! ノゾム、返事しろ!」
痛い。痛い? 分からない。ぐらぐらする。
「…………ノゾム」
意識が朦朧とする。視界が歪む。それでも低い声のした方を見上げてピントを合わせた。三白眼の強面が絶望に満ちていた。
「……ご、め…………殴る、なんて……俺、は……ちが……お前が、裏切…………俺、は、俺は……お前が、好きなだけ、で。こんな……こん、な……」
痛い。意識が飛びそうだ。でも、慰めなきゃ。身体だけは大きい幼子のようなあの人には、俺が居なきゃ……
「…………のぞ、む……?」
早く抱き締めないといけないのに、手が届かない。立ちたいのに足に力が入らない。伸ばした手からも力が抜けて落ちてしまった。
「……ぁ…………の、ぞ……む」
もう瞳すら開けていられない。激痛から逃れるように闇に意識を落とした。
目が覚めると真っ白な部屋に居た。まさか天国かなんて思ったが、俺が天国行きなんてありえないので冷静に身体を起こす。
白いベッド、消毒液の匂い、視界を塞ぐ白いカーテン──ここは病院だ。
「レン……?」
ベッドの横に簡素な椅子を置き、そこに座ってベッドに胸から上を預けて眠っているレンを見つける。まるで授業中の居眠りだ。
「レン、レン……」
軽く肩を揺さぶってみるが、起きる気配は全くない。レンは一度眠ったら何をしても起きないのだ、場所も体勢も関係ない。
「なんか……頭痛いな。なんで病院に……痛い、痛い……」
病院に来る前のことを思い出せない。七夕のパーティを四人ですることになったのは覚えている、ミチが女装していたのも……それで、その後何があったっけ? そうめん食べたっけ? そうめん喉に詰まって倒れたとか? 覚えてないな。
「スマホ……ない」
スマホがどこにあるのか分からない。ただただ頭が痛い。
数分スマホを探してナースコールを見つける。迷ったが、目を覚ましても状況を理解出来ていないので押すことにした。ほどなくして看護師と医師らしき人がやってくる。
「目が覚めたんだね、よかった。質問に答えてもらえるかな?」
医師は俺に名前や生年月日、今日の日付を聞いた。質問は直近の記憶にまで及んだが、頭が痛くて上手く思い出せない。
「記憶障害あり……と。どうしてここに居るか分からないんだね?」
「はい……なんか、頭痛いんですけど……これ?」
医師は頭に触れようとした俺の手を掴んで下ろし、俺に鏡を見せた。頭にガーゼやネットが被せられている。
「頭蓋骨に軽くヒビが入っているんだよ。大したことはないけれど、安静にね」
「ヒビ……? どうして……俺は、七夕に……レンと遊ぶって、でも、センパイが……?」
「まだ混乱しているね……もう少し後で来るよ」
多忙なのか、医師は部屋を出ていってしまう。残った看護師は俺に微笑んだ。
「この子、ずっとあなたが起きるのを待ってたのよ。仲良しなのね」
「ぁ、はい……レンとは、幼馴染で、親友で……」
でも俺が恋してしまったせいでその関係は壊れた。いや、レンも俺を好きでいてくれた。俺が淫乱だから拗れたんだ、全て俺が悪い。
「そう……頭が痛んだり、何かあったらナースコールを押してね」
「あ、はい」
看護師も部屋を出ていった。暇になってレンの髪を撫でてみる、絹糸のように指通り滑らかだ。絹糸なんて触ったことはないけれど、絹製品には触れたことがあるので推測だ。
「やっぱり可愛いなぁ……」
髪をかき上げて狭く可愛い額に触れる。
「俺がバカなこと言わなきゃ、レン……彼氏になってくれたんだよな」
俺が「女の子になって欲しい」なんて言わなければ、俺が童貞のまま経験人数を増やし続ける淫乱にならなければ、きっと七夕の日にレンとキスできていた。
レンの言う通り不良グループと早く手を切っていれば、首塚なんて壊さなければ、怪異に取り憑かれることはなく俺は淫乱になんてならなかったかもしれない。
「お前を守りたかったんだ、レン……上位グループに入って、レン……お前をイジメさせないようにしたかっただけなんだ」
額も頬もすべすべしている。男子高校生のくせに吹き出物のひとつもない。
「だから、さっ……その努力は認めてくれよ。褒めて……俺の気持ち、破ったりしないでくれよぉ……」
触り心地のいい肌を撫でていると邪な考えが浮かぶ。
レンは一度眠ったら何をしても起きない、ずっと昔から知っているレンの特徴が頭の中をぐるぐる回る。
「レン……レン、なぁ、起きろよ……」
ベッドから降りてレンの膝の裏に腕を入れ、背を支えて持ち上げる。ゾッとするほどに軽い体に驚いたが、俺は構わずレンをベッドに寝かせた。
「起きないと……襲っちゃう、ぞ……?」
仰向けに寝かせたレンの上に跨り、呼吸を荒らげながらレンの首筋に顔を押し付ける。レンの匂いを嗅いで興奮を高めながら舌を限界まで突き出して細い首筋を舐め上げる。
「ん、ん……なぁ、レン、起きないのか? 知らないぞ、俺もう無理だからな」
頬を揉みしだき、親指で唇を撫でる。ぷるんとした唇は艶やかな薄桃色、しゃぶりつきたくなる色と形をしている。
「ほらぁ……レン、早く起きないとキスしちゃうからな……? はぁっ……可愛い、レン可愛い……なぁー……キスしたら起きるか? おとぎ話みたいにさぁ」
恐る恐る目を閉じ、みっともなくタコのように唇を尖らせ、ゆっくりとレンに近付いていく──レンが咳き込み、慌てて目を開けた。その直後、俺の顔にびちゃっと何かがかかった。
「ぅわっ……!?」
また目を閉じてしまう。顔に触れるとぬるぬるしている。
「なんだよレン……よだれ多いのか……?」
目の周りの液体を擦って目を開けると俺の手は赤く染まっていた。
「…………は?」
呆然としながらも自分の手からレンへと視線を移す。咳き込むレンは血を吐いていた。俺が仰向けに寝かせてしまったせいで吐き出した血が喉に戻ったのか、更に苦しそうにして喉を引っ掻く。
「え? え? レン? なんで? なんで、血……?」
どうしよう。顔を下に向けないと窒息する。どうしよう。背を叩いてやらないと窒息する。どうしよう。そうだ、ナースコール。
「ナースコール……で、えっと、転がしてっ……背中……」
レンを抱き起こして下を向かせ、背を叩くと大量の血を吐いた。血どころではない、ドロっとしたブヨっとしたよく分からない小さなレバーのようなものまで吐いている。
「どうしたんだよっ、なんなんだよレンっ! なんで、なんでこんなもん吐いてるんだよ! 大事なもんだろ、吐くなよぉっ! レン、レンっ……なんでまだ寝てられるんだよ起きろよ!」
苦しそうに咳き込んでいるのに、血まみれの手で喉や腹を引っ掻いているのに、レンは頑なに目を閉じたままだ。
「月乃宮さーん、どうされました?」
「あ、看護師さんっ! えとっ、あの、急患!? 的なの!」
「えっ? こ、この子、お見舞いの……! 何か持病あるの?」
看護師は俺からレンを奪い取って適切なのだろう処置を始める。
「分かりません……あ、か、風邪っぽいってちょっと前から……」
ほどなくして他の看護師や医師もやってきて、レンはどこかへ連れて行かれた。またしばらくすると別の看護師がやってきて、血まみれの俺を部屋から連れ出した。
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