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友人の後輩彼氏を連れて廃墟に突入してみた
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センパイの悪友三人組と共に町外れの鬱蒼とした森にやってきた。ここから先は私有地との看板は古びており、ところどころ剥がれた様子が恐怖を煽る。
「すっごい不気味ですけど、本当にこんなところ溜まり場にしてるんですか?」
「不気味だから誰もこねーんだよ」
「肝試しの連中たまーに来て鬱陶しいけどな」
「俺ら幽霊とか信じてないし」
森の中に入るとゾクッと悪寒が走った。先輩三人組は感じていないようで、バイクを押して遊歩道を進んでいく。
しばらくすると古びた洋館に到着し、その脇にはセンパイのバイクが停められていた。
「お、ハーレー。やっぱクニちゃんここ来てたな」
「ありがとうございます……! あの、電話していいですか? センパイの従兄のお兄さん、すごく心配してるんで」
「別にいーよー」
「クニちゃん従兄弟居たんだ」
「心配って、俺らもう高三だぜ?」
警察に追われていなければ従兄もセンパイのことを必死で探したりはしなかっただろうな。
「ぁ、もしもしお兄さん? センパイの居場所分かりました! はい、センパイはまだなんですけどバイク見つけて……ええ、はい、分かりました、現在地送ります」
一度電話を切り、現在地をメッセージで送信。
洋館の扉はドアノブにチェーンが巻かれていたようだがずっと昔に壊されており、先輩達が扉を開けた。
「うわ……すごい雰囲気ありますね、ホラゲみたい……」
「一家惨殺殺人事件があったって噂だぜ……?」
「殺人鬼も死んじまったとか……?」
「相続問題の内輪揉めとか……?」
三人組は俺を怖がらせるように適当なことを言っている。俺はそう確信し、再び従兄に電話をかけようと──
「え……あれ? 圏外?」
「え? マジ?」
「ここ通じるはずだけど」
「スポファイ持ってるぜ……あれっ、繋がんねぇ」
「すいません、ちょっと外で電話かけてきます」
ドアノブをひねるが、開かない。
「え……? う、嘘っ、そんな、そんなホラゲみたいなっ……!」
ガチャガチャやっていると先輩達が手伝ってくれる。最終的に四人で体当たりまでしたが、開かなかった。
「えぇー……どうする、窓割る?」
「クニちゃんなら開くっしょ」
「だな、先クニちゃん探そうぜ」
明らかに異様だ。霊現象としか思えない。一体どうして今──そういえば前に病院で恐怖体験をした時、従兄が「あなたに取り憑いた怪異に反応して……」とか何とか言ってたような。
「お、俺のせい……!?」
「ぉん? どしたお嬢」
「お嬢って言わないでください! あの、俺……えっと、霊媒体質なんです! いわく付きのところに来ると、その……変な現象が起こるんです。閉じ込められたの俺のせいかも」
三人組は顔を見合わせ、一拍置いてゲラゲラと笑った。建付けが悪いだけだとか、幽霊なんていないだとか、不思議ちゃんだとか、好き勝手言われてしまった。おかげで顔が熱い、もう二度と霊関係の話はしない。
数分後、センパイはあっさり見つかった。おそらく先輩達が運んだのだろう洋館に似合わないマットレスの上に寝転がっていた。
「センパイっ……!」
俺はすぐに眠っているセンパイに駆け寄り、靴を脱いでマットレスに上がり、どこか幼く見える寝顔を見た。頬には涙の跡があり、それを撫でるとくすぐったいのか眉をひそめた。
「クニちゃん居たねー」
「は、はいっ! ありがとうございました。お兄さんに電話……」
スマホにはやはり圏外のマークが出ていた。
「やっぱダメか……センパイ、ねーセンパイ、こんな不気味なとこでよく寝れますね」
「どうすんの?」
「起こさなきゃだろ」
「クニちゃん居ねぇと出らんねぇし」
肩を掴むだけでガタイの良さが分かる。この強肩で、この太い腕で、この骨張った手で、俺は殴られたらしい。そりゃ頭蓋骨にヒビくらい入る。
「揺らしても起きない……」
「クニちゃん起こす時はさ、こうすんだよっ!」
三人組のうちの一人が思いっきりセンパイの背中を蹴る。
「…………ん」
当然ながらセンパイは目を覚まし、のそりと起き上がるとセンパイの顔の横に置いていた俺のスマホを投げつけた。
「俺のスマホぉっ!」
大声を出すとセンパイがこちらを向く。今俺に気付いたようで、眠たげだった三白眼を見開いた。
「………………のぞむ」
「あ、おはようございますセンパイ……」
頭を殴られたせいで朧げな記憶、何とか思い出した気絶する直前の自分の気持ち……それは「この人には俺が居なきゃダメなんだ」という確信。
「あの……センパイ」
慰めなきゃ。抱き締めなきゃ。
俺を殴ってしまうほどにセンパイを追い詰めたのは俺なのだから、この怪我は俺の責任なのだから、センパイのことは一切責めずに俺が──
「本当にごめんなさっ……!?」
──謝ろう、そう思っていたのにセンパイの大きな手に口を塞がれた。
「…………黙れ」
「ん、んむ……」
顔をがっしり掴まれている。俺は仕方なく黙り、センパイを見上げた。センパイから話したいことがあるのだろうと呑気に思っていた。
「………………ごめんなさい、だと? 別れ話なんて聞きたくないっ……」
「ん、ぅ……?」
センパイは俺の顔を掴んだまま俺をマットレスの上に押し倒した。
「ぁー、クニちゃん、俺ら出とく?」
「黙って出ようぜ」
「終わったら言ってくれよー?」
「ん、んんっ……」
「…………お前を手放したりするものか、手放すくらいならっ……!」
仰向けにされた俺の上に跨ったセンパイを見て三人組は部屋から出ていこうとする、しかしセンパイの次の行動を見て慌てて走ってきた。
「クニちゃん! 何してんだよっ!」
「やめろって、手ぇ離せよっ!」
「シャレになんねぇってどうしたんだよ!」
口を塞ぐ手は離れたが両手で気道を潰されて声が出ない、ぱくぱくと金魚のように開閉するだけだ。
「…………ノゾム」
息苦しさから反射的にセンパイの手首を掴むが、ビクともしない。三人組が腕を掴んで肩を引っ張っても無駄なのだから、俺の力でどうにかなる訳ない。
「………………俺は、お前を……何より愛してる」
「ならやめろってクニちゃんっ!」
「顔青くなってきてる……やばいやばいやばいっ」
「マジで死んじゃうって! クニちゃん!」
「…………なのにお前は他の男が好きなんだな。俺に……俺に好きだと言ってくれたのは、笑いかけてくれていたのは、俺を抱き締めてくれたのは……なんだったんだ?」
息が、できない。
「………………お前も俺を裏切ったんだ、母さんと同じように俺を裏切った。お前も俺を捨てるんだな……お前まで俺の傍から居なくなるなんて耐えられない」
苦しい。
「…………俺以外の男に好きだと言うなら喋らなくなってしまえばいい。俺から逃げ出すなら動かなくなってしまえばいい。俺のことを愛さないなら死んでしまえばいい……俺はお前がどうなろうと愛してる」
何も考えられない。
「……顔が真っ白だな、綺麗だよノゾム。もうすぐ死ぬんだな、目を開いてくれていて嬉しいよ……最期はずっと俺だけを見ていてくれるんだな、嬉しい………………うれ、しい? お前が……死ぬのに?」
ぽたぽたと頬に水滴が落ちてくる。
「…………死ぬのか? ノゾム……本当に、死ぬ…………本当に、もう……二度とお前は」
センパイが泣いてる、慰めなきゃ。センパイの手を掴んでる場合じゃない、涙を拭ってやらないと。
「……っ!? ノゾム……?」
よし、今度は届いた。ちゃんとセンパイの涙を拭えた。でも、もう手が動かない。まだまだ涙は溢れてくるのに手が言うことを聞かない、力が抜けてマットレスの上に落ちてしまう。
「……ノゾム、ノゾムっ! ノゾムっ!」
センパイの手が首から離れる。
「……ノゾム、ノゾム……嫌だ、嫌だっ……俺を一人にしないでくれ!」
でも少し遅かったみたいだ、もう意識が保てない。俺はこのまま死んでしまうのだろう。
気付けば俺は外に寝転がっていた。水の音がする。起き上がって見渡せば周囲が河原であることと、川の向こうに美しい花畑があることが分かった。
「何ここ……」
「もち、お前何してんだよこんなとこで」
川の向こうの美しい景色が気になって目を凝らしていると、背後からレンに声をかけられた。
「レン! ここどこ? なんで俺ここに居るんだ?」
「お前はまだここに来ちゃダメだろ、バカもち」
深いため息をついたレンは俺の手を掴み、川とは反対方向に俺を引っ張る。
「ったく、本当に世話が焼ける……ちゃんとミチか形州とよろしくやれよな」
川の反対側は霧が濃く、レンの姿はもちろんレンと繋いでいる自分の手すらもよく見えない。しかしレンに手を引かれているからか何故か不安はなく、真っ白い霧をずっと歩いていく。
息苦しい。喉が痛い。胸も痛い。頭も痛い。
「っしゃ見たかてめぇら! これがバ先で習った心肺蘇生法だ!」
「うぉおすげぇ! マジ尊敬!」
「やっべぇドラマより迫力やばかったすげぇ!」
咳き込みながら目を開けると三人組のうちの一人が俺に跨っていた。彼はすぐに俺の上からどき、俺の手を引っ張って起こしてくれた。
「あれ……?」
川はもちろん霧もなければレンも居ない。そうだ、俺は不良の溜まり場である廃墟にセンパイを探しに来たんだ。あの川やレンは夢だったのだろう。
「ん……喉、痛い……」
どうして夢を? 寝たっけ? いや、確かセンパイに首を絞められて──センパイは?
「せん、ぱい……?」
センパイは部屋の隅で蹲っていた。俺はふらふらとセンパイの方へ向かったが、途中で先輩達に止められる。
「通してください」
「殺されかけたばっかだろ! 覚えてないのか?」
「もう帰ろうぜ、送るからさ……」
「クニちゃんには近付かない方がいいって」
「分かりましたよ……」
先輩達に従って部屋を出る──フリをしてセンパイの元に走る。まだ身体が本調子でなかったようでセンパイの上に倒れ込んでしまった。
「…………ノゾム? 生きて……?」
センパイはようやく顔を上げた。大の男が涙で顔をぐしゃぐしゃにしている様なんてそうそう見られないだろう。
「離れろって殺されるぞ!」
先輩に腕を掴まれてセンパイから離される。
「……ノゾムっ! 返せ!」
すぐに反対の腕をセンパイに掴まれ、引き戻されて抱き締められる。息苦しいほどに強い抱擁に応えるため、俺もセンパイの背に腕を回した。
「クニちゃん……首絞めないならいいけど」
「他の殺し方ならいいって意味じゃないぞ」
「殺すなよ、絶っっ対殺すなよ」
「…………黙れ、散れ」
センパイは三人組に背を向ける。俺を部屋の角に追い詰めた体勢だ。
「………………ノゾム、お前は……俺が殴ってしまった時も、俺に手を伸ばしてくれたな。今回も……俺は、お前を殺そうとしたのに……頬を撫でてくれたな」
「センパイが泣いてたからですよ」
手のひらでセンパイの頬をごしごし擦る。ぐしょ濡れの頬は手の甲まで使っても乾きはしなかった。
「…………ノゾム、俺のこと……好きか?」
身を焦がすような恋をしているのはレンだ。けれど、首を絞められたって慰めるのを優先したくなるこの感情はきっと──
「好きですよ、センパイ」
──好き、そう、好きだ。殺されると分かっていても逃げたくない、殺される前に抱き締めてやりたい、いくら精神的に追い詰めてしまった罪悪感があっても好きでなければ出来ないことだ。
「……………………今、それ以外の答えをしたらお前を殺して俺も死ぬ気だった」
「わー……俺、命拾いの名人かもですね、へへっ」
俺の乾いた笑いにセンパイも釣られて表情が柔らかくなる。
「…………なぁ、ノゾム。俺はお前を殴った、なのにどうしてここまで来てくれたんだ?」
「気絶しちゃう前、センパイがすっごい絶望顔してたの思い出して……そしたらいても立ってもいられなくなって」
「……さっき首を絞めたばかりなのに、どうして普通に接してくれるんだ?」
「俺の首を絞めてた時にセンパイ泣いてたじゃないですか、泣かせちゃったこと謝りたくて」
疲れたような笑顔を浮かべたセンパイは一筋の涙を零し、力を抜いて俺の肩に頭を預けた。
「…………お前は男の中の男だな」
「え……? それはセンパイでしょ、嫌味ですか?」
「……ふ、俺は見た目だけだ。自分のものにならないから殺すなんて、女々しいにもほどがある」
女々しいとは違うと思う。死を恐怖しないのが男らしさという訳でもないと思うし。
「…………お前はあの茶髪が好きなくせに、俺のことも結構好いてくれているんだな。首を絞めても俺を好きでいてくれるお前は、あの茶髪が死ねと言ったら死ぬのか?」
「まさか……」
「……俺よりも好きなんだろ? なら、俺よりも軽い理由で命を賭けるんだろ?」
「うーん……心臓移植とかなら躊躇いませんよ。でも、それはセンパイだったとしても心臓あげちゃいます。軽い理由では流石に……心中とかなら、考えますけど」
センパイは先程からよく笑う。自暴自棄的な笑いに見えるのが心配だし、俺の肩に頭を乗せているから息が耳にかかるのも問題だ。
「…………俺と一緒に死んでくれ」
「センパイ大学行くんでしょ? 行方不明だからってお兄さんも心配してますし、ダメです」
「………………不治の病でもうすぐ死ぬんだ、心細いから一緒に死んでくれ……と言ったら?」
「それが本当だったとしたら、まぁ……そうですね、いいですよ」
ガバッと顔を上げたセンパイは目を見開いていた。ただでさえ小さい余計に瞳孔が小さく見えて恐ろしい。
「……俺の自殺は兄ちゃんが居るからで止めるくせに、自分は大して躊躇わないんだな」
「俺には悲しんでくれる肉親とか居ませんし」
レンは俺に応えてくれないし、ミチと担任は少し心配だけれど──でも、センパイが寂しいと言うのなら黄泉路の道連れくらいにはなってやりたい。
「俺は死後の世界信じてるんで、一人は嫌だよなーって思っちゃうんです」
俺の命で死後の孤独が消えるのなら安いものだ。
「すっごい不気味ですけど、本当にこんなところ溜まり場にしてるんですか?」
「不気味だから誰もこねーんだよ」
「肝試しの連中たまーに来て鬱陶しいけどな」
「俺ら幽霊とか信じてないし」
森の中に入るとゾクッと悪寒が走った。先輩三人組は感じていないようで、バイクを押して遊歩道を進んでいく。
しばらくすると古びた洋館に到着し、その脇にはセンパイのバイクが停められていた。
「お、ハーレー。やっぱクニちゃんここ来てたな」
「ありがとうございます……! あの、電話していいですか? センパイの従兄のお兄さん、すごく心配してるんで」
「別にいーよー」
「クニちゃん従兄弟居たんだ」
「心配って、俺らもう高三だぜ?」
警察に追われていなければ従兄もセンパイのことを必死で探したりはしなかっただろうな。
「ぁ、もしもしお兄さん? センパイの居場所分かりました! はい、センパイはまだなんですけどバイク見つけて……ええ、はい、分かりました、現在地送ります」
一度電話を切り、現在地をメッセージで送信。
洋館の扉はドアノブにチェーンが巻かれていたようだがずっと昔に壊されており、先輩達が扉を開けた。
「うわ……すごい雰囲気ありますね、ホラゲみたい……」
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三人組は俺を怖がらせるように適当なことを言っている。俺はそう確信し、再び従兄に電話をかけようと──
「え……あれ? 圏外?」
「え? マジ?」
「ここ通じるはずだけど」
「スポファイ持ってるぜ……あれっ、繋がんねぇ」
「すいません、ちょっと外で電話かけてきます」
ドアノブをひねるが、開かない。
「え……? う、嘘っ、そんな、そんなホラゲみたいなっ……!」
ガチャガチャやっていると先輩達が手伝ってくれる。最終的に四人で体当たりまでしたが、開かなかった。
「えぇー……どうする、窓割る?」
「クニちゃんなら開くっしょ」
「だな、先クニちゃん探そうぜ」
明らかに異様だ。霊現象としか思えない。一体どうして今──そういえば前に病院で恐怖体験をした時、従兄が「あなたに取り憑いた怪異に反応して……」とか何とか言ってたような。
「お、俺のせい……!?」
「ぉん? どしたお嬢」
「お嬢って言わないでください! あの、俺……えっと、霊媒体質なんです! いわく付きのところに来ると、その……変な現象が起こるんです。閉じ込められたの俺のせいかも」
三人組は顔を見合わせ、一拍置いてゲラゲラと笑った。建付けが悪いだけだとか、幽霊なんていないだとか、不思議ちゃんだとか、好き勝手言われてしまった。おかげで顔が熱い、もう二度と霊関係の話はしない。
数分後、センパイはあっさり見つかった。おそらく先輩達が運んだのだろう洋館に似合わないマットレスの上に寝転がっていた。
「センパイっ……!」
俺はすぐに眠っているセンパイに駆け寄り、靴を脱いでマットレスに上がり、どこか幼く見える寝顔を見た。頬には涙の跡があり、それを撫でるとくすぐったいのか眉をひそめた。
「クニちゃん居たねー」
「は、はいっ! ありがとうございました。お兄さんに電話……」
スマホにはやはり圏外のマークが出ていた。
「やっぱダメか……センパイ、ねーセンパイ、こんな不気味なとこでよく寝れますね」
「どうすんの?」
「起こさなきゃだろ」
「クニちゃん居ねぇと出らんねぇし」
肩を掴むだけでガタイの良さが分かる。この強肩で、この太い腕で、この骨張った手で、俺は殴られたらしい。そりゃ頭蓋骨にヒビくらい入る。
「揺らしても起きない……」
「クニちゃん起こす時はさ、こうすんだよっ!」
三人組のうちの一人が思いっきりセンパイの背中を蹴る。
「…………ん」
当然ながらセンパイは目を覚まし、のそりと起き上がるとセンパイの顔の横に置いていた俺のスマホを投げつけた。
「俺のスマホぉっ!」
大声を出すとセンパイがこちらを向く。今俺に気付いたようで、眠たげだった三白眼を見開いた。
「………………のぞむ」
「あ、おはようございますセンパイ……」
頭を殴られたせいで朧げな記憶、何とか思い出した気絶する直前の自分の気持ち……それは「この人には俺が居なきゃダメなんだ」という確信。
「あの……センパイ」
慰めなきゃ。抱き締めなきゃ。
俺を殴ってしまうほどにセンパイを追い詰めたのは俺なのだから、この怪我は俺の責任なのだから、センパイのことは一切責めずに俺が──
「本当にごめんなさっ……!?」
──謝ろう、そう思っていたのにセンパイの大きな手に口を塞がれた。
「…………黙れ」
「ん、んむ……」
顔をがっしり掴まれている。俺は仕方なく黙り、センパイを見上げた。センパイから話したいことがあるのだろうと呑気に思っていた。
「………………ごめんなさい、だと? 別れ話なんて聞きたくないっ……」
「ん、ぅ……?」
センパイは俺の顔を掴んだまま俺をマットレスの上に押し倒した。
「ぁー、クニちゃん、俺ら出とく?」
「黙って出ようぜ」
「終わったら言ってくれよー?」
「ん、んんっ……」
「…………お前を手放したりするものか、手放すくらいならっ……!」
仰向けにされた俺の上に跨ったセンパイを見て三人組は部屋から出ていこうとする、しかしセンパイの次の行動を見て慌てて走ってきた。
「クニちゃん! 何してんだよっ!」
「やめろって、手ぇ離せよっ!」
「シャレになんねぇってどうしたんだよ!」
口を塞ぐ手は離れたが両手で気道を潰されて声が出ない、ぱくぱくと金魚のように開閉するだけだ。
「…………ノゾム」
息苦しさから反射的にセンパイの手首を掴むが、ビクともしない。三人組が腕を掴んで肩を引っ張っても無駄なのだから、俺の力でどうにかなる訳ない。
「………………俺は、お前を……何より愛してる」
「ならやめろってクニちゃんっ!」
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「…………なのにお前は他の男が好きなんだな。俺に……俺に好きだと言ってくれたのは、笑いかけてくれていたのは、俺を抱き締めてくれたのは……なんだったんだ?」
息が、できない。
「………………お前も俺を裏切ったんだ、母さんと同じように俺を裏切った。お前も俺を捨てるんだな……お前まで俺の傍から居なくなるなんて耐えられない」
苦しい。
「…………俺以外の男に好きだと言うなら喋らなくなってしまえばいい。俺から逃げ出すなら動かなくなってしまえばいい。俺のことを愛さないなら死んでしまえばいい……俺はお前がどうなろうと愛してる」
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センパイが泣いてる、慰めなきゃ。センパイの手を掴んでる場合じゃない、涙を拭ってやらないと。
「……っ!? ノゾム……?」
よし、今度は届いた。ちゃんとセンパイの涙を拭えた。でも、もう手が動かない。まだまだ涙は溢れてくるのに手が言うことを聞かない、力が抜けてマットレスの上に落ちてしまう。
「……ノゾム、ノゾムっ! ノゾムっ!」
センパイの手が首から離れる。
「……ノゾム、ノゾム……嫌だ、嫌だっ……俺を一人にしないでくれ!」
でも少し遅かったみたいだ、もう意識が保てない。俺はこのまま死んでしまうのだろう。
気付けば俺は外に寝転がっていた。水の音がする。起き上がって見渡せば周囲が河原であることと、川の向こうに美しい花畑があることが分かった。
「何ここ……」
「もち、お前何してんだよこんなとこで」
川の向こうの美しい景色が気になって目を凝らしていると、背後からレンに声をかけられた。
「レン! ここどこ? なんで俺ここに居るんだ?」
「お前はまだここに来ちゃダメだろ、バカもち」
深いため息をついたレンは俺の手を掴み、川とは反対方向に俺を引っ張る。
「ったく、本当に世話が焼ける……ちゃんとミチか形州とよろしくやれよな」
川の反対側は霧が濃く、レンの姿はもちろんレンと繋いでいる自分の手すらもよく見えない。しかしレンに手を引かれているからか何故か不安はなく、真っ白い霧をずっと歩いていく。
息苦しい。喉が痛い。胸も痛い。頭も痛い。
「っしゃ見たかてめぇら! これがバ先で習った心肺蘇生法だ!」
「うぉおすげぇ! マジ尊敬!」
「やっべぇドラマより迫力やばかったすげぇ!」
咳き込みながら目を開けると三人組のうちの一人が俺に跨っていた。彼はすぐに俺の上からどき、俺の手を引っ張って起こしてくれた。
「あれ……?」
川はもちろん霧もなければレンも居ない。そうだ、俺は不良の溜まり場である廃墟にセンパイを探しに来たんだ。あの川やレンは夢だったのだろう。
「ん……喉、痛い……」
どうして夢を? 寝たっけ? いや、確かセンパイに首を絞められて──センパイは?
「せん、ぱい……?」
センパイは部屋の隅で蹲っていた。俺はふらふらとセンパイの方へ向かったが、途中で先輩達に止められる。
「通してください」
「殺されかけたばっかだろ! 覚えてないのか?」
「もう帰ろうぜ、送るからさ……」
「クニちゃんには近付かない方がいいって」
「分かりましたよ……」
先輩達に従って部屋を出る──フリをしてセンパイの元に走る。まだ身体が本調子でなかったようでセンパイの上に倒れ込んでしまった。
「…………ノゾム? 生きて……?」
センパイはようやく顔を上げた。大の男が涙で顔をぐしゃぐしゃにしている様なんてそうそう見られないだろう。
「離れろって殺されるぞ!」
先輩に腕を掴まれてセンパイから離される。
「……ノゾムっ! 返せ!」
すぐに反対の腕をセンパイに掴まれ、引き戻されて抱き締められる。息苦しいほどに強い抱擁に応えるため、俺もセンパイの背に腕を回した。
「クニちゃん……首絞めないならいいけど」
「他の殺し方ならいいって意味じゃないぞ」
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「…………黙れ、散れ」
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「………………ノゾム、お前は……俺が殴ってしまった時も、俺に手を伸ばしてくれたな。今回も……俺は、お前を殺そうとしたのに……頬を撫でてくれたな」
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「好きですよ、センパイ」
──好き、そう、好きだ。殺されると分かっていても逃げたくない、殺される前に抱き締めてやりたい、いくら精神的に追い詰めてしまった罪悪感があっても好きでなければ出来ないことだ。
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「……さっき首を絞めたばかりなのに、どうして普通に接してくれるんだ?」
「俺の首を絞めてた時にセンパイ泣いてたじゃないですか、泣かせちゃったこと謝りたくて」
疲れたような笑顔を浮かべたセンパイは一筋の涙を零し、力を抜いて俺の肩に頭を預けた。
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「え……? それはセンパイでしょ、嫌味ですか?」
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「…………お前はあの茶髪が好きなくせに、俺のことも結構好いてくれているんだな。首を絞めても俺を好きでいてくれるお前は、あの茶髪が死ねと言ったら死ぬのか?」
「まさか……」
「……俺よりも好きなんだろ? なら、俺よりも軽い理由で命を賭けるんだろ?」
「うーん……心臓移植とかなら躊躇いませんよ。でも、それはセンパイだったとしても心臓あげちゃいます。軽い理由では流石に……心中とかなら、考えますけど」
センパイは先程からよく笑う。自暴自棄的な笑いに見えるのが心配だし、俺の肩に頭を乗せているから息が耳にかかるのも問題だ。
「…………俺と一緒に死んでくれ」
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「それが本当だったとしたら、まぁ……そうですね、いいですよ」
ガバッと顔を上げたセンパイは目を見開いていた。ただでさえ小さい余計に瞳孔が小さく見えて恐ろしい。
「……俺の自殺は兄ちゃんが居るからで止めるくせに、自分は大して躊躇わないんだな」
「俺には悲しんでくれる肉親とか居ませんし」
レンは俺に応えてくれないし、ミチと担任は少し心配だけれど──でも、センパイが寂しいと言うのなら黄泉路の道連れくらいにはなってやりたい。
「俺は死後の世界信じてるんで、一人は嫌だよなーって思っちゃうんです」
俺の命で死後の孤独が消えるのなら安いものだ。
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社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
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