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番外編 彼氏の幼馴染に服借りてみた(ミチ視点) 幼馴染の彼氏に服貸してみた(レン視点)
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今日は彼氏の月乃宮君とお家デートの日だ。何時に行くか決めていなかったから、パン屋に寄った足で向かおうと決めた。
「き、着る服がないっ……!」
家を出る前、僕は悩んだ。悩みに悩み抜いた。
初デートの時に着ていった服に月乃宮君は言及しなかった。だからあの服じゃダメ、けれどあの服以外に私服なんてない。
「ぅ、うぅ……どうしよ、制服着て……ぁぅぅ……制服でお家デートなんかダメに決まってるよぉ」
制服以外にズボンは一着、シャツは二枚、肌着は三枚、上着は二種類……僕の服の手持ちは他の子に比べると少ないみたいだ。
「どうしよ、どうしよぉ……」
悩んでいると玄関の扉が開いた。タバコを咥えたまま茶髪の男が入ってきた。
「ぁ……? おいミチ、お前のママは?」
「え、ぁ、か、かか、母さんっ? で、ででで、出かけましたっ……」
母の恋人の一人だ。母は数十分前に別の恋人に会いに行ってしまっている。
「出かけてんのは見りゃ分かる! どこ行ったか、いつ帰るか聞いてんだよ!」
無遠慮に入ってきた男に頭を殴られてよろけ、冷蔵庫で頭を打つ。
「わ、わっ、分かりませんっ、ごめんなさい……」
舌打ちが響き、暴力が続くことを察して頭を庇う。しかし予想に反して男は通り過ぎていった。
「……ここで待つ。お前出てけ。見てるとイラつくんだよ」
「は、はは、はいっ……」
「…………気持ち悪ぃ喋り方しやがって」
結局、前と同じ服のまま家を出てしまった。家に入れば殴られるし、家に入っても着替えはないし……これが詰みってやつなのかな。
「だ、誰かに相談……」
スマホを開き、三人しか居ない連絡先一覧を眺める。月乃宮君本人には相談出来ないし、母さんに相談しても無駄。
「も、ももっ、もしっ、ももももっ……」
もしもし、その四文字も言えない。頭の中では言えているのに、口が上手く動いてくれない。
『あー……矢見? 用件言えよ、もしもしいいから』
「き、きき、如月君っ……僕、僕ね、今日デートなんだ」
『へぇ、よかったな。もちとだよな? 頑張ってこいよ』
僕の恋のライバル如月 蓮。月乃宮君の幼馴染で片想い相手の彼は、僕と彼が会うことに嫉妬せず祝った。つまり、月乃宮君の恋は脈ナシだ。
「ふへへへっ……あっ、あのね? それでね、僕……ふ、服、持ってないんだ。どうしようっ……お、お家デートだから、どうせセックスするだけなんだから、適当なのでいいかな」
『……いやいや矢見、それはよくない。お家デートだって言っても可愛い服は必要だ。ま、とりあえず俺の家来いよ、位置送るから』
電話が切れてメッセージで位置情報が送られてくる。僕は藁にもすがる思いで如月君の家へ向かった。
「お……ヘーイみっちー! こっちこっち」
彼は自宅の前に立って待ってくれていて、快く僕を家に招いた。
「俺、姉ちゃんが居てさ。あ、今は家出てるんだけどな? 服とか大量に置いてってるからさ、それ貸してやるよ」
「へっ? ふ、服貸してくれるのっ? ありがとう……! で、でで、でも、女物……? 如月君のは貸してくれないの?」
「甘いぞ、みっちー。もちは異常な太腿フェチだ。大丈夫、矢見は顔カワイイ系だし背低いから女装似合うって」
「じょ、じょじょっ、じょじょじょっ……女装!?」
如月君の家は広く、部屋がまるまる一室服置き場になっていた。昔は彼の姉の部屋だったのかもしれない。
「あ、ああっ、あのっ、如月君っ! じょ、女装なんてやだよっ……君の服貸して! 月乃宮君にウケなくても、ふ、普通にオシャレならそれで……!」
「いきなりスカートは難易度高いよな、でも太腿出さないともち反応悪いだろうし……よし、ボトムスはこれだな」
僕の話を全く聞かない如月君に手渡されたのはジーンズ生地の短過ぎるズボン。
「ここ、こんなの履けないっ……パンツ出ちゃうよ!」
「ショーツやるよ。新品あるから」
白いレースの女物の下着が手に乗っかる。
「ひぃいっ!? い、嫌だよっ! ここ、こんなの履いてたら変態だと思われるっ……!」
「……もちはさ、本当は女の子が好きなんだよ。可愛い女の子と付き合いたいんだ。だから可愛い女の子みたいにしてないともちに好きになってもらえないぞ?」
本当は女の子が好き? そんな馬鹿な、あんなに男根を好む月乃宮君が……いや、幼馴染だからこそ知っていることもあるかもしれない。
「で、でっ、でもっ、でもぉっ……!」
「もちを喜ばせたいんだろ? 俺のためにも頼むよ、もちに可愛い彼氏が居たら色々安心できるんだ。ほら、あいつ寂しがりだからさ……俺が居なくなっても大丈夫なように、な」
マウントを取られた。今、如月君は僕よりも月乃宮君のことを知っているとアピールしてきた。
「……っ、着る! 全部着るよ! 僕、女の子みたいになる!」
「よーしよく言ったみっちー! それでこそ男の中の男だ!」
「…………じょ、女装するのに男の中の男とか言われても」
「みっちー、よく考えろ……女に女装は出来ない! 女装は男にしか出来ない! つまり女装ほど男らしい行為はない!」
「な、なな、なるほど……!?」
そんな調子で如月君に上手く乗せられた僕はまず全裸にさせられた。僕、変なもの売りつけられたら買っちゃうタイプだと自分でも思う。
「ブラどうする?」
「そ、そそ、それは流石に……!」
「だよな。下着……やっぱ縞パンにしとけ。多分みっちーはレース似合わねぇよ」
女性用らしく三角形の下着だが、レースのように透けてはいない。白と黒のボーダーのそれを履き、性器を無理矢理収める。その上からホットパンツと呼ぶらしい下着のような丈のズボンを履いた。
「足、不安だよぉ……」
「それで外うろつくわけじゃないんだから我慢しろ。ほら、これ着てこれ着てこれ履け」
「タンクトップ?」
「キャミソールって言えよ」
黒い袖なしの肌着を着て、その上から白いパーカーを着る。そして膝を越える長い靴下を履いて完成らしい。
「……パ、パーカー大きいよ」
「ザ、彼シャツスタイル。大きめの方がいいんだよ、下のもっこり誤魔化せるし、パッと見下履いてないみたいでドキッとする。もち喜ぶぞー?」
「ほ、ほほ、本当に喜ぶかなぁ……」
如月君にからかわれているたけじゃないか? 本当は如月君も月乃宮君のことが好きで、僕を陥れようとしているんじゃないか?
「後は髪だな。もち、二つ結び好きだからさ。ここ座れよ、髪やってやるから」
鏡台の前に正座をし、如月君に髪を触られる。
髪を櫛で整えられるのは心地よくて、如月君の手は優しくて、思わず甘えてしまいそうになる。相手は恋のライバルだぞと自分を戒め、鏡越しに如月君を睨む。
「……バラバラだなー、なんでこんな切り方してるんだよ」
如月君の視線は優しく、心から僕を可愛くしてくれようとしているのだと察してしまい、僕の視線も柔らかくなる。
「き、きき、切られたんだっ。押さえつけられてっ、無理矢理……」
「………………そいつのクラスと名前、言えよ。二度とそんな真似出来ねぇようにしてやる」
「こ、ここ、この間君が僕を落とした冤罪作ったからもう学校には居ないよっ! ここ、この腹黒っ……どうしてあんなことしたんだよっ」
「……だってさー? あいつ鬱陶しかったろ? もちにベタベタしてさ、もちに悪いこと吹き込んでさ、ムカつくじゃん? いつ潰そうかって狙ってたんだよなー」
怪しく笑う如月君と鏡越しに目が合う。
「き、きき、如月君……まさか月乃宮君のこと好きなの? ダ、ダメだよっ! 僕の彼氏なんだから……! 今日も、すっごいセックス期待されてるんだっ!」
ダメだ、まずい、両想いなんてダメだ、勝てない。
「…………もちの母親は酷い女でさ、ちっちゃい頃からもちを可愛がらなかったんだ。だから俺がもちを褒めて、撫でて、叱って、慰めて、育ててきたんだ」
二つ結びが終わると如月君はメイク道具を持ってきた。
「……もちのこと頼むよ、幸せにしてやってくれ。いい子に育てたから……みっちー、お前もいい子だと思うから、きっと上手くやれると思うから……頼むよ」
頬にうっすらと赤い粉がまぶされる。目尻にペンで線を引かれる。眉毛を切られ、睫毛を挟んでくりんと曲げさせられ、鏡の中の僕の顔がハッキリしていく。
「…………できた。最高に可愛いよ、みっちー。もちとお似合いだ」
「あ、ありがとう……メイクまで。すごい、僕……ちょっと可愛いかも」
色つきリップを塗られた唇は赤く、色っぽい。鏡の中の僕は確かに可愛くなっているけれど、僕の嫌いな丸っこい目が更に大きく見えるようにされたのは不満かな。
「ほ、本当にありがとうっ! 僕君のこと誤解してた、腹黒だけど優しいんだね。本当にいい人……如月君?」
如月君はみぞおち付近を服の上から掻き毟っている。呼吸は荒く、顔には粒のような汗が見えた。
「き、如月君っ? どこか悪いの? 如月君!」
「ん……あぁ、大丈夫、大丈夫……」
無理矢理笑った彼は咳き込んで血を吐いた。焦ったように口を押さえ、床に飛び散った血を手で隠そうとしている。
「き、きき、如月君っ!?」
「……っ、触るな! せっかく綺麗にしたんだ……汚れるだろ。早くもちのとこ行け、可愛いカッコ見せてやれよ」
「き、君を置いて行けないよっ! どうしたの、なんなのその血! どこか悪いんだよね、救急車呼んだ方がいいかな」
「ぁー、いや、後で病院行くよ。見た目酷いけど実際大したことないから……お前がもちのとこ行かなかったら俺の頑張り無駄じゃん。早く行ってくれ、頼むよ」
体調が悪いのに無理をして僕を可愛くしてくれたのだろうか。もしそうだとしたら、その思いを無駄にしないためにも僕はすぐ月乃宮君の元へ行かなければならない。
「……もちには俺が体調悪いって言わないでくれよ、こんなの大したことないからさ」
「う、うん……本当に大丈夫なんだよね? ちゃんと一人で病院行けるんだね?」
「行けるよ、大丈夫。ほら、元気だろ?」
口元の血を拭った如月君は元気に立ち上がって笑ってみせた。本当になんともなさそうだ。
「うん……なら、行くね」
「あぁ、もちと仲良くな」
「…………如月君、月乃宮君のこと好きなの?」
「好きだよ、幸せになって欲しい」
それは恋愛的な感情ではなく、幼馴染として──いや、もはや家族愛に近いのだろう。とりあえず如月君に月乃宮君を盗られる心配はなさそうだ。
「そのために今まで色々と裏で手を回してきたんだ。もちを虐めた奴は退学に追い込んだし、もちに痴漢した奴は……殺させるつもりはなかったんだけどな、死んじゃった……はは」
如月君はみぞおちの辺りを引っ掻き、シャツを掴んでギリギリと音を立てている。
「…………行ってらっしゃい、みっちー。デート終わったら結果聞かせてくれよ、応援してる。また服見立ててやるからな」
「……うんっ! ありがとう、行ってきます!」
本当に元気な人にしか浮かべられない笑顔だ、本当に大したことはなさそうだし、早く月乃宮君の元へ行こう。
「あ……ねぇ、こんなこと言うのも変だと思うけどさ」
ドアノブに手をかけたまま振り返り、優しい笑顔で僕を見つめている如月君にもう一度手を振る。
「如月君みたいなお母さんだったらよかったなって思った。ばいばい! また後でね!」
優しく細められていた瞳が驚きに丸くなる。それがなんだか嬉しくて、僕は幸せな心地で如月宅を後にした。
──
────
──────玄関が閉まる音が家中に響いた。
「お母さん……か。ははっ」
吐いてしまった血の掃除を考えて憂鬱になる。
「…………いいな、楽しそうで」
鏡に映る自分を見ると、口元も手も血で汚れていた。まるで今までもちのために犯した罪を表しているようだ。
「さ、て……あの欲張り野郎は満足するかね」
今日の矢見とのデートでもちが俺が居なくても幸せになれるようなら、それでいい。
あんなに可愛くした矢見でも満足しなかったら、今度は俺が可愛くなってデートに誘ってみようか。
「……ぁ、でも、俺が幸せの理由じゃダメだよな。多分俺、もうダメだし……デート、一回くらいしてみたかったな」
矢見で満足出来なくても、形州とか居るし平気かな。あぁ、不安だ。まだ死にたくない。
「…………俺以外要らないだろって教えたのに、バカもち……反抗期ってやつ? はは……正解だな、俺以外の方行ってよかった」
幼い日、プロポーズされたあの時から彼の妻になることを夢見ていた。彼が他の子に目移りしないよう、母親に愛されない彼が寂しくないよう、俺に依存するように育てた。
「もち……ずっと守ってやりたかったんだけどな、ごめん……」
高校に入ってから俺以外に目を向けるようになったもちに苛立っていた。俺だけを見ていて欲しかった、男でもよかったなら俺にキスして欲しかった。
でも、もちが色んな男と寝るようになってからしばらくして体調が急変して俺の考えは変わった。
「…………幽霊になれたら、また守ってやるから」
消化器官の不調を訴えて病院に行くと、胃カメラを使った精密検査を受けさせられて、内臓を内側から引っ掻かいたような傷があると言われた。原因不明で悪化する一方……俺は高校二年生にはなれないのだ。
死期を自覚するともちへの独占欲が薄れ、ただ幸せを願うようになった。あの子さえ笑っていてくれたらそれでいい、俺が隣に居なくてもいい……だから彼がふざけて再現したプロポーズも冷静に対処出来た。
「……ちょうどいいよな。もちには……もう俺は必要ないんだから」
もちが俺以外に目を向けてくれてよかった。二股になっているのは心配だが恋人が出来てよかった。そのタイミングと俺の寿命がズレていなくて本当によかった。ピッタリ重なっているおかげでもちは孤独を感じなくて済むし、俺も嫉妬などの醜い感情に振り回されなくて済む。
「明日……楽しみだな」
七夕の日、きっともちを独り占めできる最期の日。うんと楽しもう、幼い日のように遊んで、笑顔で別れて、もちの記憶に残る俺が痛々しくないようにしなければ。
「き、着る服がないっ……!」
家を出る前、僕は悩んだ。悩みに悩み抜いた。
初デートの時に着ていった服に月乃宮君は言及しなかった。だからあの服じゃダメ、けれどあの服以外に私服なんてない。
「ぅ、うぅ……どうしよ、制服着て……ぁぅぅ……制服でお家デートなんかダメに決まってるよぉ」
制服以外にズボンは一着、シャツは二枚、肌着は三枚、上着は二種類……僕の服の手持ちは他の子に比べると少ないみたいだ。
「どうしよ、どうしよぉ……」
悩んでいると玄関の扉が開いた。タバコを咥えたまま茶髪の男が入ってきた。
「ぁ……? おいミチ、お前のママは?」
「え、ぁ、か、かか、母さんっ? で、ででで、出かけましたっ……」
母の恋人の一人だ。母は数十分前に別の恋人に会いに行ってしまっている。
「出かけてんのは見りゃ分かる! どこ行ったか、いつ帰るか聞いてんだよ!」
無遠慮に入ってきた男に頭を殴られてよろけ、冷蔵庫で頭を打つ。
「わ、わっ、分かりませんっ、ごめんなさい……」
舌打ちが響き、暴力が続くことを察して頭を庇う。しかし予想に反して男は通り過ぎていった。
「……ここで待つ。お前出てけ。見てるとイラつくんだよ」
「は、はは、はいっ……」
「…………気持ち悪ぃ喋り方しやがって」
結局、前と同じ服のまま家を出てしまった。家に入れば殴られるし、家に入っても着替えはないし……これが詰みってやつなのかな。
「だ、誰かに相談……」
スマホを開き、三人しか居ない連絡先一覧を眺める。月乃宮君本人には相談出来ないし、母さんに相談しても無駄。
「も、ももっ、もしっ、ももももっ……」
もしもし、その四文字も言えない。頭の中では言えているのに、口が上手く動いてくれない。
『あー……矢見? 用件言えよ、もしもしいいから』
「き、きき、如月君っ……僕、僕ね、今日デートなんだ」
『へぇ、よかったな。もちとだよな? 頑張ってこいよ』
僕の恋のライバル如月 蓮。月乃宮君の幼馴染で片想い相手の彼は、僕と彼が会うことに嫉妬せず祝った。つまり、月乃宮君の恋は脈ナシだ。
「ふへへへっ……あっ、あのね? それでね、僕……ふ、服、持ってないんだ。どうしようっ……お、お家デートだから、どうせセックスするだけなんだから、適当なのでいいかな」
『……いやいや矢見、それはよくない。お家デートだって言っても可愛い服は必要だ。ま、とりあえず俺の家来いよ、位置送るから』
電話が切れてメッセージで位置情報が送られてくる。僕は藁にもすがる思いで如月君の家へ向かった。
「お……ヘーイみっちー! こっちこっち」
彼は自宅の前に立って待ってくれていて、快く僕を家に招いた。
「俺、姉ちゃんが居てさ。あ、今は家出てるんだけどな? 服とか大量に置いてってるからさ、それ貸してやるよ」
「へっ? ふ、服貸してくれるのっ? ありがとう……! で、でで、でも、女物……? 如月君のは貸してくれないの?」
「甘いぞ、みっちー。もちは異常な太腿フェチだ。大丈夫、矢見は顔カワイイ系だし背低いから女装似合うって」
「じょ、じょじょっ、じょじょじょっ……女装!?」
如月君の家は広く、部屋がまるまる一室服置き場になっていた。昔は彼の姉の部屋だったのかもしれない。
「あ、ああっ、あのっ、如月君っ! じょ、女装なんてやだよっ……君の服貸して! 月乃宮君にウケなくても、ふ、普通にオシャレならそれで……!」
「いきなりスカートは難易度高いよな、でも太腿出さないともち反応悪いだろうし……よし、ボトムスはこれだな」
僕の話を全く聞かない如月君に手渡されたのはジーンズ生地の短過ぎるズボン。
「ここ、こんなの履けないっ……パンツ出ちゃうよ!」
「ショーツやるよ。新品あるから」
白いレースの女物の下着が手に乗っかる。
「ひぃいっ!? い、嫌だよっ! ここ、こんなの履いてたら変態だと思われるっ……!」
「……もちはさ、本当は女の子が好きなんだよ。可愛い女の子と付き合いたいんだ。だから可愛い女の子みたいにしてないともちに好きになってもらえないぞ?」
本当は女の子が好き? そんな馬鹿な、あんなに男根を好む月乃宮君が……いや、幼馴染だからこそ知っていることもあるかもしれない。
「で、でっ、でもっ、でもぉっ……!」
「もちを喜ばせたいんだろ? 俺のためにも頼むよ、もちに可愛い彼氏が居たら色々安心できるんだ。ほら、あいつ寂しがりだからさ……俺が居なくなっても大丈夫なように、な」
マウントを取られた。今、如月君は僕よりも月乃宮君のことを知っているとアピールしてきた。
「……っ、着る! 全部着るよ! 僕、女の子みたいになる!」
「よーしよく言ったみっちー! それでこそ男の中の男だ!」
「…………じょ、女装するのに男の中の男とか言われても」
「みっちー、よく考えろ……女に女装は出来ない! 女装は男にしか出来ない! つまり女装ほど男らしい行為はない!」
「な、なな、なるほど……!?」
そんな調子で如月君に上手く乗せられた僕はまず全裸にさせられた。僕、変なもの売りつけられたら買っちゃうタイプだと自分でも思う。
「ブラどうする?」
「そ、そそ、それは流石に……!」
「だよな。下着……やっぱ縞パンにしとけ。多分みっちーはレース似合わねぇよ」
女性用らしく三角形の下着だが、レースのように透けてはいない。白と黒のボーダーのそれを履き、性器を無理矢理収める。その上からホットパンツと呼ぶらしい下着のような丈のズボンを履いた。
「足、不安だよぉ……」
「それで外うろつくわけじゃないんだから我慢しろ。ほら、これ着てこれ着てこれ履け」
「タンクトップ?」
「キャミソールって言えよ」
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「き、きき、切られたんだっ。押さえつけられてっ、無理矢理……」
「………………そいつのクラスと名前、言えよ。二度とそんな真似出来ねぇようにしてやる」
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「……だってさー? あいつ鬱陶しかったろ? もちにベタベタしてさ、もちに悪いこと吹き込んでさ、ムカつくじゃん? いつ潰そうかって狙ってたんだよなー」
怪しく笑う如月君と鏡越しに目が合う。
「き、きき、如月君……まさか月乃宮君のこと好きなの? ダ、ダメだよっ! 僕の彼氏なんだから……! 今日も、すっごいセックス期待されてるんだっ!」
ダメだ、まずい、両想いなんてダメだ、勝てない。
「…………もちの母親は酷い女でさ、ちっちゃい頃からもちを可愛がらなかったんだ。だから俺がもちを褒めて、撫でて、叱って、慰めて、育ててきたんだ」
二つ結びが終わると如月君はメイク道具を持ってきた。
「……もちのこと頼むよ、幸せにしてやってくれ。いい子に育てたから……みっちー、お前もいい子だと思うから、きっと上手くやれると思うから……頼むよ」
頬にうっすらと赤い粉がまぶされる。目尻にペンで線を引かれる。眉毛を切られ、睫毛を挟んでくりんと曲げさせられ、鏡の中の僕の顔がハッキリしていく。
「…………できた。最高に可愛いよ、みっちー。もちとお似合いだ」
「あ、ありがとう……メイクまで。すごい、僕……ちょっと可愛いかも」
色つきリップを塗られた唇は赤く、色っぽい。鏡の中の僕は確かに可愛くなっているけれど、僕の嫌いな丸っこい目が更に大きく見えるようにされたのは不満かな。
「ほ、本当にありがとうっ! 僕君のこと誤解してた、腹黒だけど優しいんだね。本当にいい人……如月君?」
如月君はみぞおち付近を服の上から掻き毟っている。呼吸は荒く、顔には粒のような汗が見えた。
「き、如月君っ? どこか悪いの? 如月君!」
「ん……あぁ、大丈夫、大丈夫……」
無理矢理笑った彼は咳き込んで血を吐いた。焦ったように口を押さえ、床に飛び散った血を手で隠そうとしている。
「き、きき、如月君っ!?」
「……っ、触るな! せっかく綺麗にしたんだ……汚れるだろ。早くもちのとこ行け、可愛いカッコ見せてやれよ」
「き、君を置いて行けないよっ! どうしたの、なんなのその血! どこか悪いんだよね、救急車呼んだ方がいいかな」
「ぁー、いや、後で病院行くよ。見た目酷いけど実際大したことないから……お前がもちのとこ行かなかったら俺の頑張り無駄じゃん。早く行ってくれ、頼むよ」
体調が悪いのに無理をして僕を可愛くしてくれたのだろうか。もしそうだとしたら、その思いを無駄にしないためにも僕はすぐ月乃宮君の元へ行かなければならない。
「……もちには俺が体調悪いって言わないでくれよ、こんなの大したことないからさ」
「う、うん……本当に大丈夫なんだよね? ちゃんと一人で病院行けるんだね?」
「行けるよ、大丈夫。ほら、元気だろ?」
口元の血を拭った如月君は元気に立ち上がって笑ってみせた。本当になんともなさそうだ。
「うん……なら、行くね」
「あぁ、もちと仲良くな」
「…………如月君、月乃宮君のこと好きなの?」
「好きだよ、幸せになって欲しい」
それは恋愛的な感情ではなく、幼馴染として──いや、もはや家族愛に近いのだろう。とりあえず如月君に月乃宮君を盗られる心配はなさそうだ。
「そのために今まで色々と裏で手を回してきたんだ。もちを虐めた奴は退学に追い込んだし、もちに痴漢した奴は……殺させるつもりはなかったんだけどな、死んじゃった……はは」
如月君はみぞおちの辺りを引っ掻き、シャツを掴んでギリギリと音を立てている。
「…………行ってらっしゃい、みっちー。デート終わったら結果聞かせてくれよ、応援してる。また服見立ててやるからな」
「……うんっ! ありがとう、行ってきます!」
本当に元気な人にしか浮かべられない笑顔だ、本当に大したことはなさそうだし、早く月乃宮君の元へ行こう。
「あ……ねぇ、こんなこと言うのも変だと思うけどさ」
ドアノブに手をかけたまま振り返り、優しい笑顔で僕を見つめている如月君にもう一度手を振る。
「如月君みたいなお母さんだったらよかったなって思った。ばいばい! また後でね!」
優しく細められていた瞳が驚きに丸くなる。それがなんだか嬉しくて、僕は幸せな心地で如月宅を後にした。
──
────
──────玄関が閉まる音が家中に響いた。
「お母さん……か。ははっ」
吐いてしまった血の掃除を考えて憂鬱になる。
「…………いいな、楽しそうで」
鏡に映る自分を見ると、口元も手も血で汚れていた。まるで今までもちのために犯した罪を表しているようだ。
「さ、て……あの欲張り野郎は満足するかね」
今日の矢見とのデートでもちが俺が居なくても幸せになれるようなら、それでいい。
あんなに可愛くした矢見でも満足しなかったら、今度は俺が可愛くなってデートに誘ってみようか。
「……ぁ、でも、俺が幸せの理由じゃダメだよな。多分俺、もうダメだし……デート、一回くらいしてみたかったな」
矢見で満足出来なくても、形州とか居るし平気かな。あぁ、不安だ。まだ死にたくない。
「…………俺以外要らないだろって教えたのに、バカもち……反抗期ってやつ? はは……正解だな、俺以外の方行ってよかった」
幼い日、プロポーズされたあの時から彼の妻になることを夢見ていた。彼が他の子に目移りしないよう、母親に愛されない彼が寂しくないよう、俺に依存するように育てた。
「もち……ずっと守ってやりたかったんだけどな、ごめん……」
高校に入ってから俺以外に目を向けるようになったもちに苛立っていた。俺だけを見ていて欲しかった、男でもよかったなら俺にキスして欲しかった。
でも、もちが色んな男と寝るようになってからしばらくして体調が急変して俺の考えは変わった。
「…………幽霊になれたら、また守ってやるから」
消化器官の不調を訴えて病院に行くと、胃カメラを使った精密検査を受けさせられて、内臓を内側から引っ掻かいたような傷があると言われた。原因不明で悪化する一方……俺は高校二年生にはなれないのだ。
死期を自覚するともちへの独占欲が薄れ、ただ幸せを願うようになった。あの子さえ笑っていてくれたらそれでいい、俺が隣に居なくてもいい……だから彼がふざけて再現したプロポーズも冷静に対処出来た。
「……ちょうどいいよな。もちには……もう俺は必要ないんだから」
もちが俺以外に目を向けてくれてよかった。二股になっているのは心配だが恋人が出来てよかった。そのタイミングと俺の寿命がズレていなくて本当によかった。ピッタリ重なっているおかげでもちは孤独を感じなくて済むし、俺も嫉妬などの醜い感情に振り回されなくて済む。
「明日……楽しみだな」
七夕の日、きっともちを独り占めできる最期の日。うんと楽しもう、幼い日のように遊んで、笑顔で別れて、もちの記憶に残る俺が痛々しくないようにしなければ。
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