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後輩とデートしてみた
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バイクに乗って十数分、喫茶店へと到着。看板にはフルーツ白玉の写真があった。
「……そういえば昼飯がまだだったな。ここ、飯はあるのか?」
「カフェですしパスタとかキッシュくらいあるんじゃないですか?」
「………………きっしゅ」
「ケーキをご飯にした感じのやつです」
「……ケーキを、ごはんに、する」
センパイがカタコトになってしまった。これじゃまるで山奥に住むモンスターだ。
「とりあえず入りましょ」
「……あぁ」
店に入ると窓際の席へと案内された。センパイはメニューをじっと眺めていたが、俺は店内が気になった。
平日の昼間だけあって空いているのだが、他の客は女性数人組や恋人同士だろう男女ばかり。
「…………イカと明太子のパスタにする。お前は?」
「えっ? あ、あぁ……えっと」
店員を呼んで軽食を注文し、後からフルーツ白玉を持ってくるよう頼んだ。食事が来るまでの間、無口なセンパイから目を逸らすためにも周囲を見回す。
「……さっきから何気にしてるんだ?」
「ぁ、いや……女の子ばっかだなって。平日の昼間ですし、男子高校生二人組って……目立ちますよね。四、五人居た方がマシかもです、二人組は……なんか」
生来インドア派の俺には喫茶店自体ハードルが高い。気にし過ぎだと分かってはいるが、気にしないなんて不可能だ。
「……それだけ明るい金髪に染めて、ピアスは耳に留まらず……今更人目を気にしてどうする」
「ぁ、ぅ……いや、だって」
ピアスに言及され、なんとなく服の上から臍を撫でる。
「…………飯来たぞ」
「あっ、ありがとうございますー」
店員に会釈をして昼食を受け取る。俺達は二人ともパスタだ。
「いただきまーすっ」
「……待て、お前……なんだそれ、なんだそのパスタ」
「へ……? ホイップクリーム&ベリーのパスタですけど」
デザート感覚のパスタもいいものだ。クリームの甘さとベリーの酸味がたまらない。
「…………………………不味そう」
「美味しいですよ! 一口食べてみてください!」
「……いらん、パスタの定義を崩したくない」
センパイ、食に関しては結構文句つけがちなんだな。同棲始めてから嫌われるタイプだ。
「俺は明太子の方が苦手ですけどね」
「……明太子のどこが嫌なんだ」
「ぷちぷちして、なんか……嫌です。それにほら魚卵って、なんか……命の凝縮体って感じがして」
「…………だから栄養価が高いんだ」
食の好みが合わないことを確認し、昼食が終わる。頃合いを見て店員がフルーツ白玉を運んできてくれた、ここからが本番だ。
「いっただっきまーすっ!」
センパイは食後のコーヒーを飲んでいる。タバコやコーヒーを嗜む姿が絵になる人だ、未成年とは思えない色気がある。
「……一つくれ」
「あ、はい、どうぞ」
白玉を一つすくってセンパイの口に入れてやる。センパイも俺と同様しばらく口内を転がして楽しむタイプらしい。
「フルーツも多くて美味しいです」
ミカンにイチゴにキウイ、そしてチェリー。値段の割に豪華だ。
「…………甘いな。しかし、面白い食感だ」
「ですよね、食べてて楽しいです」
「………………やはり、お前のに似てた」
「なっ……ゃ、やめてくださいよ! もぉ……食べてる最中に」
フルーツ白玉を食べ終えたら一呼吸置いて会計だ。
「ただいまカップル割のサービスをしておりまして、この場でキスをしていただくと代金が二割引になりますが、挑戦いたしますか?」
マニュアル通りの笑顔を浮かべた女性店員はミニポスターを指しながら言った。
「するわけないでしょ」
「キスはどこでも構いませんよ、手でも額でも……」
店員の追加説明を聞かずにセンパイは俺の顎を掴んで上を向かせ、一瞬唇を触れさせた。
「……これで二割引だな。俺が払う」
硬直してしまった。どうしてこんなサービスがあるんだ、店員にも客にも見られた。
「な、何するんですかセンパイっ! センパイのバカ!」
「…………叩くな」
センパイの二の腕をポコポコ叩いてもセンパイには全く効かない。
「カップル割とかいいです俺達カップルじゃないんで! ちゃんと俺も払いますから!」
「……もう会計は終わりだ」
受け取ったばかりのレシートをヒラヒラと揺らし、センパイは楽しそうに笑う。
「ぅぅ……違うんですよ店員さぁん……なんかごめんなさい騒いじゃって」
「ぁ、いえ、ごちそうさまです」
「へ? いや、ごちそうさまはこっちのセリフ……」
「……早く行くぞ」
「わ、ちょっ……引っ張らないでくださいよ」
店外に出ると一気に暑くなる。冷房が効いた店内で冷えたデザートを食べていた身体には辛い温度変化だ。しかもヘルメットを被らなければならない。
「もう帰るんですか?」
スマホで時間を確認したところ、学校が終わって一時間くらいだった、まだまだ空は明るい。
「…………いや、寄りたい店がある」
「分かりました、お付き合いします」
昼食後のショッピングなんて本当にデートみたいだ、そう思った俺が間違いだった。ごちゃごちゃしたディスカウントストアに連れてこられた、ムードもクソもない。
「何か買いたいものでも?」
「……玩具」
「オモチャ? へぇ……子供っぽいとこありますね」
ついて行くと暖簾があり、そこには大きく「R18」と書かれていた。
「大人の玩具ですか、そうですか……」
「……お前は適当にぶらついてろ、制服の奴を連れてると面倒だ」
「はーい、俺まだ十六ですもんね、どーぞいってらっしゃい」
暖簾の奥へ消えていくセンパイを見送り、店内を歩く。案外とブランド物も多く、イメージと違い普通の女の子も一人で買い物に来ている。
「洗顔……そろそろ買っとこうかな」
センパイに言われた通りふらふらとさまよっていると、コスメコーナーで美少女を見つけた。
「え……?」
耳の上で髪を結び、髪の先端は肩に触れない程度の長さのピッグテール。そんな可愛らしい二つ結びは綺麗な茶髪で行われていた。
太腿の三分の一も隠れない黒いミニスカートと、ボーダーのニーハイソックスの隙間に覗く、むちっとした白い太腿が眩しい。
アイライナーを物色している少女は間違いなく俺のアイドルだ。
「ハスミン……?」
「えっ……!? もっ……!?」
飛び跳ねて俺の方を向いた少女はマスクの上から口を押さえ、澄んだ茶色の瞳を震わせた。
「あ、す、すいません……驚かせて。あの、ハスミンさん……ですよね」
少女は何も言わずに可愛らしいタレ目で俺を見つめている。
「ちょっと待ってくださいね」
スマホを操作しつつ俺は安堵していた、俺はちゃんとハスミンが好きなのだと。
今、俺はハスミンを見てレンを思い出してときめいているのではなく、目の前のハスミンにときめいている。
「ほら……俺、あなたフォローしてるんです」
SNSの画面を見せると少女は──ハスミンは硬直していた。
テンションが上がって話しかけてしまったが、BANギリギリのエロ自撮りを上げているアカウントのフォロワーに見つかるなんて怖くて仕方ないだろうな。
「ごめんなさい、怖いですよね。信じてください、俺あなたに危害加えようとかないので。ただ、好きなんです。いつもあなたの自撮りと呟きに癒されてたんです。こんなに可愛い子この世にいるんだって、付き合いたいなーって……」
俺の安全性をアピールしたかっただけなのに、なんか気持ち悪くなってしまった。ハスミンはまだ硬直している、まるでモルモットだ。
「ぁー……ごめんなさい、気持ち悪いこと言っちゃって。でも……好きなんです、好きなだけなんです、本当に好きで……今も、息が怪しくなってきました」
「好き……? 本当に?」
マスクと手越しの声はくぐもっていたが、可愛らしいと分かる。女の子にしては少し低めだ、青年役の女性声優って感じかな。
「誰かも分かってないのに」
「一目見て分かりましたよ、ハスミンさんだって。この世で一番可愛い女の子……俺のアイドルだって」
「女の子ならそんなふうに口説くんだ」
「く、口説くって……こんなふうに言ったのあなたが初めてですよ。あの、ハスミンさん……俯かないで、俺あなたの目とても好きなんです」
ゆっくりと顔を上げたハスミンは瞳に涙を溜めていた。うるうると震える様がたまらなく可愛い。
「怖い、ですか……? 本当にごめんなさい、でも本当に何もしませんから」
「本名も分からないのに、よく口説けるね」
声まで震えている。俺はようやく自分の姿を思い出した、金髪にピアスの典型的な不良だったと。
「お…………私と、付き合いたいの?」
「えっ、ぁ、はい!」
まさか、これはチャンスか? いやでも、俺にはミチが……でも返事しちゃったし。
「恋人居るよね、浮気?」
「彼女なんて居ませんよ、俺ハスミンが初めて好きになった女の子なんです」
嘘は言っていない。
「ふぅん…………彼氏は?」
なんて勘のいい子だ、ただの冗談か? 俺も冗談で返すか? いや、もう返事が遅れてしまって何を言っても不審だ。
「まぁ、どっちでもいいけど」
「あの……もしかして付き合ってくれたりするんですか?」
「いいよ、付き合っても。質問の答え次第で」
どんな質問が来るのだろうと身構えつつ、そっと頷く。
「今……幸せ?」
「へっ? え、えっと……」
どう答えるべきだろう。幸せじゃないと答えるような男、頼りないとフラれてしまわないか?
「正直に答えて」
「わ、分かりました……正直に言います。実はあんまり幸せじゃないんです。最近、大親友と話せてなくて寂しくて……俺のせいで迷惑被ってる人も、傷付いてる人もいっぱい居て……そのこと考えると状況によっては死にたいくらい落ち込むんですよね」
病み発言が過ぎたか。フラれるに決まってる、でもそれでいいのかもしれない、俺はミチと付き合っているのだから。
「幸せじゃないんだ、そうだったんだ……」
「あ、あの……付き合ってくれるんですか?」
「うん、付き合うよ。私が幸せにしてみせる」
なんという男前なセリフ。目の前の小柄な少女から発せられたとは思えない。
「へ……!? ぁ、ありがとうございますっ……フラれると思ってた。あ、あのっ、早速連絡先を」
「やだ。後でDM寄越して」
「あ、わ、分かりました……」
電話番号も交換してくれないのか、すぐにフラれる予感がする。
「付き合ってくれてすごく嬉しいです。あの……なんでその気になってくれたんですか?」
俺自身は気持ち悪いと思っていたあの口説き文句が響いたのか?
「もしかして金髪とかピアスとか、悪い系の男が好きとか?」
「だったら敬語使ってすぐ謝る奴なんて即切るんじゃない?」
それもそうだな。
「私は黒髪の方が好きだったな。今は、まぁ……金髪も悪くないかなって思うけど」
俺と出会って数分で好みが変わったのか、自信を持ってもいいかもしれない。
「なんで、かぁ……お前、ううん、君が幸せじゃないのが嫌だからかな」
「優しいんですね、初対面なのに」
ハスミンは何も言わずに俯いた。SNSで一方的に見ていた時のイメージとは違って暗い子だ。
「じゃあまだ俺のこと好きじゃないんですよね、ハスミンさんの気分が変わらないうちに頑張って惚れさせなきゃですね、頑張ります」
「好きだよ」
「へっ? ほ、本当ですか?」
「うん、好き」
好きならどうしてそんなに悲しそうな顔をするんだ? 今にも泣き出しそうな瞳が気になって距離を詰めるとハスミンは身を跳ねさせた、微かに手が震えているのが気になって手を繋ごうとすると一歩逃げられる。
「ご、ごめんなさい」
「きっとがっかりするから……手は触らないで」
「えっと……どういう意味ですか?」
「顔とかなら触っていいって意味」
ハスミンは俺の服の袖を掴んで俺の手を自分の頬に触れさせた。
「マスク、外さないで手入れて」
白いマスクの中に手を入れ、ふにふにと柔らかい頬を撫でる。嫌がる様子はないので唇にも触れてしまおうかと邪な思いを描いた俺は、商品棚の向こうにセンパイの姿を見つけてマスクから手を抜いた。
「ご、ごめんなさいっ、俺用事あって……さよなら! 後でDMします!」
ハスミンの返事も聞かず、慌ててセンパイの元へ戻った。
「……そういえば昼飯がまだだったな。ここ、飯はあるのか?」
「カフェですしパスタとかキッシュくらいあるんじゃないですか?」
「………………きっしゅ」
「ケーキをご飯にした感じのやつです」
「……ケーキを、ごはんに、する」
センパイがカタコトになってしまった。これじゃまるで山奥に住むモンスターだ。
「とりあえず入りましょ」
「……あぁ」
店に入ると窓際の席へと案内された。センパイはメニューをじっと眺めていたが、俺は店内が気になった。
平日の昼間だけあって空いているのだが、他の客は女性数人組や恋人同士だろう男女ばかり。
「…………イカと明太子のパスタにする。お前は?」
「えっ? あ、あぁ……えっと」
店員を呼んで軽食を注文し、後からフルーツ白玉を持ってくるよう頼んだ。食事が来るまでの間、無口なセンパイから目を逸らすためにも周囲を見回す。
「……さっきから何気にしてるんだ?」
「ぁ、いや……女の子ばっかだなって。平日の昼間ですし、男子高校生二人組って……目立ちますよね。四、五人居た方がマシかもです、二人組は……なんか」
生来インドア派の俺には喫茶店自体ハードルが高い。気にし過ぎだと分かってはいるが、気にしないなんて不可能だ。
「……それだけ明るい金髪に染めて、ピアスは耳に留まらず……今更人目を気にしてどうする」
「ぁ、ぅ……いや、だって」
ピアスに言及され、なんとなく服の上から臍を撫でる。
「…………飯来たぞ」
「あっ、ありがとうございますー」
店員に会釈をして昼食を受け取る。俺達は二人ともパスタだ。
「いただきまーすっ」
「……待て、お前……なんだそれ、なんだそのパスタ」
「へ……? ホイップクリーム&ベリーのパスタですけど」
デザート感覚のパスタもいいものだ。クリームの甘さとベリーの酸味がたまらない。
「…………………………不味そう」
「美味しいですよ! 一口食べてみてください!」
「……いらん、パスタの定義を崩したくない」
センパイ、食に関しては結構文句つけがちなんだな。同棲始めてから嫌われるタイプだ。
「俺は明太子の方が苦手ですけどね」
「……明太子のどこが嫌なんだ」
「ぷちぷちして、なんか……嫌です。それにほら魚卵って、なんか……命の凝縮体って感じがして」
「…………だから栄養価が高いんだ」
食の好みが合わないことを確認し、昼食が終わる。頃合いを見て店員がフルーツ白玉を運んできてくれた、ここからが本番だ。
「いっただっきまーすっ!」
センパイは食後のコーヒーを飲んでいる。タバコやコーヒーを嗜む姿が絵になる人だ、未成年とは思えない色気がある。
「……一つくれ」
「あ、はい、どうぞ」
白玉を一つすくってセンパイの口に入れてやる。センパイも俺と同様しばらく口内を転がして楽しむタイプらしい。
「フルーツも多くて美味しいです」
ミカンにイチゴにキウイ、そしてチェリー。値段の割に豪華だ。
「…………甘いな。しかし、面白い食感だ」
「ですよね、食べてて楽しいです」
「………………やはり、お前のに似てた」
「なっ……ゃ、やめてくださいよ! もぉ……食べてる最中に」
フルーツ白玉を食べ終えたら一呼吸置いて会計だ。
「ただいまカップル割のサービスをしておりまして、この場でキスをしていただくと代金が二割引になりますが、挑戦いたしますか?」
マニュアル通りの笑顔を浮かべた女性店員はミニポスターを指しながら言った。
「するわけないでしょ」
「キスはどこでも構いませんよ、手でも額でも……」
店員の追加説明を聞かずにセンパイは俺の顎を掴んで上を向かせ、一瞬唇を触れさせた。
「……これで二割引だな。俺が払う」
硬直してしまった。どうしてこんなサービスがあるんだ、店員にも客にも見られた。
「な、何するんですかセンパイっ! センパイのバカ!」
「…………叩くな」
センパイの二の腕をポコポコ叩いてもセンパイには全く効かない。
「カップル割とかいいです俺達カップルじゃないんで! ちゃんと俺も払いますから!」
「……もう会計は終わりだ」
受け取ったばかりのレシートをヒラヒラと揺らし、センパイは楽しそうに笑う。
「ぅぅ……違うんですよ店員さぁん……なんかごめんなさい騒いじゃって」
「ぁ、いえ、ごちそうさまです」
「へ? いや、ごちそうさまはこっちのセリフ……」
「……早く行くぞ」
「わ、ちょっ……引っ張らないでくださいよ」
店外に出ると一気に暑くなる。冷房が効いた店内で冷えたデザートを食べていた身体には辛い温度変化だ。しかもヘルメットを被らなければならない。
「もう帰るんですか?」
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「分かりました、お付き合いします」
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「何か買いたいものでも?」
「……玩具」
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ついて行くと暖簾があり、そこには大きく「R18」と書かれていた。
「大人の玩具ですか、そうですか……」
「……お前は適当にぶらついてろ、制服の奴を連れてると面倒だ」
「はーい、俺まだ十六ですもんね、どーぞいってらっしゃい」
暖簾の奥へ消えていくセンパイを見送り、店内を歩く。案外とブランド物も多く、イメージと違い普通の女の子も一人で買い物に来ている。
「洗顔……そろそろ買っとこうかな」
センパイに言われた通りふらふらとさまよっていると、コスメコーナーで美少女を見つけた。
「え……?」
耳の上で髪を結び、髪の先端は肩に触れない程度の長さのピッグテール。そんな可愛らしい二つ結びは綺麗な茶髪で行われていた。
太腿の三分の一も隠れない黒いミニスカートと、ボーダーのニーハイソックスの隙間に覗く、むちっとした白い太腿が眩しい。
アイライナーを物色している少女は間違いなく俺のアイドルだ。
「ハスミン……?」
「えっ……!? もっ……!?」
飛び跳ねて俺の方を向いた少女はマスクの上から口を押さえ、澄んだ茶色の瞳を震わせた。
「あ、す、すいません……驚かせて。あの、ハスミンさん……ですよね」
少女は何も言わずに可愛らしいタレ目で俺を見つめている。
「ちょっと待ってくださいね」
スマホを操作しつつ俺は安堵していた、俺はちゃんとハスミンが好きなのだと。
今、俺はハスミンを見てレンを思い出してときめいているのではなく、目の前のハスミンにときめいている。
「ほら……俺、あなたフォローしてるんです」
SNSの画面を見せると少女は──ハスミンは硬直していた。
テンションが上がって話しかけてしまったが、BANギリギリのエロ自撮りを上げているアカウントのフォロワーに見つかるなんて怖くて仕方ないだろうな。
「ごめんなさい、怖いですよね。信じてください、俺あなたに危害加えようとかないので。ただ、好きなんです。いつもあなたの自撮りと呟きに癒されてたんです。こんなに可愛い子この世にいるんだって、付き合いたいなーって……」
俺の安全性をアピールしたかっただけなのに、なんか気持ち悪くなってしまった。ハスミンはまだ硬直している、まるでモルモットだ。
「ぁー……ごめんなさい、気持ち悪いこと言っちゃって。でも……好きなんです、好きなだけなんです、本当に好きで……今も、息が怪しくなってきました」
「好き……? 本当に?」
マスクと手越しの声はくぐもっていたが、可愛らしいと分かる。女の子にしては少し低めだ、青年役の女性声優って感じかな。
「誰かも分かってないのに」
「一目見て分かりましたよ、ハスミンさんだって。この世で一番可愛い女の子……俺のアイドルだって」
「女の子ならそんなふうに口説くんだ」
「く、口説くって……こんなふうに言ったのあなたが初めてですよ。あの、ハスミンさん……俯かないで、俺あなたの目とても好きなんです」
ゆっくりと顔を上げたハスミンは瞳に涙を溜めていた。うるうると震える様がたまらなく可愛い。
「怖い、ですか……? 本当にごめんなさい、でも本当に何もしませんから」
「本名も分からないのに、よく口説けるね」
声まで震えている。俺はようやく自分の姿を思い出した、金髪にピアスの典型的な不良だったと。
「お…………私と、付き合いたいの?」
「えっ、ぁ、はい!」
まさか、これはチャンスか? いやでも、俺にはミチが……でも返事しちゃったし。
「恋人居るよね、浮気?」
「彼女なんて居ませんよ、俺ハスミンが初めて好きになった女の子なんです」
嘘は言っていない。
「ふぅん…………彼氏は?」
なんて勘のいい子だ、ただの冗談か? 俺も冗談で返すか? いや、もう返事が遅れてしまって何を言っても不審だ。
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「あの……もしかして付き合ってくれたりするんですか?」
「いいよ、付き合っても。質問の答え次第で」
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「へっ? え、えっと……」
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病み発言が過ぎたか。フラれるに決まってる、でもそれでいいのかもしれない、俺はミチと付き合っているのだから。
「幸せじゃないんだ、そうだったんだ……」
「あ、あの……付き合ってくれるんですか?」
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なんという男前なセリフ。目の前の小柄な少女から発せられたとは思えない。
「へ……!? ぁ、ありがとうございますっ……フラれると思ってた。あ、あのっ、早速連絡先を」
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俺自身は気持ち悪いと思っていたあの口説き文句が響いたのか?
「もしかして金髪とかピアスとか、悪い系の男が好きとか?」
「だったら敬語使ってすぐ謝る奴なんて即切るんじゃない?」
それもそうだな。
「私は黒髪の方が好きだったな。今は、まぁ……金髪も悪くないかなって思うけど」
俺と出会って数分で好みが変わったのか、自信を持ってもいいかもしれない。
「なんで、かぁ……お前、ううん、君が幸せじゃないのが嫌だからかな」
「優しいんですね、初対面なのに」
ハスミンは何も言わずに俯いた。SNSで一方的に見ていた時のイメージとは違って暗い子だ。
「じゃあまだ俺のこと好きじゃないんですよね、ハスミンさんの気分が変わらないうちに頑張って惚れさせなきゃですね、頑張ります」
「好きだよ」
「へっ? ほ、本当ですか?」
「うん、好き」
好きならどうしてそんなに悲しそうな顔をするんだ? 今にも泣き出しそうな瞳が気になって距離を詰めるとハスミンは身を跳ねさせた、微かに手が震えているのが気になって手を繋ごうとすると一歩逃げられる。
「ご、ごめんなさい」
「きっとがっかりするから……手は触らないで」
「えっと……どういう意味ですか?」
「顔とかなら触っていいって意味」
ハスミンは俺の服の袖を掴んで俺の手を自分の頬に触れさせた。
「マスク、外さないで手入れて」
白いマスクの中に手を入れ、ふにふにと柔らかい頬を撫でる。嫌がる様子はないので唇にも触れてしまおうかと邪な思いを描いた俺は、商品棚の向こうにセンパイの姿を見つけてマスクから手を抜いた。
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