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マーキング談義

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休み時間、僕は踊り場に追い詰められていた。

「ヒーローくぅーん♡ なんで逃げんの?」

「いや……それ……」

僕を追い詰めたシンヤの手には油性ペンが握られている。

「今度は先生に怒られるようなとこに書かないから♡」

「そんなことしなくても僕は君のものだよ、他の人に靡いたりしない」

「ヒロくんちっちゃいから持ってかれちゃうよ、ヒロくんが靡くわけないのは分かってる♡」

以前は夜道を歩くのを心配しただけで「本当は女がいいんだろ」なんて泣いていた。僕への信頼が増しているのは嬉しい。この信頼はきっと名前を書かせた進歩だ。

「ヒロくんだって俺にマークつけたじゃん。俺のだけ消されんの不公平だろ? 俺はヒロくんのもので、ヒロくんは俺のもんなんだから♡」

シンヤはシャツのボタンを上から三つ外し、肌着を引っ張ってキスマークがあるはずの鎖骨を見せつけた。

「エロっ……あれ? キスマークないよ」

「へっ?」

「ちょっと待って、動かないで」

シンヤの鎖骨周りの写真を撮り、彼と頬を触れ合わせてスマホを見る。

「ない! なんでっ……!? そんな、ヒロくんの……そんなぁっ……やだ……ごめんヒロくん、消えちゃったぁ……」

「な、泣かないで、泣かないでシンヤくん。僕の口が弱かったんだよ、僕の方こそごめんね」

きっと昨日家に帰る頃には消えていたんだろうな。キスマークと思えば残念だが、鬱血痕だと考えると残らなくてよかった気もする。

「……名前、書こうか」

「へ……?」

「僕が君に僕の名前書いて、君が僕に君の名前書くの。それでどう?」

「……最高♡」

泣き止んでくれた。まぁ、落とし方は分かったし……目立たないところならいいだろう。そう考えていた僕の左手はシンヤに捕まり、手の甲に名前を書かれた。

「ちょっ……! いや、これは目立つよ」

「手の甲になんか書いてる子結構いるし、先生怒らないよ」

確かに提出物だとか闇の紋章だとかを手の甲に油性ペンで書いている奴はちらほら見かける。

「ちょっとは目立たないとマークの意味ないもん♡ さらわれそうになったらこれ見せてな♡」

誘拐犯が手の甲の名前程度で躊躇うとは思えない。

「……そもそも僕が持ってかれるとか、さらわれるとか、ありえないよ」

ため息をついているとシンヤは僕の背後に回り、脇の下に手を入れて腹の前で手を組み、僕を持ち上げて数メートル歩いた。

「イケる」

「うん……もう分かったよ、シンヤくんも手出して」

油性ペンを受け取り、シンヤの手の甲にも名前を書く。階段を降りてくる足音が聞こえて顔を上げると担任と目が合った。

「吉良ー、小宅ー、何してるんだ?」

「あ……いや、えっと……痛み分け的な」

「…………まぁ、手なら構わない。テストある日はダメだぞ」

対応を面倒臭がられた気がする。

「ほら、手なら先生怒んない」

「うん……」

「二人とも暇なら教材運ぶの手伝ってくれ」

担任は数日前に提出したノートを抱えている。それに加えて今日使うのだろうプリント類やいつもの荷物、大変そうだ。

「ヒロくんと話すので忙しいです」

「運びながらでも話せるよシンヤくん。成績に手心加えてくれるかもしれないよ」

「俺成績いいし……」

「シンヤくんは金髪のせいで内心悪いんだからいい子なとこ見せておかないと」

苦笑いの担任の荷物運びを手伝う。僕はプリントの束、シンヤは三十人分のノートだ。

「シンヤくん、重くない?」

「ヒロくんに重いもの持たせるわけにはいかないし」

簡単に押さえ付けられた昨日、簡単に持ち上げられ運ばれたさっき、そして重いものを持たせてもらえない今……近頃僕の男としての威厳的なものがズタボロだ。
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