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妄想を垂れ流したら穢れてくれる?

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シンヤが痴漢にあった日の翌日から、僕は歯磨きセットを持ち歩くようになった。昼休みの終わり頃にはシンヤと共に歯を磨き、その後少しギクシャクするのが日課になった。

「…………」

歯磨きはいつかするキスのため。シンヤは僕の要求を待っている。チラッと視線を向ければ顔を真っ赤にして背け、彼からの視線を感じれば僕の顔は熱くなる。

「シ、シンヤくん」

「な、ななっ、な、なぁに? ヒっ、ヒロくん……♡」

名前でも呼ぼうものなら表情も声色も何もかもがぎこちなくなる。

「い、いや……シャツの襟、立ってる」

「え? ほんと?」

「あっ、反対。こっち……」

シンヤは左側を気にしたが、襟が立っているのは右側だ。僕はシンヤの襟の右側に手を伸ばす。同時に襟を掴もうとした僕の手とシンヤの手がぶつかり、僕の手がズラされてシンヤの顔に触れた。

「あっ……ごっ、ごご、ごめん!」

「……う、ううんっ、俺も……ごめん」

今、親指がシンヤの唇に触れた気がする。柔らかかった……あれにいつか口を? あぁ、もう、顔から火が出るどころかむしろ頭全体が火のような──何言ってるんだ僕。




とまぁ、こんな具合に友人だった頃の方が距離が近かったんじゃないかという不思議な現象が起こっている。
シンヤが痴漢に遭ってからは電車に乗る時間をズラして満員電車を避けているから、以前のように密着しなくなったのもあってもう一週間以上シンヤに触れていない。襟を直そうとした時のような事故は除いて。

「……電車、混んでるね。もう少し待とうか」

「…………ごめんね。気ぃ遣ってもらっちゃってさ」

駅のホームのベンチに拳一つ分空けて座り、いつもよりも混んでいる電車を眺める。

「……あー、隣の市でライブあるんだ。それでいつもより混んでるんだって」

気まずさからスマホを弄り、なんでもない情報を無意味に話す。シンヤからの返事がないことを不思議に思って顔を上げると潤んだ瞳と目が合った。

「シ、シンヤくん……?」

「…………近寄っていい?」

「えっ? ぁ……う、うん」

拳一つ分の空間が消えてしまった。熱くなっていく体温を感じられたくなくて身を縮める。

「駅来ると思い出すんだけどさ、ヒロくん俺に痴漢みたいなことしたいって言ってたじゃん。する?」

「し、しないよっ……」

「……そ」

いきなり何を言い出すんだ。僕も思い出してしまった、痴漢されているシンヤを見殺しにしていた時間を──あぁ、あの罪はどうやって償うべきなのだろう。やはり告白するのが一番なのだろうか、許すかどうかはシンヤが決めるべきことなのだし。

「……あのさ、シンヤくん」

「…………なぁに、ヒロくん」

「僕……君が痴漢されてるの、結構最初の方から気付いてたんだ」

シンヤが目を見開いた。それ以上の反応が怖くて俯き、長い前髪の下に目を隠す。罪を償いたくて話しているのに目を背けるなんて、僕は本当に意気地無しだ。

「…………ごめん。僕、僕さぁ……君が」

「……俺が?」

「君がレイプされる妄想とかして、いつも抜いてた。だから……君が痴漢されてるの見て興奮しちゃって、もう少し見てたくなって……」

顔は見えなくてもシンヤが自身の膝に置いている手は見えている。ぎゅっと力が入ったのが分かった、もういっそその拳で殴ってくれないかな。

「ヒロくん……俺に襲われて欲しかった?」

「…………君の泣き顔が好きなんだ。フェラよりイラマのが興奮したのもそう……君の苦しそうな顔が、めちゃくちゃに可愛く見えて、僕……僕本当に最低だよね、最低な趣味だよ。君のことは大切に思ってるけど、でも、泣き顔が……どうしても」

「……分かった」

何が分かったんだ? もう聞きたくないということだろうか。

「…………本当にごめん。でも、ちゃんと君のこと好きだから……もう」

他の男に襲われるのを望んだりしないし、痴漢だとかに襲われればすぐに助ける。そう続けようとしたのにシンヤは聞かずに立ち上がってしまった。

「シ、シンヤくんっ……?」

「考えとく。じゃあね、ヒロくん」

「へ……?」

何を考えるんだ? まさか……僕、フラれるのか? 結婚まで考えたのに? いや、最低な妄想を聞いてシンヤが僕を嫌いになるのなら、別れてやるべきだ。
僕はいずれされるだろう別れ話の返事を考えるためという言い訳を使い、ベンチから立ち上がらずにシンヤを見送った。
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