16 / 298
妄想を垂れ流したら穢れてくれる?
しおりを挟む
シンヤが痴漢にあった日の翌日から、僕は歯磨きセットを持ち歩くようになった。昼休みの終わり頃にはシンヤと共に歯を磨き、その後少しギクシャクするのが日課になった。
「…………」
歯磨きはいつかするキスのため。シンヤは僕の要求を待っている。チラッと視線を向ければ顔を真っ赤にして背け、彼からの視線を感じれば僕の顔は熱くなる。
「シ、シンヤくん」
「な、ななっ、な、なぁに? ヒっ、ヒロくん……♡」
名前でも呼ぼうものなら表情も声色も何もかもがぎこちなくなる。
「い、いや……シャツの襟、立ってる」
「え? ほんと?」
「あっ、反対。こっち……」
シンヤは左側を気にしたが、襟が立っているのは右側だ。僕はシンヤの襟の右側に手を伸ばす。同時に襟を掴もうとした僕の手とシンヤの手がぶつかり、僕の手がズラされてシンヤの顔に触れた。
「あっ……ごっ、ごご、ごめん!」
「……う、ううんっ、俺も……ごめん」
今、親指がシンヤの唇に触れた気がする。柔らかかった……あれにいつか口を? あぁ、もう、顔から火が出るどころかむしろ頭全体が火のような──何言ってるんだ僕。
とまぁ、こんな具合に友人だった頃の方が距離が近かったんじゃないかという不思議な現象が起こっている。
シンヤが痴漢に遭ってからは電車に乗る時間をズラして満員電車を避けているから、以前のように密着しなくなったのもあってもう一週間以上シンヤに触れていない。襟を直そうとした時のような事故は除いて。
「……電車、混んでるね。もう少し待とうか」
「…………ごめんね。気ぃ遣ってもらっちゃってさ」
駅のホームのベンチに拳一つ分空けて座り、いつもよりも混んでいる電車を眺める。
「……あー、隣の市でライブあるんだ。それでいつもより混んでるんだって」
気まずさからスマホを弄り、なんでもない情報を無意味に話す。シンヤからの返事がないことを不思議に思って顔を上げると潤んだ瞳と目が合った。
「シ、シンヤくん……?」
「…………近寄っていい?」
「えっ? ぁ……う、うん」
拳一つ分の空間が消えてしまった。熱くなっていく体温を感じられたくなくて身を縮める。
「駅来ると思い出すんだけどさ、ヒロくん俺に痴漢みたいなことしたいって言ってたじゃん。する?」
「し、しないよっ……」
「……そ」
いきなり何を言い出すんだ。僕も思い出してしまった、痴漢されているシンヤを見殺しにしていた時間を──あぁ、あの罪はどうやって償うべきなのだろう。やはり告白するのが一番なのだろうか、許すかどうかはシンヤが決めるべきことなのだし。
「……あのさ、シンヤくん」
「…………なぁに、ヒロくん」
「僕……君が痴漢されてるの、結構最初の方から気付いてたんだ」
シンヤが目を見開いた。それ以上の反応が怖くて俯き、長い前髪の下に目を隠す。罪を償いたくて話しているのに目を背けるなんて、僕は本当に意気地無しだ。
「…………ごめん。僕、僕さぁ……君が」
「……俺が?」
「君がレイプされる妄想とかして、いつも抜いてた。だから……君が痴漢されてるの見て興奮しちゃって、もう少し見てたくなって……」
顔は見えなくてもシンヤが自身の膝に置いている手は見えている。ぎゅっと力が入ったのが分かった、もういっそその拳で殴ってくれないかな。
「ヒロくん……俺に襲われて欲しかった?」
「…………君の泣き顔が好きなんだ。フェラよりイラマのが興奮したのもそう……君の苦しそうな顔が、めちゃくちゃに可愛く見えて、僕……僕本当に最低だよね、最低な趣味だよ。君のことは大切に思ってるけど、でも、泣き顔が……どうしても」
「……分かった」
何が分かったんだ? もう聞きたくないということだろうか。
「…………本当にごめん。でも、ちゃんと君のこと好きだから……もう」
他の男に襲われるのを望んだりしないし、痴漢だとかに襲われればすぐに助ける。そう続けようとしたのにシンヤは聞かずに立ち上がってしまった。
「シ、シンヤくんっ……?」
「考えとく。じゃあね、ヒロくん」
「へ……?」
何を考えるんだ? まさか……僕、フラれるのか? 結婚まで考えたのに? いや、最低な妄想を聞いてシンヤが僕を嫌いになるのなら、別れてやるべきだ。
僕はいずれされるだろう別れ話の返事を考えるためという言い訳を使い、ベンチから立ち上がらずにシンヤを見送った。
「…………」
歯磨きはいつかするキスのため。シンヤは僕の要求を待っている。チラッと視線を向ければ顔を真っ赤にして背け、彼からの視線を感じれば僕の顔は熱くなる。
「シ、シンヤくん」
「な、ななっ、な、なぁに? ヒっ、ヒロくん……♡」
名前でも呼ぼうものなら表情も声色も何もかもがぎこちなくなる。
「い、いや……シャツの襟、立ってる」
「え? ほんと?」
「あっ、反対。こっち……」
シンヤは左側を気にしたが、襟が立っているのは右側だ。僕はシンヤの襟の右側に手を伸ばす。同時に襟を掴もうとした僕の手とシンヤの手がぶつかり、僕の手がズラされてシンヤの顔に触れた。
「あっ……ごっ、ごご、ごめん!」
「……う、ううんっ、俺も……ごめん」
今、親指がシンヤの唇に触れた気がする。柔らかかった……あれにいつか口を? あぁ、もう、顔から火が出るどころかむしろ頭全体が火のような──何言ってるんだ僕。
とまぁ、こんな具合に友人だった頃の方が距離が近かったんじゃないかという不思議な現象が起こっている。
シンヤが痴漢に遭ってからは電車に乗る時間をズラして満員電車を避けているから、以前のように密着しなくなったのもあってもう一週間以上シンヤに触れていない。襟を直そうとした時のような事故は除いて。
「……電車、混んでるね。もう少し待とうか」
「…………ごめんね。気ぃ遣ってもらっちゃってさ」
駅のホームのベンチに拳一つ分空けて座り、いつもよりも混んでいる電車を眺める。
「……あー、隣の市でライブあるんだ。それでいつもより混んでるんだって」
気まずさからスマホを弄り、なんでもない情報を無意味に話す。シンヤからの返事がないことを不思議に思って顔を上げると潤んだ瞳と目が合った。
「シ、シンヤくん……?」
「…………近寄っていい?」
「えっ? ぁ……う、うん」
拳一つ分の空間が消えてしまった。熱くなっていく体温を感じられたくなくて身を縮める。
「駅来ると思い出すんだけどさ、ヒロくん俺に痴漢みたいなことしたいって言ってたじゃん。する?」
「し、しないよっ……」
「……そ」
いきなり何を言い出すんだ。僕も思い出してしまった、痴漢されているシンヤを見殺しにしていた時間を──あぁ、あの罪はどうやって償うべきなのだろう。やはり告白するのが一番なのだろうか、許すかどうかはシンヤが決めるべきことなのだし。
「……あのさ、シンヤくん」
「…………なぁに、ヒロくん」
「僕……君が痴漢されてるの、結構最初の方から気付いてたんだ」
シンヤが目を見開いた。それ以上の反応が怖くて俯き、長い前髪の下に目を隠す。罪を償いたくて話しているのに目を背けるなんて、僕は本当に意気地無しだ。
「…………ごめん。僕、僕さぁ……君が」
「……俺が?」
「君がレイプされる妄想とかして、いつも抜いてた。だから……君が痴漢されてるの見て興奮しちゃって、もう少し見てたくなって……」
顔は見えなくてもシンヤが自身の膝に置いている手は見えている。ぎゅっと力が入ったのが分かった、もういっそその拳で殴ってくれないかな。
「ヒロくん……俺に襲われて欲しかった?」
「…………君の泣き顔が好きなんだ。フェラよりイラマのが興奮したのもそう……君の苦しそうな顔が、めちゃくちゃに可愛く見えて、僕……僕本当に最低だよね、最低な趣味だよ。君のことは大切に思ってるけど、でも、泣き顔が……どうしても」
「……分かった」
何が分かったんだ? もう聞きたくないということだろうか。
「…………本当にごめん。でも、ちゃんと君のこと好きだから……もう」
他の男に襲われるのを望んだりしないし、痴漢だとかに襲われればすぐに助ける。そう続けようとしたのにシンヤは聞かずに立ち上がってしまった。
「シ、シンヤくんっ……?」
「考えとく。じゃあね、ヒロくん」
「へ……?」
何を考えるんだ? まさか……僕、フラれるのか? 結婚まで考えたのに? いや、最低な妄想を聞いてシンヤが僕を嫌いになるのなら、別れてやるべきだ。
僕はいずれされるだろう別れ話の返事を考えるためという言い訳を使い、ベンチから立ち上がらずにシンヤを見送った。
10
お気に入りに追加
294
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる