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きゃんぷ、さん

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祖父を川に入れようとする雪兎を止め、祖父に軽く頭を下げる。車椅子に座り直した彼は何故か俺を睨んだ。

「ユキ様ダメですよ、おじい様は水着も着ていないでしょう」

「そういえば……そうだ! 僕別の水着も持ってきてるんだ、おじいちゃん多分入るから持ってくるね。大丈夫、新品だから! 待ってて!」

ロッジの方へ走っていく雪兎の足は速く、声をかけても止まらず、俺は追いかけるタイミングを失って苦笑いをして祖父を見下げた。

「目上の人間と話す時は目線を合わせろ、駄犬」

慌てて屈み、祖父を見上げる。

「おじい様、外に出られないのではなかったのですか?」

「確かに俺は棟から出るのを禁止されてる。だが、俺に忠実な部下も居るからな。お前が初挑戦だとでも思ったか? よく使う手なんだよ」

鞄に入って棟を抜け出してきたのか。そこまでして雪兎と雪風と一緒に遊びたかったということだろうか。

「おじい様も雪兎や雪風と遊んでみたかったんですね?」

「……は? ただの気分転換だ」

「素直じゃないんですから……もう老い先短いんだから素直になればいいのに」

怒鳴るかと思っていたが祖父は背後の使用人に何かを伝え、拳を握った。何をするつもりだろうと眺めていると車椅子ごと突っ込んできて鼻を殴られた。

「いった……! 俺の鼻を折る気ですか!?」

「黙れ駄犬! 犬の寿命なんか二十年もあるか! お前の方が老い先短いわ!」

「犬で言えば俺もう八十か九十ですよ!? なら俺が年上なんで敬ってください!」

「はっ! 何年生きようが犬畜生は犬畜生なんだよ!」

祖父と仲良く話していると雪兎が水着を持って戻ってきた。今雪兎が着ている物と色違いの水兵服モチーフの水着だ。

「おじいちゃーん! ただいま。持ってきたよ、ほらこれに着替えて泳ごっ」

「俺に、これを着ろと……?」

「ユキ様……還暦の方にこれはどうかと」

似合うとしか思えないけれど、祖父本人の心を思えば勧めるなんて出来やしない。

「ダメ? おじいちゃん……僕、おじいちゃんと一緒に遊びたい。川に浸かって水のかけ合いっことかしたいよ、おじいちゃん……遊ぼ?」

還暦の祖父が短パンを履くわけがないし、潔癖症の祖父が川に浸かる訳がない。祖父は頭を引っ掻いて迷っているような素振りを見せているが、きっと断るだろう。雪兎を慰める言葉を今のうちな考えておかなければ。

「…………いいだろう」

「ほんとっ!? やったぁ!」

「ユキ様、残念で……えっ? いいんですか?」

水着を受け取った祖父は使用人と共に物陰に隠れ、数分するとガスマスクを外し水着を着て戻ってきた。本当に雪兎の弟ではないのか? 壮大なドッキリな気がしてきた。

「これで満足か?」

「うん、ほら泳ごっ!」

雪兎は思いっきり祖父の手を引っ張った。祖父は先程までとは違って車椅子のベルトを外しており、雪兎よりも軽そうな彼は簡単に浮き上がり、雪兎を下敷きにして倒れた。

「ちょっ……大丈夫ですか? お二人共」

何とか間に合って雪兎の背に腕を回して支えられたが、俺が傍に居なければ岩で頭を打っていた。雪兎には慎重さを学んで欲しい。

「あ、ありがとうポチ……おじいちゃん大丈夫?」

「……まぁ、な」

他人の体温を気持ち悪がる祖父にとって雪兎との密着は叫びたくなるようなものだろう、鳥肌が立っている。

「おい犬、俺を抱えて川に入れ」

「え、いや……俺介助とか知りませんよ」

「抱えて川に入るだけだ、その筋肉は飾りか?」

そういう問題ではないと思うのだが……車椅子を押していた使用人を見つめたが、彼は会話を拒否して俯いた。

「俺がドジを踏んだのが悪いんだとしてもな、他人に触れられるのがどれだけ不快か分かるか? 他人の体温ほど苦痛なものはない、孫ならまだマシだ、早くやれ」

孫だと認められているのは嬉しい。危なくなったら使用人が助けに入ってくれるだろうし、一回くらいは抱えないと祖父は納得してくれなさそうだ。ひとまず頑張ってみるか。

「分かりましたよ……精神的にというか、潔癖症的に大丈夫ですか? 川」

「……後で全身を消毒すればいいだけの話だ」

かなりの精神的負担がかかるようだ。それでも雪兎と遊ぼうとするところ、やはりツンデレだ。

「ポチ、早く早く、こっちこっち」

「川の水は冷たいので少しずつ慣らさないと。少し待ってくださいね、ユキ様。おじい様、足から浸けていきますよ」

祖父は俺の左腕に座らせて俺の胸を背もたれにさせ、俺の首に片腕を回してもらっている。祖父を右腕で支えながら屈み、まず足首まで浸けて止めた。

「冷たくないですか?」

「……嫌味か? 腰から下は感覚もないんだ、血が巡るのを待てとでも?」

「す、すいません……」

深いところに進み、腰まで浸ける。

「……冷たいな。お前ら体を冷やさないのか?」

「若いので」

「殺すぞ」

祖父を座らせるのを左腕から足に移し、胸の辺りまで浸けると深く息を吐き、雪兎に手招きをした。俺はまさか浅瀬で膝立ちになっていなければいけないのだろうかと不安を抱いていた。
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