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さんかん、いち

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参観の日、俺は雪兎と共に身支度を始めた。正月に出かけた時のように使用人数人に囲まれて髪型や服装を整えられる。

「ポチさん、もう少し目つきよくなりませんか?」

「なりませんね……」

ぼうっと虚空を見つめていただけなのに目付きが悪いと暗に言われてはどうしようもない。

「そうですか……ではとりあえずこれで。雪兎様、ポチさんの準備できました」

「はーい、ポチ、手出して」

学校に行くいつもの姿になった雪兎に言われるがままに手のひらを広げて突き出すと錠剤が二つ転がった。

「これは?」

「息がいい匂いになるやつ。身嗜みだよね」

「なるほど」

「片方は丸呑み、もう片方は舌の上で溶かしてね」

こういった物には疎いので雪兎の指示通りに錠剤を飲んだ。

「んー……なんか甘いですね」

自分の息を手で受けて嗅いでみたが、別に香りはない。自分では分からないものなのだろうか。

「ふふっ……ほら行こ! お兄ちゃん!」

「わっ……ちょ、ちょっとユキ様、手引っ張らないでくださいよ」

参観に人が来るのがそんなに嬉しいのか、雪兎は大はしゃぎで俺の手を引っ張って走り出す。

「どうしてお兄ちゃんが弟に様付けで敬語使ってるのさ」

「え……ぁ、じゃあ……雪兎で。雪兎、走ると危ないだろ、家の中では歩きなさい」

「えへへ……ごめんなさい、お兄ちゃん」

これがエロゲーか何かだったらスチルがあっただろうし、今の雪兎のセリフの後ろにはハートが付くだろう。


車に乗ってしばらく、鼓動が騒がしくなって汗が止まらなくなってきた。隣の雪兎の心配そうな目に引き攣った笑顔を見せ、その小さく柔らかい手をぎゅっと握った。

「大丈夫……大丈夫ですからね、俺達はちゃんと座ってるんですから……」

いざとなったら雪兎を守る心の準備と事故時の脳内シミュレーションはしておかなければ。


何事もなく学校に到着し、予想に反してこじんまりとした学校の荘厳な雰囲気に圧倒される。文化財か何かだと思えてしまう。緊張で腹を壊さないようにと祈りつつ雪兎に手を引かれるがままに歩いていくと、下駄箱の前で教員らしき男に挨拶された。

「御機嫌よう、若神子さん。そちらの方は?」

「ご機嫌よう先生。僕のお兄ちゃんだよ、いいでしょー」

いいでしょ……の意味はよく分からないが、とりあえず教員の視線に軽い会釈をした。

「では、これを」

教員は腕にかけていた小さな鞄から花をあしらったバッジを取り出し、俺に渡した。

「お兄ちゃん、付け方分かる?」

流石にそこまで常識知らずではないので問題なくバッジを付けた。

「父兄の方はそちらからお入りください、上履きの用意がございます。教室までは生徒に、教室に着きましたらまたご案内させていただきます」

スリッパに履き替えて再び雪兎に手を引かれ、二階の教室に。

「御機嫌よう、若神子さん」

「ご機嫌よう先生。見て見て、僕のお兄ちゃん!」

はしゃぐ雪兎を見てどうしても緩んでしまう口元を隠し、教室に居た教員に会釈をした。

「父兄の方はそちらにお座りください」

参観は大抵立って見るものだと思うのだが、この学校は違うようだ。しっかりとした椅子が教室の後ろに並べられている。

「ぁ……じゃあ、雪兎、お兄ちゃんここ座ってるから」

「うん! 頑張るから見ててね」

「振り返るのは一段落ついてからにしてくださいね、若神子さん」

一段落ついたら振り返ってもいいのか……案外と厳しくないらしい。
雪兎の席を教えてもらって雪兎が見やすい位置に座ると、雪兎は俺の膝に座ってきた。はしゃいで甘える雪兎は年齢どころか見た目以上にも幼く見え、俺はついつい彼の頭を撫でて髪に口付けた。そうしていると同級生らしき少年が雪兎を呼ぶ声が聞こえる。

「若神子さん……? その人は?」

「僕のお兄ちゃん! いいでしょー」

「ぇ……似てない…………ぁ、ご、ご機嫌よう……」

俺の膝から飛び降りた雪兎は少年に俺を紹介する。少年はボソッと挨拶を呟くと雪兎の背に隠れた。

「ご機嫌よう……雪兎にご学友がいたとは驚きだな」

「どういう意味さ」

「深い意味はないよ」

この少年も教室に集まってきている少年達も皆御曹司なのだろうか。しかし夏場の制服が短パンというのは何とも目に嬉しい。太腿が眩しい。

「男ばっかだな……共学じゃないのか?」

「共学だけど校舎分かれてるんだよ、まず会わないし見ないなぁ」

悲しい学園生活だな。まぁ中高と共学だった俺も女子と話した記憶はないが──そもそも中学の時の記憶がないな、もしかしたらモテていたり……ありえないな、夢を見るのはやめよう。

「そろそろ始業だよな? 全然保護者来てないけど……」

「みんな忙しいんじゃない? 君のとこは?」

雪兎は背に隠れている少年に視線をやった。

「ぼ、僕のところは……仕事の都合が合わないから……他の子も大抵そうだと思うよ、来ても仕方ないって人も居るし」

どの子の親も雪風のように忙しいのだろうか。誰も彼も共働きな訳はないし、どちらかが来ると思うのだが。

「年の離れたお兄さんって羨ましいな……優しいでしょ?」

「うん、お兄ちゃんはすっごく優しいよ!」

参観に来たのが俺一人だったら嫌だななんて考えていると、始業時間ギリギリに極道映画の俳優のような方々が三人ほどやってきた。一人の方がよかったかななんて考えつつ、ひとつ空けて隣に座った彼らと目を合わさないように雪兎に集中した。
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