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けいたいでんわ、よん
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携帯端末を手に入れてから数日、雪兎が学校の間の退屈はほぼ解消された。毎日ではないが雪風は昼頃に電話をかけてくるし、雪兎は休み時間になる度にメッセージを送ってくる。二人とも愛らしい。
「……ん?」
二人が連絡してくる時間は決まっているから、その時間外の通知は不思議なものだった。暇潰しのパズルゲームをやめてメッセージアプリを開けば、その通知は祖父からのものだと分かった。ただ一言『庭に来い』と、それだけで庭のどこに行くべきなのかが分かった。
「遅いぞ薄汚い室外犬! 何分経ったと思ってる!」
雪風のペットだというワニが住む池の前、車椅子に乗った俺好みのショタ……じゃなくて祖父が怒声を上げる。
「五分も経ってませんよ、走ってきたじゃないですか……庭のどことも言ってないのに真っ直ぐ来れたこと褒めてくれてもいいんですよ?」
「褒める? 俺が? お前を? イカれてるのかお前、どういう発想なのか微塵も理解出来ん」
至って普通の主張だと思うのだが。
相変わらずの祖父に対してため息をついていると、使用人に肉が詰まった袋と大きなトングを渡される。
「……何だ、変な顔して。不本意だが新しくできた孫を可愛がってやってるんだぞ? 年長者の好意は素直に受け取れ。ワニの餌やりなんかそうそう体験できるものじゃないぞ?」
透き通るように白い肌と髪に深紅の虹彩から醸し出される儚げな雰囲気をかき消す邪悪な微笑み。サイコホラーの殺人鬼のような表情筋の使い方に怯えつつ、袋を地面において肉を一切れトングで掴んだ。
「俺を笑わせたいなら落ちてもいいが、雪兎を泣かせたくないなら落ちるなよ?」
餌に気付いたワニが寄ってくる。そう大きな種類ではないが、真ん丸の瞳に細い瞳孔は俺には恐ろしい。爬虫類は苦手だ、特に瞳が。
「……これ、何の肉ですか」
一切れ放り、取り合う二匹のワニを眺め、水飛沫に顔を顰める。
「…………知りたいか?」
振り返り、この上なく上機嫌の祖父の笑顔に背筋に冷たいものを感じる。
「……好奇心は猫をも殺すって言うだろ? 犬はどうなんだろうな、猫よりしぶといとは思えない、猫でも死ぬなら犬は死骸すら残らないんじゃないか?」
知らない方が幸せなこともあると暗に伝えているのだろう。その上で俺が「知りたい」と言うのを待って、煽るような笑みを浮かべている。
「………………何の肉ですか?」
俺は挑発に乗った。酷い顔をしていただろう、声は震え、冷や汗が止まらなかった。
「ニワトリだ」
「……は?」
「見て分からないのか?」
意識して見ないようにしていた肉をよく観察してみれば、見覚えのある形をしている。確かにニワトリだ。
「…………脅かさないでくださいよ」
「何の肉だと思ったんだ、馬鹿犬。俺は何もお前を怖がらせたりしてないだろ?」
くつくつと楽しそうに笑っている。わざとだ、誤用の方の確信犯だ、勘違いして怯える俺はそんなに面白かっただろうか。
「……あの家庭教師さんじゃないかなんて思っちゃいましたよ」
「ははっ! バカかお前、可愛い息子の可愛いペットにそんな訳の分からんもん食わせる訳ないだろ!」
「なんだかんだ雪風のこと好きなんですね」
「……は? 池に落とされたいのか?」
たった今人間は食わせないと言ったばかりでそんな脅しが通じると思うか? 俺はそんな煽りを込めて微笑み、背を向けた。そして車椅子に突進され、池に落ちかけた。
「……惜しい」
「何してんですか頭おかしいんですか!?」
本当に残念そうな顔をしている祖父に改めて恐怖を覚えた。彼は想定より理性的ではあるが、想像を超えた異常者だ。
「……家庭教師、どうなったか知りたいか?」
「知りたくないですよ、犬は猫よりしぶとくありませんから、ちょっとした好奇心で即死です」
「…………雪兎の犬が無事に部屋に戻れるのは喜ばしいことだな」
ポケットに入れていた携帯端末を取り出し、祖父に渡す。
「雪兎に送りたいので撮ってください」
予想に反して了承は簡単に得られた。カメラを見つめてピースサインを作りながら最後の一切れを放り、トングと袋を使用人に渡して携帯端末を受け取る。
別館に帰っていく祖父を見送り、部屋に戻りながら確認した写真は、内カメラによる祖父の自撮りだった。
「……ん?」
二人が連絡してくる時間は決まっているから、その時間外の通知は不思議なものだった。暇潰しのパズルゲームをやめてメッセージアプリを開けば、その通知は祖父からのものだと分かった。ただ一言『庭に来い』と、それだけで庭のどこに行くべきなのかが分かった。
「遅いぞ薄汚い室外犬! 何分経ったと思ってる!」
雪風のペットだというワニが住む池の前、車椅子に乗った俺好みのショタ……じゃなくて祖父が怒声を上げる。
「五分も経ってませんよ、走ってきたじゃないですか……庭のどことも言ってないのに真っ直ぐ来れたこと褒めてくれてもいいんですよ?」
「褒める? 俺が? お前を? イカれてるのかお前、どういう発想なのか微塵も理解出来ん」
至って普通の主張だと思うのだが。
相変わらずの祖父に対してため息をついていると、使用人に肉が詰まった袋と大きなトングを渡される。
「……何だ、変な顔して。不本意だが新しくできた孫を可愛がってやってるんだぞ? 年長者の好意は素直に受け取れ。ワニの餌やりなんかそうそう体験できるものじゃないぞ?」
透き通るように白い肌と髪に深紅の虹彩から醸し出される儚げな雰囲気をかき消す邪悪な微笑み。サイコホラーの殺人鬼のような表情筋の使い方に怯えつつ、袋を地面において肉を一切れトングで掴んだ。
「俺を笑わせたいなら落ちてもいいが、雪兎を泣かせたくないなら落ちるなよ?」
餌に気付いたワニが寄ってくる。そう大きな種類ではないが、真ん丸の瞳に細い瞳孔は俺には恐ろしい。爬虫類は苦手だ、特に瞳が。
「……これ、何の肉ですか」
一切れ放り、取り合う二匹のワニを眺め、水飛沫に顔を顰める。
「…………知りたいか?」
振り返り、この上なく上機嫌の祖父の笑顔に背筋に冷たいものを感じる。
「……好奇心は猫をも殺すって言うだろ? 犬はどうなんだろうな、猫よりしぶといとは思えない、猫でも死ぬなら犬は死骸すら残らないんじゃないか?」
知らない方が幸せなこともあると暗に伝えているのだろう。その上で俺が「知りたい」と言うのを待って、煽るような笑みを浮かべている。
「………………何の肉ですか?」
俺は挑発に乗った。酷い顔をしていただろう、声は震え、冷や汗が止まらなかった。
「ニワトリだ」
「……は?」
「見て分からないのか?」
意識して見ないようにしていた肉をよく観察してみれば、見覚えのある形をしている。確かにニワトリだ。
「…………脅かさないでくださいよ」
「何の肉だと思ったんだ、馬鹿犬。俺は何もお前を怖がらせたりしてないだろ?」
くつくつと楽しそうに笑っている。わざとだ、誤用の方の確信犯だ、勘違いして怯える俺はそんなに面白かっただろうか。
「……あの家庭教師さんじゃないかなんて思っちゃいましたよ」
「ははっ! バカかお前、可愛い息子の可愛いペットにそんな訳の分からんもん食わせる訳ないだろ!」
「なんだかんだ雪風のこと好きなんですね」
「……は? 池に落とされたいのか?」
たった今人間は食わせないと言ったばかりでそんな脅しが通じると思うか? 俺はそんな煽りを込めて微笑み、背を向けた。そして車椅子に突進され、池に落ちかけた。
「……惜しい」
「何してんですか頭おかしいんですか!?」
本当に残念そうな顔をしている祖父に改めて恐怖を覚えた。彼は想定より理性的ではあるが、想像を超えた異常者だ。
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「雪兎に送りたいので撮ってください」
予想に反して了承は簡単に得られた。カメラを見つめてピースサインを作りながら最後の一切れを放り、トングと袋を使用人に渡して携帯端末を受け取る。
別館に帰っていく祖父を見送り、部屋に戻りながら確認した写真は、内カメラによる祖父の自撮りだった。
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