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りょこうじゅんび

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ボストンバッグに詰められていく服を眺める。
裾の広い半ズボンはふとした時に太腿が覗けて素晴らしい。タイトなズボンは細いシルエットがよく分かって素晴らしい。ロングスカートは歩いて揺れて見えるだろうくるぶしが素晴らしい。ミニスカートは……おっと語彙が消えてしまった。

「ポチ、見てないで押し込むの手伝ってよー」

「こんなに服要ります? 向こうで洗濯できるでしょ」

「せっかく海で遊べるんだよ? おろしたての服ポチに見せたいよ」

「ボストンバッグ四つくらいユキ様の服詰めましょう」

可愛いことを言ってくれる。雪兎は自分で運ぶつもりがないからどんどん荷物を増やす、増やすための口実だろうとはいえ「ポチに見せたい」なんて……ここが天国か。

「化粧水ばっかりこんなに……」

「全部違うやつなの!」

「コックリングは必要無いと思います、必要無い物を持って行くのはよくないと思います」

「急に何。ポチがだらしないからでしょ。これ小さいし」

美容用品に玩具に拘束具……大人の玩具専門店の福袋があったらこんな感じだろうな。このバッグ持ってる時に職質されたくないなぁ。

「明日は船で行くんですよね? 楽しみですね、俺船酔いするタイプかどうか分かんないんでちょっと心配なんですよねー」

「酔い止め一応準備して……ん? ちょっと待ってね、電話」

夏休みの申請書類は先日出して来たと言う。中学生の休みが申請制とかどういう学校だ、教師の都合どうなってるんだ、色々聞きたいことはあるが、まぁ、聞いても仕方ない。

「もしもし若神子です……ぁ、先生。はい、レポート……本当ですか? ありがとうございます」

雪兎のしっかりとした敬語を聞くのは初めてのような気が……声色もいつもと違う。新鮮だな。ちょっと擽ってやりたいな。

「え? 僕が……い、いえ、遠慮します、ご迷惑でしょう……いえ、あの…………は、はい、家族に相談します……はい、失礼します……はーい……」

電話が終わると雪兎は涙目になっていた。

「ユキ様? どうしたんですか?」

「……この間出したレポートが、何か……気に入られたみたいで。学会来ないかって……」

「え? えっと……ちょっと何言ってるのか分からないです」

学会というと素人質問で人を追い詰める場所だったか。ダメだ、縁が無さすぎて偏り過ぎたネット知識しかない。

「どうしよう……旅行、日程被っちゃう」

「旅行ズラします?」

「船はちょっと難しい……乗るの僕とポチだけじゃないし。被るって言っても旅行の最初の二日だけだし……」

雪兎はスケジュール帳アプリを開いて頭を抱えている。

「……学会に行ったら後から合流になるかな。ヘリ出してもらわないと」

ちょっと言ったらヘリを出せる立場ってすごいなぁ。
この家の権力を垣間見て現実逃避していると雪兎は誰かに電話をかけ始めた。

「もしもし、雪兎です。雪成をお願いします。はい……」

雪成……聞いた事あるようなないような。

「……ぁ、もしもし? おじいちゃん? その、ちょっと相談があって……」

雪兎は祖父らしい電話相手に学会に誘われた旨とそれに行きたくない理由を話した。

「旅行……父さんと、雪也兄さんと行くんだ。二日だって無駄にしたくない。無駄だよ! あのレポートの分野僕興味無いし! 課題だからやっただけで……」

課題だから、のモチベーションでよくもまあ学会に誘われるような出来になったな。まさか天才か?

「………………分かった。おじいちゃん大っ嫌い!」

雪兎は携帯端末をベッドに投げ、俺の膝の上に座り、すすり泣き始めた。投げられた携帯端末の画面を見れば、もう電話は切れていた。

「……ユキ様。ダメでしたか」

「うん……」

「…………落ち着いたら、お祖父さんにもう一回電話しておくんですよ」

何歳かは知らないが、別れは突然やってくるものだ。大嫌いが最後の言葉なんてあんまりだろう。
早めに謝罪の電話を入れられるように、俺は雪兎を精一杯慰めた。
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