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わんわん! じゅういち

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口の周りに付着した汚れ。ステーキにかかっていたソース、サラダのドレッシング、スープ。首に流れたら洗うのが面倒だと俺は手で汚れを拭った。
そうこうしていると雪兎が部屋に戻ってきて、俺を見て、首を傾げる。

「……顔洗うんじゃなかったの?」

「…………首輪」

一言だけ、小さく呟いた。
雪兎はクスクスと笑いながら首輪を外した。


口の周りと手を洗い、ついでにと目を擦り、前髪を整える。カチューシャの位置も修正し、ベッドの横に戻る。
正座をして軽く顎を上げると首輪をつけられ、頭を撫でられる。

「そろそろ眠い?」

「まぁ……お腹いっぱいですし、眠いですけど」

「そっか。じゃ、お仕置きはまた今度ね」

今日は色々とあり過ぎた。この上鞭打ちなんてされたら心身共に疲労で壊れてしまう。
眠っても良さそうな雪兎の態度に安堵し、ふと思う。

「い、犬なら床で寝ろとか……言いませんよね?」

「……確かに、犬って普通床で寝るよね」

墓穴を掘った。

「大型犬なら外飼いかなぁ、なら犬小屋とかで寝るよね」

どうする。暦の上では春だとはいえ、気温は冬と言って差し支えない。犬小屋でも建てられてそこで生活しろと言われたら、俺は数時間で死んでしまう。

「さっ、最近は物騒ですし室内飼いが多いですよ。ほら、一緒の布団で眠りたがるワンちゃんも多いですし……」

「ふぅん……?  そうなの?」

「そうですよ。俺はユキ様と眠りたいです」

「なんで?」

なんで?  だって?  どういう質問なんだそれは。雪兎と眠りたい理由を言えとか、プレゼンしろとか言い出すのか?
なんて面倒臭い。

「な、なんでってなんですか」

「質問に質問で返さないの」

「返されたくないならふわっとした質問しないでください」

「ポチはどうして僕と眠りたいのかって聞いてるんだよ」

そんなことだろうとは思っていた。
さて、どう言うべきか。ここで話すべきは俺の本心ではなく、雪兎が喜びそうな理由だ。

「ユキ様が好きだから、じゃダメですか?」

「……っ、ダメ。ちゃんと理由言って?」

「…………ユキ様が大好きですから、ユキ様を抱き締めて、ユキ様の顔を見ながら眠りたいんです。寝顔が見れたりもしますし……とっても幸せなんですよ」

雪兎は微かに頬を赤らめ、目線を逸らす。
よし、もう一押しだ。

「愛してます……ユキ様」

俺はそう言って雪兎を抱き締める──が、雪兎はそんな俺の身体を冷静に押し返した。

「…………なんか、嘘くさい」

「なんで分かっ……何言ってるんですかユキ様!  本心ですよ!」

今言った言葉に嘘はない、飾っただけだ。
雪兎を抱き締めて眠るのが好きなのも、寝顔を見るのが好きなのも、雪兎が大好きなのも、全て本当だ。

「……本心言ってよ。ワニ池の横に犬小屋建てるよ?」

「凍死の前にご飯に!?」

「まぁ人食べ慣れてる……なんでもないよ、ほら、早く本音言って」

「…………ユキ様一人で寝かせると風邪引くじゃないですか!  俺が布団掛け直したり毛布で包んで抱き締めたりしないと、すぐ毛布蹴っ飛ばしてお腹も出すでしょ!  だからユキ様と一緒に寝なきゃいけないんです!」

雪兎は「一人で寝ても風邪を引かない」と言いかけて、以前一人で寝て風邪を引いたことを思い出したのか黙り込んだ。俺が来る以前はどうしていたのか気になって仕方ない。
さてどうなるか。なかなかに失礼な言葉だったとは思うが、雪兎を大切に思っている気持ちも伝わるはずだ。
どう受け取ってどう判断するかは雪兎次第。俺はその判断が俺にとって良い方へ転ぶように、大人しくなった雪兎を抱き締めた。
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