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第六章 現実世界は異世界より奇なり

この島は素晴らしい場所なんです

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豚の顔をした魔物と思われる兵士をリナリアが昏倒させてしまった。呆然としていると彼女は不思議そうな顔をして手招きをする。

「い、いやいやいやっ……何してんの!?」

『私は方舟で産まれた。身分証は持っていない』

身分証がどこでどう発行されるのかは知らない、僕が持っているのは偽造品だ。怪しまれて検査されれば危なかったかもしれない、でもいきなり攻撃するなんて野蛮すぎる。

「身分証だけでなく、正規入島の証拠も必要だろう。正規に入っていないのだから、身分証だけを提示したところで無駄だ」

「お兄ちゃん……ぁ、いや、ジャック。フリージアさんの宝石盗んだ時はめちゃくちゃ怒ってたのに、こっちの方が重罪だよ?」

「俺はお前にまっすぐ育って欲しいだけだ。反対できるなら問題ない。だが、グダグダ言っても仕方ないだろう。早く行くぞ」

どいつもこいつもまともな倫理観を持っちゃいない。

「はぁ……もういいや、分かったよ、入ろう」

門はリナリアが押すと簡単に開き、内側にも豚の兵士は立っていたが会釈すると会釈を返してくれただけで何も聞かれなかった。

「……外の人がちゃんと検査したと思われたのかな」

「二重チェックの危険性だな。しかし、顔を覚えられたんじゃないか? 外のが倒れているのが見つかったらまずいぞ」

『なら彼奴も殴るか』

「……起きたら無駄だ。逃げ回るのを覚悟しておくか」

平和な島だから簡単に攻略できるって話だったのに。休憩地点になるかななんて考えていたのに。

『手早く魔樹に紋章を彫って、肉を買って帰るか』

「それがいい。しかし……どうする? ここの魔王の情報は一切ないんだろう?」

『……適当に店の奴に世間話でも振るか』

「待って、リナリアさん。それ僕がやるよ」

リナリアは口下手そうというか、嘘がつけない人だと思う。僕も話すのが上手いとは言えないが、彼女よりはマシだろう。

「ユウ、そこにセーブポイントが」

「リナリアさん、あの店行ってみましょう」

『串焼き屋か……』

串焼きの看板が出ている店、その看板の裏のセーブポイントでセーブをし、店に入る。

『いらっしゃいませ』

「ひっ……!?」

また豚顔の魔物だ。失礼だけど、皮膚の色はドブ川みたいで汚いしブサイクだし……ぁ、でもさっきの兵士と違って息は臭くない、流石飲食店勤務。

『三名様、ですね。テーブル席と、カウンター席が、ございます』

「テーブル席で」

豚顔の魔物に通され、四人用の席につく。僕とジャックは対面、リナリアは僕の隣だ。

『私は金を持っていないぞ』

「俺達で払っておこう。あまり頼むなよ」

「…………ねぇ、ジャック、あの豚なに……?」

周囲に豚顔の店員がいないことを確認し、小声で尋ねる。

「オークだな。前に説明しただろ? 残忍な性格で、知能が高く、人間と共生しているケースも多い魔物だ」

「そういえばネメジさんが殺してたような……」

店内を見回してみると、店員は全員オークのようだ。

「苦手だよぉ……見た目が」

「ユウは魔物嫌いだな。ドラゴンも苦手だと言っていただろう」

ドラゴンは元々爬虫類が苦手なのと巨大さが重なって恐怖に近い苦手で、オークが苦手なのは純粋な生理的嫌悪からだ。

『……魔物、嫌いなのか』

隣に座っているリナリアが少し離れる。

「あ、ち、違います。魔物が全部嫌なんじゃなくて、ちょっと怖い見た目のとか気持ち悪い見た目のとかをよく見かけるので」

『…………私は怖いだろう。見ろ、この爪。猫なら爪を収納出来たが……生憎、狼だ』

リナリアの肘から下は筋肉質で黒い毛皮に覆われた獣の手をしている。人間の手と少し似ているせいか狼というより熊っぽい。

「怖くありませんよ。僕、犬は好きです」

『……狼』

「お、狼も好きです」

アンは確か人狼だったな、狼とは何かと縁が深い。正直ハスキーと見分けはつかないが、犬よりも気高い感じが好きだ。犬の懐っこさもいいけど……そういえば琴平が飼ってたパグとかいう犬、あれ本当に犬か? まだ疑わしい。

「僕が嫌なのは、その……ぁ、爬虫類が苦手で、哺乳類はもふもふしてて好きです」

「豚は哺乳類だぞ」

リナリアは尻尾の黒蛇を揺らす。

「何事にも例外はあるんだよ……! と、とにかく、リナリアさん。僕リナリアさんのことは好きです、カッコイイ女の人で……憧れです」

『好き? そ、そうか……』

リナリアはふいっとそっぽを向いてしまう、嫌われただろうか。

「ところで、この店……注文はどうするんだ?」

机にメニュー表などはない、調味料のボトルが並んでいるだけだ。呼び鈴らしきものも見当たらない。不思議に思っているとオークの店員がやってきた。

『お待たせ、しました。初めての、お客様でしょうか。注文の説明は、必要でしょうか』

「……あぁ、短く頼む」

『はい。では、まず……お客様の種族を、教えてください』

種族? 人間とか人狼とかオークとか、そういうのか?

『キマイラと……えぇと、悪い、父親を知らなくて。キマイラと何かのハーフだ』

「……この鎧に取り憑いたゴーストだ。俺は食うつもりはない」

「あ、えっと、人間です……」

太い指でメモを取る様子をどこか可愛らしく思っていたが、顔を上げるとその微笑ましさは消え去った。

『人間、ですか? 人間の方……分かりました』

「え? あ、あの……人間、ダメなんですか?」

『いえ……珍しいな、と』

店内を見回すが、人間らしき者は多く見受けられる。角や獣の耳が生えている者もいるが、大半は普通の人間だ。

「……いっぱいいるように見えますけど」

『悪魔だろ? 魔力で分かる』

「悪魔……!?」

なんなんだこの店。

『…………お客様、失礼ですが、この島の名産を、分かっていて、来ているんですよね?』

「え? えっと……僕は、リナリアさんの付き添いで。何も知りません……」

何だか怖くなって震える声で言うと、オークは僕に小さなメニュー表を渡した。

『現在、提供出来るのは、鶏串、豚串、牛串になります』

豚の前で豚は食えない。

「と、鶏で……あの、もも肉だと嬉しいです」

オークは僕の注文を繰り返しながらメモをし、ジャックに別のメニュー表を渡した。

『キマイラハーフのお客様、お客様は、この島の名産を、分かっていますよね?』

どうして名産が何なのかは言おうとしないんだ?

『……肉だろう?』

『…………失礼しました。部位は如何なさいますか?』

『部位……? あぁ、じゃあ……舌と心臓、一つずつ』

『かしこまりました。舌、心臓、一本ずつ……』

タンとかハツとか言ってくれないかな。生々しくて食欲が失せる。

『ゴーストのお客様は……』

「……エクトプラズムソーダ」

『かしこまりました。ソーダ一杯……では、しばらくお待ちください』

オークがのそのそと去っていく。なんだろう、居心地がとても悪い。

『……何故、肉の種類を飛ばして部位だけ聞いたんだ?』

「タンとハツですよね、やっぱり牛じゃないですか?」

『とは思うが……』

「それよりジャック、何頼んだの?」

『エクトプラズム。人格を持った魔力体、つまりゴースト系の魔物が物質に取り憑かずに実体を持つために必要な半物質だ』

全く意味が分からない。

「ジャック、飲めるの?」

『エネルギー体だからな、魔力として取り込めるだろう。初めて味というものが分かるかもしれない、楽しみだ』

樹液は甘そうに見えるが、ガソリンを給油するように入れているだけだから味なんて分からないのかな?
しばらく待っていると各々の料理が運ばれてきた。

「ジャック……それ本当にソーダ? もこもこしてない?」

ジャックの前に置かれたコップには綿菓子と風船の間の子のような不思議な物質が入っていた。ジャックがコップを持ち上げ、胸元に寄せると物質は少し減った。

「ふわっ……? わ、わっ……え? わ、なにっ……」

「ジャック? どうしたの?」

「しゅ、しゅわしゅわ……」

幼児が初めて炭酸を飲んだ時のアレか。表情が見たかったな。ジャックはしばらく混乱していたが、どんどんソーダが減っていくので気に入ったと見える。
普通に美味しい鶏串を食べながらリナリアを横目で見ると、訝しげな顔で肉の匂いを嗅いでいた。

「リナリアさん? どうかしました?」

『……嗅いだことのない匂いだ、牛じゃない』

「食べてみたら分かりません?」

かなり警戒しつつ、一口食べる。

「…………どうです?」

『……美味い。だが、何の肉か分からん。豚も牛も熊も食ったことはあるんだが……うーん? いや、美味いな……美味い……』

リナリアは考えるのをやめて「美味い」と呟きながら肉を貪り始めた。微笑ましいはずなのだが、爛々と輝く紫の瞳が肉食獣を思わせ、少し怖かった。
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