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第五章 蛇には酒だと昔から決まっている

巫女達と共に挑戦

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鬼屋敷を出た後、僕は盗んだ宝石を換金し、ジャック用の伝声石を買った。ついでに団子も。

「僕、やっぱりみたらし団子が一番好きかなぁ」

「……ユウ、躊躇なく盗品を自慢し、それを売るのは」

「大丈夫、現実世界ではやらない。ちゃんと分別ついてるよ」

「ここは異世界というだけでゲームの中などではないんだ、ちゃんと分かっているか?」

ジャックが何を気にしているのか分からず、苛立ち混じりに「分かってる」と返事をする。

「分かっていない。ユウ、人の物を盗むというのはとても悪いことだ。それの持ち主がどう思うか全く考えていない残酷な行為だ。それに持ち主は友人だろう?」

「フリージアさんバカだから気付かないよ」

「ユウっ……そう、だよな。俺はずっとお前に取り憑いていた……分かっていたよ、お前にまともな倫理観が育っていないことなんて」

「なっ……なんだよその言い方! 悪いことしたよ、分かってるよ! でもフリージアさんは貯めてるだけだよ、鳥だから光るもの好きなだけなんだよ、宝石じゃなくてガラスの欠片とかでもいいんだよ、また今度ビンでも割って欠片持ってくよ!」

機械音声で話すジャックはため息などつかない。しかし、僕はその幻聴を聞いた。

「ユウ……分かったよ。今後、俺がちゃんと教えてやる。とりあえず今回は仕方ない。事実、金は必要だしな」

「…………僕達はさ、魔神王を倒そうって言ってるんだよ。女神様は、魔王や魔物を殺せって言ってるんだよ。酒呑さん、いい人だったよね、でも女神様は出来れば殺せって……ねぇ、お兄ちゃん。異世界に現実世界の倫理観持ち込むのは危険だと思うよ、文化も何もかも違うんだから」

「……ユウ。俺はな、こういった状況でも善人でいようとすることこそ人間性だと思う。結果、善人でなくなったとしてもだ。文化も何もかも違うから……だからこそだ」

面倒臭い。僕は早く異世界を救わなきゃならない。宝石を売った金を稼ぐのに何日かかる? 僕はその間に父に何度殴られ、犯されればいい? 善人でいるには余裕が必要なんだ。

「…………分かった。今度から気を付けるよ」

「ユウ……! いい子だ、よしよし」

宝石を盗んだ時は何も感じなかった。売った時も、ジャックに咎められた時も何も感じなかった。けれど今、嘘の気持ちを褒められた瞬間、胸が痛んだ。


酒屋に到着し、店の前の長椅子に腰掛ける。ジャックは僕の隣に立って頭を撫でている。

「…………やめてよ」

「すまない、痛かったか? 手袋ははめたんだが」

指先まで鎧に包まれている彼にそのまま撫でられると鎧の隙間に髪が引っかかって痛い。だから革手袋をつけてもらっていて、今は髪が引っかかっていなかった。

「……痛くはなかったよ。ただ、その……ウザくて」

「ウザ……!? ユ、ユウ……ユウっ、思春期の妹からの「ウザい」はお前が思っているより効くんだぞ?」

「………………ごめん。ちょっと構わないで」

僕はどうして自分に優しくしてくれる人に冷たく接してしまうのだろう。式見蛇にだって何度酷いことを言ったか分からない。

「ユウ……? 泣いているのか?」

自分が嫌いだ。何よりも性格が嫌いだ。これじゃ異世界を救って美人にしてもらってもダメだ、式見蛇と付き合えたって自分が嫌いなままじゃ幸せになれない。
いい人になりたい。善人なんて面倒だと思いたくない。ジャックにも式見蛇にも優しく接したい。

「ユウ……泣かないでくれ、ユウ……よしよし、泣かないで…………ぁ、ユウ、二人が来たぞ」

涙を拭って顔を上げると巫女服のままのカガチとカガシが立っていた。ぎゅっと手を繋ぎあっている。

「手紙を読ませていただきました。結果、酒呑様と魔神王への不信感が大きくなりました」
「屋敷を出てからここに来るまでで話し合って結論が出た。魔神王の討伐……協力するぜ」

僕が彼女達に渡した手紙に書いたのはロード前の会話とほぼ同じだ。
酒呑が屋敷内の会話を全て聞いているだろうというこた。僕達の旅の目的、そして二人と一緒に旅をするなら協力してもらいたいということ。それらを書いた。

「どうして私達が島を出たいと思っていることが分かったのですか?」
「俺、確かに親父に会いたいとは言ったけどさ……にしても、なぁ」

「いや……ほら、欲望の大陸に同じ苗字の人いるとか言っちゃったから、行きたくなったのかなーって……ただの推理だよ。当たってたんだぁ……ははは」

迂闊だったかな。だが、手紙一枚で伝えるにはアレしかなかったと思う。

「その通りです。私達は欲望の大陸に向かいたい」
「でも、お前らの旅ではもう行かねぇんだろ?」

「う、うん……でも、欲望の大陸には居ないと思うよ。同じ苗字の人が居ただけで、ヘルシャフトって人が居たなら僕も知ってるだろうし……多分、他の大陸に居るんだよ」

ネメジかアンの親戚なら会っていてもおかしくはないが、会っていなくてもおかしくはない。

「占いでは着いていけば父に会えると出ました」
「……ちょっと信用ならねぇが、着いてくぜ」

僕への信頼ではなく、自身の占いの手腕を信用して着いてくる? なんだろう、ムカつく。

「では、早速目的を果たしましょう」
「この列島の魔樹に紋章を彫るんだよな」

「あ、うん……でも、蛇の神様が住んでるって聞いてさ」

前回はダメだったなんて言わないよう気を付ける。彼女達は疑り深い、言動の端々まで意識を張らなければ。

「その神様を引きつける……とかできそう? 巫女なんでしょ?」

「八岐大蛇様を騙すには酒が必要です」
「話をするにも酒がいるからな」

ちょうどここは酒屋だ。しかし、彼女達は首を横に振る。

「ただ呼ぶだけなら安酒でも構いませんが、引き付けて魔樹に手を出すには安酒では力不足かと」
「八岐大蛇様はその名の通り八つの頭を持ってるんだ。それを全て誤魔化すには最高の酒を八樽用意しなきゃならねぇ」

八つの頭……厄介だな。一つの頭を酒で引き付けたところで、残り七つに食われてしまう。

「最高の酒かぁ……買うんだよね、お金これで足りる?」

宝石を売った金を見せると二人は首を横に振った。

「お金は私共でも集めてみます」
「帳簿誤魔化せば一発だぜ」

それはまさか横領というものでは……?

「お嬢様の巣穴を掃除すれば早いのですが」
「お嬢が溜めた宝石売ればじゅーぶん足りるな」

「ぬ、盗むの? フリージアさんの……宝石」

「お嬢様は宝石に思い入れはありませんし」
「目減りしなきゃ気付かねぇからな、ちょっと盗るか」

簡単に犯罪に手を出すんだな、やはり異世界と現実世界では価値観や法律が違う。だからといって自分の行いを正当化したくもないけれど。

「カガシ、カガチ、人の物を盗むのはいけない」

「理解しております、しかし」
「ちびちび稼ぐんじゃ何年もかかるぜ」

今回異世界にいられるのは後三十時間もない。今回で魔樹に紋章を彫れるとは思っていなかったが、その直前までは進めたい。

「お兄ちゃん……お願い、許して。僕……他人のお金盗む罪悪感より、自分が酷いことされる方が辛い」

父にされてきたことを思い出すだけで体が震える。そんな日々が増えるかと思うと盗みも何でもやってしまえと思えてくる。

「僕、もう痛いのも気持ち悪いのも嫌だ。お願い、お兄ちゃん……火傷してから酷くなって、殺されるかもしれない……早くしないと、異世界にも来れなくなる」

「殺される……!? そんな、そこまで……わ、分かった。お前をまっすぐ育てたいが、育たないかもと言われては認めるしかない。カガシ、カガチ、盗むなら絶対にバレずに、迅速に頼む」

ジャックは融通が効かないわけではなく、兄として僕を正しい道に導こうとしてくれている。法や道徳ではなく僕を主体に考えてくれているのが嬉しい。

「承知しました。必ずしや大金を盗んでみせます」
「盗んだら酒買うから、魔樹の辺りで待っててくれ」

列島の魔樹は巨大過ぎる、距離感がよく分からない。

「分かった。必ず待ってるよ」

まぁ、見えているのだから歩いていれば辿り着くだろう。僕はそんな楽観的な考えでジャックを連れて魔樹へ向かった。
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