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第五章 蛇には酒だと昔から決まっている

人工知能が欺瞞ならお前は誰だ

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着替えを覗いた罰として茨木に言いつけられたのは酒呑のために注文された酒を運ぶこと。しかし、その量はトラックが必要なくらいに多い。

「小分けにして運ぶか。俺が引っ張る、ユウは崩れないか見ていてくれ」

ジャックは代車に全体の三分の一の酒樽を乗せ、金属の擦れる音を響かせて引き摺り始めた。

「……ねぇ、ジャック? 僕……ジャックの中身、見ちゃった」

「あぁ、兜の中にあるのはカメラだけだ。機械だからな、人間同じ形はしていないんだ。驚いたか?」

ジャックは僕が補給のために兜を外したとしか認識していない。胸当てを外していたとは知らないのだ。

「そ、そういう……頭とかの作り見て、気になって……僕、鎧……脱がしたんだ」

「この鎧はそう簡単に脱がせられるものではないはず……」

「蝶番の外し方くらい知ってるよ」

まさか鎧を留めているのが蝶番だなんて調べるまでは想像もしなかったけれど。

「…………何を見た?」

「……赤ちゃん」

「そうか、見たか。それが俺の本体だ。胸の中の瓶を破壊されると俺は死ぬ。まぁ……手足や頭部を破壊されても、修理不可能なら死と同義だが」

鬼屋敷に到着し、協力して酒樽を降ろし、何も乗っていない台車を引いて再び酒屋へ向かう。

「あの赤ちゃん、何?」

「……流石の女神も人間のように思考するAIは作れなかったということだ」

「あの赤ちゃん何って聞いてるの!」

「…………人工知能なのは本当なんだ。根幹を支えているのが胎児というだけで、演算などは機械でやっている」

僕が聞きたいことは伝わっているはずなのに、なかなか教えてくれない。

「聞き方変えるよ。あの赤ちゃんは誰の子なの」

「…………お前は女神と契約して異世界に転移している、報酬は?」

「僕の質問に答えてよ」

「……前に女神は異世界でのユウの身体を作り、ユウの精神を転移させるので精一杯と言ったが、あれは嘘だ、すまないな。本当のことを言ったら……ユウ、お前と冒険できなくなる気がした」

酒屋に到着するとジャックは僕の頭を優しく撫でた。

「俺もユウと同じ世界から来ている。俺も女神と契約したんだ。報酬は……生き返ること。この異世界で精神を成長させ、今ユウが使っている身体に魂を移し、お前と同じ世界で大人として生き返る……それが俺の目的だ」

「生き返る……? ジャックは死んでるの?」

「あぁ、三ヶ月くらいだったかな……母の腹から出ることもなく、死んだ」

「ジャック……ジャックは、もしかして、僕の……」

声が震えてしまって上手く言葉を紡げないでいるとジャックは僕を抱き締めた。

「…………ずっとお前に憑いていた。お前を助けたくて、守りたくて……そのために生き返りたくて女神と契約した」

「ジャック、ジャックは……名前、ジャックじゃないの?」

「……ジャックはデフォルト名と言っただろう? 日本では馴染みはないだろうが、名前が分からない者にはとりあえずジャックと付けるんだ」

「本当の名前……ある、よね?」

僕の予想が間違っていなければ、ジャックの本名は──

「俺の本当の名前はユウイチだ、化野あだしの 勇一ゆういち……それが俺に付けられるはずだった名だ」

「…………おにーちゃん、なの? 僕の……お兄ちゃん……産まれる前に死んじゃった、勇一お兄ちゃんなの?」

「……あぁ、ごめんな。ユウ……産まれていられたら、誰にもお前に乱暴なんてさせなかった」

母は息子が欲しくて子供を作ったのだから、勇一が無事に産まれていれば僕は作られなかっただろう。

「今お前が使っている異世界での身体が男なのは、異世界を救った後に俺がお前の世界で使うつもりの身体だからだ。見た目がお前に似ているのはお前の兄だからだ。歳も……産まれていたらその歳だったはずだから、その歳なんだ」

「ジャック……僕のことっ、鬱陶しいくらいに心配してたの……プログラムじゃなかったの? お兄ちゃん……お兄ちゃんっ、僕のこと、ずっと」

「……見ていた。守りたかった。抱き締めたかった。助けたかった」

その願いは今、叶っている。

「…………最近まで水子の霊が取り憑いていたなんて、怖い話じゃないか?」

「うぅん……お兄ちゃんだもん、しかも僕のこと愛してくれてる……僕、お兄ちゃんが生きてたらってたまに考えたんだ。守ってくれるかなって、父さんと一緒に虐めてくるのかなって…………お兄ちゃんっ、お兄ちゃあんっ、お兄ちゃんっ……会いたかった、会いたかったぁっ……なんでロボットなんて嘘ついたのっ、僕お兄ちゃんに会いたかったのにぃ!」

酒屋の前で西洋鎧に抱きついて泣き喚く男なんて不審者以外の何者でもないだろう。分かっていても僕は泣くのをやめられない。

「機械だと言っていた方が楽かと思ってな。遠慮なく頼れただろう?」

「そりゃそうだけどっ……お兄ちゃんだって知ってたら、僕……もっとちゃんと接したのに」

「そんなふうに気苦労をかけたくなくて」

「気苦労じゃない! 気苦労だとしても楽しい気苦労だよっ! ジャック……うぅん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……生き返るんだよね。僕が頑張ったら……現実世界で一緒に暮らせるんだよね?」

今僕が使っている異世界での男の身体を使うらしいが、戸籍などは大丈夫なのだろうか? 女神の力で誤魔化してしまえるのだろうか? 心配ごとはあるが、兄が生き返ることに比べれば些細なことだ。

「お兄ちゃん……僕、僕ね、お兄ちゃんに会って欲しい人がいるよ。式見蛇っていうの……とっても優しくて、大好きなんだ」

「生き返ったら速攻で妹の彼氏と会わされるのか。もう少し兄妹水入らずを楽しみたいが、小舅になるんだな……」

「かっ、彼氏なんてっ……そんな……ぁ、でも、美人になったら式見蛇と付き合うつもりなんだった……うん、彼氏。仲良くしてね、将来の弟なんだから」

「…………気が重い」

異世界を救うやる気が溢れる。達成すれば僕は失った全てを取り戻せるのだ。
娘に乱暴しないまともな父親、妹想いの優しい兄、火傷も何もない綺麗な身体、母親に虐待なんてされていない優しい彼氏──僕は全てを手に入れる。

「頑張ろうね、お兄ちゃん」

「あぁ、まずは酒を運ばなければな」

すっかり忘れていた。
僕達は協力して全ての酒を運び終え、疲れを癒すため風呂に入った。兄だと意識してしまうとジャックと共に入るのはとても恥ずかしいことだが、今の僕は男の身体だし、将来は兄の身体だ。

「そうなると……お兄ちゃんの身体に入ってるのって、なんか……アレだね」

「そうだな」

「ねぇお兄ちゃん、かなりのイケメンでスタイルよくてここも大っきいのってさ……お兄ちゃん、かなり欲張ったよね」

「うっ……い、いや、お前に似た感じでと伝えただけで、作ったのは女神であってだな」

そこそこ注文をつけたと見た。

「将来お兄ちゃんの身体なら、傷は付けられないなぁー……ふふっ。あ、ねぇ、皮って剥いておいた方が」

「その辺りはもう触らなくていい!」

「分かった……あ、ねぇ、お風呂上がったらお兄ちゃんに会わせてよ」

ジャックは首を傾げている。「俺ならここに……」とでも言いたいのだろう、しかし声に出す前に僕の言葉の意味が分かったようで、コクリと頷いた。

「ユウ……えぇと、この妖怪変化の列島の魔王の居城こそが、ここなんだな?」

「うん、酒呑童子っていう鬼だよ。悪魔よりは弱いとか言ってたけど……悪魔、会ったことないし……十分、僕じゃ勝てないくらい強いよね」

公にではないとはいえ、敵対している者の家に厄介になっているというのはかなり不思議な状況だな。

「酒呑さんも茨木さんもいい人だし、戦うとかは嫌だ……絶対勝てないし」

「魔樹に忍び寄る方法を考えなければな」

僕は魔樹に一人で近付いた時のことを話した。魔樹に下手に近付けば巨大な蛇の姿をした邪神に襲われること、酒呑は普段は優しいが魔樹に近付く者には容赦がないこと、この二点を重点的に話した。

「…………ユウ、殺されたのか?」

「えっと……まぁ」

「………………ごめんな、傍にいられなくて」

「い、いやいや……僕が迂闊過ぎたんだよ」

巨大で隙だらけに見えるのに守りは厳重な魔樹にどうやって紋章を彫るのか、その方法はのぼせるまで風呂に入っていても浮かばなかった。
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