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第六章 現実世界は異世界より奇なり

蛇を装った狂犬

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式見蛇と全く同じ見た目をした謎の不良、愛称ひーくん。彼は僕を片腕で抱いたまま誰かに電話をかけ始めた。

「あ、もしもしー、雪風さん? もみ消し頼んでいいです? ごめんなさい、ちょっとやりすぎちゃって……いやでも事情があるんですよ」

見た目は同じだが、式見蛇と違う点はいくつかある。
まず口調、式見蛇よりも数段乱暴だ。
そして態度、式見蛇よりも明るく、時に無礼だ。
次に笑顔、式見蛇と違って彼は口元だけで笑う。
怖いのは目、式見蛇と違って虚ろで目に光がない。
最後に体温、式見蛇よりも高くて僕の体も温まる。
これだけ違うのにどうして気付けなかったのだろう。

「そう怒らないでください、怒った顔も綺麗なんだろうなーって見たくなっちゃいます。場所? ちょっと分かりにくいんですけど……」

式見蛇と違って前髪を上げているけれど髪の長さや切り方は全く同じだ。派手な服を着ていると言っても服なんていくらでも替えがきく。
見た目では分からないから騙されてしまったのだろうか。

「記憶? あぁはい、消してください。すごいですよねー、記憶弄れるなんて……俺も嫌な思い出消したいですぅー」

式見蛇ではないと気付けなかった自分への嫌悪や憎悪が募る。

「はーい、お願いしまーす。じゃ、俺はちょっと用事あるんで……はい、後で施設行きますから勘弁してくださいよ」

気付いたあとも甘えている自分への嫌悪や憎悪はもっと大きい。彼の胸に頭を預けるべきじゃない、彼の背に腕を回すべきじゃないのに、少し体温が高い式見蛇としか思えない彼から離れられない。

「ユウちゃん、電話終わったぜ。帰ろっか」

「父さん……」

「知り合いに連絡しといた、病院よりも手厚く治療してくれるし、しっかりもみ消し頼んだ。完璧完璧。ちょっと怒られたけどさ、ま、チョロいんだよなあの人」

「…………お前、名前なに?」

「ひーくんでいいってば」

僕の腰に腕を回して進もうとする。僕は必死に踏ん張ったが、簡単に動かされてしまった。しかし足を止めることには成功した。

「そんなに俺のこと気になっちゃってんの?」

「……名前も教えてくれないようなヤツについて行きたくない」

「名前言ったらついてくんの? 知り合いのフリして、親父の腕折って、ベタベタ触ってくる他人に……本名言うかどうかも分からないのに?」

虚ろな三白眼を向けながら言われ、背筋に寒気が走る。無表情だったのにすぐに笑顔に変わるのも怖い。

「…………犬鳴塚」

「……へ?」

犬鳴塚いぬなきづか 真尋まひろだ。よろしく、ユウちゃん」

「あ、えっと、僕は化野あだしの 勇二ゆうじ……知ってると思うけど、僕からは言ってなかったから」

彼の笑顔は本物ではないのだろうか。深淵のような点のような黒く虚ろな目は僕に不安を与える。

「えっと……犬鳴塚」

「ひーくん」

「ひー……くん。その……えっと、帰るって何?」

「家まで送ってやるって意味」

父を置いていくわけにはいかない。そう言おうとしたが、路地裏にぞろぞろと黒いスーツを着た男達が入ってきて言葉を飲み込んだ。

「お疲れ様でーす。雪風さんは?」

「当主様はご多忙ですから」

「……あ、そ。まぁ浮気現場見られるわけにはいかないからいいけど」

男達への怯えから犬鳴塚に抱きつく力を強め、彼にぎゅっとしがみついたまま路地裏を出た。男達の横を通り過ぎる途中「化け物め」だとか聞こえたが、あれはもしかして犬鳴塚に向けられたものだったのか?

「電車とタクシーどっちがいい?」

「電車でいいよ」

切符代も持っていないので犬鳴塚に払ってもらい、ガラガラの電車に乗る。

「…………ねぇ、ひーくん。ひーくんはさ、本当に僕のこと好きなの?」

「……俺ね、ちっちゃい頃から白い毛にすっごい惹かれんの。ウサギでもネコでもなんでも、アニメキャラとかも白髪が好き。老齢の方じゃなくてね」

アニメは見ないから分からないが、異世界には白髪の若い者は何人もいた。アンやガザニアのような女の子が犬鳴塚の好みなのか?

「で、まぁ……毛が白いだけじゃなく、人間なら肌も白い子が好き。色素が薄くてピンクっぽい肌とかじゃなく、青白ーい不健康そうなの」

自分の右腕を見る。骨が浮き出るほど細く、死体のように青白く、うっすらと緑っぽい血管が見えた。

「白髪美少女なんてまずいないじゃん? だからまぁ俺は二次元に生きるしかないのかなーって思ってたわけよ。で、ちょっと隣町に名店探しに来てみたらよ、ウィッグ被ってる不健康レイプ目系ダウナー美少女が抱きついてきたんだぞ? そりゃちょっと嘘ついてでも話したいじゃん」

「レイプ目……」

「レイプ中もしくは後で放心してる感じの光のない目ってやつね、虚ろーな感じ」

そんな用語あるんだ。

「……お前もじゃん」

「いや俺は黒目が小さくて光入らないだけだから」

「焦点合ってないよ」

「気のせいだろ」

そんなに必死で否定したくなるようなものなのか? 好みのくせに。

「えっと……ひーくんはレイプされた女の子をそのトラウマにつけ込んで懐柔するのが性癖なんだっけ?」

「すっごい曲解! 違うって、なんか知らないけどダウナー系っていうかダーク系っていうか、暗い子が好きなんだよ。ユウちゃん中身はまだ分かんないけど見た目めっちゃヤンデレ感あるからさ、好きなんだよなー」

式見蛇が僕に好意的なのは多分同情だ。互いに他に何もないから依存しているだけだ。犬鳴塚は違う、僕の見た目だけを好んでいる。

「……僕、自分のこと僕って言うし、口も悪いし、性格も悪い」

「性格とかどうでもいいし僕っ娘は萌える」

「…………胸ないし、くびれもないよ。手足も短い。女の子っぽい形してないよ」

「別に体には興味ないから。髪の引き立て役だからな、体なんて」

ウィッグの引き立て役? ふざけるな。

「……火傷、してる。まだ、左半分の肌ただれてる。右側も燃えたのは燃えたから変な痕あったり、つっぱって動かしにくくて、汗かいちゃダメって体育もさせてもらえない……見た目がいいって言うなら、半分ダメになった僕なんか嫌なんじゃないの」

「フライフェイスは萌え要素だろ? 包帯も萌える。さっきちょっと剥がれてんのとかやばかったもん、隠してんの見えんのってホント最高」

あぁ……変態だ。気持ち悪い。気持ち悪いけど、嫌いじゃない。

「……ねぇ、家まで送ってくれるんだよね。忙しくないなら家上がっていって。僕の傷全部見てよ……お前の変態ヅラ剥がしてやる、目逸らさせてやるから」

気にしている火傷跡を「萌える」だなんて言われるのはムカつく。顔はまだ大したことはない、太腿のケロイドや腹部の打撲混じりの傷を見せてやる。どんな変態だろうと「気持ち悪い」と言うはず、医者でもない限り直視なんてできないはずだ、僕ですらじっと見ると吐き気をもよおすのに変態なんかが耐えられるわけがない。

「昨日ぶりのユウちゃん家だ、相変わらず物の少ない部屋だな」

そのニヤケ面を崩してやる。僕を化け物だと言わせてみせる。
でも、彼の変態性に少し期待する。全ての傷を見てもまだ笑っていられたら、僕は──

「ゲームしようよ、ひーくん。もし僕から目を逸らしたら……二度と僕に関わるな。この町にも来るな」

「おっけー」

犬鳴塚を床に座らせ、その目の前でパーカーとカーゴパンツを脱ぐ。異性の前で裸になって恥ずかしがるような乙女らしさは残念ながら持ち合わせていない。

「髪、切ってんの?」

ウィッグを外し、半分ハゲた頭皮を晒す。どうせウィッグを外さないから生えている部分も短く刈っている。

「蒸れるから」

「ふーん」

女の子の髪がない姿なんてあまり見るものではないと思うのだが、犬鳴塚の表情は変わらない。僕は彼を睨みながら身体中に巻いた包帯をほどいた。

「全身ともなるとすっごい量だな」

しゅるしゅると足元に包帯が落ちていく。焼けただれた肌が犬鳴塚の目に映っていく──犬鳴塚は目を逸らさない。

「……全部脱いだよな。目、逸らさなかったぞ。ゲームは俺の勝ちだよな?」

酷い火傷をしているのに父に容赦なく殴られ、皮が剥がれたり肉がめくれたりしている腹部を近付ける。

「これ痛くないの?」

「そういうとこは神経まで燃えてるから」

殴られた衝撃は内臓まで伝わるから痛いけれど、皮膚表面に痛みは覚えない。

「…………本当に目逸らさなかったね。本当に気持ち悪い、本物の変態だよ」

「俺の勝ちなんだから俺の言うこと聞いてくれよ」

「……何?」

「俺が買ったウィッグ被ってくれ」

押し入れの中に隠してある白いロングヘアのウィッグを被り、犬鳴塚の方へ向かおうとすると立ち上がっていた彼に抱き締められた。

「最高っ……本当に似合う、そっくり……! 可愛い、綺麗だよ。その睨みつけるような冷たいレイプ目がたまんないっ、そっくり……!」

「…………僕のこと、好き?」

「好き好きめっちゃ好き、すっごく似合ってる……そっくりだよ、めっちゃ好き」

そっくり? 彼の本当に好きな人が僕に似ているのか? 実在する人間かどうかは知らないが、彼を式見蛇代わりにしようとしている僕には何も言えない。

「じゃあ、いっぱいご飯おごってね。色んなところに連れてって。僕にお金かけてくれるなら僕はお前の理想の女になっててやるよ」

「ゃん援交、元からそのつもりだぜ、ユウちゃん」

式見蛇には包帯の下は見せたくない、式見蛇とはデートなんてできない。犬鳴塚も本当に僕のことを好きなわけではないのだから、このくらいの利用は許されるべきだ。
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