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第五章 蛇には酒だと昔から決まっている

勉強はおろそかに

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部屋まで戻ってようやく琴平は犬が着いてきているのに気付いた。

「も~……毛ぇ落ちるからあんま入って欲しくないんですけど、今日オーパーツ遊びに行ってるさかい寂しいやろし、しゃーないですねー」

「……オーパーツが遊びに行くってかなり面白いよね」

「私もそう思いますけど妹の名前なんですよ!」

「ふふ…………ねぇ琴平、犬がすっごい顔押し付けてくるんだけど」

犬は僕の足や背や腕に顔を押し付けてきている。なんか濡れる。

「新しい人ですからね、匂い覚えてるんですよ」

「……犬がくしゃみした」

「まぁすることもありますよ」

「……犬が式見蛇の方に行った」

「犬犬犬犬言うんやめてくれません? プー助です、プーちゃんですよ」

確かに鼻がプープー鳴ってるな、鼻詰まってるんじゃないのか?

「ん……なに、臭い……ぅわっ!? えっ…………パグだぁっ……! 可愛い!」

顔に顔を押し付けられた式見蛇が目を覚ました。彼はパグという犬種を知っているのか……もしかして知らない僕がおかしいのか?

「おはようございますー、式見蛇さん」

「おはよう。この子なに? ペット?」

「プー助言うんですよ、プーちゃん呼んだってください。名前呼んでも反応しませんけど」

あまり賢くはないのか。

「どうやって呼ぶの?」

琴平はクッキーの箱を持ち、揺らし、ガサガサと音を立てた。途端、犬は琴平の方へ走り、彼女の隣に座って右前足を膝に乗せた。すぐに右前足を下ろして左前足を乗せ、左前足を下ろしてその場に伏せ、再び座る。

「……おて、おかわり、伏せを勝手にするんですよ、賢いでしょ~」

「むしろバカ」

「化野さんほんま辛辣ですね!」

「あげられないクッキーで呼ぶの可哀想じゃない?」

「まぁ……後で自分の飯食ったら忘れますよ」

新しいクッキーの箱を開け、皿に持って三人で分ける。もう誰も課題をやる気はなかった。犬は三人の横を回っておこぼれを狙っていたが、完食すると拗ねたのか丸まって眠ってしまった。

「…………ごめん、眠い……おやすみ」

式見蛇も眠ってしまった。

「……そうそう、お菓子出してもらったらこーくん寝るんだろうなーって思ってさ、これ持ってきてたんだ」

式見蛇が熟睡しているのを確認した僕は自分の鞄から猫のぬいぐるみだったものを取り出した。父に壊されてバラバラになったそれの中綿まで完璧に集め、ビニール袋に入れていたのだ。

「…………なんです? これ」

「こーくんに取ってもらったゲーセンの景品なんだけど、ボロボロになっちゃって……直せないかなって相談したくて。僕、手がこれだから裁縫とかできなくて」

火傷を負う前ならできたのかと聞かれたら首を横に振る。母に「裁縫は女のやることだ」と禁止されていたから並縫いもろくにできない。

「どれどれ……わー、バラバラ……えっこれハサミで切りました? 切れ目そんな感じですけど」

「…………お父さんが、さ、男にもらった物だろって」

「えぇ……やばい人ですね」

「ねぇ、反物屋って服作る人だよね? 琴平、裁縫できない? お礼はするから……そうだ、課題代わりにやるから、直してくれないかな……」

琴平はじーっとぬいぐるみの断面を眺めている。

「反物屋は関係ありませんけど……まぁ、たまにぬいの服作ったりはしますし」

琴平が指したのは棚に並んだぬいぐるみだ。キャラ物のようだが、その一部の服は手作りらしい。立ち上がって眺めてみたがなかなかよくできている。

「テスト前って掃除とか手芸とかしたなりますよね。何日か預からせてもらってもええですか?」

「直してくれるのっ? ありがとう琴平……! 課題代わりにやるよ!」

「……いや、化野さん字ぃ汚いんで。あ、でも計算は早いんですよね、写させてください」

「分かった。数学の課題終わらせちゃうね、ノート置いていくから提出までに返して」

数学の課題は後三ページだ、琴平の家にいる間に終わるだろう。そうと決まれば頑張らなければ。琴平は猫のぬいぐるみだったものを勉強机に置き、こちらに戻って国語の課題をやり始めた。

「はぁ……流石に綺麗な文章ですよねぇ、そらそやろって思いますけど、ほんま綺麗」

「文に綺麗とか汚いとかあるの?」

琴平は国語の教科書を見ながらため息をついている。

「私よう小説読むんで」

本棚にはたくさんの小説やマンガが並んでいる。タイトルからして恋愛ものが多いように見える。

「この話ほんますごい……最初の一文で場所から時間から主人公からその現状全部分かる。街の様子時間の流れ、ほんま完璧ですよ」

「ふーん……? そういうのは僕分からないなぁ」

計算問題を解きながら授業中に読んだ話の内容を思い出し、疑問も思い出す。

「……埋葬されるわけでもない、遺族もいない死体から髪の毛抜くのってそんなに悪いことかな?」

「遺体損壊はあきませんやろ。死者になんやかんやするってのはどこの国でも宗教的なアレでもあかんことですよ」

「服奪うよりマシだと思うけどなー。悪いことしてるんだから悪いことやられても仕方ないは酷くない?」

「その理論言い出したんはその婆さんですし」

「そっか……うーん……まぁ、一番悪いのは不況だよね」

「それ言うたらおしまいですやん」

数学の課題は終わりだ。このノートは琴平の家に置いていくとして、次は理科でもやろうか……その前に式見蛇を起こしてやろうかな。

「……そうだ。プー助、プーちゃん、おいでー」

お菓子の空箱にゴミを詰めて振ったが、丸まっている犬は無反応だ。

「なんでか知らんけど食いもんあるかないか分かるんですよね」

「すごいね……しょうがないなぁ、普通に起こそう」

「プーちゃんに何させる気だったんですか……」

式見蛇の頬を軽く叩いて起こす。起き上がって微笑みはしたがまだ寝ぼけているようで僕の胸に頭を押し付けてきた。

「こーくん? そろそろ起きて課題やらないと」

「んー……ユウ、ちゃん……」

頭を押してどかそうとすると式見蛇は顔の横に手をやってしがみついてきた。つまり、僕の胸を鷲掴みにした。

「んー…………ん? あっ、ご、ごめんっ! 違う、その、わざとじゃなくて!」

ようやく目を覚ました式見蛇は首を激しく横に振りながら弁解を始めた。

「揉むもんないんですからええですやん」

「乳もぐぞ」

「ごめんねユウちゃん……出頭するから」

「い、いいよいいよこーくん、わざとじゃないんでしょ? わざとでも怒らないから、ね?」

落ち込む式見蛇を励まして課題をやらせる。二度も眠って頭はスッキリしているだろう、スラスラとノートを埋めていった。

「あ、そうそうこーくん、ニシ先生男の人かもしれないって」

「やっぱりそうなんだ、ユウちゃんの例があるからちょっと迷っててさ……」

「僕の……? 何、ぺったんこ?」

「い、いや、名前……ニシ先生の下の名前、涼斗りょうとなんだよ。だから男だと思ってたけど、ユウちゃん勇二だしなーって」

そういえばニシとしか知らない。他の先生と違って名札つけてないんだよな、あの人。

「そっか……でもさ、僕より女の人っぽいよね、足長いし……お尻の形綺麗だし、ちょっとくびれあるし。僕なんかド貧乳寸胴大根足の焦げ目付き……男に見た目の女らしさで負けるなんてっ……!」

「まだ男や決まってませんやん」

異世界で既にアンに負けているが、彼女はその辺の女よりも美しいので敗北感はさほどない。

「え、えっと……あ! 俺切り干し大根好きだよ!」

「私千枚漬け!」

「あはは……じゃあ僕千切りになるー」

自虐を言ってしまったが、本心から悲観している訳でもない。異世界を救えば僕は誰よりも美しい女になって式見蛇に愛される、今の体がどうだろうと無問題だ。

「琴平ぁ……朝昼晩のご飯教えて、同じもの食べるから」

「パンケーキとヨーグルトとカットフルーツと……」

「そんなブルジョワモーニング真似できるかぁ!」

「個別換算したら百円ちょっとですって!」

琴平の食生活を真似するのは諦めよう。そうだ、式見蛇はどうだろう。この筋肉を作るには効率のいい食事が必要なはずだ。

「こーくん、こーくんはご飯なに食べてるの?」

「朝はちくわ、昼はたまごサンド、夜は……まちまちだけど、ゆでたまご二個が多いかなぁ」

「その筋肉どこから来てるの……? こーくん、夕飯の余り物とかでよければあげるから、明日から朝早めに迎えに来てね」

ちくわは単体で食事になるものではないと思う、ゆでたまごもそうだ。彼は僕より栄養状態が悪い……父はよく食事を残すから、箸がつかない唐揚げだとかは捨てずに渡そう。
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