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第五章 蛇には酒だと昔から決まっている

執行猶予の冤罪少年

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呼吸が落ち着いて僕が過呼吸になった経緯をニシに説明するとニシは深いため息をついて生徒指導の教員の方を向いた。睨んでいるのか、呆れた目で見ているのか、目元を隠す長い前髪のせいで分からない。

「……式見蛇さんに似た人物の話は僕も先程聞きました」

ニシは僕が話した式見蛇に瓜二つの人物の話をしてくれた。興味なさげに聞いていたのにしっかりと覚えていてくれたのが嬉しかった。

「──以上です。咄嗟に双子の悪い方が……なんて言い訳はありえても、その伏線を張っておくのは難しい。僕が来ることを想定して過呼吸になったとでも言いますか?」

「い、いや……でも、似た奴がやったなんて」

「ありえなくはないでしょう。隣町の中学生……それも化野さんが接触したクラスメイトは制服を着ていたと聞きました。制服が分かっていれば学校が分かる、学校が分かれば式見蛇さんに似た生徒を見つけられます。調べてみてはいかがでしょう」

調べるのは面倒臭い。そんな雰囲気が部屋に漂う。

「いささか早計というのは私も同意します。どうです先生方、ここは一つ結論を見送っては」

「は、はい……主任がそう申されるなら。しかし……追及したい事柄が別にあります。化野と式見蛇は距離が近過ぎる、我が校は不純異性交遊禁止です。その点についてはどう思われますか?」

納得はしていないようだが引き下がった、と見せかけてまたイチャモンをつけてきた。

「僕達、付き合ってません……」

「なら尚更そんなに引っ付くな!」

「先生、大声」

「あっ……す、すいません」

大人しく言うことを聞いて人目につくところでは接触を避ける。それが賢い手だと分かってはいたが、意固地になった僕は式見蛇の首に腕を回してぎゅうっと抱き締めた。

「先生、男女が仲良くしていたら即恋愛や性欲に結びつけるのはどうかと。そもそも不純異性交遊って……純愛や同性間ならいいのかって話ですし」

ニシは未だにそれを気にしていたのか。

「学生が恋愛にうつつを抜かすのがいけないんだ!」

「ですから、恋愛とは限りませんよね。彼ら以上に距離の近い生徒なんていくらでもいますよ、手を繋いで登校してくる生徒もいましたよね」

「あれは女子同士でしょう」

「女子同士で恋愛に発展しないとでも? むしろ思春期は一時的に同性に惹かれることが多いとされています」

ニシ、さっきから話をズラそうとしていないか?

「先生は同性愛を認めないなんて差別発言をするおつもりで? 宗教家でもないのに」

「……それとこれとは関係ありませんよね!? 今は化野と式見蛇の話をしてるんです!」

「…………案外鋭いな。野生の勘か、ゴリラだし……」

「なっ……い、今なんつったこのクソアマ!」

聞こえるか聞こえないかのギリギリを狙った暴言で生徒指導の教員が逆上する。まさか大人の喧嘩を見られるなんて……いや、感心している場合じゃないな。

「ユウちゃん、こっちに」

生徒指導の教員がずんずんとニシに向かっていく。式見蛇は僕を抱えて下がり、学年主任と担任が喧嘩を止めに入る。

「来た時から気に入らなかったんだ。偉そうにするし早朝出勤も残業もなし、俺達とろくに話そうともしない!」

イマドキの新入社員、とかいうテレビの特集でたまに見る特徴だな。

「偉そうにしたつもりはありませんよ、あなたが僕を下に見すぎなんじゃないですか。時間外労働はしませんよ、当然です。あなた達と話すことなんて業務に含まれていましたか?」

生徒指導の教員がニシの胸ぐらを掴む。同時にニシが教員の足を思い切り踏み、教員はあっさりとニシを離して足を押さえ、呻いた。

「……早めに手当することです、雑菌が侵入しますから」

サンダルの隙間を縫って素足をピンヒールで踏み抜くなんて酷いことをする。

「化野さん、式見蛇さん、もう暗いですから送っていきますよ、来なさい」

「え……あ、ありがとうございます、失礼します」

生徒指導室を出て学年主任と担任にお辞儀をし、コツコツとヒールを鳴らすニシの後を着いていく。

「あ、あの……カッコよかったです、ニシ先生。僕、ニシ先生みたいになりたいなって前から思ってるんです」

「僕には強力な後ろ盾がありますし、自身の格闘能力への自信もあるから生意気にしてるんです。我慢できることは我慢していた方が楽ですよ」

一教員の後ろ盾が何なのかはとても気になる。教育委員会のお偉いさんの親類とか……そんなところかな?

「靴を履き替えたら駐車場に来なさい、家まで送ります」

空にはもう月が出ていた。言われた通りに外履きに履き替えたら教員用の駐車場へと向かう。家庭向けの車が並ぶ中、厳つい四輪駆動の前にニシは立っていた。

「普段はバイクなんですけど、今日は雨の予報だったので車で来たんです。結局降りませんでしたけど、あなた方を送れるなら車で正解ですね。さ、後ろにどうぞ。少し高いので気をつけて」

確かに車高が高い。先に乗った式見蛇に引っ張り上げてもらい、ふかふかのシートに座る。シートベルトの安心感も家の車とは違う気がした。

「すごい車ですね」

「夫の趣味ですよ」

ピンヒールを脱いだニシはスニーカーを履いてアクセルを踏んだ。

「わ……高い。景色すごいよ式見蛇、バスみたい」

「そこまで高くはないでしょう……あぁ、そういえばあなた達はスーパーに買い物に行くんでしたっけ? 今日も行くなら先にそちらに向かいましょうか」

「いいんですか? ありがとうございます!」

僕はすっかりニシを信用し、一番好きな教員になっていた。他に好きな教員はいないから「一番」と言うのもおかしいか。
スーパーに着き、三人で店内を回る。ニシはゼリー飲料を買っていた。

「あれ……ニシ先生、縮みました?」

「スニーカーだからですね、僕は170ありませんから……ヒールを履くとギリギリ超えるんですけどね」

「ヒールっていいですよね……履いてみたいなぁ」

「……あ、もしかしてユウちゃん、背ちっちゃいの気にしてるの? 数センチじゃ焼け石に水だよ」

各々食材などをレジを通して袋に詰め、車に戻った。重たい袋を持っての帰路は辛い、今日だけでも楽ができるのは嬉しい。

「お二人の家はどちらですか?」

二人で住所を伝えると車が走り出す。

「…………あの、ユウちゃん? ちっちゃいの可愛いよ? だから気にしないで」

ヒール程度では無意味だと言われ、落ち込んで静かな僕の顔を式見蛇が覗き込んでくる。

「式見蛇さん、ファッションは他人から見て可愛いとか綺麗とか、そういうものじゃありません。自分に自信を持てるかどうかです。たとえ数センチでも、焼け石に水でもね」

「ユウちゃん……ごめんね」

「別にいいよ、気にしてない」

あと数センチでも高ければ式見蛇に屈んでもらわなくても式見蛇の首に腕を回せる。

「……少し止まりますね」

ニシはコンビニの駐車場に車を停め、ヒールを持って車を降りた。僕側のドアが開いてニシが手を差し出す。

「少し、履いてみませんか?」

「…………はい!」

急いで降りて靴を脱ぎ、ワクワクしながらピンヒールを履く。当然ながらサイズは合わないが、景色が違う。

「すごい……! 高いです、全然景色が違う!」

降りてきた式見蛇の方へ行こうとして転びそうになったがニシに支えられた。

「大丈夫ですか?」

細いのに力強い腕も、平たい胸も、硬い。

「は、はい……ごめんなさい。式見蛇、来て、まっすぐ立って」

思った通りだ、首に腕を回しやすい。

「……これしたかったんだ。いつもこーくんに屈んでもらってるから」

「そうだったんだ……ごめんね、意味ないとか言っちゃって」

「ううん、歩けないんだもん、意味ないよ」

「大丈夫だよ、歩かなくていい」

式見蛇は軽々と僕を持ち上げる。お姫様抱っこと呼ばれる抱き方だ、気恥ずかしいが、嬉しい。

「……これじゃ靴履いた意味ないよ」

「嫌?」

「ううん……嬉しい。ありがとうこーくん」

彼の胸に頭を預けてヒールを履いた足を眺める。それからしばらくしてニシの存在を思い出した。

「あ……ご、ごめんなさい先生」

「いえ、可愛らしいものを見られました。ありがとうございます、さ……乗ってください」

ヒールを返して車に乗り、式見蛇の肩に頭を預ける。家まではほんの僅かな道のりだったけれど、幸せだった。
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