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第四章 移動式空中要塞と同じ傷を持つ者

狂犬さんのうわさ

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琴平に頼まれて両替に行く途中、高校生らしき少年とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい……」

小銭が落ちる音と僕の謝罪の声は共に店内BGMにかき消された。散らばった百円玉を拾っていると式見蛇と出会った時のことを思い出し、つい顔が綻んだ。

「何ニヤついてんだよ」

「ぁ……ご、ごめんなさい……えっと、僕拾ったのは三枚で……全部ありましたか?」

「いや、足りねー」

僕から受け取った三百円を財布に入れつつ、少年はじっと僕を睨む。

「あと何枚ですか?」

「お前、中学生? 学校どこ?」

「え……? えっと……関係、ありますか? それ」

「いいから言えよ」

凄むような少年の態度に怯えつつ学校名を言うと少年はニヤッと笑った。

「……ま、いいわ。その千円寄越したら許してやるよ」

「え……ぁ、ごめんなさい、これ友達ので」

これはカツアゲだろうか。どうしよう、琴平に頼まれたものだから渡す訳にはいかないし、千円なんて僕には弁償出来ない。何としても守り抜かなければ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。この千円は許してください。今財布出しますから……」

「はぁ? ま、いいけど……待機料プラスな」

財布を探すフリをして携帯端末を操作し、式見蛇にメッセージを──

「ん……? てめぇ何してんだ!」

「ひっ……ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい」

携帯端末を握り締めて後ろを向き、時間を稼ぐ。

「何してんだって聞いてんだよ!」

肩を掴まれてひっくり返され携帯端末を落とす。

「舐めた真似すんなよ、俺もぼっちで来てる訳じゃねぇんだぞ」

ゲーム筐体に押し付けられ、父に殴られた痣が痛む。

「……つーか何この包帯、中二? マジ怪我?」

「や、火傷……」

「ふーん……? うわグロっ……マジかよ…………えぇ、うっわー……」

顔の包帯を捲り、すぐに手を離す。その仕草は汚い物に触れた時と同じだ。

「ユウちゃんに何してるの?」

「え……?」

包帯を直しながら滲んだ涙を擦る僕を見下ろしていた少年の顔が大きな褐色の手に掴まれる。

「いっ……痛い痛い痛い痛いっ!」

こめかみを潰すように頭を握られて喚く少年とゲーム筐体の隙間から抜け出し、助けに来てくれた式見蛇の後ろに隠れる。式見蛇は僕をチラッと見て、投げるように少年を離した。

「……ってぇな! え…………きょ、狂犬?」

僕を前に出さないようにと式見蛇は左手を後ろに回している。その手は微かに震えている、彼も怖いのだ。

「170以上あって……色黒で……ごつくて……目付き悪くて……出会い頭のアイアンクロー…………お、お前……お前、お前が、狂犬か?」

「…………何、それ」

「ひっ……し、知らなかったんだよお前の縄張りとか! こ、これで何とか……!」

少年は式見蛇に千円札を押し付け、店内だというのに全速力で走って逃げていった。

「……千円もらっちゃった。どうしよう……追いかけた方がいいかな」

「こーくんがカツアゲしたみたいだよね。でももう見えないし……あの人友達と来てるとか言ってたし、その人探してみよ」

「ユウちゃん何かされなかった? 怪我とかは?」

「大丈夫だよ、こーくんが来てくれたから。ありがと」

ゲームセンター内をしばらく歩いていくと、男子高校生の集団がキョロキョロと周囲を見回し、そのうちの一人が電話をかけているのを見つけた。

「こーくん、こーくん、あの人達かな」

「さぁ……」

「あ、あの、すいません、ちょっといいですか?」

普段なら歳上の男に声をかけるなんて出来ないけれど、式見蛇が居る今は何だって出来る。

「つんつんした髪で、耳に丸いピアスつけて、黒いズボン履いた人なんですけど……知り合いじゃないですか?」

少年の特徴を話すと少年達は探している友人だと頷いた。

「よかった。あの、僕その人にカツアゲされかけてて……こーくんが助けてくれたんですけど、なんか千円渡されて」

返しておいてくれないか、その言葉は謝罪の声に遮られた。

「すいませんでしたぁっ!」

「え……? あ、あの! やめてください、そんな……!」

友人の無礼を謝る、それだけなら良い人だと思えたかもしれない。しかし全員で土下座されては恐怖を覚える。

「すいませんマジすいません! よく言っときますんで許してください! 俺らここが狂犬さんの縄張りとか知らなかったんです! もう二度とここ来ません……こ、これでどうにか!」

一人ずつ千円札を押し付け、逃げていった。

「…………いっぱいもらったね」

「追いかけたら増えそう……どうしよう、交番とか行ったらこっちが補導されるかなぁ」

「に、し、ろ……七千円かぁ、魅力的だね」

「使っちゃダメだよこーくん、使っちゃったら本当に悪くなっちゃう」

しかし七千円を裸で持ち歩くのもよくないため、とりあえず鞄の内ポケットに入れた。

「誰か分かんないしなぁ……とりあえず琴平さんに話してみようか」

琴平に渡された千円の両替を済ませ、彼女の元に戻る。千円分の百円玉を筐体に置き、必死にフィギュアを取ろうとしている彼女に今あったことを話した。

「やっと取れたーっ! ぁー、買った方が安かった……」

「琴平、七千円どうしたらいいと思う?」

「もらっといてええんちゃいます? そういうんは通報されへんやろし、式見蛇さんを誰かと勘違いして渡したんやったら仲間引き連れてボコすんもその人やろうし」

なんとも不真面目な回答だが、一番楽だ。

「にしても狂犬て……えらいダッサいあだ名ですね」

「肩強いのかな」

「狂った犬の方やと思いますけど」

肩が強くてもそれをあだ名にはしないと思うし、狂った犬なんて人間に付けるあだ名だろうか。式見蛇の予想も琴平の予想も僕にはしっくりこない。

「隣町は不良さん多い聞いてましたけど、まさかエンカウントする思いませんでした。式見蛇さんは心当たりありませんよね?」

「ないよ、喧嘩なんかしたことない、怖いもん」

「まぁ悪人面だし……あの人達も知り合いと間違えたって言うか噂の人だって思ったって感じだったし、背が高くて色黒の悪人面な不良なんか結構居るだろうし」

「…………俺そんなに顔怖い?」

眉尻を下げて落ち込んでいるようだが、その顔もやはり怖い。

「めちゃくちゃ怖いよ。でも僕はこーくんが優しい人だって知ってるから怖くない」

「……ユウちゃんに怖がられないならいいや。さっきみたいにユウちゃんに絡んでくるやつ追い払えるし」

見つめ合って微笑み合い、琴平が深いため息をついたことで彼女の存在を思い出し、向き直る。

「また絡まれても嫌ですし、そういう人ら居らんとこ行きましょ」

琴平に先導されて三階に上がり、中高生向けのアクセサリーショップを見つける。

「わぁ……可愛い……いいなぁ、みんなこういうの一個は持ってるよね。琴平も持ってる?」

「何個か持ってますよ」

そう言いながら耳を隠していた髪を持ち上げ、イヤリングを見せてくれた。着けているなら耳を出しておけばいいのに。

「俺持ってないなぁ……」

「こーくん男子じゃん」

「他の男子は着けてるよ、そりゃハートとかじゃないけどさ……」

僕が今見ていたのはハート型のイヤーカフだ。ハートは趣味ではないが、こういう物が似合う女子になりたいとは思う。

「耳挟むのは痛そうだし、首とか手のやつが楽でいいよね」

「アレルギーないならね……俺はないけど、ユウちゃんは?」

「分かんないけど包帯巻いてるから平気だよ」

レジ近くのネックレスコーナーを眺めていると店員に声をかけられた。

「いい物見つかりましたー?」

「わ……ぁ、い、いえ……どれも素敵だなーって」

まずい、一番高いのを売りつけられる。いや、大丈夫だ。三人で居れば断る勇気を持てるはずだ、式見蛇も琴平も気が弱いのは問題だけれど。

「こちらはいかがでしょう」

店員は陳列棚の下を開け、細長い箱を開け、不思議な形のチャームのネックレスを僕に見せた。

「何ですか? これ……変な形」

勾玉に似ているが、かなり歪だ。式見蛇と揃って首を傾げていると店員は楽しそうに微笑みながらもう一つのネックレスを見せた。

「この二つを合わせると……なんと! ハートになるんです」

「……へー」

「割れるハート……縁起悪い」

「えっ、は、反応悪いですね……カップルには人気なんですよ?」

人気の理由は分かるけれど式見蛇が「縁起悪い」なんて言ったせいで全く惹かれなくなった。

「僕達友達ですし……」

「割れたくないです引っ付いていたいです」

運良く売りつけられずに済んで、アクセサリーショップを後にした。
引っ付いていたいと式見蛇が言っていたのを妙に意識してしまって、歩いていると手の甲同士がぶつかる。彼の顔を見上げながら彼の手のひら側に手を向かわせると驚いた顔をして僕を見下げ、ふにゃりと笑って握ってくれた。
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