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第四章 移動式空中要塞と同じ傷を持つ者

ギリギリセーフ

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2015年5月7日 木曜日 4時36分


午前四時半、目を覚ます。二時間も眠っていないがそろそろ家に戻らなければならない。

「ユウちゃん……?」

何も見えないが寝ぼけ眼だろう式見蛇の声が聞こえ、隣で寝ていた彼が身じろぐ気配があった。

「こーくん、ごめんね、僕そろそろ帰らなきゃ」

ガバッと起き上がった式見蛇はそっと僕の肩を掴んだ。

「……父さんの朝ごはん作らなきゃ。学校もあるから準備しなくちゃいけないし……四時間もしないで会えるよ。それでも離れちゃダメって言うなら…………首でも絞めたらいいよ」

肩を優しく掴んだ式見蛇の手を引っ張って首に添えると式見蛇は慌てて手を引いた。

「や、やめてよ……ユウちゃん」

「ごめんね、冗談だよ」

「…………明るくなったらまた迎えに行くね」

家の前まで送ってもらい、極力音を立てないように家に入った。父はまだ眠っているようだ。早く朝食を作ってしまおう。
それから三十分後に起きてきた父は千鳥足で、頭が痛いと言っていた。

「昨日、飲み過ぎたな……」

「お酒飲んだの? 苦手なのに」

「……言っただろう? 飲み会に呼び出されたと。扉越しに……そういえば返事を聞いていなかったな、寝ていたのか?」

飲み会? 父は昨日僕が家に居なかったことに気付いていないのか? いつもノックもなく部屋に入ってくるくせに。

「う、うぅん、聞いてたよ。返事もしたけど……ごめんね、声小さかったかな。ほら、父さんいつも飲み会行っても二日酔いとかならないじゃん、何とか飲まずにやり過ごしたとか言ってさ」

「上司が変わってな……」

「あ……そ、そうなんだ、じゃあこれからは……」

「ああ、酔っ払うことが多いだろうな」

これは僕にとっては幸運だ。父は酔って凶暴化することはない、酔い方が体調不良一択なのだ、不機嫌にはなるが手は出してこなくなる。

「頭が痛い……頭痛薬取ってくれ」

父は朝食を半分以上残し、頭痛薬を飲んで会社に出かけた。
外泊に気付かれていなかったことに胸を撫で下ろし、歯磨きのために洗面所に向かった。

『Howdy!』

歯磨き中、鏡に映っていた僕が赤い服を着た美女に変わり、驚いて噎せた。

「……っ!? けほっ……ぅえ……女神様? 急に出てこないでください、歯磨き粉飲んじゃった……」

『それより今日はラッキーなことがあったろ? 会ったばかりの男と寝ちゃうビッチちゃんにはもったいないくらいのさ』

「え……? あっ、し、式見蛇とはそんなことしてない!」

『やだなぁ……寝る、って言うのはさ、すやすや~って眠ることだよ? 何想像してるのさ』

様々な幸運をもたらしてくれるらしいし、実際人生が好転し始めている気はするから女神に真正面からは言えないが、ムカつく。

「じゃあビッチなんて言わないでよ」

『えぇ~? 知り合ったばかりの男の子と一緒に寝ちゃうのは中学生的には十分ビッチだと思うなぁボク』

「じゃあもうビッチでいいよ! で、何! 何の用で来たの!」

『あははっ、怒っちゃやーだ。あのねぇ、ユウちゃん、キミは本当なら今朝お父さんに殴り殺されるはずだったんだよ?』

愉しそうに笑いながらの発言に絶句してしまう。

『それをボクが与えた幸運で回避したの。分かる? ボクのお願いを聞いて異世界攻略を進めてるから今回は助かったんだよ?』

「……そ、それ、本当なの? 僕……死んでたの?」

絞り出した声は酷く醜い。

『本当なら、ね。ボクに出会わなければキミは式見蛇君には会わず、犯されて孕まされて殴られて流して衰弱死して埋められる運命だったのさ!』

背筋が寒くなる話だ、僕にとっては現実感のある終わり方だから余計に。

『それがボクに出会ったから式見蛇君に出会えて、ボクが幸運を与えてるからお父さんからの虐待も障害が残らない程度に抑えられて、お父さんの逆鱗に触れそうなことも気付かれずに済んだのさ』

「…………あ、ありがとうございます。そんな、僕……そんなに」

『積極的に異世界攻略を進めた方がいいよ、キミがお父さんに殴られはするのはそこまでカバーするにはボクの力が足りないからさ』

痛みの残る部分をそっと撫で、数秒間俯いてから女神を見据える。

「お、お願いがあるんだ、女神様……あのね、僕の幸運……式見蛇に分けてくれないかな。僕は死なない程度でいいから、式見蛇にも……幸運を」

『……本当に死なないだけになるけど、いい?』

恐る恐る頷く。

『子ども産めなくなったり、失明したり、なんなら半身不随の可能性もあるよ。美人にしてあげるとは言ったけど、火傷ならともかく障害が残ると治療は難しい』

震えながら、頷く。

『そこまでする価値が式見蛇って子にあるかよく考えなよ。一時のテンションに身を任せちゃダメさ』

「ある! あるの……式見蛇には僕より幸せになる権利も価値もある。お願い」

女神はしばらく考えるような仕草をした後、軽く「オッケー!」と笑って姿を消した。鏡には顔の左半分を包帯で隠した醜い女が戻った。

「……こーくん、僕、頑張るよ。僕がこーくんを幸せにしてみせるからね」

ウィッグを外し、包帯を外せばホラー映画のクリーチャー。そんな僕でも彼に幸運を与えられるなら彼の隣で眠る権利が出来る。

「…………やる気、出てきたなぁ」

これから幸運が弱まる自身の未来に怯えつつ、これから人生が好転する式見蛇の笑顔を想像して、ほとんど怯えに消されてしまったやる気を口に出すことで保とうとした。

身支度を整え終わって数分後、インターホンが鳴る。

「こーくんっ! おはよう!」

すぐに扉を開け、相手を見ずに胸元へ飛び込む。

「わっ……ユウちゃん、おはよう」

式見蛇は一切よろけることなく僕を受け止めてくれた。その逞しい身体に抱き着いて強面ながらの美形を見上げ、嫌な記憶を頭の隅に追いやる。

「えへへ……はうでぃ!」

女神が言っていた外国語っぽい挨拶をしてみる。

「……え? ご、ごめん、なんて?」

「分かんない! 多分どっかの国の挨拶。行こっ!」

式見蛇と共に学校へ到着。教室に入った途端、僕の浮かれた心は萎んだ。塩飽と目が合ったのだ。

「……ユウちゃん、行こ」

促されて席に座る。塩飽とも歌祖谷とも僕達は席が近い、毒島も含めて三人とも僕達に話しかけては来なかったが、視線は感じる。
通り魔に襲われて宿泊学習には来なかったが、もう怪我はいいのだろうか。包帯は見えるが痛そうな素振りは見せていない。

「おはようございます、化野さん」

「琴平……涼木居るよ?」

「へ……? ぁ、あぁ……えっと、ク、クラブの話がありましてー! ちょっと言っとかなあかんことあるんですー!」

琴平はわざとらしく声を大きくし、事務的な内容を仕方なく話すのだと暗にクラスメイトに伝えた。

「意地悪言わんといてください化野さん……」

「僕は琴平までいじめられたら可哀想だから気を遣っただけだよ、僕は慣れてるし気にしないから、好きなだけ空気読んで僕無視してよ」

「……分かりました。放課後また話しましょ」

頷くと琴平はそそくさと自分の席に戻った。
授業中はもちろん休み時間にも嫌がらせをされることはなく、平和に過ごせた。無視されるだけのイジメというのは楽なものだ、僕にとってはの話だが。

「ユウちゃん、俺購買行くから……」

昼休み。式見蛇が申し訳なさそうに言ってきた。

「うん、こーくん校舎裏で食べてるんだよね? 先行ってるよ」

「へっ? ぁ、うん……すぐ行くね」

式見蛇は財布を持って慌てて教室を出ていき、教室の窓から顔を出した三瀬川に「廊下を走るな」と注意されていた。彼の焦る顔が目に浮かんで笑みを零しつつ鞄を漁り、昨日スーパーで買っておいた惣菜パンを探す。

「ねー化野さん何ニヤニヤしてるの? 気持ち悪ーい」

「こーくん怒られて落ち込んでるんだろーなって考えたら面白くて。じゃあね涼木」

ビニール袋に入れたパンを見つけ、鞄を机の横に戻す。

「まだ話終わってないんだけど?」

「はぁ……何?」

「化野さん式見蛇と付き合ってるってホント? 宿泊の時にキスしてたって聞いたんだけど」

男子部屋に行った時のことだろうか。富川あたりが触れ回っているんだろう、鬱陶しい奴だ。

「式見蛇かー……暗くてキモいと思ってたけど、よく見るとイケメンだし鍛えてるよね、運動神経もいいらしいし……うん、結構イイかも。髪型変えさせればイケメンバレしてみんな羨ましがるだろうしぃ、ちょっと式見蛇狙ってみよっかなー」

「え……? あ、そ、そう、頑張って」

涼木は美少女だ。中学一年にしては発育もいい。式見蛇はあっさり落ちてしまうかも……いや、何の問題がある? 僕は彼とただの友達で、彼が可愛い女の子と付き合うなら応援すべきだ。

「あっれー? 何、盗られていいの?」

「別に……付き合ってないし」

でも涼木は絶対性格が悪い。式見蛇にはもっといい子がいるはずだ。

「あっそ? じゃあ付き合っちゃお。式見蛇ぜーったい女子慣れしてないもんねー、すぐ好きになられちゃうかも」

「……せいぜい頑張りなよ」

「は? 何その言い方。女子力皆無な男女に言われたくないんですけど」

「…………女子力語れるほど女じゃねぇだろ処女のくせに」

「はぁ!?」

やばい言い過ぎた。逃げよう。
左足が上手く動かない僕はろくに走れないが、慌てて教室を出ても涼木は追いかけてこなかった。不格好な動きをやめて落ち着いて階段を下り、校舎裏に向かった。
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