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第二章 優しさには必ず裏や下心があると考えると虚しい

白い服の下の白いカラダ

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謎の木製の手首を追ってシャワー室に飛び込んだ僕はシネラリアとはち合わせし、彼女の裸を見てしまった。

「え……うっ、ぅわぁああああっ!?」

タオルを頭に被った彼女の裸体を見た僕はあまりの恐怖に腰を抜かし、叫んだ。

『……女の裸を見て叫ぶな』

「シ、シネラリア……さん? なんですか?」

僕の目の前に浮かんでいるのは骸骨だ。それも、手足がないモノ。白い肋骨の中には青白く揺らめく炎があり、頭蓋骨の中にも同じ炎があるようで、目や鼻の穴、歯の隙間から炎が漏れ出ていた。

『そう、シネラリア。アンの姉、動く死体のシネラリア』

骨盤からぶら下がるはずの足の骨はなく、上肢は肩甲骨からしてない。手足のない白骨死体が青白い炎を内包し、浮かんでいるのだ。

『……ご覧の通り、わたくしには手足がない。だからヴェーンおじ様にいただいた人形の物を使っている』

太腿までの木製の足が脱衣所の片隅に置かれている。その断面に炎が宿ると木製の足はひとりでに動き出し、シネラリアの骨盤の下に移動した。ごく自然に踵を回し、膝を曲げ伸ばしし、軽い運動を行ってから直立した。

『手は複数あると便利だから幾つも作ってもらった。目玉も』

二の腕まである木製の腕が二本、木製の手首は六つ浮かんだ。服を入れる籠の中にはガラス製の人形用の目玉が幾つも入っており、それにも一つずつ青白い炎が宿ってシネラリアの周囲に浮かんだ。

『アンに聞いた。あなたの相棒はゴースト系の魔物だと。ならそう怯えなくてもいいと思う』

「……す、すいません。知らなかったので、びっくりして……本当にごめんなさい」

シネラリアは普通の女の子だ、話し方は少し男勝りだけど。それなのに無遠慮にシャワー中に飛び込んで、裸を見て怯えて叫んで……僕は最低だ。

『事前に言わなかったわたくしも悪い。だから怯えた件は目を瞑る。裸を見たのは別だ、乙女の裸を見ておいてタダで済むと思うな』

「ごめんなさい……」

いつの間にかバスローブを羽織っており、肋骨も背骨も骨盤も見えなくなっていた。しかし青い炎を中に持つ頭蓋骨は丸見えだし、奇妙に動く木製の手足も見えていて、僕の怯えは完全には消えない。

「え、えっと、燃えないんですか?」

『わたくしの炎? 触って』

木製の手首が一つ、僕の前に浮かぶ。そっと断面に灯った青白い炎に手を翳すと冷蔵庫の中に手を入れているような冷たさがあった。

「冷たい……不思議ですね」

『喉が乾いた。水か何か欲しい?』

風呂やシャワーの後は喉が渇くものだ。しかし骸骨の彼女が水を飲めるのだろうか。

「えっと、向こうに小さい冷蔵庫がありました。入ってると思います」

脱衣所を出てベッドに並んで腰掛け、ゆっくりと水を飲むシネラリアをじっと見つめる。

『……そんなにジロジロ見ても乙女に喉仏はない』

「あ、い、いえ……零れないのかなって」

『そのために、ほら』

シネラリアはバスローブの紐を解いて腹を露出した。肋骨から骨盤までの背骨だけの空白地帯、腸などが詰まっているはずのところには木製の手首が収納されていた。その手は二つ一組で器を作り、落ちてくる水を受け止めていた。

『……骨が乾燥すると不快。ここに水を溜めておくと自然と潤う』

「そ、そうなんですね……その、もし嫌だったら話してもらわなくてもいいんですけど。シネラリアさんって……その、どうして死んだんですか?」

『死産だ』

死産。その言葉は僕には特別な意味がある。僕には勇一ゆういちという名の兄が居たはずだった。彼は産まれる前に死に、母は産めなかった息子の役目を僕に引き継がせた。
会いたかったような、恨めしいような、そんな兄だ。

『母の腹の中に居る頃に死んで、手足がないまま排出された。母はわたくしを諦めたが父は腐り落ちていく私をずっと抱いていて、その想いが通じたのか私の霊体は青い炎となって死んだ肉体を動かし、腐り落ちた肉を洗い流すと骨は成長し始めたそうだ。父は大層喜び、瞳のないわたくしのために目玉を作らせ、手足のないわたくしのために手足を作らせ、声のないわたくしにテレパシー能力を与えた』

「…………いいお父さんですね」

『……あぁ、わたくしは、姉妹達は、父が大好き』

死体を何日も抱えるような愛情深い人がアンを息子だからという理由だけで毛嫌いするだろうか。やはりアンの話は疑わしい。

「僕……産まれる前に死んじゃったお兄さん居て、だから……その、なんて言うか、親近感あります」

『……その兄がジャック?』

「え……? ゃ、ち、違うよ。ジャックは……ジャックは、違う」

人工知能だ、機械だ、そんなことを言っても仕方ない。けれど僕はジャックと違って嘘が上手くはなくて、何も言えなくなった。

『そう』

「うん……ぁ、あの、もしかして服の飾りみたいな目玉って」

『周囲を見るためのもの』

「……ですよ、ね」

どういうファッションなんだと凝視してしまったり、気味が悪いと目を逸らしていたりした。シネラリアには僕のその視線の動きが分かっていたのか。
無言の時がしばらく続き、必死に話題を探していたその時、部屋の扉が叩かれた。

「は、はい!」

裏返った大きな声で返事してしまった。扉を開けると従業員らしき若い男が立っていて、白いカバンを持ちコウモリを腕に乗せていた。

「この部屋にご宿泊のお客様へのお届け物とこちらの眷属様に伺いました。ご確認お願いいただけますでしょうか」

丁寧な言葉に萎縮しつつカバンを受け取り、中を覗く。白の燕尾服とシルクハットが見えた。

「間違いありません。ありがとうございます」

カバンを受け取ってシネラリアに渡すと、彼女は僕に後ろを向いているよう言った。パサ……とバスローブが床に落ち、まず木製の手足がスルスルと手袋や靴下に包まれた。そこまでは何となく分かったがそこからは布の擦れる音が聞こえるばかりでどんな順番で服を着ているのか分からなかった。

『もういい』

「ぁ……はい」

振り向けば白い燕尾服に身を包んだ紳士な骸骨が佇んでいた。服を着ていても全裸でも僕には性別が分からない。シネラリアは頭に布を巻き、その上から仮面をつけ、最後にシルクハットを被った。ふよふよと浮かんでいた目玉が装飾品のようにシルクハットの縁や服の随所に引っ付き、完成だ。

『お待たせ。戻ろう』

「は、はい……」

シネラリアは再び手を繋いできた。手袋越しの手が硬く体温を感じないのは木製だったからだ。人混みで身体が密着すると不思議な感触があるのは骸骨だからで、寒気があるのは青白い炎によるものだ。
全て分かってしまえば何ということはない、僕はシネラリアの手を握り返し、木製の手にまで感覚があるといいなと考えた。
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