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第二章 優しさには必ず裏や下心があると考えると虚しい

僕の居場所はここかもしれない

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2015年4月30日 木曜日 23時26分

六時間と設定し、異世界に転移。目を閉じた瞬間には洋服屋のセーブポイントの前に居た。

「ユウ? あぁ、戻ったんだな」

「あ、うん、ただいま……?」

ただいまと言うのもおかしいが、現実世界に戻った時にはジャックのようにおかえりと言って頭を撫でてくれる人は居ないので、これからもただいまと言いたい。

「ねぇジャック、ジャックが手袋付けた方がいいんじゃないかな、髪挟まって痛いよ」

「……すまない」

とは言っても鎧の上から付けられる大きな手袋なんてそうそうない。

「とりあえずアンさん達のとこ戻ろ。手袋はまた今度探そうよ」

「……それまで俺はユウに触れないのか」

頭を撫でるまではいいとしても、触れられなくて悲しむなんてどういうプログラムなんだ。

『あ、ユウさーん! おかえりなさい』

『おかえり』

アンの元へ戻るとアンが手を振った。同時にシネラリアの声が頭に響く。彼女達の意図とは違うけれど「おかえり」という言葉に僕はやはり異世界の方が好きだと改めて実感した。
彼女達の元へ走る途中、彼女達の背後を通っている古びた酒樽を積んだ荷車の紐がちぎれかかっているのに気付く。

「…………シネラリアさん! 避けてください!」

僕の叫びは数秒遅かった。シネラリアが周囲を見回した瞬間に酒樽を縛っていた紐がちぎれ、シネラリアを狙い撃ちしたかのように酒樽が彼女の上に倒れた。

『きゃあっ! え……お、お姉ちゃん! お姉ちゃん!』

アンの甲高い悲鳴が響く。酒樽だった木片の下からは赤い液体が広がっている。僕はすぐに首にかけた鍵に手を伸ばしたが、木片の隙間から這い出てきたシネラリアを見て鍵をシャツの中に戻した。

「シネラリアさん、大丈夫ですか?」

大怪我をしたようならロードしよう。大丈夫そうならこのまま行こう。

『問題ない』

シネラリアの白い燕尾服や白いシルクハットは赤色に……いや、ピンク色に染まっていた。

『お姉ちゃん……すごく、お酒臭い』

「葡萄酒か」

地面に広がった赤い液体は現実世界で言うワインに近い酒だ、いや、同じ物なのかもしれない。酒には詳しくないからその辺りはよく分からない。

「シネラリア嬢……ぁー、着替えた方がいいんじゃないか? あぁ、持ってないよな。俺の家にあるけど……うん、こっからじゃかなり遠いな。眷属に配達させるか? あぁ分かった、今呼ぶ」

シネラリアはヴェーンとテレパシーを使って会話し、ヴェーンは何かを決めたようで音の出ていない口笛を吹いた。数秒してコウモリが二羽ほど飛んできてヴェーンの頭上でクルクルと回った。

「シネラリア嬢の服持ってこい。一式だ」

「……お前、吸血鬼か?」

キィキィと鳴いていたコウモリが飛び去るのを待ってジャックが一歩前に出た。

「なら真っ昼間に外出歩くかよ、ダンピールだ。ハーフだよハーフ。知らねぇのか、この街じゃ純血の人間も魔物もほぼ居ねぇよ」

共存が進んでいると考えていいのだろうか。ヴェーンの縦長の瞳孔に人間らしくなさを感じていると、その赤い瞳はシネラリアを見つめて瞳孔を更に細めた。

「じゃあもうシャワー浴びるしかねぇな、やっぱ一旦俺の家行け。文句言うな、仕方ねぇだろ、この辺にシャワー借りれる知り合いの家なんかねぇんだよ」

「……シネラリアさんシャワー浴びたいんですか?」

肯定のテレパシーが僕にも送られる。全身酒でびしょ濡れになればシャワーを浴びたくなって当然だ。

「それなら僕が泊まってるホテルにどうぞ。すぐそこですし、部屋にシャワーついてるので」

「泊まり客以外を入れるのは難しいぞ。俺は顔を見せていないから俺のフリをして行ってもらうかしなければな」

なら僕はシネラリアと二人でラブホテルに入らなければならないのか。い、いや、僕は心は女だ。問題ない。

『……そうしよう。案内を頼む』

『行くんですか? えっと……お気を付けて、ユウさんも』

「はい、少し待っていてください。ジャック、待っててね」

まだらにピンクに染まった白い燕尾服のシネラリアは人目を引く。祭りで人通りが増えているからか余計にそう思える。

「はぐれそうですね……シネラリアさん、手を」

薄い手袋越しのシネラリアの手は硬かった。人の手とは思えない、石か何かだ、義手なのだろうか。

「ここです」

『会って数日の女をラブホに連れ込むとは、積極的だな』

「え……? あっ! ち、違います! 僕そんな気はなくて!」

異世界での僕の体は男、見ても分からないがシネラリアは女、入り口で弁解したって無駄だろう。

「あ……そ、そうだ、僕は外で待ってますから」

『いや、いい。来い』

シネラリアは僕の手を握って扉を抜けた。道中で部屋番号を教えていたから彼女は僕に頼ることなく容易に辿り着き、それまで無言だったのにようやくテレパシーを送ってきた。

『鍵を開けろ』

ポケットに入れていたルームキーを使い、シネラリアと共に部屋に入る。

『シャワー室はどこだ?』

「ぁ……あっちです」

シャワー室に向かったシネラリアを見送る僕の胸は騒いでいた。ラブホだと分かっていながら手を繋いで部屋まで来たのなら、シネラリアはそういう気になっているのではないかと。

「……い、いやいやいや」

彼女自身も「会って数日の~」と言っていた。比較的がルックスが良いとはいえ中身は僕だ、好かれる訳がない。
だが、もし、万が一、本当にシネラリアがそのつもりだったら? 女性の覚悟を無下にするのは良くないけれど、軽い気持ちで身体を重ねるのはもっと良くない。そもそもイマイチ馴染めていない男の身体はそんなふうに使えるのか?
悩む僕の肩を硬い手が叩いた。振り向けば木製らしき手首だけが浮いていて、その断面には青い炎が灯っていた。

「ひっ……!?」

『バスローブか何かをくれ』

シネラリアからのテレパシーが来た。だが、その前に手だ。関節が再現された木製の手首は人形だとかのパーツに思える、その手は僕に何かを催促するように浮いている。

『……あぁ、あった。持ってくぞ』

シネラリアの声が頭の中で響くと同時に木製の手首が畳まれていたバスローブを掴み、シャワー室に飛んで行った。

「え……? ぁ、シ、シネラリアさんっ!」

僕はシネラリアのテレパシーと手首の動きの繋がりを見出すことなく、あの奇妙な手だけの魔物がシネラリアに危害を加えたら大変だとシャワー室に飛び込んだ。
そして僕はちょうどシャワーを終えたシネラリアとはち合わせし、彼女の白い身体を見てしまった。
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