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第二章 優しさには必ず裏や下心があると考えると虚しい

居心地のいい場所を探そう

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女子の群れの中に入れてもらえなかったので男子の群れに向かい、他の生徒達より頭一つ大きい式見蛇を手早く見つけ、その袖を掴む。

「あれ……化野さん、どうしたの? も、もしかして……俺が恋しくなった、とか」

「全然そんなことないよ。式見蛇、好きな教科と食べ物は?」

「理科、卵……かな」

卵が好物なのか。毎朝迎えに来てくれるみたいだし、朝に卵焼きを作ってみようかな。目玉焼き派かな?

「卵はどう調理するのが好き?」

「ゆでたまごが好きかな。八宝菜のうずらの卵が一番好き」

朝から八宝菜は難しい。ゆでたまごじゃ個性が出せない。

「……ありがとう。式見蛇は? もう終わったの?」

「まだゼロ、化野さんは?」

「まだ……式見蛇で二人目」

「…………俺、二人目? ふぅん……一人目がよかったな」

案外と幼稚なことを言うんだな。

「じゃあ、僕を式見蛇の初めてにしてよ」

「ぁ、う、うん! もちろん……えっと、好きな教科と食べ物はなんですか」

「国語、冷めたおかゆ」

噛まずに食べられて、傷に滲みにくく、熱くも辛くもない、ただそれだけの理由だ。口内の怪我も絶えない僕には美味しく食べられるものなんて皆無に等しい。

「僕はあと三人、式見蛇は四人かぁ……一緒に誰か探そ」

「うん……じゃあ、とりあえず……断らなさそうな…………ぁ、田中くんはどうかな」

田中は確か副委員長だったはずだ。予想通り快く受け入れてくれた。しかも彼が友人に呼びかけてくれて男子ばかりだが何とかプリントを埋められた。

「ありがと田中、式見蛇も」

そういえば──塩飽達三人の姿が見えないな。いいことだけれど気にはなる。

「……田中、塩飽達って休み?」

「なんか通り魔に襲われて入院中だってさ。あ、これ言うなって言われてるから広めないでくれよ」

委員長と副委員長は教員と宿泊学習中何度もミーティングを行うらしい。そこで聞いたのだろう。

「通り魔かぁ、怖いね」

ざまぁ。

「大丈夫だよ。化野さんが外に出る時、俺は一緒にいるから」

痴漢なら男を連れていれば大丈夫かもしれないが、三人組を襲うような通り魔なら男女関係なさそうだ。いや、式見蛇ほどガタイが良ければ通り魔も避けるか?

「登下校はよくても買い物とか……」

「電話でもメッセージでもして呼んでよ、すぐ迎えに行くから。家から出ずに待ってて」

「……よかったな、化野さん。頼りになるナイトがいて」

「田中……そのセリフめちゃくちゃダサいよ」

「ダサいっ……!? 大人しそうな顔してなかなか言うな……」

恩人に言うことじゃなかったかな。いや、恩人だからこそダサい発言をこれ以上繰り返さないようにしてやらなければならないのだ。

「…………お腹空いてきた」

不意に式見蛇が腹を摩りながら呟いた。筋肉質な人は燃費が悪いというのは本当のようだ。

「夕飯はお風呂の後だってさ」

「化野さんお風呂入れるの?」

「個別にしてもらった。包帯巻き直すの面倒……」

ウィッグだから髪に関する悩みはないが、その分他に手間がかかる悩みがある。

「手伝うよ、どこで入るの?」

「大丈夫、一人で出来るよ」

式見蛇に他意はないのかもしれないが、彼の提案を受け入れれば風呂上がりの裸を晒すことになるのだ、断るに決まっている。

「式見蛇っ……! 化野さんは全身に包帯を巻いてるんじゃないのか? すぐ撤回しろ変態っぽいから」

「え……? あっ、ち、違っ、違うよ、化野さん、別に裸見たいとかそんな気持ちはなく純粋に手伝いたくて」

田中に注意された式見蛇は顔を赤くして慌てて訂正を始めた。色黒な人が赤くなるとこんな色になるのか……知らなかったな。

「あっ……化野さんの裸見たくないんじゃないよ」

「式見蛇! 思ってても言うな……!」

「えっ、ぁ、違うっ! 積極的に見ようとは思ってないんだ! でも化野さんに魅力がないとか言ってるんじゃなくて、同意の上であれば見たいというか、いやでも常にそんなこと考えてるとは思わないで? 俺は常に化野さんのことをそんな目で見てるんじゃないんだ、けど魅力的な女の子だとは思うから見たいのは見たいし」

言いたいことは大体分かる。多分、見たくないのだろう。焼け爛れた体を見たいなんてありえない、でもそれを言えば僕が傷付くと思って「見たい」を混ぜているんだ。

「式見蛇! 落ち着け、式見蛇! 今お前すごい変態だぞ! 化野さん、誤解しないでやってくれ、多分彼は口下手なだけで、君を気遣いすぎておかしくなっているだけなんだ」

「田中……何、僕より式見蛇のこと知ってますみたいな言い方してるんだよ。田中と違って式見蛇と友達なんだから僕の方が式見蛇のこと分かってる……それくらい言われなくても分かる、最初から分かってた。田中が余計なこと言わなきゃ式見蛇は混乱しなかったんだ」

「えっ……!? えっ……と、ご、ごめん……?」

「ちょっと向こう行ってて。の僕がちゃんと落ち着かせるから」

どう言えばいいのか分からなくなって黙り込んでしまった式見蛇を励ましているうちに研修の時間は終わり、クラスごとの入浴時間になった。


皆が温泉で楽しんでいるだろう中、僕は狭いシャワー室で一人体を洗い、湯船に浸かることもなく上がり、面倒なことこの上ない包帯の巻き直しを済ませた。包帯を巻くには肌の水気を可能な限り落とさなければならず、本当に時間がかかって、食堂に着く頃には皆もう座って待っていた。

「遅いぞ化野、みんなもう何分も前から待ってるぞ」

「ごめんなさい……」

「先生じゃなくてみんなに謝りなさい」

「……ごめんなさい」

学校は集団行動だ、仕方ない。待っててくれなんて言ってないとは言えない。
落ち込みつつも男女別の出席番号の順の席に座り、小学校の給食を一段階豪華にしたようなプレートを前に手を合わせる。

「いただきまーす」

挨拶の号令があり、皆一斉に箸を持つ。教師達も席に着くと皆は思い思いにお喋りに花を咲かせるが、僕は誰とも話せずに周りに大勢居るのに一人で食べ進める。

「化野さんってお箸持つの下手ね」

向かいの席の涼木が話しかけてきた。

「……元々左利きだから、まだ慣れてないんだ」

「へぇー? 左手使えないの?」

「…………細かい作業はできない」

「ふーん? カワイソ」

ムカつく。味噌汁でもかけてやったらスッキリするかな、流石にそんなことはしないけど。

「髪全然濡れてないしお風呂の時居なかったけど、まさかお風呂入ってないの? きたなーい」

「入ったよ! 個別にしてもらっただけ」

「じゃあ遅れて来たのってドライヤーでも使ってたの? 自分勝手~」

「……毛質的にすぐ乾くんだよ」

ウィッグだとは知られたくない、寝ている間に外れないよう気を付けなければ。

「って言うか……研修の時、男子の中入ってってたよね。何? 化野さんってそんな見た目して男好き?」

「……君らが入れてくれなかったから研修やるために男子の方行ったんだよ。まぁ、君みたいな女よりは式見蛇みたいに素直な男の方が好きだよ」

「…………私、化野さんのために言ってるの。化野さん、怪我人だから男子に気にかけられるんだろうけど、それだけなのに好意なんかと勘違いしちゃったら大変でしょ? 焦げた顔なんか好きになる男の子居ないから、ちゃんと弁えてね」

父に頬を殴られて切った口内の傷に滲んだ血が噛む度に食事に混ざって、不味い。水で流し込んでもその不味さと痛みは消えない。

「……君は男を目の前にしたら自分を好きかどうかでしか見ないんだろうけど、僕はそんな自惚れ持ってないから、心配しないで」

わざとらしい微笑みが微かに歪む、苛立ちが混ざっている。

「弁えろって意味が分からない?」

「あぁ、ごめん、知らなかったよね。教えてあげる、僕みたいに男友達作れる女子もいるんだよ、ちゃんと覚えておいて」

「…………生意気」

涼木は今のところ手を出してきていないので安心して言い返せる。問題なく食事を終え、自由時間がやってきた。
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