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第一章 蛇と狼の幸福について考えてみる
二つの世界のギャップ
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異世界のラブホテルのベッドに横たわり、瞬きを一回。
柔らかなベッドは薄っぺらい布団に変わり、暖色系だった灯りは寒色系の早朝の太陽光に変わる。起き上がろうとすれば左半身の動きが鈍く、昨日父に殴られた頬や踏まれた腹が痛んだ。
「…………戻ってきちゃった。今、何時……」
2015年4月27日 月曜日 5時27分
女神からもらった赤い携帯端末で時刻を確認すると、異世界で過ごした六十時間は現実世界での六時間だったと思い知らされた。
急いでキッチンに向かい、父の分の朝食を作った。夜の間にタイマーをセットしておいたホームベーカリーはちゃんと食パンを作ってくれていて、柔らかさから見て失敗はしていないと推測する。焼きたてなんて食べられないので味は分からないし、父はどうせジャムを塗ったくるんだから関係ない。
「ぁ、お、おはよ、父さん……」
足音が聞こえて振り向けば父が居た。欠伸をしてから僕を見た父は大きな舌打ちをした。
「……父さん? あ、朝ごはん……その、父さんがくれたのでパン焼いたよ、食べてみて」
「…………いらん」
「え? で、でも……」
「お前を見たら食欲が失せた。どうしてその気持ち悪いのを隠そうとしない、包帯なら買っておいてやっただろう。ちゃんと巻いておけ」
自身の左手に視線を落とし、焼け爛れた皮膚を見る。病院に運び込まれた当初よりはマシになったようだが、皮膚移植などの治療は受けていないため痕はハッキリと残っている。
「…………ごめんなさい」
父は何も言わずに洗面所に向かい、僕と顔を合わせることなく仕事に出た。殴られなかったのは幸運……まさか、女神からの幸運が今消費されたのか? 幸運の残量だとかが分からないものかと携帯端末を持ち上げ、昨晩の式見蛇からのメッセージに返信していないことを思い出した。内容は僕が復学したら一緒に学校に行こうというお誘い。
「……怒ってるかな」
怒っていてもいなくても、早めに謝った方がいいのは確実だ。
まず「返事遅くなってごめんね、昨日すぐに寝ちゃって」と送ってわざと無視していた訳ではないと弁明する。
次に「誘ってくれてありがとう、でも僕早く歩けないから一緒に歩くの嫌になると思うよ」と送ってやんわりと断る。
「…………パン、明日も食べれるかな」
父に用意した朝食は僕が食べるとして、残りのパンは明日の分に回そうか。父が夕飯にパンを嫌がらなければ今日食べ切れるのだが、そう上手くは行かない。
悩みつつも朝食を食べ始めると通知音が聞こえた。式見蛇から「どんなに遅くても大丈夫、嫌になんかならないよ」との返信だ。食い下がってきた、どうして僕と登校したいんだ。
「断る……んー……」
どう断ればいいのか分からなくなってきた。悩んでいると再び式見蛇から「俺と一緒に行くの嫌?」とメッセージ。そんなふうに言われては否定するしかないし、否定しては一緒に行くことになってしまう。
「あーもぅ……また誤字……」
僕は元々左利きで、その左手は火傷で上手く動かなくなった。だから右手を使うしかないのだが、携帯端末の文字打ちにも慣れていないし食事中だし、式見蛇への返信はとても面倒だ。
「……ん?」
不意に他のアプリのアイコンでも見たマークを見つける。そのアプリは「電話」だったはずだ、メッセージアプリ内にも電話機能があるのだろうか。右手を使うより声を出した方が楽だ、僕は「発信」をタップした。
『もしもし……化野さん? ど、どうしたの? 電話なんて』
「文字打つの慣れてなくてさ、こっちの方がいいんだ。式見蛇は電話嫌い?」
『う、ううん! 化野さんの声聞きたかったんだ、ずっと……その、朝から聞けるなんて、すごく嬉しい』
何言ってんだコイツ気持ち悪いな。
『ぁ……えっ、と、それで、その……俺と登校するの、嫌かな』
「……僕は別に嫌じゃないよ」
『なっ、なら! 一緒に行こう? 化野さん学校までの道慣れてないでしょ? この辺治安悪いし、一人で歩くの危ないよ、だから……その、一緒に』
僕を襲う物好きが居るなら顔を拝んでやりたい、強盗にしても中学生なんて狙わないだろう。通り魔がしょっちゅう出るのか? 嫌な街だな。
「分かったよ、ありがとう。なら明日……何時に出ればいいかな」
『ホームルーム八時半だから……八時に出れば間に合うと思うよ』
「僕本当に足遅いけど大丈夫?」
『うん、昨日一緒に歩いたからだいたい分かるよ、余裕持って間に合うと思う』
「……僕先に職員室来いって言われてるんだけど」
『え……あっ、な、なら、七時四十分くらいに出ようか』
職員室で二十分も使わないと思うが……まぁ、早く行くに越したことはない。その方が人目も少ないだろうし。
「うん、ありがとう。ごめんねワガママ言っちゃって」
『ううんっ! 全然大丈夫! もっと色々言ってくれていいよ、おぶって運べくらいまでなら言うこと聞くから』
なんなんだコイツ。なんでこんなに僕に気を遣ってくれるんだ。嬉しさを通り越して不気味だ。
「そんなこと言わないよ……それじゃ、また明日」
『あ、ま、待って』
「何?」
『……その、もう少し声聞いていたくて』
幸運にも喉の火傷は軽度だったから入院中に完治して、普通に声も出せているが、だからと言って僕の声が不快ではないとは考えにくい。
『ダメ……?』
「別にダメじゃないけど、そんなに話すことないよ」
『そ、そう……? あ、好きな食べ物何?』
「食べるの好きじゃない」
よく顔を殴られるから口内の傷が多くて何を食べても不味いし傷が痛む。父が僕が太るのを嫌がるから僕の食事は少ないし、よく腹を殴られるからしょっちゅう吐いている。そんな状況なのに好きな食べ物なんてあるわけがない。
『そっか……す、好きな色とかは?』
「寒色系の目立たないの、暖色系と目立つのは嫌い」
特に赤は嫌いだ。
『えと、その……あっ、誕生日いつ?』
「五月二十一日」
僕の人生が始まってしまった最悪の日付。
『そっか……えっと、今一番欲しいものは?』
アンケートっぽいな、やはり式見蛇は会話が苦手らしい。僕が言えたことでもないけれど。
「……夏用の部屋着かな」
『服のサイズは?』
「は……? 140だけど」
何聞いてんだよコイツ気持ち悪いな。
『そっか、ありがとう』
「そろそろ切っていい? ご飯食べたいんだけど」
『あ、ごめんね。それじゃ、ばいばい……ありがとう、朝から化野さんの声聞けて本当に』
「ばいばい」
電話を切り、朝食を再開した。
明日からは学校、式見蛇が迎えに来てくれる。あまり期待してはいけないと分かっているが、彼と友達になれるかもしれない。しかしその前に異世界で空き巣紛いのことをしなければ。
色々と気が重いな。
柔らかなベッドは薄っぺらい布団に変わり、暖色系だった灯りは寒色系の早朝の太陽光に変わる。起き上がろうとすれば左半身の動きが鈍く、昨日父に殴られた頬や踏まれた腹が痛んだ。
「…………戻ってきちゃった。今、何時……」
2015年4月27日 月曜日 5時27分
女神からもらった赤い携帯端末で時刻を確認すると、異世界で過ごした六十時間は現実世界での六時間だったと思い知らされた。
急いでキッチンに向かい、父の分の朝食を作った。夜の間にタイマーをセットしておいたホームベーカリーはちゃんと食パンを作ってくれていて、柔らかさから見て失敗はしていないと推測する。焼きたてなんて食べられないので味は分からないし、父はどうせジャムを塗ったくるんだから関係ない。
「ぁ、お、おはよ、父さん……」
足音が聞こえて振り向けば父が居た。欠伸をしてから僕を見た父は大きな舌打ちをした。
「……父さん? あ、朝ごはん……その、父さんがくれたのでパン焼いたよ、食べてみて」
「…………いらん」
「え? で、でも……」
「お前を見たら食欲が失せた。どうしてその気持ち悪いのを隠そうとしない、包帯なら買っておいてやっただろう。ちゃんと巻いておけ」
自身の左手に視線を落とし、焼け爛れた皮膚を見る。病院に運び込まれた当初よりはマシになったようだが、皮膚移植などの治療は受けていないため痕はハッキリと残っている。
「…………ごめんなさい」
父は何も言わずに洗面所に向かい、僕と顔を合わせることなく仕事に出た。殴られなかったのは幸運……まさか、女神からの幸運が今消費されたのか? 幸運の残量だとかが分からないものかと携帯端末を持ち上げ、昨晩の式見蛇からのメッセージに返信していないことを思い出した。内容は僕が復学したら一緒に学校に行こうというお誘い。
「……怒ってるかな」
怒っていてもいなくても、早めに謝った方がいいのは確実だ。
まず「返事遅くなってごめんね、昨日すぐに寝ちゃって」と送ってわざと無視していた訳ではないと弁明する。
次に「誘ってくれてありがとう、でも僕早く歩けないから一緒に歩くの嫌になると思うよ」と送ってやんわりと断る。
「…………パン、明日も食べれるかな」
父に用意した朝食は僕が食べるとして、残りのパンは明日の分に回そうか。父が夕飯にパンを嫌がらなければ今日食べ切れるのだが、そう上手くは行かない。
悩みつつも朝食を食べ始めると通知音が聞こえた。式見蛇から「どんなに遅くても大丈夫、嫌になんかならないよ」との返信だ。食い下がってきた、どうして僕と登校したいんだ。
「断る……んー……」
どう断ればいいのか分からなくなってきた。悩んでいると再び式見蛇から「俺と一緒に行くの嫌?」とメッセージ。そんなふうに言われては否定するしかないし、否定しては一緒に行くことになってしまう。
「あーもぅ……また誤字……」
僕は元々左利きで、その左手は火傷で上手く動かなくなった。だから右手を使うしかないのだが、携帯端末の文字打ちにも慣れていないし食事中だし、式見蛇への返信はとても面倒だ。
「……ん?」
不意に他のアプリのアイコンでも見たマークを見つける。そのアプリは「電話」だったはずだ、メッセージアプリ内にも電話機能があるのだろうか。右手を使うより声を出した方が楽だ、僕は「発信」をタップした。
『もしもし……化野さん? ど、どうしたの? 電話なんて』
「文字打つの慣れてなくてさ、こっちの方がいいんだ。式見蛇は電話嫌い?」
『う、ううん! 化野さんの声聞きたかったんだ、ずっと……その、朝から聞けるなんて、すごく嬉しい』
何言ってんだコイツ気持ち悪いな。
『ぁ……えっ、と、それで、その……俺と登校するの、嫌かな』
「……僕は別に嫌じゃないよ」
『なっ、なら! 一緒に行こう? 化野さん学校までの道慣れてないでしょ? この辺治安悪いし、一人で歩くの危ないよ、だから……その、一緒に』
僕を襲う物好きが居るなら顔を拝んでやりたい、強盗にしても中学生なんて狙わないだろう。通り魔がしょっちゅう出るのか? 嫌な街だな。
「分かったよ、ありがとう。なら明日……何時に出ればいいかな」
『ホームルーム八時半だから……八時に出れば間に合うと思うよ』
「僕本当に足遅いけど大丈夫?」
『うん、昨日一緒に歩いたからだいたい分かるよ、余裕持って間に合うと思う』
「……僕先に職員室来いって言われてるんだけど」
『え……あっ、な、なら、七時四十分くらいに出ようか』
職員室で二十分も使わないと思うが……まぁ、早く行くに越したことはない。その方が人目も少ないだろうし。
「うん、ありがとう。ごめんねワガママ言っちゃって」
『ううんっ! 全然大丈夫! もっと色々言ってくれていいよ、おぶって運べくらいまでなら言うこと聞くから』
なんなんだコイツ。なんでこんなに僕に気を遣ってくれるんだ。嬉しさを通り越して不気味だ。
「そんなこと言わないよ……それじゃ、また明日」
『あ、ま、待って』
「何?」
『……その、もう少し声聞いていたくて』
幸運にも喉の火傷は軽度だったから入院中に完治して、普通に声も出せているが、だからと言って僕の声が不快ではないとは考えにくい。
『ダメ……?』
「別にダメじゃないけど、そんなに話すことないよ」
『そ、そう……? あ、好きな食べ物何?』
「食べるの好きじゃない」
よく顔を殴られるから口内の傷が多くて何を食べても不味いし傷が痛む。父が僕が太るのを嫌がるから僕の食事は少ないし、よく腹を殴られるからしょっちゅう吐いている。そんな状況なのに好きな食べ物なんてあるわけがない。
『そっか……す、好きな色とかは?』
「寒色系の目立たないの、暖色系と目立つのは嫌い」
特に赤は嫌いだ。
『えと、その……あっ、誕生日いつ?』
「五月二十一日」
僕の人生が始まってしまった最悪の日付。
『そっか……えっと、今一番欲しいものは?』
アンケートっぽいな、やはり式見蛇は会話が苦手らしい。僕が言えたことでもないけれど。
「……夏用の部屋着かな」
『服のサイズは?』
「は……? 140だけど」
何聞いてんだよコイツ気持ち悪いな。
『そっか、ありがとう』
「そろそろ切っていい? ご飯食べたいんだけど」
『あ、ごめんね。それじゃ、ばいばい……ありがとう、朝から化野さんの声聞けて本当に』
「ばいばい」
電話を切り、朝食を再開した。
明日からは学校、式見蛇が迎えに来てくれる。あまり期待してはいけないと分かっているが、彼と友達になれるかもしれない。しかしその前に異世界で空き巣紛いのことをしなければ。
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