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第一章 蛇と狼の幸福について考えてみる

近しい者から情報収集

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シネラリアに先導され街を歩く。どこもかしこも繁華街のような不健康な鮮やかさを持っていて、僕には居心地が悪かった。

『此処だ』

街の外れの豪邸、その門の傍らには赤い光が浮かんでいた。僕はシネラリアが呼び鈴を鳴らしている間にこっそりと鍵を光に挿し、セーブを終えた。

「はいはい……っと、お嬢か。どうした? メンテナンスか?」

面倒臭い感情を隠そうともせず出てきたヴェーンはシネラリアを見て笑顔を作り、僕達を見て赤い目を丸くした。表情豊かな顔は青白い。

「お前確かディエゴ坊ちゃんの…………何の用だ?」

魔王の不在日を教えてください、正直にそう言って教えてくれる訳がない。セーブしたばかりだし、ダメ元で言ってみてもいいけれど。

「地上げ屋と聞いた。土地関係に詳しいんだろう?」

「お前誰だ?」

「俺はジャック、ユウの保護者だ。実は俺達は諸事情から住むところを無くしてな。手続きや金銭の問題で移住先も見つからず、開き直って旅をしている。ここは居心地がいいし友人もできたから移住先にいいかもしれん、家を探したいんだ」

「……家も土地もあるけど、金がねぇなら売れねぇぞ」

ジャックは嘘が上手い、そう感じるのは僕が嘘が下手だからだろうか。

「無闇に稼ぐのはやる気が出ない、目標金額が欲しい。話だけ……というのはダメか?」

「俺はなぁ、個人は相手してねぇんだよ。でもなー、ディエゴ坊ちゃんの初のご友人……ま、とりあえず上がれよ。俺が持ってるもんは売れねぇが個人向けのとこ紹介してやってもいい」

「あ……ありがとうございます!」

「あぁあぁやめろやめろ、そういうの苦手なんだ。とっとと入れガキ共」

口は悪いが良い人だ。魔王直属なのに……魔王も悪い人ではないのだろうか。いや、女神の居場所を奪った連中だ、きっと悪い奴だ。

「やっべお茶ねぇじゃん……おいお前ら、トマトジュースでいいか?」

「俺は要らん」

「お、お構いなく……」

ヴェーンは透明のグラスに真っ赤なトマトジュースを入れ、僕と自分の前に置いた。シネラリアも飲まないのか?

「……お前、鎧脱がないのか?」

「無礼を承知でお願いしたい」

「いや別にいいけど」

ゴーストだからという言い訳は使わないのか。

「お前ら二人で住むんだよな?」

ヴェーンとの会話はジャックに任せた。ただの方便に真剣になってくれているヴェーンを見ていると罪悪感が顔を見せたが、白状するのは我慢した。

「……あの、アンさんのことなんですけど」

家の相談がまとまってきたら追い出される前に仕掛ける。

「サンセベリアさん? とシネラリアさんはこの街に住んでるんですよね、他の姉妹もなんですか?」

「……いや、住んでるのはサンセベリア嬢だけだ。シネラリア嬢はふらふらしてるよな。ディエゴ坊ちゃんは向こうの街だし」

「他のお姉さん達はどこに?」

「叔父とか部下のとことか。んなこと聞いてどうすんだ?」

他の島や大陸に住んでいるとしたらアンの友人ということで協力してもらえるかもしれない。アンは姉達を嫌っているようだからアンには聞けない。

「ぁ……え、と」

いい言い訳が思い付かない。困っているとジャックが声を発した。

「聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「ここに住むとしたらここのトップについて知っておきたい。魔王について教えてくれないか」

僕では魔王について聞く建前の理由を思い付けなかっただろう、僕は心の中でジャックを賞賛した。

「裏表の激しいカマ野郎だ、正直……嫌いだな。ま、政治方面はしっかりしてる方だと思うぜ」

「ほう……? 少し見ておきたいな、顔を見ることは出来ないか?」

「ちょくちょく祭りごとに顔出したり演説したりしてるな、そん時見に行けば?」

「次はいつある?」

なるほど、挨拶や演説中は魔王城から出る。その留守を狙うつもりだな。

「明後日の昼だな。ちょっとした祭りがある、多分顔出すぜ」

いつあるにせよ、今日の昼には一旦現実世界に帰らなければならない。きっとまた六時間……異世界では六十時間を過ごせるだろうから、明日この街でやることを終わらせられる。

「どんな祭りなんだ?」

「んー……説明難しいな、酒がちょっと安くなるぜ」

『この辺りでは葡萄酒が名産。その豊作を願って皆で葡萄酒を飲む』

シネラリアが説明してくれた。同じ言葉がジャックにも届いたようで、よく分かったと頷いた。

「僕、お酒飲めませんよ」

「そんな度数高くねぇし縁起物だ、一杯くらい飲めよ」

僕はまだ二十歳にはなっていない──のか? 現実世界では十二歳だが、異世界で使っているこの体は何歳なんだ?

「色々とありがとう。邪魔したな」

「もう帰るのか? そうか……じゃあな。アン嬢と仲良くしてやってくれよ」

アンは嫌っていたが、僕にはヴェーンが悪い人だとは思えない。眼球蒐集という趣味は確かに理解し難いけれど、アンの心配ばかりしているじゃないか。彼女は自分を孤独だと言っていたが大間違いだ。

「宿に戻っておくか、妙な場所から開始になっても困るだろう」

「……うん」

僕は孤独だろうか。異世界では違う、人工知能だけれどジャックが居る。現実世界ではどうだろう、父と繋がっているのは血と身体だけだ。心を通じ合わせている人なんていない、式見蛇はそうなってくれるだろうか。

「ユウ、鍵を……ユウ?」

「……あ、ご、ごめん。ぼーっとしてた、鍵だね、鍵」

赤い光に鍵を挿してセーブを終わらせ、残り時間は部屋で過ごすことにした。

「ねぇ、ジャック……機械の君にこんなこと聞くのも変だと思うんだけどさ。人と仲良くなるにはどうすればいいかな、現実世界で……友達になれるかもって人がいて」

「……俺に友達はいない。すまないが分からない」

想定内の返事だ。ジャックは僕を友達だと思っていないのかななんて考えるな、ジャックは人工知能だ、機械なんだから。

「だが、ユウ。ユウは素直な優しい子だ、それを隠さず恥ずかしがらず出せたなら、きっと誰とでも仲良くなれる」

何言ってんだコイツ。僕には素直さも優しさもない。左半身が焼けた女らしくない女が優しさを見せても気持ち悪がられるだけだ、僕みたいなのは隅でじっとしているべきなのだ。

「……ありがとう、参考になったよ」

人工知能に気を遣うなんて馬鹿らしいな。
現実世界ではセーブもロードも出来ない。慎重に動かなければ。
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