上 下
12 / 128
第一章 蛇と狼の幸福について考えてみる

現実世界の友達候補

しおりを挟む
引越し前と違ってスーパーまでかなり遠い。左半身を火傷した今は特にキツい。皮が突っ張る感覚や動きの鈍さは長く改善されないだろう、憂鬱だ。

「あっ……あのっ! 待ってください! あのっ! そこの人……!」

地面に降りた鳩がアスファルトをつつくのを横目で見ながら歩を進める。餌が落ちているようにも見えないのに何をしているのだろう、なんて、興味のないことを考える。

「ぁ……あの、あのっ……! すいません……」

突然背の高い男に回り込まれ、左半身の動きが鈍いのも忘れて後ずさり、よろけた。

「す、すいません驚かせてしまって……大丈夫ですか?」

視線を上げれば褐色肌の強面イケメン、いや、さっきの青年。よく見れば三白眼は切れ長で僅かに吊っていて、緩い弧を描いた細い下がり眉も合わさって怖い。不良っぽいと言うよりは犯罪者っぽい。荒々しい怖さではなく静かで不気味な怖さだ。紺のジャージを着ていることさえ不気味に思えてくる、もう四月も終わるというのにどうして一番上までファスナーを閉めているんだ。

「あの……さっき、小銭を拾ってくれたお礼を……ちゃんと言いたくて。すいません、驚かせるつもりじゃなかったんですけど、なかなか気付いてもらえなかったので」

大学生、いや、高校生だろうか。歳下だとひと目でわかるだろう僕にも敬語を使うなんて、本当に気が弱いんだな。

「ぁ……すいません長々と。ありがとうございました、助かりました……それを言いたかったんです」

「はぁ……どういたしまして」

小銭を数枚拾った程度でスーパーの外まで追いかけてきただって? 礼を言うためだけに? あんなものあの場で完結するやり取りだろう、不気味だ。

「え……と、荷物、持ちましょうか?」

青年はようやく道を塞ぐのをやめたが僕の隣に並び、僕の狭い歩幅に合わせてきた。

「え……? いえ、大丈夫です」

「でも、怪我してらっしゃるみたいですし、腕細いのにそんなに重そうなもの持って……ほら、俺力はありますから、さっきのお礼ということで」

「大丈夫です……持てます。怪我はほとんど治ってますし、リハビリも兼ねて自分で持ちます」

見た目に反して悪い人ではなさそうだが、見ず知らずの人に荷物を渡したくない。ひねくれた僕は持ち逃げされる未来を思い描いてしまう。

「そうですか……ぁ、えっと、お名前は?」

「…………化野あだしのです」

決して、女の子なのに勇二なんて名前なのを気にして苗字だけを名乗ったのではない。知らない人だからだ。

「化野さん……俺は式見蛇しきみみ 琴美ことみです」

名前の半分が「み」だ。僕とは逆に男なのに女っぽい、見た目の割に可愛い名前だ。

「はぁ……そうですか」

「化野さん、おいくつですか?」

「十二です、今年で十三」

中学入学に合わせて引っ越し、その直前に父が母を殺し、僕は大火傷をして入院、病院内トイレで異世界を救えと頼まれ──短期間で色々起こり過ぎだろう、十二歳のガキが抱える問題じゃないぞ。

「じゃあ同い年ですね」

「え? こ、高校生じゃ……?」

「十二ですよ? 九月で十三です」

ありえない、十二でなれる見た目じゃない。一ヶ月後には僕の方が年上になるなんてありえない。

「……同い年なら、敬語は」

「あ、そ、そうですね。いや……そう、だね、化野さん……あの、下の名前は?」

「…………勇二ゆうじ。こんな名前だけど、一応女子」

医療用のカツラは長めのボブにしてもらったけれど、服はメンズ用だし、発育は悪いし、僕は女には見えないはずだ。
式見蛇も驚いていることだろう、そう思って彼を見たが、彼は目を細めて僕を見つめているだけだ。興味もないのか? いや、なら見つめないか。なんなんだコイツ。不気味だ。

「化野勇二……やっぱり、ずっと学校休んでる子だよね。俺達同じクラスだよ」

「え? 同じクラス? そ、そうなんだ……」

すごい偶然だな。スーパーで財布の中身をぶちまけたドジな強面イケメンがクラスメイトだなんて。

「すごい偶然だよね…………運命感じちゃう」

何言ってんだコイツ。やっぱり不気味だ。

「なんで休んでるのか聞いてもいいかな」

「大火傷して入院してた。もう退院したから復学する」

そういえば学校はどこなのかな。地図だけで迷わずに辿り着けるだろうか。

「あ、えっと、勉強とか分からないとこあったら遠慮なく言ってね」

「入院中教科書読んでたから平気」

養護教諭の優しそうな女性が何度か見舞いに来てくれた。その時に分からない箇所を聞いたから学力は問題ないはずだ。

「そ、そっか……」

復学前に同じクラスに知り合いが出来るのはとても嬉しいのだが、気弱で強面の男なんて知り合ってもどうしようもない。同性の友達が欲しい、異性の知り合いなんて学校生活では何の役にも立たない。

「……それじゃ、僕、家こっちだから」

「あ、俺も家そっちだよ。っていうか向かい。化野さん珍しい名前だから引っ越してきた時に覚えたんだ」

入り組んだ住宅地に入ると式見蛇も着いてきた。近所という偶然がもう一つ重なった。ここまで重なると怖い、不気味だ。

「…………ぁ、あのさ」

家が見えてくる頃、式見蛇がポケットから携帯端末を取り出した。

「連絡先……教えてくれないかな。近所だし、同じクラスだし……学校行事とか、ほら、色々、便利だから……ね? ダメかな……」

プリントを紛失した時などは確かに便利だろう。だが、携帯端末は病院に置き去りにした。

「ごめん、今スマホ持ってないから」

「え……? 後ろのは?」

式見蛇は僕が履いているカーゴパンツの後ろポケットに携帯端末が入っていると言いたいらしい。そういえば硬いものの感触がある。違う物だと思いつつも家の前に荷物を置いてポケットをまさぐると赤い携帯端末が入っていた。

「なん、で……絶対、持ってなかったのに」

「赤色なんてあるんだ、可愛いね。えっと……その、嫌だったの? 俺と……い、嫌ならいいよ、ごめんね、気持ち悪かったよね…………ごめん、もう二度と話しかけないから安心して」

連絡先を教えたくないから嘘をついたと思われてしまった。僕に背を向けて去っていく彼を見て僕は何故か手を伸ばした。普段なら絶対にこんなことはしないのに、彼のジャージの裾を掴んでしまった。

「ちっ、違う! 本当に置いてきたと思ってて……その、嫌とかじゃないんだ。ごめんね、連絡先教えて?」

「よかった……! 死のうかと思ったよ。ありがとう、何かアプリ入れてる?」

死……? いや、聞き間違いだろう。連絡先交換を断っただけで死ぬようなヤツと知り合いたくない。

「えっと……ちょっと待って」

「あ、これ、このアプリ。俺も入れてるからこれでやろ」

メッセージアプリなんて入れた覚えはないが……元々入っているものなのか? 女神が気を利かせてくれたのだろうか。まぁどっちでもいい、記念すべき一人目のアプリ上の友達ができた。

「ありがとう……! 親と公式以外と繋がれたの初めてだよ、本当にありがとう。くだらないことでもいいから送ってね、俺も送るから」

「善処するよ。じゃあ、ばいばい」

「あっ……うん、ばいばい」

携帯端末をポケットに入れ、荷物を抱えて家に帰った。ただいまと言っても父からの返事はなく、僕は少し温まっていた心が急速に冷えていく感覚に震えつつ夕飯を作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...