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序章 異世界への通行手形
性別強制変更の弊害
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街に到着してからもジャックに先導され、バーとホテルが合体したような怪しげな店に連れてこられた。
「……何? ここ」
「一階は酒場、二階三階は宿屋。樹液の換金も出来る。今日はここに泊まる」
「絶対治安悪いよこの辺……」
「この欲望の大陸はどこもこんなものだ。俺みたいなフルアーマーの近くに居ればそうそう絡まれることはない」
欲望の大陸という名を誰が付けたのか知らないが、そのネーミングセンスには文句をつけたい。
カウンターに向かうジャックの後を追いつつ周囲を見回せば、上半身裸で筋骨隆々で無精髭を生やしたいかにもな無頼漢が酒を飲んで大声を上げていた。父を思い出して嫌な気分になりつつジャックの背に視線を戻す途中、カウンターの端に赤色の淡く美しい光があるのに気付く。
「ジャック、ジャック、あれ火とかじゃないよね?」
「あぁ、アレがセーブポイントだ、セーブしておくか」
「んー……今のところ失敗はしてないと思うし、しておこうか。失敗したらセーブしないでやり直し、成功したらセーブするんだよね?」
「その認識で構わない」
セーブポイントらしい光の元へ行くと、ジャックは小さな銀色の鍵を僕に渡した。
「チートコードCHEAP SILVER KEYだ」
鍵には紐が結ばれており、使い終わったら首にかけるよう言われた。ジャックに促されて光に鍵を挿し込む
「読込中……読込中…………セーブ完了。セーブできたぞ」
「ぁ……うん」
ジャックの声は機械音声のようで聞き取りやすい、今のように機械じみたセリフを吐かれるとロボットなのかと疑ってしまう。
「これを換金……とりあえず一泊、二人。何? サービス? 要らん」
瓶を一つ換金し、硬貨を巾着いっぱいに受け取ったジャックは女性店主から鍵を受け取り、二階に向かう。
「待って待って……サービスって何だったの?」
「マッサージをしてくれるそうだ」
「森歩いて疲れたからして欲しかったな」
「そういうマッサージじゃない。説明しなきゃ分からないのか? 分かりやすく言うと……そうだな、デリヘルだ」
「…………エッチな、アレ?」
ジャックは黙って頷く。
顔が熱くなるのを感じる、この異世界では男の体に押し込められてしまったが、僕は一応女なのだ。なのにジャックに説明させてしまった。
「ジャック、ジャックって……男? だよね」
「どちらかと言えば、男だな」
更に顔が熱い。女神が用意したお助けキャラとはいえ男と同じ部屋で寝るなんて……いやまぁ僕も今は男だけれど。
部屋に入って上着を脱ぎ、ジャックを見れば荷物を置いただけで鎧はそのままだった。
「ジャック、鎧脱がないの?」
「脱げないんだ。俺にはお前と違って自由に歩き回れる肉体がない」
「……どういう意味?」
「女神様のこの世界への干渉能力は弱く、人間は一人しか作ることができなかった」
ジャックは腕の関節部の隙間を僕に覗かせ、中が空洞であることを示した──いや、完全な空洞ではない、コードらしき物が何本も通っている。
ジャックは次に自分の胸の下辺りをトントンとつついた。
「俺の本体はここだ。カプセルの中にある。ユウに分かりやすく言えば、鎧の中には機械が詰まっていて、脳と心臓が胸にあるということだ。この声も合成音声。女神様の声を録音し、低く加工している。自然な発話ではないだろう」
「えっと……AIってこと? ジャックは人間じゃないの?」
「違うという認識で構わない」
違うという認識で構わない……曖昧な言葉だ。
「…………人間じゃないならその方が話しやすいよ。機械なら裏切られる心配はないよね」
「俺は絶対にユウを裏切らない。ユウが極悪人になろうと俺はユウの味方だ」
人工知能というものは随分と接待してくれるんだな。
「……AIでも何でも、ジャックと話してると楽しいよ。狼を助けられたのも嬉しかったし、森歩いたのも……疲れたけど、左半身が普通に動くっていいよ。異世界って楽しいね」
「楽しんでいるのならよかった」
「うん……ぁ、ねぇ、お風呂ないの? 汗かいたし入りたいよ」
「こっちだ」
ジャックに着いて一階に下りるとジャックは店主に風呂を使うと言い、彼女から「使用中」と書かれた札と鍵を受け取った。そのままカウンターの横を抜けて更に歩くと浴場に着いた。ジャックはそこの扉に「使用中」の札をかけ、鍵を使って中に入った。
「温泉みたい……すごいね」
中に入って鍵を閉めるジャックを横目に脱衣場から風呂場を眺め、ため息をついた。
「あ、ジャック……一緒に入るの?」
「問題があるのか?」
「いや……機械って濡れていいのかなって。あと僕、今は男だけどさぁ……本当は一応女で、ジャックは機械だけど男なんでしょ?」
人工知能に対して羞恥心を覚えるのはおかしいのだろうか。
「分かった、見ないようにしよう。幸い風呂は広い、背を向け続けるのは難しくないだろう」
「え……ぁ、うん……は、話しかけたら返事はしてね」
服を脱ぎ、足の間でぶらぶらと揺れるものに違和感を覚えつつ浴場に。
「馬車とか言ってたから異世界は昔なのかと思ってたけど、シャワーとかはあるんだね」
「車もある所にはある。この辺りは山や森の悪路が多いからな、燃料もこの辺りでは手に入りにくいようだし……代わりに馬は野生にも多い、適材適所だ」
「なるほど……でもこのお風呂すごいよ、行ったことないけど旅館みたい。きっとこの辺の人お風呂好きなんだよ」
「その情報はないが、そうかもな」
鏡を使ってジャックの様子を伺えば、ブラシで鎧を磨いていた。外を歩き回るのだ、雨で濡れることもあるだろうし、防水は完璧なのだろう。
「ところでユウ、性器など勝手の違う部分の洗浄に問題はないか?」
「なっ、ないよ、大丈夫」
モノ自体は父で見慣れている。触れると自分に触られた感触があるのは未だに不思議だが、どう扱っていいかは分かる。したくはないけれど多分自慰も可能だ。
「でも……ふふ、イケメンだなぁ、僕って……僕の好みはもう少し筋肉のある人だけど……いいなぁ異世界、この顔と体型ならきっと女の子にモテるよ。父さんよりおっきいし……」
「モテてどうするんだ? ユウも女だろうに」
「仲良くなれたらそれだけで楽しいじゃん。別に女の子と付き合いたいとは言ってないよ。こっちでなら付き合ってもいいけどね、せっかく男になったんだし。まぁ、見た目が良くなっても中身が僕のままだからモテないんだろうけどさぁ……」
父のせいで男性には苦手意識がある。こちらで恋愛をする気はないけれど、するとしたら男より女がいいな。
雑談しつつ風呂を上がり脱衣場で宿に備え付けのバスローブを羽織った後、ふと気付く。
「ジャ、ジャックぅ……トイレ行きたい」
「出て右だ」
「小の方……どうすればいいのか」
「手で摘んで位置を調節すればいい、零したら拭け」
着いてきてと言うのも嫌だが、一人でやるのも不安だ。
「も、漏れそう……」
「風呂場でするか?」
「ぅ……でも、うぅ……この先もしなきゃだろうし、トイレ行くよ……一人で頑張る」
「分かった。服の洗濯は頼んでおくから、部屋に直接帰ってこい」
トイレに向かい、苦闘しながらも終え、部屋に戻った。
「いっぱい零しちゃった……」
「……そうか」
「なんでこんなもん付いてんだよぉ……グロいしズボンの中で位置決まらないし下履いてないと揺れるしぃ……」
「仕方ないだろう、必要なんだ」
こんなものを息子と呼んで可愛がる精神が分からない。取ってしまいたい。
「……もういいや、寝よ」
異世界に潜るのは四時間で設定しておいた。異世界の時間の進みは十分の一になるようだから四十時間ほど居られる。一日と十六時間だ。
「おやすみ、ジャック」
「おやすみ、ユウ、いい夢を」
金属板に包まれた──いや、金属板で整形された硬く冷たい手が背を優しく叩き、離れた。僕は何故か安らかな気分になり、疲れていたのもあって朝までぐっすりと眠った。
「……何? ここ」
「一階は酒場、二階三階は宿屋。樹液の換金も出来る。今日はここに泊まる」
「絶対治安悪いよこの辺……」
「この欲望の大陸はどこもこんなものだ。俺みたいなフルアーマーの近くに居ればそうそう絡まれることはない」
欲望の大陸という名を誰が付けたのか知らないが、そのネーミングセンスには文句をつけたい。
カウンターに向かうジャックの後を追いつつ周囲を見回せば、上半身裸で筋骨隆々で無精髭を生やしたいかにもな無頼漢が酒を飲んで大声を上げていた。父を思い出して嫌な気分になりつつジャックの背に視線を戻す途中、カウンターの端に赤色の淡く美しい光があるのに気付く。
「ジャック、ジャック、あれ火とかじゃないよね?」
「あぁ、アレがセーブポイントだ、セーブしておくか」
「んー……今のところ失敗はしてないと思うし、しておこうか。失敗したらセーブしないでやり直し、成功したらセーブするんだよね?」
「その認識で構わない」
セーブポイントらしい光の元へ行くと、ジャックは小さな銀色の鍵を僕に渡した。
「チートコードCHEAP SILVER KEYだ」
鍵には紐が結ばれており、使い終わったら首にかけるよう言われた。ジャックに促されて光に鍵を挿し込む
「読込中……読込中…………セーブ完了。セーブできたぞ」
「ぁ……うん」
ジャックの声は機械音声のようで聞き取りやすい、今のように機械じみたセリフを吐かれるとロボットなのかと疑ってしまう。
「これを換金……とりあえず一泊、二人。何? サービス? 要らん」
瓶を一つ換金し、硬貨を巾着いっぱいに受け取ったジャックは女性店主から鍵を受け取り、二階に向かう。
「待って待って……サービスって何だったの?」
「マッサージをしてくれるそうだ」
「森歩いて疲れたからして欲しかったな」
「そういうマッサージじゃない。説明しなきゃ分からないのか? 分かりやすく言うと……そうだな、デリヘルだ」
「…………エッチな、アレ?」
ジャックは黙って頷く。
顔が熱くなるのを感じる、この異世界では男の体に押し込められてしまったが、僕は一応女なのだ。なのにジャックに説明させてしまった。
「ジャック、ジャックって……男? だよね」
「どちらかと言えば、男だな」
更に顔が熱い。女神が用意したお助けキャラとはいえ男と同じ部屋で寝るなんて……いやまぁ僕も今は男だけれど。
部屋に入って上着を脱ぎ、ジャックを見れば荷物を置いただけで鎧はそのままだった。
「ジャック、鎧脱がないの?」
「脱げないんだ。俺にはお前と違って自由に歩き回れる肉体がない」
「……どういう意味?」
「女神様のこの世界への干渉能力は弱く、人間は一人しか作ることができなかった」
ジャックは腕の関節部の隙間を僕に覗かせ、中が空洞であることを示した──いや、完全な空洞ではない、コードらしき物が何本も通っている。
ジャックは次に自分の胸の下辺りをトントンとつついた。
「俺の本体はここだ。カプセルの中にある。ユウに分かりやすく言えば、鎧の中には機械が詰まっていて、脳と心臓が胸にあるということだ。この声も合成音声。女神様の声を録音し、低く加工している。自然な発話ではないだろう」
「えっと……AIってこと? ジャックは人間じゃないの?」
「違うという認識で構わない」
違うという認識で構わない……曖昧な言葉だ。
「…………人間じゃないならその方が話しやすいよ。機械なら裏切られる心配はないよね」
「俺は絶対にユウを裏切らない。ユウが極悪人になろうと俺はユウの味方だ」
人工知能というものは随分と接待してくれるんだな。
「……AIでも何でも、ジャックと話してると楽しいよ。狼を助けられたのも嬉しかったし、森歩いたのも……疲れたけど、左半身が普通に動くっていいよ。異世界って楽しいね」
「楽しんでいるのならよかった」
「うん……ぁ、ねぇ、お風呂ないの? 汗かいたし入りたいよ」
「こっちだ」
ジャックに着いて一階に下りるとジャックは店主に風呂を使うと言い、彼女から「使用中」と書かれた札と鍵を受け取った。そのままカウンターの横を抜けて更に歩くと浴場に着いた。ジャックはそこの扉に「使用中」の札をかけ、鍵を使って中に入った。
「温泉みたい……すごいね」
中に入って鍵を閉めるジャックを横目に脱衣場から風呂場を眺め、ため息をついた。
「あ、ジャック……一緒に入るの?」
「問題があるのか?」
「いや……機械って濡れていいのかなって。あと僕、今は男だけどさぁ……本当は一応女で、ジャックは機械だけど男なんでしょ?」
人工知能に対して羞恥心を覚えるのはおかしいのだろうか。
「分かった、見ないようにしよう。幸い風呂は広い、背を向け続けるのは難しくないだろう」
「え……ぁ、うん……は、話しかけたら返事はしてね」
服を脱ぎ、足の間でぶらぶらと揺れるものに違和感を覚えつつ浴場に。
「馬車とか言ってたから異世界は昔なのかと思ってたけど、シャワーとかはあるんだね」
「車もある所にはある。この辺りは山や森の悪路が多いからな、燃料もこの辺りでは手に入りにくいようだし……代わりに馬は野生にも多い、適材適所だ」
「なるほど……でもこのお風呂すごいよ、行ったことないけど旅館みたい。きっとこの辺の人お風呂好きなんだよ」
「その情報はないが、そうかもな」
鏡を使ってジャックの様子を伺えば、ブラシで鎧を磨いていた。外を歩き回るのだ、雨で濡れることもあるだろうし、防水は完璧なのだろう。
「ところでユウ、性器など勝手の違う部分の洗浄に問題はないか?」
「なっ、ないよ、大丈夫」
モノ自体は父で見慣れている。触れると自分に触られた感触があるのは未だに不思議だが、どう扱っていいかは分かる。したくはないけれど多分自慰も可能だ。
「でも……ふふ、イケメンだなぁ、僕って……僕の好みはもう少し筋肉のある人だけど……いいなぁ異世界、この顔と体型ならきっと女の子にモテるよ。父さんよりおっきいし……」
「モテてどうするんだ? ユウも女だろうに」
「仲良くなれたらそれだけで楽しいじゃん。別に女の子と付き合いたいとは言ってないよ。こっちでなら付き合ってもいいけどね、せっかく男になったんだし。まぁ、見た目が良くなっても中身が僕のままだからモテないんだろうけどさぁ……」
父のせいで男性には苦手意識がある。こちらで恋愛をする気はないけれど、するとしたら男より女がいいな。
雑談しつつ風呂を上がり脱衣場で宿に備え付けのバスローブを羽織った後、ふと気付く。
「ジャ、ジャックぅ……トイレ行きたい」
「出て右だ」
「小の方……どうすればいいのか」
「手で摘んで位置を調節すればいい、零したら拭け」
着いてきてと言うのも嫌だが、一人でやるのも不安だ。
「も、漏れそう……」
「風呂場でするか?」
「ぅ……でも、うぅ……この先もしなきゃだろうし、トイレ行くよ……一人で頑張る」
「分かった。服の洗濯は頼んでおくから、部屋に直接帰ってこい」
トイレに向かい、苦闘しながらも終え、部屋に戻った。
「いっぱい零しちゃった……」
「……そうか」
「なんでこんなもん付いてんだよぉ……グロいしズボンの中で位置決まらないし下履いてないと揺れるしぃ……」
「仕方ないだろう、必要なんだ」
こんなものを息子と呼んで可愛がる精神が分からない。取ってしまいたい。
「……もういいや、寝よ」
異世界に潜るのは四時間で設定しておいた。異世界の時間の進みは十分の一になるようだから四十時間ほど居られる。一日と十六時間だ。
「おやすみ、ジャック」
「おやすみ、ユウ、いい夢を」
金属板に包まれた──いや、金属板で整形された硬く冷たい手が背を優しく叩き、離れた。僕は何故か安らかな気分になり、疲れていたのもあって朝までぐっすりと眠った。
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