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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

死期間近

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勤務中のメルとセネカと長くは話せなかったが、とりあえず彼女らへの挨拶は終わった。また休みの日にでも会いに来よう。さて次は──

『あら、魔神王様! どうかしたの?』

──マンモンだ。背の高い男の姿をしているのに裏声で話す彼には未だに脳が混乱する。

『……いや、えっと、ここに生やす大樹の管理はマンモンがしてくれるんだよね? それと僕天界に住むから、その挨拶』

『あら~、もう、わざわざいいのにぃ』

マンモンはそう言いながらもニコニコと笑って僕に両手を突き出す。

『…………何? この手』

『……物はねぇのかよ』

背の高さに似合った低い声が僕の鼓膜を揺らす。

『な、い……けど』

『あら、そう』

裏声に戻ったが、先程までのような笑顔はない。分かりやすい人だ。

『えっと、変に税率上げたりしちゃダメだよ。ちゃんと管理してね。後は……ヴェーンさんとかメルとかセネカさんとか、お願いね』

『へいへい、分かってるっての』

僕と頻繁に会えなくなることを悲しんでくれる仲間や、僕の平穏を祝ってくれる友人なら挨拶のし甲斐があるが、その二点に当てはまらない悪魔共に何を言っても僕にも彼らにも響かない。

『……マンモン。正直、君のことはかなり信用してる。悪魔の中でもね。僕を裏切らないで、頼むよ』

『…………ぁいよ、魔神王様。仕事はしっかりやりますよ、お賃金貰える限りは』

大樹の管理人には大樹から魔力を吸っていいことにしてある、彼が管理人に立候補したのはそれが理由だろう。

『ばいばい、マンモン。また今度』

『はいよ、またな。魔神王様に王妃様』

次に向かったのは神降の国。国境は廃止したが地方名をまだ決めていないため国と呼ぶしかない、心の中なので問題ないだろう。

『えーっと……あ、オルトロス! 久しぶり!』

王城の庭を歩いていると双頭の狼を発見。混乱しているようだったが手首の匂いを嗅がせると気付いてくれて、垂れ下がっていた尻尾が激しく揺れる。

『あははっ、よかった、覚えててくれたんだね。ほら、アルも居るんだよ?』

オルトロスはアルには興味がないようだ。

『……ヘル、それ以上は浮気と見なす』

『えっ? ぁ……ご、ごめん』

僕は動物として接しているだけなのに、そう言っても無駄だ。喧嘩の元だ。オルトロスの頭を両手で撫でて別れを告げ、庭の奥へ進む。

『あっ、居た居た。アポロンさーん!』

花に水やりをしているアポロンを発見。

「あぁ、えっと……魔神王? でいいのか。魔神王、いらっしゃい」

『突然すいません。挨拶回りをしていまして』

「いやいや……父と妹を呼んでこよう。少し待っていてくれ。向こうに弟達が居る、会ってやってくれないか」

アポロンが指した方へ向かうとまず紫色が見えた。もう少し近付けばその紫が長い髪であることが、羊のような角が生えていることが、背を向けたベルフェゴールであることが分かった。

『ベルフェゴール! 久しぶり』

『ん? おぉ少年! ゃ、えっと、魔神王様!』

振り向いて手を振る彼女は寝間着を着ている。

「え……? ぁ、魔物使い君……こんにちは」

ベルフェゴールの隣には木陰に腰を下ろしたヘルメスが居た。弱々しくはあるが微笑みは何も変わっていない。

『先輩、こんにちは』

「まだ先輩って呼んでくれるんだね。一瞬だけだったのに……」

いつもキラキラと輝いていた翠の瞳の輝きが弱い。声も小さく、口数も少ない。

『……先輩は先輩です。先輩が居なきゃ僕はこの場に居ませんでした。先輩に教わったことも多いんですよ』

「そう……? ふふ、ありがとう……」

『先輩、先輩の自己犠牲精神……あまり褒めたくはありませんけど、すごいと思ってます、ずっと前から。僕はなかなか出来るようになれませんでした』

僕が誰かの盾になれるのは不死身だからだ。僕が誰かに自身を喰わせられるのは再生するからだ。
少し力を持っただけの人間である彼がここまで身を削って人々に尽くした理由は未だに理解出来ない。きっと理解出来る日なんて来ない。

『…………先輩、幸せですか?』

「うん! もちろんだよ、こんな可愛いお嫁さんもらえて、可愛い息子も生まれて……もう、最高」

声も笑顔も僕が脳裏に描くヘルメスに戻った。だがそれは一瞬だ。

「……君は、よく泣くね」

『ご、めんっ……なさい、泣くつもりは、ないんですっ……泣かずに、挨拶するつもりで』

アルが僕の頬を舐めてくれている。

「他人のために泣けるのはいいことだよ、君はこれから先永遠に生きるんだろう? どうか、その優しい涙を枯らさないで。苦しいだろうけどその優しさを失ったら人間でなくなるから」

『……は、い。先輩』

「うん。大丈夫、泣いてくれて嬉しいよ」

何年も時を過ごした訳でもないただの後輩の僕がこれ以上彼の時間を奪ってはいけない。彼に必要なのは家族との時間だ。

『……それじゃあ、僕はそろそろ』

立ち上がって引き返すとベルフェゴールがヘルメスの傍に屈んだ。振り返れば彼らは仲睦まじく抱き合っている。

『ヘルメス、そろそろ水飲んだ方がいーよ?』

「ん……じゃあ、もらおうかな」

ただの少年愛好の変態だと思っていたが、ベルフェゴールもちゃんとヘルメスを愛しているらしい。それならますます僕の居場所はない。

『ヘル、もういいのか?』

『……うん』

僕には醜い願望がある。最優先が僕であって欲しいという甘えだ。周囲の人間の一番が僕であって欲しい、これは愛情でもなんでもない。

『トリニテートさんと、アルテミスさんとに挨拶したら、次に行こう』

僕の甘えを見抜いているアルは僕に寄り添ってくれる。アルの中の一番で居られたなら、僕はそれでいい。そっとアルの頭を撫で──草陰から出てきた何かに水をかけられた。

『うわっ……もう、何?』

顔を狙われた。目を擦って見下げれば子供が居た。くすんだ青い髪をかき分けて羊のような角が生えている。

「真っ白け、討ち取ったり……だぜ」

子供は水鉄砲の銃口にふっと息を吹きかけ、遠くを見つめて呟いた。

「それやめなさいっつってんでしょバカ」

そんな子供の頭がパコンッと叩かれる。アルテミスだ、その背後にはトリニテートも居る。

『アルテミスさん、トリニテートさん、お久しぶりです』

「久しぶり、魔神王とか名乗ってるんだっけ?」

僕に目を移したアルテミスの顔にも水がかかる。見下げれば子供が水鉄砲を構えていた。

「オバサン、討ち取ったり……だぜ」

金髪に絡んだ水滴が輝いていて綺麗だ、まさに水も滴るいい女。そう僕が褒めたところで子供の頭頂部に落ちる拳は止められなかった。

「ぅ……うぇ、ふぇっ……ぅえぇええんっ!」

子供は何とか堪えようとしていたが、結局大声を上げて泣き出した。

「あーぁー可哀想に、こんなちっこい子にやることかね」

トリニテートは眉をひそめて子供を見下げている。

「そう思うならとぉが慰めてあげなさいよ」

「女児ならともかく……」

「キッモっ!」

僕も同意見なので頷いておいた。しかしトリニテートの心を動かすには至らず、子供は泣き続けている。

『……えっと、ぼく? 大丈夫?』

屈んで頭を撫でてみたが手を払われた。

「ぅああぁんっ! ままぁーっ、ぱぁーぱぁー! うぇええんっ!」

『……ダメだ。あの、アルテミスさん。この子は』

「ヘルメスの息子よ」

やはりそうか。死期が近いヘルメスに会わせるために兄が成長促進の魔法をかけて早めに出産させた子だ、なので正確な年齢は分からないが、四歳くらいだろうか? 悪魔の血が混じっているから更に分からない。

『ぼく、お母さんのところ行こう? ほらおいで』

「やぁあああっ! あーるーかーなぁーいぃーっ!」

『えぇ? でもお兄ちゃんが抱っこするの嫌だよね? 困ったなぁ……アルテミスさん、は……嫌ですよね』

叔母であるアルテミスになら抱き上げられても嫌がらないかと思ったが、泣いた原因はアルテミスなのだから無理だ。
どうしようか迷っているとアルが襟首を咥え、ベルフェゴールの元へ向かう。引きずられる子供は火がついたように泣き出した。

『ちよっ、ちょっとアル! その運び方はその大きさの人間には向かないよ……』

子供がバタバタと足を振っても動じないところ、流石アルだ。僕の妻は世界一、いや宇宙一だ。

『……可愛いなぁ』

毅然としたアルに惚れ惚れしていると珍しくベルフェゴールが走り寄るのが見えて、僕はようやく自分がぼうっとしていたことに気が付いた。
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