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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

方舟

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希少鉱石の国に到着、目の前の家はセツナの家だ。

『……な、何だ? この惨状は。ここに戦争の影響があったのか?』

セツナの家以外、辺り一帯何もない。建物もなく道路も剥がされ、茶色い土がどこまでも続いて地平線が見えている。

『あぁ、ハスターだよ。この辺りから文明を排除して、希少鉱石の国の跡地を大陸から切り離して、羊を飼える高原だけの島にするって』

『貴方はそれを許容したのか!?』

『……うん。いや、だってさ……あの、ハスターってなんか怖いんだよね。そりゃ彼は僕みたいに魔力や神力を無限に生成したり出来るわけじゃないし、邪神でもなくなった。善性の土地神だよ、でもさぁ……怖いんだよね、彼と話してるといつも思うんだ、裏がありそう、まだ何かありそう、絶対逆転の一手を隠し持ってる……って』

この世界の絶対神の座についたくせに、アルはそう思ったのだろう。僕の恐怖を鼻で笑って早く行こうと顎を上げた。
目の前にあるただ一軒だけの家の呼び鈴を鳴らすとメイラが出てきた。

「お、えっと……魔神王? ってのになったんだっけ、お前名前ころころ変えんなよな」

『すいません、多分もう変えませんから。刹那さん居ますか? お二人に挨拶に来たんですけど』

黒髪に赤いメッシュを入れた少年、メイラは手招きをして家に戻った。僕は後ろ手に鍵を閉め、靴を脱いでアルの足の裏を拭いてから上がった。

「刹那ぁー、お客さん、魔神王」

「え? あぁ……! 魔神王、是非体液を提供願いたい」

白髪で眼窩に赤い石を瞳として入れている少女、セツナは僕の方へ来ようとしてメイラに止められた。

「止めないでくれないか謎羅!」

「変なもん舐めちゃダメだって!」

セツナは趣味であるホムンクルス造りのため、人間の体液を集めている。良い材料を探すためなのか人の頬を舐める癖があり、よくメイラが注意している。

『まぁ、血くらいならいくらでもあげますけど……』

「本当かい? ならこれを」

羽交い締めにされているセツナは僕に注射器を投げ渡した。

『えっと、血管……どこだっけ』

僕は肌が白く薄く脂肪も少ないので血管は見つかりやすいはずなのだが、腕を探しても太い血管が見つからない。

『……ここでいいや』

手首には血管が浮いて見えたのでそこに刺し、血を抜き取り、セツナに投げ返した。

「ありがとう! これで最高傑作が出来るだろう……」

『……ところで、セツナさん達の家だけ残ってますけど、引っ越ししないんですか?』

希少鉱石の国の一帯はハスターが管理し、作り直すと宣言したため、それに賛同出来ない者は引っ越している。ちなみに海を越える引っ越しは竜達が手伝っている。賛同出来ないが引っ越したくない者? ハスターは「居なかったよ~」と言っていた。怖い。

「するよ。君には以前聞かせたと思うけれど、僕達は方舟を作っていただろう?」

羽交い締めから解放されたセツナが懐から魔石を取り出す。立体映像を映し出す物だ、方舟の設計図が何もない空間に投影されている。

「この方舟が完成したんだ。ハスター、という神が手伝ってくれてね。メイラは彼が嫌いなようだけれど」

「だって、スメラギ……いや、なんでもない」

ハスターがスメラギに取り憑いていたとは分からなくても、黄色い衣に白い仮面という共通点だけでメイラには察せたのだろう。スメラギが精神を壊した原因がハスターであることを。

「……なんでも、これからのこの土地に石は必要ないらしい。彼は採掘済みの魔石を全て僕に渡した。土を隠していたコンクリートを剥がし、空き家を破壊し、その廃材を全て僕に渡した。おかげで完成したのさ」

「石や砂なら砕いて成型し直せばいいし、金属は溶かせば成型し直せる。大半はリサイクル出来たぜ。おかげで一番の課題だった船体があっさり出来上がった」

「船体の各所に魔石を埋め込み、浮遊や船内の温度管理、船内の様々な装置の動力として扱う……その魔石にエネルギーを供給するのに賢者の石を使おうと思っていたのだけれど、それが出来ないんだよねぇ」

賢者の石はアル達合成魔獣のコアとして扱われている物だ。魔石は力を溜め込むことと放出することしか出来ないが、賢者の石は無限に力を生成する。賢者の石から魔石に力を送り、魔石を半永久的に使うというのは良いアイディアだと僕も思う。

『賢者の石が出来ないってどういうことですか?』

「……賢者の石はね、そもそも奇跡の産物なんだよ。作り方が分かっているからと何度も作れる代物ではない。一度目の賢者の石は人生全ての運を使い果たし、二度目以降は他人の命を奪う……そう云われているのさ」

「ただの迷信だけどな。まぁつまり、制作の手間の割に成功率低いんだよ」

『…………なら、アルが生き返ったのは本当に奇跡なんですね』

首元の毛を撫でるとアルは甘えた鳴き声を上げて僕の太腿に頭を擦り寄せた。

「あぁ……確か、あの時は誰かが奇跡を分けてくれたんだよ。それも三つ分……相当、消耗しただろうね。彼女が誰かも思い出せない……きっと身を削ってくれたんだろう」

砕け散ったアル達のコアを本物の賢者の石として作り直してもらった時、僕の隣には『黒』が居た。賢者の石が完成したのは僕がセツナの家を離れていた時で、『黒』は家に残っていた。家に戻るとアルが居て『黒』が居なくて──

『…………そっ、か……君が、アルを』

薬指の二つの指輪を眺める。もうどちらが『黒』の物かは分からないけれど、二つともに唇を触れさせた。

『……ありがとう、愛してる』

彼女が融けているだろう僕の魂を意識して胸元を撫で、僕の記憶にしかない彼女の姿を瞼の裏に思い浮かべる。

『……ヘル? 今のは誰に向けた言葉だ?』

目を開ければアルが僕を睨み上げていた。

『…………自分だよ』

『そ、そうか……珍しいな。だが、良い傾向だ。貴方は自分を嫌い過ぎていたからな』

アルの前に屈むとアルは僕の頬を舐めてくれる。その優しい仕草は仔にするもので、アルの瞳は母親のような慈愛に満ちている。

『……ありがとう、アル。僕のお母さん』

『な、ぁ……もう、仕方の無い子だ』

首元の毛皮に顔を押し付けて黒翼に包まれる。その温かさは胎内よりも素晴らしい。

『ふぅ……それで、えっと、賢者の石がないならどうするんですか?』

「……賢者の石でなくてもまかないきれると思うから、定期的に魔力を補充するよ」

『そうですか、解決策があるならよかった』

セツナとメイラの表情が硬くなったように見えるのは気のせいだろうか。

「えぇと、それで……君に許可をもらいたいことがある、外に出てもらえるかい?」

先導されるままに外に出て地平線まで荒野となった景色から目を逸らす。セツナは懐から出した笛を吹くが、音は出ない。

『……っ!?』

アルが突然その場に伏せて不器用な前足で耳を触り始めた。

『アル? どうしたの? 耳痒いの?』

『それなら後ろ足を使う。煩かったんだ、急に、キィインと音が……聞こえなかったのか?』

前足を下ろさせて耳を触り、額にキスをして機嫌の回復を狙う。

「あぁ、すまない。この笛の音は周波数が高くて人間には聞こえないけれど、君には聞こえたんだね」

何故突然笛を吹いたのかと聞く寸前、僕達は影に隠された。見上げれば竜が僕達の前に着地する寸前だった。

『ぎゃるるるるっ! せつ、な……きた!』
『きた、ぞ! せつなー、ぎゃうっ!』

「ありがとう。この子達は住人の引っ越しを手伝ってくれた子なのだけれど、休憩時間に話して仲良くなってね、船に乗りたいと言い出したんだ。構わないかな? この子達が方舟に住む許可が欲しいんだ」

竜達は揃いも揃って大型種だ、竜の中でも体が大きい方なのだ。僕が引っ越しは荷物が重いからという単純な理由で大型種ばかりを任命したからだ。

『僕は別に構いませんけど……乗るんですか? 方舟ってそんなに大きいんですか?』

「科学の国にあった空母という船を参考にしているからね、広い甲板がある。航空機を乗せるつもりはないから人工芝を引いて公園にでもしようかと思っていたんだ、そこに住まわせようと思う」

『はぁ……別に、可能なら僕は構いませんよ』

「甲板にはちゃんと屋根を張れるようにしてあるから安心してくれ、科学の国にあったオープンカーのような物さ」

さてはセツナ、自分の傑作を説明したいだけだな?そう僕が察したのに気付いたのか、セツナは咳払いをして早口で捲したてるのをやめた。

「……じゃあな、魔神王。俺達は空で暮らすよ」

「時々会って話をしようね、血だけでなく君の他の体液でも人形を作ってみたいから」

再び僕達は影に隠される。見上げれば今度は巨大な鈍色の何かが空をゆっくりと移動していた。メイラが手を挙げて巨大な何かに向けて合図をするとセツナの家が光に包まれて消え、その光は巨大な何かへと吸い込まれた。

「物質転送は成功みたいだね。僕達も行こうか」

「あぁ。魔神王、またなー!」

竜達とセツナとメイラも同じように光に包まれて消えていった。巨大な何かはゆっくりとどこかへ飛んでいく……まさかアレが方舟か、下手な島より大きいぞ。

『すごいなぁ……アル、今度中見せてもらいに行こうね』

『あぁ、いつか見たいと思っていた。約束だぞ、ヘル』

アルの前足を握り、二人きりで方舟の橋に腰を下ろし、雲海を共に眺めることを誓い合った。
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